第77話 黒の公爵・2(※ダグラス視点)


 手の指や足の指を動かせる感覚に(ああ、ようやく戻ってこれたのだな)と強い安堵を覚える。

 代わりに尻尾の感覚がなくなった事に違和感もあるが、すぐに慣れるだろう。


「ダグラス卿、調子はいかがですか?」

「お陰様で……何の問題も……」


 青の問いに答えながら地に降り立った瞬間、体がフラつく。

 チラと壁にかけられた時計を確認すると23時――久々に感じる白の魔力の塊が私の行動を阻害する感覚が忌々しい。


「……万全ではないようですが、ヒビは綺麗に塞がっているようですね。これで私もようやく時止め当番から解放される。しばらくは家でゆっくり……と言いたい所ですが……そうはいかないみたいですね?」


 肩の力を抜いて息をつく青に対し、赤が言いづらそうに呟く。


「うむ……実はワシ、クラウスを追ってロットワイラーに侵入してしもうてな……休戦協定に違反してしまった。明日はそれについて皇城ここで会議を開きたいと思っておる。まあ今は夜中だからひとまず休んで――」

「……いえ、今のうちに問題事はあらかた片付けてしまいましょう」


 赤の言葉を遮った私に赤が怪訝な眼差しを向ける。


「ダグラス……色神から事の成り行きを聞いたのか知らんが、身勝手も程が過ぎると……」


 赤の目には苛立ちと怒りが込められている。確かに助けてもらった身でこのような発言をする資格が無い事は分かっているが、今は悠長にロットワイラーへの対応について会議を開いている場合ではない。


「……待ってくださいカルロス卿。この状況ですとダグラス卿の提案もあながち身勝手とは言えません。イースト地方と隣接しているロットワイラーと戦争になればイースト地方の騎士達が戦前に立たざるを得ない。他人の失態で自らの部下を死地に追いやる事をロベルト卿は快く受け入れないでしょう。会議を開いた所で難航するのは目に見えています」


 意外にも青の助け舟が入る。ここは乗らせてもらうしか無い。


「そう、険悪な会議で盛大な説教を聞かされた挙げ句に結論を出せない状態になるよりもここにいる3公爵でロットワイラーとケリを付けた方が良いと思いませんか? ロベルト卿もこの件で一切自分の領地や騎士に被害が出なければ大声を出せないはずです」

「しかし元々はお主が」

「そうです、今回の件は全て私が暴走した事が原因……だから私は私の責任を含め、貴殿が犯した休戦協定違反もまとめて穏便に解決しようと言っているのです。何か問題でも?」


 赤の反論に被せるように言い伏せると、赤は顎髭を触りながら悩みだす。


「ううむ……いつ陛下が崩御されるか分からんこの状況で大事を持ち込みたくはないし、我らだけで解決できるものならそれに越した事はないが……ロベルトはあの国の情勢にも兵器にも詳しい。とりあえず皆叱られるだけ叱られてあやつの助言位はもらっても良いのではないか?」

「助言だけならありがたく受け取りますが説教はもう勘弁ですよ。私は気が弱いので自分が叱られるのも他人が叱られているのを見るのも場が険悪になるのも嫌なんですよね」


 どの口が言っているのか問いただしたい発言に私も赤も押し黙る。


「……しかしダグラス卿、何か策はあるのですか?」

「要はロットワイラーがこちらに対して行動を起こす前に黙らせてしまえば良いのです。私がロットワイラーの王城に潜入して王と直接交渉します。ただ表立って動く訳にはいきませんので3、4日はかかると思いますが……お二方にはその間に国境の防衛と会議が開かれないよう時間稼ぎをお願いしたい」


 アレの追跡を依頼したい気持ちもあるが、この状況でその為だけに公爵1人使うのも惜しい。

 色神侵入はコッパー家が気づいて既にリビアングラス家に報告している可能性もある――黃が会議を開くまで時間を稼いでもらわないと困る。


「ふむ……まあ元々ちょっと訳有りで国にお邪魔しただけじゃからな。それで済むならそれで良いか……国境の防衛……やはり兵器で来るのかのう?」


 赤は私の発言を疑問に思わずにそのまま受け取ったようだ。青も何も言ってこないのが気にかかるが一気に畳み掛ける。


「マナクリアにしても電磁投射砲レールガンにしてもロットワイラーの王都にある輸送困難な兵器です。弾道は直線のはずですから王都を監視していればある程度軌道は読めるはずです。また、マナクリアの方については幽体を攻撃する砲撃……という性質上、強力な魔力反射リフレクトで弾道を逸らす手段も有効かと」

「ふむ……しかし肝心の威力がどの程度の物か分からんし、反射した先が他の星だったり皇国だったりというのも都合が悪いじゃろう。無効化できれば一番良いのだろうが……ううむ……ダグラス、役割を変わらんか? ワシは防衛より攻め入る方が性に合っとる」

「誤解されているようですが私は交渉に行くのであって、殺戮しに行く訳でありません。無闇な犠牲を出すと飛鳥に嫌われてしまいますので」


 多少の苛立ちを込めた言葉を紡いた後、沈黙が漂う。


「……お主、その優しさを何でアスカ殿本人に向けんのだ?」

「これまでもありったけの優しさと誠意を向けていたのですが彼女には彼女の事情もあって分かりあえず、それ故に衝突してしまっただけです……私はもう彼女に心身共に傷一つ付けたくないし、傷付いてほしくもない。この件が解決したら即迎えに行ってそこからは誠心誠意尽くす予定ですので、くれぐれも緩衝材として余計な男を飛鳥と引き合わせないで頂きたい」

「あの猫、早速チクりおったか……」


 チクるもなにも私自ら聞いただけなのだが。しかもこの赤の様子は全く諦めていない。もう少し何か言っておいた方がいいかと思ったところを青の言葉が遮る。


「……でしたら国境の防衛は私が請け負いましょう。発射され次第その弾道の先を別の空間に繋いで国に被害が出ないようにします」


 空間の接続――青の鞭ならそれが可能ではある。


「ヴィクトール……何処の空間と繋ぐつもりだ?」


 懸念していた事を先に赤が問うと青は肩をすくめて笑みを強調する。


「当然ロットワイラーです。自らの国が発明した物の威力……自国で体験するのは良い事でしょう?」


 青のその言葉は――今までの私なら何も言わなかったと思う。だがそれで被害が出れば飛鳥が嘆く姿が目に見えている。そんな姿を見たくない。飛鳥には――笑っていて欲しい。


「ヴィクトール卿……それ以外の防衛法で何とかなりませんか?」


 自然と口が開くと、青は意外そうな顔をする。


「何故です? 私は私に関係ない人間が何処でどうなろうと知った事ではありません。確かに向こうの民の犠牲はかなりの数になるでしょうが、それはそんな愚かな兵器を開発した国で生活している民の運命です。何とかしたければ向こうに発射させる前に貴方が事を終えればいいだけの話ではないですか?」


 青の最もな発言に再び押し黙る。数秒の沈黙の末に、先に赤が声を紡いだ。


「……ワシはお主のその何でもかんでも自業自得にしてしまう考え方がどうにも好きにはなれんなぁ。そもそもマナクリアは発動する際に大気や自然の魔力を大量に消費する。あれは発動した時点でこっちに悪影響を及ぼすのだ。こっちの土地まで枯れてしまわぬ様に休戦協定を結んだ事、お主らも忘れておる訳ではあるまい? ……しかし。皇家やロベルトに言い繕ろうには絶対に皇国に被害を出してはならんからその辺りが妥協点じゃろうな……せめて土地は選んでくれよ? 向こうの王都が崩壊したらそれはそれで問題になる」


 今の私の立場でこの2人に対して強引に自分の意志を押し通すことは出来ない。

 青の言う通り、何処を標的にしようと向こうに発射させる前に向こうを制圧すればいいだけの話。

 ひとまずは今こうして2人の公爵の説き伏せることが出来たのだ。撃たれたら撃たれた時に考えればいい。


「それと、いらぬ混乱や謀反を疑われぬように皇太子殿下にはワシから報告しておくぞ? ああ、後シーザー卿はどうする? あやつの出方が分からんとこの計画も台無しにされかねん」

「何処にいるか分からない以上、どうしようもないでしょう。それに彼は混乱を好む割に大事になる事を嫌う傾向がある。人を煽るだけ煽って洒落にならない事態は避ける臆病風など、放っておいても良いのではないですか?」

「……その辺りの対応はお任せします。では今は一刻一秒を争いますので……失礼」


 一礼してその部屋を去り、薄暗い通路を歩く。23時過ぎにもなれば従者の姿は殆どない。

 こちらに向かって敬礼する見張りの兵士と何人かすれ違った後、外通路に出る。


 青白い星にぼんやりと照らされる皇都に灯る、微かな灯り――ようやく戻ってきたのだ、という安心感が油断を呼んだのか視界がグラリと歪み、再び足がフラついた所で影から現れたペイシュヴァルツにもたれ掛かる。


 あの狂科学者の核の移植の研究――もしそれで私の中から白の核を抜き出す事ができれば、もうこのような思いをする事もなくなる。

 今はそれより優先するべき事があるが、落ち着いたらその辺りにも手をつけなければ。


『ペイシュヴァルツ……私はひとまず眠りにつく……だが今は少しでも時間が惜しい。私が寝ている間にある場所まで私を連れて行って欲しい』


 ペイシュヴァルツは私を背負い、黒の魔力で私を自身に括りつけた後、夜空を飛ぶ。星空を眺めながら先程自分が紡いだ言葉を思い出す。



 ロットワイラーとの、交渉?



 ――誰が交渉なんぞで済ますものか。



 下の非道は上が償う物――飛鳥を直接傷つけた奴らに手を下せないのなら、奴らを囲った国に対してこの込み上がる怒りのままに鉄槌を下せばいい。


 罪有る者には死を。罪無き民の命まで奪うつもりはないが、私の飛鳥を苦しめた愚かな国の罪をその身で知れ。

 優雅で便利な日常の裏にある犠牲を知らずにのうのうと文明を享受する民も気に入らない。


 ロットワイラーに最も詳しいのはリビアングラスだが、黒の騎士団からもあの国の情報は入ってきている。

 あの王都全体を覆う城壁はいびつな5角形……そしてその中を周回している高速自動周回列車アループストレインは楕円形……どちらも魔法陣の<軸>には使えない。


 あれらは陣の軸に使われないようにあえて精巧な形を崩している。その他王都は結界石や望遠鏡テレスコープなど、襲撃に際してあらゆる防衛手段を講じている。


 ――だがそれはあくまでの話。王都外に新たな陣を引いて王都全体を囲う事に何の問題もない。


 しかし流石に一国の王都――広い上に邪魔も入るだろう。いくら私が皇国の英雄と唄われる程魔力と実力に恵まれた身と言えど、皇国を脅かす強力な兵器を持つ敵に対して自分とペイシュヴァルツの力だけで何とか出来るとは思っていない。


 それでも、今頭に浮かぶ人間達の協力が得られるだけでそれは可能なものになる。


(塔の時とは違ってどちらも一筋縄ではいかない相手だが……仕方あるまい)

 

 徐々に薄れゆく意識の中でペイシュヴァルツにローゾフィアの主都――ノイ・クレーブスの名を紡いだ後、感触の良い毛並みに身を委ねて静かに目を閉じた。



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