第25話 騎士が魔女を助けた理由
幸か不幸か、ベッドに倒れ込んだだけで意識までは失わなかった。そう短時間に何度も意識を消失するほど、私の体は繊細じゃなかったようだ。
ただ、倒れ込んだ私に対してレオナルドはズボンのポケットから黄色のハンカチを取り出して私の額に乗せた。
魔法で冷やしてくれたのだろうか? ちょっとヒンヤリしたそれが頭の熱を吸い取っていくような感覚が心地良い。
「色々ありましたからお疲れなのでしょう。配慮が足りず申し訳ありません」
レオナルドはそう言うと、ベッドの下でゴソゴソと動き出した。何をしているのか――と思ったら薄い布毛布が体にかけられた。下に収納されていたものなのだろう。
その後、棚からグラスと水飲みを取り出して浄化か何かの魔法をかけた後、そこに魔法で水を注ぎ、小さなキャスターがついている移動式のテーブルに乗せてこちらまで寄せてきた。
「喉が渇いているようでしたら今グラスにお入れしますが、いかがですか?」
(対応が完璧すぎて胸が痛い……!!)
私の額におしぼり乗せるとか、今の私に身を起こして布団を被りなおすように言わずに毛布出してかけるとか、水を用意するとか何から何まで私を気遣う姿勢にまた胸がうるさく高鳴る。
喉もいつの間にかカラカラになっていたので身を起こして一杯貰うと、レオナルドがじっと私の――手首を見据えている。
「アスカ様、その腕輪は……?」
「あ、これは……ロットワイラーの研究所に捕まってた時に付けられたの。外そうとしたらビリビリするから外せないのよ」
「……拘束具ですね。鍵は……あったら外してますよね。分かりました、少々お待ちください」
レオナルドは一人で呟くと部屋を出ていった。とりあえず水で喉を潤した後、再びベッドに横になっていると灰色のケースを持って戻ってきた。
近くに置かれたスツールをベッドの近くまで寄せて座り、移動式のテーブルにそのケースを置く。
レオナルドが中を開くとスパナやらドライバーのような工具セットが見えた。
「アスカ様、片手を出して頂けますか?」
言われたとおりに右手を差し出すと、レオナルドは慣れた手付きでガーゼのような黄色の布を腕輪と肌の間に挟み込み、細いドライバーを握って私の手をじっと見据える。
(真剣な男の目と表情の破壊力……!!)
ドラマに出てくるカッコいい俳優のカッコいいワンシーンのような、真剣なレオナルドの表情から必死に目をそらすと、しばらくしてカチャリ、カチャリと金属が外れたり擦れたりする音が聞こえ始め、10分も立たない内に右手の腕輪が緩んで外れた。
ホッとした自分の腕を見た時にレオナルドと目があう。
「もう一つありますので」
同じように腕輪と肌の間に布を挟み込む。
(ヤバい、惚れてしまう……!!)
また頭上を見上げようとした際にドアが少し動いた気がしたけれど、今正直それを気に止めていられない位激しい動悸がする。
(本当やばい……私ってこんなに惚れっぽい女だったっけ……!?)
俳優やアスリートのカッコいい写真や映像を見ていいな、とか素敵、とか思う事はあった。レオナルドに感じる感覚もそれに近い。
だけど今は一歩踏み間違えればそれが恋になりかねない危険性を感じる。
ダグラスさんにだってクラウスにだってこの位至近距離に近づかれた事はあるのに、ここまで激しくドキドキしなかった。
それが何で今、こんなにドキドキするのか――考えた末にシーザー卿に言われた言葉が思い当たった。
――今、君の片方の器に満ちている薄桃色の魔力……それ系統の色を持ってる子って恋すると他の人より視野が狭くなったり、思い込みが強くなる子が多いんだよ――
言われた時はあまり意識していなかったけれど、今思えばなるほど、と納得してしまう。
つまり私は今、いわゆるひとつの『恋愛脳』になっている、という事だ。
元彼やダグラスさんにそういう感情を抱いていた頃の自分を思うと、確かにその片鱗はある。
元々恋愛に無関心って訳じゃないけど、そこに更に恋愛脳が加わってしまった今、私は『超惚れっぽい女』になってしまってると思った方が良いだろう。
実に――実に厄介な状態に立たされている。抱き締められたら惚れる。間違いない。
『既婚者だから!!』という理性だけでこのドキドキを何処まで抑えられるか分からない。自分の理性を過信してはいけない。
そこまで考えた所でもう一つの腕輪も緩んで取れた。地味に困っていた事が解決して安堵の息が漏れる。
「あ、ありがとう……助かったわ。レオナルドはこういうのが得意なの?」
「ええ。魔道具を作ったり修理する為の魔導工学は私のように黄色に近い魔力の人間が得意としている事が多いんです」
そう言えばリチャードもダンビュライト邸で鍵を外してくれた事がある。あれも魔導工学の分野に当てはまるんだろうか?
「しかし……ずっと身につけられていたせいか肌が荒れてますね……今、薬をお持ちします」
レオナルドはサッと立ち上がるとまた部屋を出ていく。手首を見ると確かに少し荒れている。
でも、そこまで気にするほどの荒れじゃないのに――
(いやー……レオナルドと結婚した奥さんが純粋に羨ましいわ……)
些細な事に気が付き、相手を重んじ、敬意を表して接しようとする姿はダグラスさんにもクラウスにも見習ってほしいなと思う。
(いや、クラウスはともかくダグラスさんは最初はそうだった気がする……その後分かりあえなくなって、おかしくなっちゃっただけで)
そう、自分で言うのも恥ずかしいけれどダグラスさんが私に恋をしたから――私はそれに応える事が出来なかったから。何度も嘘をついてダグラスさんを裏切ったから。
(そう言えば私、ダグラスさんに怒ったきりだわ……)
ちゃんと反省してほしいと思ったから、そこまで罪悪感はないけれど。ちょっとはある。ほんのちょっとだけ。
ダグラスさん、ショック受けてないかな? いや、でも、あれはちゃんと言っておかないと――と思っている内にレオナルドが片手に金色の缶を持って戻ってきた。
「アスカ様、手を」
真っ白な歯が輝きそうな位に爽やかな笑顔が眩しい。これは抱かれたら惚れるレベルじゃない――触れられただけで惚れる可能性すら出てきた。
「こ、この位自分で塗れるから……」
「そうですか、では」
微笑みを崩さないレオナルドから薬の缶を手渡されて開ける。白いクリームを手首に塗りながら一応気になっている事を確認する。
「レオナルド、貴方元々私と子作りする気なかったわよね? それが何で……」
「アスカ様には命を助けられましたので……その恩を返せればと思ったのです」
確かに私は塔の屋上で重傷を負って意識を失っているレオナルドを治療した。アーサーにも感謝されたけれど、それは――
「貴方を完全に治したのは私じゃなくてクラウスよ。それに私は皇城のホールで貴方に命を助けられたし……恩なんて言われても……」
「あの時私は皇家から貴方を守るように言われていました。私は務めを果たしただけです。ですが貴方は、私を助ける義務もなかったのに私を助けた……貴方が私を治療してくれたからクラウス卿は私を治したのです」
真っ直ぐに見つめられたので反射的に視線を下に向ける。
「……私の怪我はクラウス卿の力でなければ、再び剣を取れない程重いものでした。貴方は私の命と、私の騎士生命……及び公爵になる者としての命も助けてくれたのです。貴方には本当に、頭が上がらない……」
せっかく視線を下に向けたのに足元に跪かれる。ふわふわの淡い金髪が綺麗だ。
(本当サラッサラの髪、羨ましい……ってそうじゃない!)
雑念を振り払って横にそらそうとした瞬間、見上げられてその輝かしさに心臓が高鳴る。
「アスカ様、私は」
「クゥーン……!」
この状況で魔獣が困ったように鳴く。そうだ、魔獣忘れてた!
レオナルドの隣でお座りしている大きな狼のような魔獣は瞳を潤ませて私の方を見ている。前足を交互に浮かしたり置いたりしてソワソワしている。
「クゥーン……!!」
ついには体を左右に揺らしだした。もしかして、これはトイ――
「ああ、どうやら散歩が必要みたいですね……アスカ様、来れますか? ロイは貴方の魔獣なので、出来れば一緒に着いてきてほしいのですが……」
「バウッ……!」
正直状況を整理したいのと、レオナルドから離れたい一心で断りたかったけれど――嬉しそうに尻尾をパタパタ振る魔獣の潤む目を向けられて、嫌だとは言えなかった。
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