第26話 前代未聞の駆け引き
リビアングラス邸はコッパー邸同様、ロの字型の構造のようだ。
ただ建物や中庭の広さはコッパー邸よりずっと広く、訓練場として使われているらしい広い石畳を中心に綺麗に刈られた芝生が広がっている。
いわゆる『東京ドーム位の~』で例えられそうな位広い中庭と、そこから見上げる3階建ての黄金の豪邸に放心してしばらく物が言えなかった。
そしてレオナルドに中庭まで案内してもらう際に
私を心配したロイド――いや、ロイド君が自分の相棒のはずのロイに私を守れと命令したなんて。
その気持ちは正直嬉しいけど、それ以上に申し訳ないし、それに――
(地球に帰れる事になったら、ロイ、どうしたらいいのかしら……)
まさかこんな、2人は乗せて走れそうな位大きな狼を地球に連れていく訳にはいかない。
そもそもこの星の生物を連れて行く事を皇家は許さないだろうし。
大きな中庭に着いて用を済ませたロイのスッキリしたような表情に間に合って良かったとホッとすると同時に、魔獣が押しかけてきた状況に頭悩ませる。
レオナルドから聞いた限りじゃロイド君は真剣にロイに命令したみたいだし、非常に返しづらい。
(でも、この館を脱出する時とか役に立ってくれるかもしれないし……)
実際この豪邸と中庭で見かける騎士達の様子を見る限り、私一人だけでこっそり抜け出せるような状況は永遠に来ない気がする。
「ねえレオナルド、ロイってどんな魔獣なの?」
ロイの排泄物を滅却しているレオナルドに(本当魔法って便利だな)と思いながら問いかける。
「
「へぇ……」
試しに『お座り』と『伏せ』を言ってみると目を輝かせて従ってくれた。
なるほど、そうなるとやっぱり今すぐロイド君に返すのはやめた方が良さそうだ。
(でもいつ地球に帰れる事になるか分からないから……)
「……ロイ、私に何かあった時はロイド君の所に帰るのよ?」
「バウ!」
先にこう伝えておけば、私が地球に帰った後勝手にロイド君の所に帰ってくれるだろう。尻尾をパタパタ振られて『分かった!』と言わんばかりの返事をされる。
どちらかと言われたら犬より猫派なんだけど、こうして大好きオーラを惜しみなく放つ姿を見ると犬も結構可愛いなぁと思う。狼だけど。
「アスカ様」
「はいっ!?」
もしかして今の言葉何か疑われた――!? とヒヤヒヤしながらレオナルドの方を、視線を少しそらしつつ振り返る。
「ロイの散歩時間は決めておいた方がいいと思います。朝昼夕の食事の後に中庭まで出るようにしましょうか」
「え……レオナルド、普段仕事あるんでしょ?」
まるで今の言い方だと私と一緒にロイを散歩するような言い方だ。
「公侯爵家の子息にとってツヴェルフとの交配は何より優先される事柄ですので、アスカ様が妊娠なされるまではなるべく家の中にいようと思っています。それと今アスカ様は罪人という立場でもあるので……ここには父を含め、貴方の事をよく思っていない人間も多いですから私がいない時に心無い言葉をぶつけられるかも知れない。私も常に傍にいられる訳ではないので、一人の時は部屋の外に出歩かない方が良いでしょう」
「レオナルド……私に恩を感じてくれるのはありがたいんだけど、今の私と契っても跡を継げる子は産まれないんでしょ……? しかもレオナルドって奥さんいるんでしょ? 私との間に後を継げない子が産まれても大丈夫なの……?」
気になっていた疑問をいくつも零すと、レオナルドは少し眉を下げて少し言いづらそうに言葉を返してきた。
「……先程の母上との話をアスカ様も聞いていたと思いますが、私の妻……マリーには既に事情を話しました。マリーはそれを受け入れた上でここに残ると決めたのです。例え器が小さい、後を継げない子が生まれようと私が自分の子として不自由なく育て上げますので、その辺は心配なさらないでください。ああ、もしアスカ様が私の妻と接するのが気まずいというのであれば、アスカ様が妊娠された後イースト地方の別邸に行っていただく方法もあります」
別邸に行くも何も、そもそも妊娠したくないというか、子作り行為自体
今の言い方だと別邸に行くなら妊娠してから、という事になる。
「レオナルド……私、正直この状況に頭が追いついてないの。ちょっと時間をくれないかしら?」
「……分かりました。ただしずっと、という訳にはいきません。私が貴方に一切手を出していないと私も誑かされたと思われてしまいかねませんので……しかし、まずアスカ様の器の中にある魔力をできるだけ抜く必要がありますから……明日1日はその作業にあてましょうか。その後少しずつ魔力を貯めていきましょう」
「魔力を貯めるって事は、つまり……触れるって事なのよね……?」
「そうですね。アスカ様の先程の様子を見る限り、手に触れるのは大丈夫そうですからまずは
ヤバい――これはヤバい。どうする? レオナルドは真っ直ぐ向かい合っているのに私が魔力抜いた後にギリギリに『やっぱり無理!』なんて言いだしたら、誠実じゃない気がする。
薄桃色の魔力抜いた後なら惚れない、なんて保証も何処にもない。
「……レオナルド、私、既婚者と
配偶者以外の人間に強い愛情あるいは性的な感情を抱けばそれは『浮気』として認識され、肉体関係を持てば倫理に明確に反した『不倫』として扱われ裁かれる。
この常識が私の頭のど真ん中にある以上、やはりレオナルドとはきっちり線を引いておきたい。
「ああ、それはこの世界でも同じです。既婚者がツヴェルフ以外とそういう事をしたら不倫になります。ですがアスカ様はツヴェルフですから。私は気になりません。アスカ様も気になさら」
「無理よ……!! これ以上貴方に触られたら私、貴方に惚れちゃうかもしれない!! そうなったら貴方も色々困るでしょう……!?」」
惚れる惚れると恐れていて、本当に惚れた後にどうしようどうしようと嘆いていては遅い――恥を捨てて素直に吐き出した言葉にレオナルドの表情が一瞬、明らかにこわばった。
「それは……困ります。アスカ様の為に出来る限りの事をしたいと思っていますが、流石に『妻と離婚しろ』とか『自分を愛してほしい』と言われても無理です」
レオナルドは完全に困っている。『触ったら惚れるから触れるな』なんて、我ながら前代未聞の発言をしてしまったけれど、お陰でハッキリとした手応えを掴む事が出来た。
この流れを有効に使わない手は、ない。
「でしょう? 私だって貴方と貴方の奥さんとドロドロギスギス三角関係なんて嫌なのよ。どう考えても私の立ち位置って邪魔者だし、私だって貴方に惚れたくないの。でも、身体接触って理屈じゃない感情を呼び起こすものじゃない?」
『こっちだって惚れたい訳じゃない』を全面に押し出した私の言葉に、レオナルドは視線を足元の芝生の方に移す。
良かった。恋愛結婚した人間だけあって、理屈じゃない感情については身に覚えがあるみたいだ。
「……私としても、アスカ様に想いを寄せられる事で妻に余計な不安をかけさせたくはありません。周囲から余計な恨みを買う事にもなりそうですし……しかし、子作りしなければアスカ様を救えない……そして家こそ継げずとも、リビアングラス家の人間として黄に属する色の子を産んで頂きたい。ですので魔力を注ぐ行為は必須になります……しかしそれで惚れられるとなると……ああ、触れてる間は
私に惚れられるのが嫌な割には子作りには前向き、という異様な状況で『しばらくそっとしておいて』というのは厳しいだろう。
さっき言っていたようにレオナルドも私に誑かされたと思われたら黄の公爵――ロベルト卿がまた何か言い出す可能性が高い。館を追い出される可能性もある。
ダグラスさんやクラウスとはいられない今、きっとここより安全な環境は無い。迂闊にここを出てまた研究所の時のような酷い目にあいたくない。
子作りは絶対阻止するにしても、今の魔力を抜いたりレオナルドから黄の魔力を注がれたりは許容しなければならない範囲だと思う。
「魔法で意識飛ばすんじゃなくて……触らずに何とかできない?」
駄目元の言葉が溢れでると、レオナルドは眉を顰める。
「それは……難しいですね。子どもを作る為にはどうしてもセックスしなければなりませんので……」
「ええ、この世界には人工授精の技術はないんだろうなってのは分かるわ……って、違う! その前に魔力を注ぐ話よ。貴方達はすぐハグ、キス、セックスに持ち込もうとするけど、身体を接触させる事無く魔力を注ぐ方法って無いの? 以前ダグラスさんが言ってたわ。魔力を帯びた攻撃を受ける事で、相手の魔力が器に入り込む可能性があるって」
「確かに可能性はありますが、その為にアスカ様を攻撃するのは……ああ、いや、要は私と一切接触する事無く、私の魔力をアスカ様の器に流し込めれば良い訳ですよね……」
レオナルドが腕を組んでうつむき、考え込む。
(お願い、頷いて……!!)
全力で願う中、レオナルドはゆっくりと顔を上げた。
「分かりました。こちらの要望ばかり押し付けて貴方の要望に応えないようではアスカ様も納得がいかないでしょう。試せる事は何でもやってみましょう」
ああ、やっぱりこの家の人達って――良い人だわ。
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