第27話 かつて作られた魔道具


「食事は3食この部屋に運ばせます。私も共に食事を取りますので、何か不便な事や不満な点があればその時に仰ってください。それでは失礼します」


 ロイの散歩が終わって部屋に戻ると、レオナルドはそう言って部屋を出ていった。  


 『触れたら惚れる』の警告はかなり効いたらしく、その発言以降レオナルドがあからさまではないけれど一定の距離を意識してるのが感じ取れた。


 これまで散々『そんな事されたら惚れちゃうでしょうが!!』と叫びたくなる行動を取っておきながら、私が惚れないと思っていた辺り天然って恐い。


 そして私もこの世界に来てから散々恥を晒してきたせいか、かなり恥ずかしい発言をしたはずなのに心がそれほど動じてない。

 強くなった自分に感動すると同時に、何か人として大事なものを失ってしまったような気がして、ちょっと哀愁を感じる。


 何はともあれ、ひとまず一難は乗り越えた。一人と一匹きりの状態でようやく自分だけの時間を得られる。チラと壁の時計を見ると、16時を示していた。


 今頃ダグラスさんはどうしているだろう? ちゃんと本体に戻ったんだろうか? クラウスは水鏡から出してもらえたんだろうか? 皇位継承の儀とか、レオナルドは出なくて良かったんだろうか――


(……って、他人の事気にしてないで今は自分の事を考えないと……!)


 自分のこれからを考えて真っ先に思いついたのは、この薄桃色の魔力をさっさと放出して惚れっぽい状態から開放される事。

 薄桃色の魔力を使ってロイに向けて遠距離回復魔法ファーヒールを放った瞬間、嫌な感覚が頭を襲う。


 研究所でいたぶられた恐怖、体を射抜かれた痛み、この世界に対する恐ろしさ、自分が犯した過去のあやまちに対する罪悪感や不安――それらが鮮明に浮かび上がってくる感覚に襲われて、2発目は撃てなかった。


 どうやらこの薄桃色の魔力は私を惚れっぽい状態にすると同時に、私に襲いかかってくる不安や恐怖から私を守ってくれているらしい。

 心の中で見え隠れする不安とはまだ、真正面から向き合える気がしない。


 私の夕食とロイの餌を運んできたレオナルドに『薄桃色の魔力を放出するとメンタルがヤバくなる』と正直に伝えると『ではもう片方の器の方を空けて頂けますか?』と言われた。

 暗い緑の魔力を消費しても不安や恐怖が湧き上がらなかったので、そっちはできる限り使い切った。


「館の書庫で調べてみたのですが、数百年程前にも同じように接触を拒むツヴェルフに対して間接的に魔力を注ぐ為の魔道具が作られた事があるようです。魔道具の詳細が分からなかったので明日皇城の書庫でも調べてみようと思います」


 厚いステーキを綺麗に切り分けながら語るレオナルドに安心する。良かった。私以外にも難題突きつけるツヴェルフがいたようだ。


(そりゃそうよね……考えてみたらこの世界の有力貴族の顔面偏差値は高いけれど、皆が皆美女イケメンって訳じゃないし……)


 容姿に難がある人との子作りを余儀なくされたツヴェルフが『接触したくないんですけど他に魔力注ぐ方法ないんですか?』って言い出した可能性は十分ある。


「そんな便利な物作ったんなら今も使われててもいいのに……」

「今の時代に伝わってないのにはそれなりに理由があるのでしょう。作ってはみたものの使い物にならなかったとか、あるいは術や薬を使う事で必要なくなったとか……」


 表情を曇らせて言葉を濁したレオナルドが何を言いたかったのかは分かる。

 そんな物を作らずとも眠りの魔法スリープをかけたり、眠り薬を用いてしまえば済む話なのだ。

 ツヴェルフに人権がないような時代もあったみたいだし、数百年の間に『ツヴェルフの我儘を叶える魔道具など不要』と処分されて廃れてしまったのかもしれない。


 そんな魔道具を今、レオナルドは私の為に作ろうとしている。『惚れられたら困るが助けたいものは助けたい』という誠実な意志は素直にありがたかった。と同時に1つ疑問を抱く。


「……今思ったんだけどそっち側の都合って無いの? 例えばだけど召喚したツヴェルフがどうしても好みに合わない人達ばかりで触れたくない、みたいな……そういう理由でその手の魔道具が作られても良い気がするんだけど?」

「十数年おきに3、4人のツヴェルフが召喚されますから、その時駄目なら次があります。そんな、好みに合わないからと言って間接的に魔力を注ぐ魔道具を使うのはツヴェルフに失礼です」


 言っている意味は分かる。分かるし、そのとおりだと思うけど――何かスッキリしない言葉を返される。


「私としても『触ったら惚れる』と言われては触る訳にはいかないからこういう方法に出ているだけで、けして本心では無い事を分かって頂ければと思います」


 レオナルドの誠実で真剣な眼差しに胸がまた高鳴りだす。駄目だ。

 もう十分恥ずかしい発言を受け入れてもらっているのだから、もうこの際これも言ってしまおう。


「レオナルド、悪いんだけど……私を見つめないで。惚れちゃうから。自分の容姿をあなどらないで」


 私の言葉にレオナルドは『貴方は何を言っているんだ』と言わんばかりの驚きの顔をされる。だけど1つ咳払いをした後、すぐに真面目な表情に戻った。


「わ……分かりました。惚れてから言われるより、最初からそう言って頂けた方が助かります。今後は少し視線をそらすように意識します」


 どうやらレオナルドは自分がかなり容姿に優れた人間だという自覚がないようだ。レオナルドにもアーサー位の自惚れがあれば良かったのに。


「それではアスカ様、また明日」


 食事を終えた後レオナルドが部屋を退室して再び一人と一匹になる。

 既に魔力が込められていた浴室でシャワーを浴びた後、用意されていた寝巻きを纏ってベッドに横になった。ロイはベッドに上がってこずベッドの直ぐ側で横になる。


(とりあえず、これでちょっとは時間が稼げるかな……)


 今日の一件で皇家が私を見限ってる可能性は充分あるけれど――今は見限られていない可能性にかけるしか無い。



 その日の夜は2回位大きな雷が落ちた。

 翌日のレオナルドのはいつもと変わらない態度だったので安心したと同時に、2回も雷落とす位イラッとしてお説教もしただろうに微塵も堪えてない息子を持つロベルト卿をちょっと気の毒に思った。


「父上はしばらくロットワイラーとの会談の為にイースト地方の別邸に滞在されるそうです」


 あの強面のロベルト卿と顔を合わせずにすむのは純粋にありがたかったのだけど『あのツヴェルフに外部の情報を一切与えるな』と言われたそうで、新聞を読ませてもらえないのは残念だった。

 そういう命令があったのならレオナルド自身からも外の状況を聞き出すのは難しいだろう。


 ただ、ダグラスさんは各地の魔物討伐に、クラウスは各地の怪我人の治療に飛び回る事になった事は教えてくれた。

 これで各地に平和が訪れて、怪我人も癒やされる――それだけで私の心は大分軽くなった。


 翌日からレオナルドは皇城に行ったり、自分の部屋に籠もったり――食事と散歩の時間以外は魔道具を作る作業に集中している。その間、私は平和で穏やかな日々を過ごす事が出来た。



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