第28話 黄金の鳥籠の外側で・1(※ダグラス視点)


 飛鳥の裁判が終わった後、通常の14会合が開かれた。水鏡に映るアレを皆が怪訝な目でチラチラと見ながらの会合だった。


 各地で暴れている上級魔物討伐については、ほぼ私に一任される事になった。とはいえ予想以上に数は少ない。どうやら合間合間にそれぞれの公爵が魔物討伐していたようだ。


 青もこれからクラーケン退治のついでにウェスト地方の魔物を一掃するという。本来こういう時に借りを返したいのだが、今返さないですむのはかなりありがたい。


 最短で片付けたい私にとって最大の問題は無駄な移動時間だ。午前中に動けない身であちこち飛び回っていてはあっという間に日が過ぎてしまう。

 討伐依頼の出ている魔物一覧を確認すると、まずはローゾフィアから時計回りに2領ずつ――1週間おきに皇都の館に戻って状況を確認し、また魔物討伐に出れば何とか一節以内にはカタがつきそうだ。


 昼休憩に入り、皇城にセレンディバイトの黒馬車が到着したタイミングで馬車の中で座っている元の体に収まって馬車を降りる。

 そして会議室に戻るなり赤に『いい加減にせんか馬鹿者!!』と殴られた。


 最悪の体調で身構える事も出来ずにまともに受けた一撃に意識が飛びかけたが、何とか倒れるだけで済んだ。


 だが中々起き上がれない私に『ああ、お主今体調が酷いんだったな! すまん!』と謝られ、肩をかされた。赤の思考もなかなか理解できない。


 赤から冷やしたハンカチまで押し付けられ、断る気力もわかずに腫れた頬を冷やす。そんな私をペイシュヴァルツがドン引きの眼差しで見つめている。


 馬車内で入れ替わって良かった、とでも思っているのだろう。そうだな――これは私が受けるべき痛みだ。


 私が赤に殴られて以降は14会合も皇位継承の儀も一応無事に終わった。


 大勢の騎士や兵士達が行き交う中散り散りに侯爵達が去る中、水鏡からアレが出される。


 まだ飛鳥に口づけされた余韻に浸っているのか、外に出され14会合で治療希望の多い領地を順番にならべた紙を突きつけられても、ずっと薄気味悪い笑みを浮かべている。


 そしてこちらをみて勝ち誇ったように笑みを浮かべる姿に――夕方になっても起きていられる姿に非常に激しい怒りを抱く。


 一体どれだけ飛鳥に触れれば、本来動ける時間を過ぎてもそこまで動いていられるのか――ヒューイの片割れに凌辱されていなくても、やはりこいつとは既に体を――


 そう思うと黒の槍でこいつを斬り殺したい衝動に駆られる。

 駄目だ。今そんな事をしてしまっては全てが水の泡になる。こいつをどう殺すかは全て片付いた時に考えよう。


 一言も会話を交わさない私とこいつに向かって黄は『こうなってしまった以上あのツヴェルフが息子の子を産むまで保護するが、貴様らに不審な動きがあればその後について一切保証しない』と脅してきた。


 飛鳥にお前の孫など産ませてたまるか――と大声で言い返したい衝動を抑えて館に戻り、ヨーゼフにまたしばし館を空ける事を伝えて皇都を離れた。

 途中でリビアングラス邸を横切る。中庭に飛鳥がいないかと思ったが、姿は見えなかった。


 ストレス解消、魔法の実験、金稼ぎ、名誉――これまでそういう理由で魔物を討伐してきたが、飛鳥が平和を願うのなら私は平和の為に魔物を討伐しよう。弱き民の為にこの槍を振るおう。


 そしてそれらは全て飛鳥の為だと言って回れば、灰色の魔女だなんて悪名も消えて黒の聖女と呼ばれるようになるだろう。


 そうなれば飛鳥も少しは私を見直してくれるかもしれない。その上私が今思い描いている事全てが上手く行けば、惚れ直してくれるかもしれない。


 私に好きと言ってくれた飛鳥は確かに存在していたのだから、失態以上の功績を残せばまだまだ挽回できるはずだ。


 そう自分を鼓舞しながら、まずはローゾフィアで討伐依頼が出ている魔物を片付ける。

 移動時間を動けない時間を死霊王の本と狂科学者の手帳の解読の時間にあてるなどして極力無駄を省きながら広大な領地の厄介な魔物を3日かけて一掃する。


 討伐完了報告にノイ・クレーブスを訪れると、既に戻ってきていた超人侯はかなり不機嫌だったが、それでも日が経って少しは落ち着いたようだ。


「お前、とっととあのツヴェルフと結婚して子どもの5人も6人も作ってしまえ。あのツヴェルフが他の男の子どもを育ててる姿を見ればロイドも諦めて帰ってくるじゃろ」


 非常にありがたい言葉を言われ、飛鳥の恩赦嘆願書にもサインしてもらった。

 朱の少年に超人侯より嫌な後ろ盾が出来てしまったのが厄介ではあるが、そちらも私が飛鳥に誠実に尽くす姿を見ればそのうち諦めるだろう。


 次にコッパー領の魔物を討伐する。この領地の中級以下の魔物は発生次第アーサーが騎士団を率いて片付ける事もあって数が少なく、日数は2日とかからなかった。

 討伐完了の報告の為にコッパー家に立ち寄ると、まず変人侯に頭を下げられた。


「すまないね。あの場で強制出産刑の大きなデメリットを伝えられたら良かったんだが……流石に自分と家族の命の方が惜しくてね」


 一瞬何を言っているのか分からなかった。私とアーサーの表情で状況を察したのか「ああ、実はね……」と事情を話される。


 地球のツヴェルフの感情が子どもの器の大きさに影響する――なるほど確かに、あの場でそれを言う訳にはいかなかっただろう。


 誰かに『具体的な証拠があるのか』と聞かれたらどうしても自分の息子アーサー武人侯の息子狂科学者の魔力の器の比較になり、結果武人侯の名誉が大きく損なわれプライドが傷つけられる事になる。下手すれば決闘を挑まれかねない。


 変人侯は銃という特殊な飛び道具を持っているが、剣聖と唄われる武人侯の剣さばきより早く撃てるかと言われたら厳しいだろう。

 恐らく変人侯が銃を撃つ前にアーサーにも勝るとも劣らない剣の腕を誇る武人侯の剣が変人侯の首を撥ねる。

 仮に先に撃てたとして銃を開発した事が露見して、どの道この男の首は飛ぶのだ。


「気になさらず。あの場で海底地震の事を思い出して頂けただけで十分感謝しています。それよりこちらを見て頂きたいのですが……」


 3人揃って狂科学者と手帳と死霊王の本を見比べ、私がしたい事を告げた上で手帳に書かれた理解できない点を確認すると、いくつか有効な助言をもらった。


 お陰で死霊王の本に書かれていたゴーレムの作り方の解析が出来たが、それ以外の項目は魔科学や呪術に詳しい者に聞いた方がいいと言われた。

 変人侯は本と手帳の両方からメモを取っていたのでまたロクでもない行動を起こしそうな気がしたが、まあアーサーがいれば恐らく大丈夫だろう。


 帰りに飛鳥の恩赦嘆願書に親子揃って署名してもらい、ロットワイラー制圧の際に買い取った魔晶石の代金も支払う。今回の魔物討伐の分は相殺されて多少金貨が残った。


 館の入り口に戻るより中庭から飛んだ方が早い、と中庭に出ると聞き覚えのある鼻歌が聞こえてきた。


 飛鳥も歌っていた地球の歌――歌の出処を追うと専属メイドと一緒に花の苗らしき物を温室へと運んでいるアーサーの母親と目が合い、鼻歌も止まった。

 この姿で会うのは初めてだなと思い軽く会釈すると、向こうも軽い会釈を返してきた。


 近づいては来ない。こちらも話す事はないのでそのままペイシュヴァルツに乗って一度館に戻る事にした。



 館に帰る途中、あの母親の穏やかな顔が気にかかった。

 彼女が持っていた花の苗箱には既に小さな花を咲かせている物があり、たまたま目に止まった中に武人侯と同じ髪の色の花があった、という事もある。


 アーサーは自分の母親に異父兄を殺した事を告げたのだろうか?

 先程話題には出なかったが、手帳を送ってきた際の手紙を見る限りアーサーが手を下したのは明らかだ。


(兄弟が殺し合ったと知ってあんな穏やかな顔をする母親は嫌だな……)


 死んだ息子と同じ色の花を穏やかな表情で植えようとする姿から考えると、知らないのだろう――と思った方が私の精神衛生上都合が良い。


 超人侯は『5人でも6人でも子どもを成せ』と言っていたが、公爵家でそれをすると血で血を洗うような関係になりかねない。

 もしそうなったら飛鳥は深く傷つき、壊れてしまうのが目に見えている。兄弟の数は慎重に考えなければ。




「お帰りなさいませ、ダグラス様」


 22時――体が重くなってきた頃にセレンディバイト邸に着くとランドルフに迎えられる。

「緊急の知らせはないか? 無ければすぐに出る」

「急を要する物はありません。そして全く急ではないのですがリビアングラス邸の黒騎士から定期報告が届いたので、ダグラス様にお渡しするように言われております」

「ランドルフ、それは何より優先すべき最重要案件だ。早く出せ」


 笑顔を浮かべるランドルフが手に持っている手紙を視界に捉えた瞬間、奪い取って中を確認する。


 『黒騎士』は黒の騎士団に所属する者の総称で他国、他領、様々な所にいる。その中でも他騎士団に紛れている者はスパイではなく、公侯爵が認める騎士団の監視役だ。

 過去その存在のお陰でクーデターや陰謀を未然に防いだ事も多い為、私とその騎士団を抱える公侯爵だけがその人物を把握し、その公侯爵の騎士団に在籍させる事が許されている。

 黒騎士は所属している騎士団に溶け込む為に普段は騎士団を全く同じ業務をこなしている。


 いつ黄がその事を思い出して黒騎士を配置転換させようとするか分からない。

 対策を取られるまではしっかり情報収集させてもらうし黄の息子が子作りに至ろうとした時は何が何でも邪魔してもらう。


 職権乱用、公私混同、何とののしられようと私はこの黒の公爵としての立場をフル活用させてもらう。


 手紙にはまず黄がロットワイラーとの会合の為に黄の大剣を息子に託してしばらくイースト地方の別邸に滞在する事が書かれていた。

 そして朝昼夕の食事の後に魔獣の散歩の為に中庭に出ている飛鳥を見る限り健康上の異常は見受けられず、出される食事も黄の息子と同じ物が出されている事が書かれていた。


 そこまではいい。だが――


<アスカ様がレオナルド卿に「触れたら惚れる」と宣言し、レオナルド卿は数百年前に作られた事があるという直接触れずに魔力を注ぐ魔道具の改良に取り組みだした事からリビアングラス邸は未だかつてない困惑の雰囲気に包まれています>


 飛鳥は一体何を言っているのか。


「……ランドルフ、これを見てヨーゼフは何と言っていた?」

「アスカ様は本当に良い家に保護された、と」


 確かに。確かにこんな突拍子もない事を言い出す飛鳥に付き合ってくれる黄の息子及びリビアングラスの誠実さには感謝せざるをえない。えないのだが――


 私があまりに気が抜けた顔をしてしまっていたのか、ランドルフが手紙を覗き込む。


「……ダグラス様、体を重ねたら一層情が湧いてしまう女性は多いそうです。そういう女性は最初のガードが硬く、頑なに警戒するタイプが多いのだとかつて祖父が話してました。ですからアスカ様は警戒されてる状態でまだリビアングラスの令息に惚れた訳ではないと思います」

「……体を重ねれば……」


 ランドルフが満面の笑顔で、励ましのつもりで言っただろう言葉は数日前に見て見ぬふりをした悩みを掘り起こす。


 やはりアレは飛鳥と体を重ねたのだろうか――? だから飛鳥はアレに操を立てるつもりでそんな事を言っているのだろうか?


 あの時、私に向かって好きだと言ってくれた飛鳥はもういない。マナアレルギーでその時記憶が吹き飛んだ挙げ句私は彼女に酷い事をしてしまった。


 『本当に、本ッ当に怖かったんだから……!!』


 あの時、そう叫んだ飛鳥の怒りと悲しみが混ざった表情を思い出し、これまで鼓舞していた気持ちが沈んでいく。


「ダグラス様、元気出してください」


 この状態で元気などさせるはずもなく――早々に館を出てペイシュヴァルツにペリドット領に向かうように告げて自分の思考から逃げるように眠った。


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