第37話 魔物狩り・2


 純白の光に目が眩んで、気づいた時には通路にはもうゴブリン達の姿が無かった。

 あれだけの衝撃と轟音だったのに、遺跡の中は何一つ変わっていない。


 建物を傷つけずに魔物だけが、綺麗に消滅している。


「ね、大丈夫でしょ?」


 振り返ったクラウスが微笑む。私の足の震えはいつの間にか収まっていた。


「この調子で隠し通路の先まで行くよ。アイツが来る前に全部片づけておきたい」

「え、でも……隠し通路の先は、どんな魔物がいるか分からないんでしょう!?」


 魔物との戦闘に一切恐れる様子もなく颯爽と歩き出すクラウスの言葉に思わず反論してしまう。


「大丈夫だよ。この弓の力、見たでしょ? ゴブリンだけじゃなく死霊や不死者相手にも効果を発揮する」

「でも――」


「ピィ!」


 どう引き留めようか言葉を選んでる最中にこの場所に似つかわしくない可愛らしい鳴き声が聞こえた。


「ピィ! ピィ! ピィーッ!!!」


 可愛らしいと思ったのは1回だけで、立て続けに聞こえる鳴き声に徐々にいら立ちが募る。

 何処で何が鳴いているのか――出所を探すと、これまで歩いてきた通路の方から小さい何かがピョンピョンと跳ねながらこちらに向かってくる。


「……鳥?」


 私の足元まで来たそれは手の平に乗る位小さな、微妙に目つきの悪い灰色の小鳥――というよりはひなだった。


「……魔物ではなさそうですね。迷い込んだのでしょうか?」


 セリアが構えていた2つの剣を下ろす。小鳥は私達を通り過ぎ、クラウスの周囲を跳ね始めるがクラウスは小鳥の存在を無視して歩きはじめる。


「ちょっとクラウス! 危ない! 踏んじゃうわよ!? ああ、もう……鳥さん、こっちおいで!」


 私の言葉に反応した灰色の雛がこちらに近寄ってくる。しゃがみ込んで手に乗るよう促そうとした時、ふと疑問がよぎる。


(フンとかされたら困るわね……)


 意外と鳥という生き物は糞を巻き散らかす。ゴミ捨ての際や通勤時に路上に落ちている鳩やカラスのフンを見る度、憂鬱な気分になった事を思い出す。


 しかし、私の見上げている小鳥の、光の無いやや横長の黒い目は心なしか私の手が差し出されるのを待っているように見える。


(どうしよう……)


 既に「こっちおいで」と言ってしまった手前、突き放すのはあまりに可哀相というか――自分が物凄く嫌な人間になってしまう。

 だけどフンで服や体が汚れる状況になるのも嫌だ。よくアニメや漫画で可愛い獣や鳥を肩に乗せたりしているけれど、その辺の事情ってどうなっているんだろう?


「……ねぇ、貴方、人の言葉分かる?」


 そう小鳥に問いかけてみると、小鳥はコクりと頷いたように見えた。


「フンとかする時は私から離れてできる?」

「アスカ様、鳥相手に何言ってるんですか?」


 セリアがやや呆れ気味にツッ込んでくるが、小鳥はまた頷いたように見える。

 先程の「こっちおいで」が伝わったんだ。ただの鳥じゃ無いのかも知れない。もしくはこのチョーカーは鳥にも有効なのかもしれない。


 覚悟を決めて手を差し出すと、小鳥はちょこん、と私の手のひらに収まった。

 同時に、通路の奥でまた轟音が響いた。急いで音のした方へ駆け寄るとやっぱりクラウスが2回目の弓を引いていた。


「クラウス! 一人で先に行かれたらはぐれてしまうわ!」


 振りかえったクラウスは私が持っている鳥に視線を向けて苦笑いする。


「……そんな醜い鳥、連れて行くの?」

「醜いって……そりゃ、まあ、可愛いとは言い辛いけど……こんな所に迷い込んだの放置するの可哀相じゃない?」


 クラウスが魔物を一掃してくれているとはいえ、また魔物は現れるだろう。

 そんな中でこんな小さな鳥を放置したら、悲しい事になるのは目に見えている。


「可哀相、ね……」

「そ、それに何かほっとけない顔してるし……このブサ可愛い感じとザワザワした手触り、私は結構好きよ?」

「……好きにしなよ」


 手の平に乗る鳥をもう片方の手でついつい撫でていると、クラウスは呆れたように肩を竦めてまた奥の方へと歩き出した。


 埃と土の独特の臭いが漂う狭い通路の中、クラウスを先頭に私が真ん中で小鳥を持って一番後ろをセリアが歩く。


 魔物の群れを発見次第クラウスが弓を引いて消滅させていき、道中で何度か分かれ道がある場所はクラウスは位置を把握しているのか迷わずに歩いていく。


 それを見ているうちに、少しずつ魔物に対する未知の恐怖感が薄れていく。でもクラウスのちょっと焦っている感じが、別の不安を煽る。


 ちら、と手のひらの雛を見ると先程とは違い、鳴く事もなく大人しく手の平に収まって撫でられている。

 クラウスが向けた冷たく蔑んだ視線も『醜い鳥』という言葉も、この雛に伝わっているのだろうか?


 可哀想な灰色の鳥――灰色の雛と言えば、連想する一つの昔話。


「あのね、白鳥って子どもの頃は灰色なんだって。だから貴方もいつか凄く綺麗な白鳥になれるかもしれないわよ?」


 実際、白鳥の子どもがどんななのか知らないけど。そもそもこの世界に白鳥が存在するのか分からないけど。

 私の励ましが届いたのかどうかは分からないが、小鳥は「ピィ」とだけ返事した。


「名前どうしようかなー……灰色だけにグレイ、スワン……」

「え? 飼うんですか?」


 色にちなんだ名前をつけるか、白鳥になれるようにという願いを込めるか、悩んでいるとセリアが驚きの表情で聞いてくる。


「駄目?」

「駄目ではありませんが、野生の鳥ですし、安全な所まで来たら逃がしてあげた方が宜しいのでは……」


 人語を理解してるように見える鳥なのでついつい愛着が湧いちゃったけど、確かに野生の鳥なら逃がしてあげた方が良い。私もいつまで面倒見られるか分からないし。


「じゃあピィちゃんでいっか」


 一時的に付ける名前なら、この位安直な名前の方が良いだろう。そんな私達のやり取りを一度も振り返る事なくクラウスは先へ先へと進んでいく。



 そんな微妙な空気の中、どのくらい歩いただろうか? 狭い部屋にたどり着いた。

 入ってきた所以外の道はなく、一見行き止まりのようだけれど――


「招待状に書いてあった話だと、ここの石に魔力を込めれば……」


 少しだけ他の壁と違う色合いの壁を前に、クラウスが呟く。


「お待ちくださいクラウス様、ここから先は未知の領域です。ダグラス様を待ちましょう」

「ピィ!」


 魔力を込めようとしたらしいクラウスをセリアと私の肩に場所を移したピィちゃんが制する。


「未知の領域だとしても、この辺りに出る魔物なんてたかが知れてるよ」

「……僭越ながら申し上げますが、既に開かれているはずの入り口が塞がっているのは魔物が塞いだから、と考えるのが自然です。知能の高い魔物がいる可能性を考えると、相手に利があるこの状況で焦りは禁物です」


 セリアの警告は的確だった。開かれた道が再び閉ざされているという事は閉ざした誰か、あるいは何かがいるという事。その先に罠が張られている可能性も考えられる。


「そうね……お弁当、馬車に置いてきちゃったし一度上に上がらない? 今から上に上がれば大体お昼ご飯の時間でしょ?」


 私の言葉にクラウスは胸にかけていた懐中時計を確認する。


「……そんなにこの神器と僕の事が信頼できないなら、先に上がればいいよ。僕はダグラスが来る前に帰りたいんだ」


 クラウスは冷たい声でそう言い捨てた後、私達の制止を聞かずに石に魔力を当てる。

 部屋が揺れて壁の一部分が綺麗にスライドしていき、人一人が通れる位の通路が開かれた。


 それと同時に鼻を突くような強烈な臭いが私達を襲う。


(……嫌な、予感が、する)


 予感という言葉を使うにはあまりに強すぎる異臭に、また、私の足が小さく震えはじめた。


―――――――――――――――――――――――――――――――

※後書き+注意事項


 本作を読んで頂きありがとうございます! 星やフォロー、感想等執筆の励みになっております。


 これ以降、魔物狩り編では所々で残酷な描写が入ります。そういった描写が苦手な方はご注意願います(「第47話 狩りのまとめと反省会」にて魔物狩りで何が起きたか簡潔にまとめてあります)。


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