第16話 パーティーの終わり
セリアが私の所に戻って来たのは鐘の音が鳴ってしばらく経ってからだった。
あの鐘の音を合図に会場を後にしたのはダグラスさんだけじゃなかった。大半の貴族が帰途につきはじめており、ホールの方が一層騒がしくなっている。
通路やホールで待つ事を嫌がる貴族達のグループがあちらこちらで話に花を咲かせる中、片隅で黒い紙袋を抱えて呆然とした状態で壁にもたれかかっている私を見てセリアはどう思っただろうか?
「アスカ様、大丈夫ですか!?」
強く肩を揺すられ、色々な嘆きから引き戻される。
「ああ、セリア……私、もう色んな意味で限界だわ……」
「分かりました。パーティーはもう終わりですので、ドレスルームに戻ってドレスを脱いで化粧を落として楽になりましょう。そのプレゼントは私がお持ちします。」
色んな意味、をどこまで察してくれたのかは分からないけど、セリアは小さく頷き黒い紙袋を受け取ると、先導して歩いてくれる。
(ああ、ようやく終わるのか……いったいどの位の時間が経ったんだろう……)
なんて、実際はほんの2~3時間の出来事のハズなのに、とても長い時間のように感じた。
道すがら貴族達に会釈される中、反射的に会釈を返す。
こちらに話しかけようとはしてこないけど、かといって無視してダグラスさんに睨まれるのも嫌なんだろう。
こっちだって目が合った人が会釈してる事に気づいているのに会釈をしない、という訳にはいかない。
顔にできうる限りの愛想笑いを貼り付け『貴方に敵意を持っていませんよ』というお互い無難な会釈合戦を続けながらソフィア達を探す。
他の皆はこの時間をどんな風に過ごしたんだろう? 後で色々聞き合いたい。
というか色々愚痴を分かってくれる人に吐き出したい。そんな私の不穏なオーラを察してか、部屋に着くまでセリアは何も聞いてこなかった。
結局誰にも会えずに部屋に戻り、ドレスとコルセットを脱ぐ。化粧を落とすと、鏡には私の疲れ切った顔が映っていた。
化粧していたとはいえ、先程の愛想笑いは貴族達にはどう見えたんだろう? 少し不安になる。
「こちら、ネグリジェとストールを用意してあります。後はアスカ様の部屋にご案内いたしますね。部屋に着いたら後はもう寝るだけです……頑張って!」
セリアに応援されながら薄い水色のフリルが付いたネグリジェと藍色のストールを身に纏い、部屋を出た。
パーティー会場となったホールの辺りの通路はパーティーが終わっても騒がしかったけど離れる内に段々とその喧騒が遠のき、静寂漂う広く薄暗い廊下を歩く。
「部屋は皆別々なの?」
「そうです。皆さんもうご自分の部屋に戻られてお休みになっているようですね」
え、と思わず声が漏れる。
確か、リヴィはパーティーでお互い見初めあったらそのままその貴族の元へ行くこともありうるような事を言っていた。
パーティーの最後に皆で会うタイミングがあれば――あるいはダグラスさんと別れた後に皆の様子を見に行ければ良かったのに。
「何か一声かけてくれてもいいのに……」
「……あの状態のアスカ様に声をかけられる強者は、そうはいないと思います。こう、上の空といいますか、天井ぼんやり眺められながら口をパクパク動かされては、声をかけたくてもかけられないと言いますか……」
「分かった、分かったから!」
改めて自分がどういう状態でいたのかを知り、恥ずかしくなって話を遮る。
ふと窓の向こうを見やると、やはり大きな青白い星がこちらを照らしている。あの星に名前はあるんだろうか?
あの星明かりも帰途に就く馬車の小さな光が点在する光景も何処となく神秘的で、つい見惚れてしまう。
「アスカ様、こちらのお部屋になります」
セリアの言葉に窓から視線を戻し、手で示された部屋のドアを開けると、一瞬、高級ホテルのスイートルームに入ったかのような錯覚に陥る。
部屋は一人で使うには十分な広さだった。そのうえ見るからに高級そうな調度品が揃えられていて、何より天蓋付きのベッドが目を引き付ける。
「そしてこの部屋の隣から順にユーリ様、ソフィア様、アンナ様の部屋になります。今日はもう遅いので何かお話しされたいのでしたら明日にされた方がよろしいかと」
セリアの言い方だと皆まだこの城にいるようだ。良かった。
「今日は本当にお疲れさまでした。ここでの生活については明日ご説明させて頂きすね。それでは明日、7時30分にお迎えに上がります」
セリアは深くお辞儀して、静かに部屋を出ていった。
一人残された部屋で、早速天蓋付きのベッドに横になってみる。マットレスが良い感じに体重を支え、もう今日は絶対起き上がらない事を決意させてくれる。
(ああ……ようやく、ゆっくりできる……)
一度馬車の中でも眠ったけれど、やはり大の字で寝るのとは訳が違う。
ドレスとコルセットから解放された体も軽い。ちょっとシャワーとか浴びたい気持ちもあるけど、今日はもう起き上がりたくない。
色々考えなきゃいけない。向き合わなきゃいけない感情もあるけれど。いざ実際こうやって時間が取れたら、まず真っ先に体の疲れが眠気を伴って押し寄せてくる。
(今はただただ、眠りにつきたい。これからどうするかは、明日の朝考え……)
やらなければならない事を全て明日に押し付けて一つため息をついた後、私の意識は静かにゆっくりと闇の中に沈んでいった。
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