第220話 とあるメイドの勝負事・2(※セリア視点)
皇城の門番に『皇家に報告したい事があるのでネーヴェ様にお会いしたい』と告げると、しばしその場で待たされる事になりました。
以前門の前でアスカ様の帰りを待っている際に何度か話した事のある兵士だったので顔パスで通してほしかったのですが――皇城を出たツヴェルフの専属メイドを顔パスで通してくれるような人間に皇城の門番は務まりませんから、仕方ありませんね。
その間、見える範囲で城や庭の様子を眺めているとメイドや騎士達がバタバタと走り回っていたり所々で何やら話し込んでいるのが見えます。
この慌ただしく不穏な空気――何かあったのは明白です。
門番に何かあったのか尋ねるとそこは見知った仲なので「ユーリ様が朝から行方不明なのです」とサラリと教えて下さいました。
聞いておいてなんですが部外者にそういう話をするなんてこの方、あまり有能な人間ではありませんね。
その状況を知った上で改めて城の様子を眺めていると、ユンの姿が見えました。向こうもすぐこちらに気付いて顔をしかめながら近づいてきます。
「セリア……どうしてお前がここにいる?」
「あら、私がここにいたら何か問題でも?」
挑発するように微笑んで見せると、ユンの鋭い眼光が光る。
「大問題だ。ツヴェルフに漆黒の下着を着けさせたという疑惑が上がっているメイドを何故捕らえない?」
ユンがその鋭い眼差しで門番を睨みつけると門番は少し狼狽えています。何だか可哀相になったのでフォローを入れます。
「その件については昨夜ダグラス様とリビアングラス公が直接話し合って解決したの。今ここで私を捕らえても恥をかくのは貴方よ?」
「出任せを……」
先程も説明したのだけど、普通はそうやって疑うべきよね。私もそう思うわ。でも残念ながら事実なの。
「嘘だと思うなら今ここで私を捕まえてリビアングラス公の前に突き出してご覧なさいな? 私は逃げも隠れもしないわ。公爵の前で恥をかく貴方の顔、見てみたいもの」
ハッキリ言い返すとユンはバツが悪そうに視線を反らします。
「チッ……お前は本当に悪運が強いな。悪いが今ここでお前の相手をしている時間はない。失礼する」
盛大な舌打ちをされたあと、ふい、と背を向けられ早足で去っていく。
ユン――私、貴方の事が嫌いなの。ずっと昔……幼い頃から大嫌いなの。
だから貴方の事がよく分かる。きっと私は他の誰より貴方の事を知ってる。
分かるわ。主が突然行方不明になれば慌てもするし、冷静にもなれないし、色んな可能性を考えて頭がいっぱいになる。今朝の私のように。
ユーリ様という、貴方にとって大切な主が行方不明というこの状況でいつものように私に絡まないと気がすまない程度には冷静な時点で貴方が本当に慌ててる訳ではない事が分かるのよ。
ええ、長い付き合いだもの。さっきの貴方は、本当に慌てている貴方とは違った。
去っていくユンの背を見ながらユンが何を企んでいるのか考えていると、ユンの向こうからネーヴェ様が少し駆け足でやってきた。
「セリア、お待たせしました。何か御用でしょうか?」
普段感情を見せないその表情は今明らかに焦っている。
「アスカ様がクラウス卿にさらわれました。皇家の方なら行き先を知っておいでかと思いまして」
「……知りません」
ふふ、ネーヴェ様もしっかりしているように見えてまだまだ子ども。その言い方と顔を逸らすタイミングで嘘を付いてる事位分かるんですよ?
予想外の出来事だけど心当たりがある――そんな感じが伺い知れます。さて。どうしたものかしら……追求するべきか、それとも……
「……聞けばユーリ様も行方不明だそうですね? よろしければ探すのをお手伝いいたします」
追求して嘘偽りを並べ立てられても困りますし、協力するついでに皇家に恩を売っておいた方が損はありませんよね。
「……心当たりがあるのですか?」
再びこちらに顔を向けるネーヴェ様の眼には、僅かに光が宿っている。
藁にも縋りたい、そんな気持ちがありありと現れてます。
「いいえ……でも状況を教えて頂ければピンとくるものがあるかも知れません」
「……昨日の夜、リアルガー家の懐妊パーティーから帰ってきてユーリの部屋の前で別れて……今日の朝、ユーリがいないと報告を受けて……」
ユンの名前に改めて彼女が去った方を見ると、少し離れた場所でこちらを睨んでいるのが見えました。
あれは後でネーヴェ様に私と何を話したか聞き出そうと思ってる顔ですね。間違いありません。
「夜中に不審者等は?」
「今の所は何も……ただ、皇城の非常口近くの結界に一時的に穴が空いたような形跡がありました。恐らくはそこから……ただ、その非常口を開けた形跡はなかったので……」
それだけでは確信には繋がりません。ですが先程のユンの態度を考えるともはや犯人はユンとしか考えれらません。
橙・黄系統の人間は手先が器用で魔導工学に適性がある者が多い。ユンにもそっち系統のテストは一度も勝てませんでした。
魔導工学とその基礎である工学の知識を持つユンならば外壁の非常口のロック解除位出来てもおかしくない。
結界に一時的に穴をあけるような魔道具だって
どうしましょう? 全ての情報と私の勘が全力でユンが犯人だと告げてきます。
(……人を借りるべきかしら? いえ、恐らく私が人を借りた時点でユンは疑う……)
それにユーリ様が自主的に行ったのか、無理やり連れ去られたのか分からない内から人を借りるのは得策とは言えません。
「そうですか……それだけだと何も分かりませんね。ただ、城の中は皆さんで既に探されているでしょうから私は外を探してみます。皇城の馬車を一台お借りしてもよろしいですか?」
あえて詳細は伏せて必要な事だけ伝えるとネーヴェ様は小さく頷かれました。
「構いません。もしユーリが見つかったらすぐここに連れてきてください」
「わかりました。ああ、これをしばらく預かっていて頂けますか? アスカ様が召喚時に着ていた服と私物です」
黒い紙袋を差し出すと困惑の表情を浮かべられる。ネーヴェ様、一節前に比べて表情が分かりやすくなって年相応の少年らしさが出てきた気がします。
「僕はアスカの居場所を知らないと言ったはずですが……?」
「預かって頂くだけです。もしかしたら戦闘になるかもしれませんから。私、片手が塞がったまま戦える程強くありませんので。それとネーヴェ様、くれぐれも今の話は全て内緒でお願いしますね。余計な敵を増やしたくないので」
善は急げ。動くと決めたら何事も早い方がいい――そう思って門の前の階段を降りようとした時、大切な事を言い忘れている事に気がつきました。
「どうかネーヴェ様に緑の光の導きがあらん事を」
それだけ言って、階段を降りていく。これで気付いてくれればいいのですけれど。
(……何をしているのでしょう。本当に)
早くセン・チュールに行きたいのですけどこの調子じゃアスカ様に会うのは厳しいかも知れません。
でもアスカ様に会った所で私に何が変えられる訳でもない――アスカ様を引き止められるのは私じゃない。
いえ、きっと私が命を張ればアスカ様は残ってくれるでしょう。でもそれはアスカ様を悲しませてしまう行為。
私が行ってもアスカ様を喜ばせる事などできないのです。
(ユンが何を思ってユーリ様を連れ出したかは分からないけれど……もしユーリ様が無理矢理さらわれたのだとしたら……)
きっとユーリ様を助けたらアスカ様は喜んでくれる気がする。それが恩返しになる気がするのです。
そう。私は<恩を返さない女>になりたくないだけ。ただそれだけ。
公爵家の中で一番小さいセレンディバイト邸を更に3周りほど小さくしたような、だけどちょっと垢抜けてお洒落な家が並ぶ閑静な貴族街。
そんな中にひっそりと建つ、この青い屋根の家に戻るのも久しぶりです。
馬車を皇城に戻らせて玄関に入ると丁度洗面器を持ったお父様と目が合います。元々小柄で華奢な印象のあったお父様ですけど、歓迎パーティーで会った時よりずっとやつれている感じがするのは気のせいかしら?
「セリア! お前って子は本当に心配ばかりかけて……!」
お父様は私を見るなり驚いたように駆け寄ってきました。洗面器の中は綺麗な水とタオルが入っています。
「お父様、お仕事は?」
「お前の主の噂で視線と胃が痛いから3日ほど休みを貰ったんだ。お前は手紙1つよこさないから何を聞かれても答えられないし……頼むから週に1回は手紙を送ってくれ。お前が仕える先が先だけに不安で仕方ない」
あらあらまあまあ……確かにアスカ様は新聞の紙面で色々お騒がせしてますけど、そんな噂程度で胃を痛めるなんてヘタレにも程があります。
まあ実際、常にゴシップに飢えている噂好きの貴族達にとってアスカ様のような奇抜なツヴェルフは恰好の餌。ましてその奇抜なツヴェルフを寵愛するのが国の英雄であるダグラス様とあっては尚更。
先日のクラウス卿がアスカ様を誘拐した一件で様々な噂が流れているだろう事も予測できますし、目立たないように慎ましやかに働くお父様の胃もさぞ傷まっている事でしょう。
そして、いつもなら私の声がしたらすぐに出迎えてくれるお母様の姿が一向に見えません。
「お母様は?」
「お前の主の事を隣に盛大に馬鹿にされて熱を出して寝込んでいるよ。全く、娘でのマウント合戦が終わったと思ったら今度は娘の主でマウントを取り合って……一体何が楽しいんだか……」
ああ、洗面器はお母様の看病の為ですのね。相変わらず仲はよろしいようでちょっと安心しました。
「そうですか……ごめんなさいお父様。その噂はじきに消えます。お母様にもそう伝えてくださいな」
また別の噂が立つかも知れませんけど。
「セリア、お前が向上心のある有能な娘である事は誇りに思うが、私達は慎ましやかに、健全に暮らしていければそれでいいんだよ。何も様々な危険を伴うツヴェルフの専属メイドにならなくても……」
私はお父様のように与えられた仕事を淡々とこなすような人生は嫌です。
自分の実力をいかんなく発揮できて、それに見合った報酬と名誉が与えられる場所で生きたい。
自分の限界まで上り詰めて初めて、その地位に見合った慎ましやかで無難な生活を送りたいのです。
「お父様、代々淡々と与えられた仕事だけ無難にこなして生きているからアウイナイト家は男爵の地位から上がれないのです! そんなだからお隣のスファレライト子爵家に馬鹿にされ続けるのです!! 我がアウイナイト男爵家がスファレライト子爵家を見返すにはツヴェルフの専属メイドになって功績を上げて女伯爵の爵位を授かるしかないのです!!!」
専属メイドに選ばれた際にも言った事を改めてハッキリ申し上げるとお父様から深い溜め息が返ってきます。
「……お前もエミリアもお隣お隣……お隣と張り合っても仕方がないだろう? 何故私のように無視する事が出来ないんだい? 無視すれば相手は絡んでこないよ?」
それはお父様が向こうから<絡む価値もない小者>とみなされているからです。アウイナイト家の主であるお父様が最も相手にされていないなんて、ああ悲しい。
それ以上お父様のお説教を聞いてる暇はないので2階に上がり隣の館の様子が見える部屋の窓から様子を伺う事にしました。
悪趣味な黄色の屋根に庭を飾る黄色の花――眉を潜めつつ見守っているとしばらくして隣の家の前に馬車が止まったのが見えます。
(まだ……まだです)
まだ止まっただけ。今はまだ出るタイミングじゃありません。
そのまま見守り続けるとゆっくりと馬車のドアが開き、姿を表したのは黄金に輝く鎧を身に纏う黄の公爵令息――レオナルド卿が2人の騎士と共に馬車から降りてきました。
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