第83話 色々問題抱えつつ・2


 しまった、優里の写真が貼ってある物をマジマジと見てたらそりゃあネーヴェも反応するよね、と思ったけど――その眉を顰めた表情はこれが何か分かっているからこその表情な気がした。


(ネーヴェは皇子だから……通信機を見た事があってもおかしくないのよね……)


 ただ、私の傍に色神が2匹もいるこの状況で迂闊な事を言えない、と判断してくれたのだろうか? 言葉が続かず困惑している様子が伺える。


 この感じならサラッと受け流す事で切り抜けられるかもしれない。

 でもその後のヴィクトール卿の視線が怖いし、ネーヴェも多分皇帝には報告する。


 皇帝がどんな判断を下すのかわからない以上、ここで誤魔化すのは危険だ。

 どうすればこの状況を切り抜けられるか――この私の中の(バレたら不味い)という恐怖や不安に近い感情を消しつつ、私がこの世界に敵意や悪意がない事をネーヴェや皇帝達に分からせる方法――


 必死に思考を巡らせる中、まず真っ先に最初に思いついた案が一番確実だと判断して真っ直ぐにネーヴェを見据えて微笑む。


「ネーヴェ……これ、優里からのプレゼントなんだけど……欲しい?」


 偽装工作や暗号を使ってまで私のいざという時の逃走手段を用意してくれた優里の気持ちはとてもありがたいけど、私がこれを所持し続けるのはかなりリスクが高い。


 全面的に私の味方になってくれそうなクラウスはともかく、問題は盗聴盗撮盗難フルコンプのダグラスさん――ダグラスさんの色神であるペイシュヴァルツも要注意だ。


 それにロベルト卿はカルロス卿に大分抑えられていたとはいえ、私という不穏因子を受け入れる事に対して物凄く葛藤しているのが感じ取れた。これ以上悪印象を持たれたくない。


 ダグラスさんやヴィクトール卿、ロベルト卿に睨まれる位ならネーヴェにこれを託した方がいい。

 惜しいと思う気持ちもあるけど、元々無かった物だと思えばそんなものだ。


 さっき通信機は皇帝の物だと言っていたし、自分用の通信機を持てたらきっと嬉しいはずだ。

 今なら写真立てとして怪しまれずに渡せる。これを使うも使わないもネーヴェ次第。

 少なくとも私が持ったまま何かやらかされるより、自分が持っていた方が安心できるだろう。


 そう考えて<優里からのプレゼント>を特に強調して説明すると、予想外にもネーヴェが私から視線をそらして床を見据える。


「……ユーリからアスカへのプレゼントを、僕が受け取る訳には……」

(真面目かっ……!!)


 それはネーヴェの「見逃します」宣言かもしれない。

 でも私自身この先オジサマに感情見透かされたりしたら隠し通せる自信がないし、もし運良く切り抜けられたとしても、今後見つかってしまった時に疑われるのは必然――見逃されたら困る。


 後でこっそりクラウスに託す、ってのも考えたけど――正直クラウスの今の立場もかなり危うい。

 この状況でもしこんな物を隠し持っているとバレたらどうなるか分からない。


「私は大丈夫よ。今しっかりこの2人の姿を目に焼き付けたから」


 全力の笑顔を貼り付けて箱に手紙と通信機を戻し、ネーヴェの前に差し出す。それでもネーヴェはもらってくれない。


(どうすればもらってくれるのかしら……)


 帰ってくるなり危機に晒されるの本当勘弁して欲しいと思いつつ、色神達に不審がられない内に何とか渡したい――必死に思考を巡らせる。



 何だっけ、こんな時に有効なことわざ、押して駄目なら――



「そう……それなら自分で飾るわ。でもさっきこれダグラスさんやヴィクトール卿、ロベルト卿に見せてなかったからこれ優里からのプレゼントです、って見せないと……!」


 その言葉にネーヴェの表情が明らかに固まる。「は!?」と言いたげな表情に確実な手応えを感じる。


 先程ロベルト卿はパソコンやスマホを誰より注意深く操作方法を確認していた。

 洗浄機をリビアングラスに持ってきた時のアーサーとの会話や、レオナルドのお父さん、という点も考えたら魔道具や機械関係に強いのはほぼ確実だ。


「……単なる写真立てならわざわざ見せなくてもいいのではないですか? 公爵達の手を煩わせるのは……逃げたツヴェルフ達が嬉しそうにしている写真など誰が見ても好ましく思わないと思います……」


 いい反応――やっぱり恋は人を狂わせる。


「それはそうだけど……でもそれなら尚更、逃げたツヴェルフの写真なんて黙って持ってたら『この女、まだ何か企んでいるのでは!?』って思われそうじゃない? 別にやましい気持ちはないんだし、何でも素直に言っておくのが一番よ。でも取り上げられて処分されたりしたら優里に悪いし……だからネーヴェにあげるって言ってるのよ」


 こっちだって優里やル・ターシュの人達を危険に晒したい訳じゃない。でも私は私でもう酷い目に合うのは御免被りたい。


 そこまで考えた所でネーヴェはため息を付いて通信機が入った箱を受け取り、亜空間に収納する。良かった――これで物的証拠は無い。

 バレないと思うと大分気も楽になった。うん、これなら、ヴィクトール卿に対面しても大丈夫そう。


「本当に、いいのですか? ユーリはアスカにこれを……」

「いいわよ。さっきも言ったけど、その写真の笑顔とそれを贈ってくれた気持ちだけで十分だわ」


 それに、多分優里がこれを私に託したのは『何かあった時に助けたい』という気持ちもあるだろうけど『ル・ティベルの情報を集めたい』という気持ちの方も結構大きい気がする。


 一ヶ月前――地球につくまでに光の船でル・ティベルのあれこれ話すと優里は目を輝かせてメモを取っていた事を思い出す。

 本当に好奇心の塊のような子だなぁと思ってたらいつかこの世界ル・ティベルを舞台にした物語を書きたいと言っていた。


 ル・ティベルにバレないか心配したけど『大丈夫! 向こうにバレないように名前とかはちょっと捻ります!』と言っていた。


『40年後に召喚された子が私の小説を知っていたら私みたいに「えっ、もしかしてここは……!?」ってなるかもしれないじゃないですか。その時に帰るヒントになればと思って……って、広まるかどうかは分からないんですけど、やれるだけの事をやってみたいんです!』


 その時はなるほど、と素直に感心した。

 優里がおばあちゃんの昔話で活路を見出したように、未来の誰かに活路を与えたいと考えるのは自然な事だ。

 無料で小説や漫画、動画を投稿できるサイトもいっぱいあるし、やって出来ない事じゃない。


 義務感だけでなく本当に楽しそうに話す優里を見ていると、何だかそう遠くない内に広まりそうな気がする。


 イヤリングやチョーカーを借りパクしたソフィアに、こっそり地球でル・ティベルの事を広めようしたり大胆な手段を取ってくる優里――まあ一番やらかしてる私が彼女達にアレコレ言う資格は無いけど。


 もし皇家がまた地球からツヴェルフを召喚するような事があれば「善良で大人しい人」という条件をつけた方が良いんじゃないかと思いつつ、優里やソフィアには本当助けられたしそういう行動に(いいぞ、もっとやれ!)と思う自分もいるので多分皇家にそれを助言する日は来ない。


 召喚された人間だって意思がある。また星に帰りたいと願う子が召喚された時、私が助けてあげられる自信もない。

 優里の書いた物を読んだ子が召喚されたらそれはきっと、運命なんだと思う。


 『もし優里の書いた話が乙女ゲーになったら、乙女ゲー転生じゃなくて乙女ゲー転移になるのね。ちょっと面白いわね』なんて、最後はそんな感じで終わった話だけど――


「……ねえネーヴェ。人工ツヴェルフが作れるようになったんならもう他の星からツヴェルフが召喚されなくなるの?」

「……分かりません。人工ツヴェルフにはまだ分かっていない部分も多いですから。それに万が一の事故に対処する為の幽体修復薬ユリルリペアが無いと駄目だそうで、セレンディバイト公は今それの作り方を研究しているそうです」


 器を修復する薬――ダグラスさんがそれを重視している事に安心する。ちゃんと人の命の重さを分かってくれている。


「そう……上手くいけば私が千人目で最後のツヴェルフになるのね……」


 私の呟きにネーヴェからの返答はないまま宙に溶けて消えた。


 ロイが尻尾を振って耳を下げてジーッとキラキラ光る眼で見つめてくるので、再びネズミの玩具で遊んでしばらく経った頃、ダグラスさんが入ってきた。

 ロイを見るなりちょっと眉を顰める。


「あの……ダグラスさん、セレンディバイト邸にこの子連れて行ってもいいですか?」

「……構いません。こうなるのは分かってましたから」

「ありがとうございます……ところでクラウスは?」


 念の為ダグラスさんの背後を確認しても、クラウスも他の公爵の姿もない。


「アレは公爵達の説教タイムです……飛鳥さん、今節の貴方の所有権は私にあるので今節中は私の前で一切クラウスの話をしないでください。そしてラインヴァイスを頭に乗せないでください」


 ああ、そうだ、その辺はちゃんと気をつけないと、とラインヴァイスをそっと頭から下ろす。


「またね、ラインヴァイス」


 そう言って立ち上がるとラインヴァイスは「キィ!」と一鳴きした後、ピシッと私に向かって両翼を広げ、その後会議室の方へと羽ばたいて壁をすり抜けていった。


 今のもダグラスさんからしたらあんまり良くなかったかな――と思いながら再びダグラスさんに視線を戻す。


「なるべくダグラスさんを不快にさせないように努力するけど……こういう挨拶はちゃんとしたいし、ついポロッと出ちゃったらごめんなさい」

「……私もつい飛鳥さんの機嫌を損ねる発言をしてしまうかも知れませんから、その程度の挨拶やポロッと出てしまう位はいいです……それでは、帰りましょうか。私達の家へ。ああ、それより先に」


 穏やかで優しい微笑みと共に両手を広げられる。


「おかえりなさい、飛鳥さん」


 その言葉に大きく心臓が鼓動するのを感じる。久々のキュンというか、ギュンと言うか。


「た……ただいま、ダグラスさん」


 おそるおそる近づいてハグした瞬間、ギュッと力強く抱擁される。

 服越しに伝わる体温や硬さ、黒の魔力の安らぎを感じる。


 ダグラスさんの嬉しそうな顔も含めて、それら全てが心地良くて(戻ってきて良かった)と思ってしまう辺り、完全にこの人に落ちちゃってるなぁと自嘲してしまう。


 そして、ふとこの場にネーヴェがいる事を思い出して急に恥ずかしくなり、顔をチラとネーヴェの方に向けると、ネーヴェは顔をそらして見てないフリをしてくれていた。


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