第84話 専属メイドと再会して
ハグを終えた後、ダグラスさんに付き添われて部屋を出て皇城の中庭に出る。
「ペイシュヴァルツ」
ダグラスさんの呼びかけに後ろをトコトコと着いてきたペイシュヴァルツが反応して私達の前に出てたかと思うと、みるみるうちに馬と見間違える位の大きさに巨大化した。
前は白かったはずのお腹が真っ黒になっている事に違和感を覚えてダグラスさんに尋ねると「私の中にあった白の塊の影響で一部白くなっていただけで元々は黒いんです」と説明してくれた。
(そうだったんだ……あの部分、ちょっと可愛くて好きだったんだけどな……)
ちょっと寂しさを感じつつ頭を低く下げるペイシュヴァルツの上に乗る。
続いて後ろに乗ったダグラスさんの存在感が凄くて、眼の前にいる訳でもないのにどうにも落ち着かない。
青い空に白い雲、そして皇都の綺麗な街並みに意識を集中させていると黒い屋根の洋館――セレンディバイト邸が視界に入った。
(あれ……? 前、あんなのあったっけ?)
館の敷地内――地下の訓練所への入口の近くに長方形の、陽の光を反射する建物――それは近づくとガラスハウスだと分かった。そしてその近くでこちらに向けて片手を振っているメイド服の女性――
「あれって……セリア!?」
もしかして、と思ってダグラスさんの方を振り返ると、少し眉を顰めて目を細めている。
「ああ……彼女は数日前に『もうすぐアスカ様が帰って来られると聞いたので!』と突然館に押しかけてきまして……ヨーゼフもルドルフもランドルフも『追い出すのはアスカ様の判断を待ってからにしては?』と言うので今まで放置していたのですが……問題ありましたか?」
「いいえ! またメイドが着くならセリアがいいなって思ってたので……ありがとう、ダグラスさん」
嬉しくてお礼を言うとそっぽと向いて「いえ」と言った後、口を抑えて黙り込むダグラスさんがちょっと可愛い。
ペイシュヴァルツはガラスハウスの方には降りず、館の前に私達を下ろした。パタパタとセリアが駆けつけてくる。
「セリア……ただいま、って言っていい?」
「もちろんです。おかえりなさいませ、アスカ様。アスカ様が戻って来られると聞いてまたこうしてアスカ様のメイドとして仕える日が来る事……私、楽しみにしていました」
にっこり、という言葉がピッタリな位優しい笑顔が凄く懐かしく、嬉しく感じる。
「私、セリアに地球に帰る事ずっと黙ってたのに……色々迷惑だってかけたのに、戻ってくるの楽しみにしてくれてたの?」
私はダグラスさんもこの館の人達も騙し続けてきたけど、セリアに至っては召喚されたその日からダグラスさんが転移石のペンダントに気づく時までずっと――胸の内を明かさなかった。
私に信頼されていない事に傷ついたセリアはそれでも私を気にかけてくれて、最後には自身の危機を省みず優里を助けてくれた。
「勿論です。私はアスカ様の専属メイドですから。それにアスカ様には何度も命を助けて頂いていますし……だからアスカ様が生きている限り仕え続ける所存です。なのでもう勝手に地球に帰ろうとしないでくださいね? 何も言ってもらえないのは本当に……寂しいですから」
今もこうして私の言葉に応えてくれるセリアの優しい笑顔、久々に見た気がする。
「うん……これからはセリアに色々相談するわ」
一人で戻ってくるのは怖かったけど――セリアがいるなら凄く心強い。
その後、ヨーゼフさんやルドルフさん、ランドルフさんにまたお世話になりますと伝えた。
ルドルフさんは無表情で、ヨーゼフさんとランドルフさんは笑顔で一礼してくれた。
「ほっほっ……アスカ様が戻ってきてこの館もまた賑やかになりますな。そこに子どもの声も混ざってくれれば、私ももう思い残す事もないのですが……」
冗談で言っているのか本気で言っているのか分からないヨーゼフさんの言葉にどう返そうか悩んでいる内に、セリアが私の肩をそっと掴んで方向転換させる。
「さっ、挨拶も済んだ所で着替えましょうか、アスカ様!」
懐かしい部屋に戻って着替えたりしている間にセリアにこれからの生活について話す。
一ヶ月、この世界で言うと1節ずつ――ダグラスさんといる節、クラウスといる節を交互に分ける事は周囲にどう思われるか心配な案だったけれど、意外にも皇家や公爵達、セリアやヨーゼフさん達に好意的に受け止められた。
「名案だと思います。アスカ様といられない節は来節少しでもアスカ様との時間が取れるようにと各自公務に励まれるでしょうし、あのお二人はアスカ様と離れて冷静になる時期も必要です」
「それは公爵達からも言われたけど、まだ名案って言えるほどの自信はないわ……でも3人一緒にいると皆イライラしちゃうし……そのうち2人からいらないって言われないか怖いし……」
そう、1節も離れるのは正直怖い気持ちもある。
熱しやすく冷めやすい人間だったら、恋が終わった時にあっさり突き放されたりしないか――どちらもそんな感じじゃないとは思うけど、無いとは言い切れない。
「お二人の子どもさえ産んで頂ければ後は私が何とか致します。人生、愛が全てではありませんし、私は最後までアスカ様と共にあります。私はアスカ様の専属メイドですから」
「あ、でも……セリアが私の専属メイドとして傍に居てくれるのは嬉しいんだけど、水色の……アクアオーラ侯にベタ惚れされてる件はいいの? 専属メイドとして働くより侯爵夫人としての生活の方がいいんじゃ……」
「ああ……シアン卿の事ですか。あの方もヒューイ卿とは違った意味で酷く女癖の悪い方ですから相手にしていられません」
そういえばセリアは公爵令息のヒューイのアプローチに一切揺らいでなかった。
そう思えば侯爵のお誘いを振り払ってもおかしい事ではないけど――
「……ヒューイと、どう違うの?」
「ヒューイ卿は女性の好みの移り変わりこそ酷いですが、復数の女性と同時期に交際するような事はしません。そして好みが変われば相手に感謝の言葉を告げて別れる……それで相手の女性が納得するかどうかは別ですが、きちんとケジメを付けられる方です。ですがシアン卿は来る者拒まずで性にだらしなく、きっちりケジメも付けられない方だとあちらこちらから聞こえてきます。そういう殿方はちょっと……」
8侯爵裁判の時のあの、セリアを手に入れる為だけに私と子作りすると言い出した狂った美形と今のセリアの言葉と全くイメージが重ならない。
まだヒューイと同じタイプだと言ってもらった方が納得できる。
「そんな風には見えなかったけど……」
「……何かをきっかけに心を入れ替えられたのだとしても、あの方のそれまでの行いは到底無視できません。それに私は私自身の力で認められたいのです。他人の力や権力に依存するような生活は、いつか崩れてしまいそうな気がして……」
セリアの珍しく憂いを帯びた言葉に親近感を覚える。
私だってダグラスさんと結婚するけどダグラスさんに依存したくない。だって絶対ロクでもない事になりそうだもの。
「セリア、その気持ち物凄く分かる……私もダグラスさんやクラウスと結婚するけどあの2人に頼り切っちゃ駄目だって思ってる。だからいざという時に自立したり自分の身を守る為に、また筋トレや訓練に付き合ってくれる? 後、ル・ティベルの事も学び直したいし……」
「もちろんです! セレンディバイト邸でもダンビュライト邸でも皇城でも……何処にでもお供させて頂きます……!」
セリアは櫛を持った手で嬉しそうにそう言うと私を鏡台の椅子に座るように促す。座るとセリアが背後に立って私の髪を丁寧に梳かし始めた。
「あ、専属メイドと言えば……ユン、どうなったと思います?」
「えっ……あ、そう言えば優里が帰ったから、ユンは専属メイドから外れたのよね?」
優里の専属メイドだった、髪を切り揃えた黒髪のおかっぱ頭に暗い金色の目が特徴のユン――転送前日に優里を誘拐してリビアングラスに引き渡そうとして以降の話は何も聞いていない。
「ええ……ですがリビアングラス家の令息夫人がツヴェルフになったので専属メイドとして復帰したそうですよ。ジャンヌから手紙が届きました」
「えっ……他の人じゃ駄目だったの?」
マリーやジェシカさんに会う度にあの鋭い目で睨まれたり背後でセリアとバチバチされるのを想像して、つい感情こもった疑問が零れ出る。
「専属メイドになるにはメイドとしての高い能力と護身術と強い意志、後ツヴェルフに関する知識を持った者でないといけませんから……元々ユンの家はリビアングラス家に仕える家ですので丁度良かったのでしょう」
ユンはチャキチャキキビキビしてるから穏やかで控えめなマリーと合うかどうか分からないけど――ただ、同じような印象を受ける優里も何だかんだ言ってユンの事を悪く言ってなかったし、案外上手くいくのかもしれない。
そして関心はユンからマリーの方へとうつる。
レオナルドの為にツヴェルフになった、としてもそこには他の子も産まなければならない出産ノルマがある。
「マリー……出産ノルマ大丈夫かしら……」
「アスカ様は本当にお優しいですね。そのリスクも全て説明された上でマリー様はご決断なされたのですから気になさらないで大丈夫ですよ」
「でも、元はと言えば私のせいだし……」
「でもアスカ様のお陰で人工ツヴェルフ、という誰もなし得なかった偉業をダグラス様とクラウス様が成し遂げたのです。感謝されこそすれ恨まれる筋合いはありません。それに令息夫人にはレオナルド卿がいます。他の男に抱かれるのが嫌ならばレオナルド卿が守ればいいのです。アスカ様は何とかしてほしいと頼まれた時に考えれば良いと思います」
「そう、ね……」
セリアの理路整然とした話し方に心と頭が落ち着く。
この世界に来てから色々迷惑をかけてしまって、若干自罰的な思考になっている事にも気付かされる。
マリーの事は心配だけど、これはレオナルドとマリーが2人で乗り越えなければいけない事で、何も言われてないのに私が介入したらお節介以上の迷惑になりかねない。
「あ、でも……マリーやシルヴィさんにもお土産あるし、一度会いたいんだけど」
そう言うと髪をセットし終えた後、セリアが封筒に宛名を書いてくれた。
用意された濃灰の便箋にマリーとシルヴィさんに改めてお礼を言いたい事、地球のお土産を持ってきたので渡す為にも会いたい事をできるだけ丁寧にしたためてセリアに渡す。
その後、ヨーゼフさんやルドルフさんと久々の挨拶を交わして食堂で夕食を頂く。
ルドルフさんが作った料理は前より3品ほど多かった。その上デザートのショコラケーキは縁取りにも気合を入れたのか、何処かの高級料理店に出てきそうな位見栄えが良くて、美味しかった。
ダグラスさんの優しい眼差しに戸惑いながら美味しい料理を食べ終えて廊下に出ると、窓の向こうのガラスハウスが再び目に入る。
「ダグラスさん……あのガラスハウスは何ですか?」
「……温室です。地球から持ってきた種を植えるのに使って頂いて構いません」
それはすごくありがたいけど、何の為に温室を作ったんだろう? それを聞く前にダグラスさんは「私は仕事がありますのでここで失礼します。お休みなさい」と額に口づけして執務室の方に歩いていった。
(あれ……? お休みなさいって事はダグラスさん、部屋に来ないの?)
心の隅っこでちょっと意識していた、2人で寝る可能性が消えた事に拍子抜けする。
でも帰ってきたばかりの私を気遣ってくれているのかも知れない。
私も険悪な状況に置かれたり、色々説明したり、危機を切り抜けたりしたのでその優しさも素直にありがたい。
お言葉に甘えて久しぶりに天蓋付きのベッドでペイシュヴァルツのクッションを抱えてグッスリと眠った。
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