第80話 黒の公爵・5(※ダグラス視点)


 ローゾフィアの民が飛竜も扱えるのは好都合だった。

 道が整備されていないローゾフィア領とコッパー領の間にある山脈や森を徒歩や馬車等で越えようとすると数日はかかってしまう。


 私はペイシュヴァルツに、超人侯達は速さが自慢の飛竜に乗ってその日の夜中――22時頃にはコッパー邸の上空に着く事が出来た。

 コッパー家や黄の騎士団に気付かれて警戒されては面倒なので、コッパー領に入る前に全員に魔力隠しと透明化をかけてある。


 巨獣が居る場所は分かっているし、アーサーから巨獣のいる部屋には近くの森に出られる非常口が設置されている事も聞いている。

 それならこっそり潜入して3体まるごと奪ってしまった方が良い。無許可飼育している巨獣など表立って探せるものでもない。超人侯達にもそう説明する。


 皆事情を聞くと眉を顰めたが、館の地下で飼い殺されている巨獣達に同情してか、誰も反論はしなかった。

 姿が見えない状態で中庭に降り立ち、畜生達が住まう部屋に入ろうと館に近づいた所で目的の扉が勝手に開き、ゴーグルを付けたツナギ服の変人侯が現れた。


(タイミングが悪いな……)


 それでもこちらの姿は見えないはず、しばらくやり過ごせば――と考えていたが視線がこちらから一切動こうとしない。

 明らかに気付かれている。そう言えばあのゴーグルには――と考えている内に向こうが先に口を開いた。


「……このゴーグルには熱分布可視化装置サーモグラフィーを組み込んであるから魔力隠しも透明化も通用しない。侵入者達、敵意がないならひとまず姿を見せてくれないかな? 私が死んだら館全体に警報が鳴るようにしてある。襲いかかって来られてもお互い痛い目を見るだけだ」


 多少戸惑ってはいるものの、冷静な声が紡がれる。殺す訳にはいかないし強行突破も面倒臭い事になるなと判断し、全員の姿を表す。


「夜分遅くに失礼します、エドワード卿」


 小さく頭を下げると、変人侯はゴーグルを額に上げて肩をすくめた。


「やはり君か……元に戻ったのは何よりだが、ラボン卿と一緒にこんな夜中に魔力隠しと透明化まで使って不法侵入するとは何事かな? 物凄く嫌な予感しかしないんだが。しかしアーサーや研究所の事も気にかかるし、今この場で人を呼ぶ訳にもいかない。どれから聞くか迷ってしまうが、まずはそちらの要件を聞こうか?」

「単刀直入に言います。ロットワイラーとの戦争を防ぐ為に、貴方が飼っているベヒーモス3体譲って頂きたい」


 望み通り率直に用件を告げると変人侯は目を見開いた後、乾いた笑いを放つ。


「ははは……まさかこっそり恩を仇で返しに来るとは……! 全く、先にラボン卿に告げ口して私の逃げ道をきっちり防いでから脅しにかかる君の用意周到さには恐れ入る。やはり公爵家の人間は『質』が違う。息子も厄介な男と友人になってしまったものだ」

「エドワード卿、私は恩を仇で返しているつもりはない。この行為を脅しだと受け取られるのは非常に不服です。私は貴方方親子に大きな恩がある。この家の名誉も守りたい。ベヒーモスの体格成長期は50年……今はまだこの館で飼える大きさかも知れませんが、もっともっと巨大化する。見つかればそちらの家が罪に問われるものを問われないようにしようとしてるのですから、間違いなく恩返しです。それにアーサーが貴公が死んだ後に巨獣を始末しようとしている事も気づいておいででしょう? そうならないように私が絶好の引き取り手を用意したのです。むしろ私がアーサーの友である事を感謝して頂きたい」

「お前それ自分で言うんか」


 超人侯の無粋な突っ込みをスルーしつつ、変人侯を見据える。彼は1つ息を吸い込んだ後、長い溜息をついた。


「ああ、そうか……アーサーが話したのか。分かっているよ。アーサーとリチャードが私の行いに目を瞑ってくれている事は。だから私が死ぬ前に彼女達は安楽死か野に返すか……何かしらの方法を取らなければと思っていたんだ。ラボン卿に相談する事も考えなかった訳じゃない。だがローゾフィアに託せばは利用されるだろう? 私はどうしてもそれが嫌でね」


 チラりと超人侯の方に視線を向ける。ボリボリと乱雑に頭を掻いた超人侯はそのまま少し困ったように言葉を紡ぐ。


「確かに利用はさせてもらうが……戦でもなければ雑草を食べてもらったり、たてがみを切って加工したり、牙や爪も伸びれば切断してその部位を加工したり……基本的にはそやつらがローゾフィアで過ごしやすいようにするだけだぞ?」

「それが嫌なんです。私は彼女を他人に触られたくないんです。それに戦になれば人を守る為に魔獣は盾になり、剣になる。私は彼女達をそんな目に合わせたくない」


 そう言い切られた後、暗い中庭に沈黙が漂う。しばらくして向こうから言葉が重ねられる。


「……だがバレてしまったものは仕方がない。ベヒーモスのうち二匹に関しては望み通り提供しようじゃないか。の扱いに困っていたのは事実だし、彼らが平穏に生き延びてくれるのなら、そちらの方が断然良い……着いてきなさい」


 変人侯は肩の力を抜くと、再び畜生を囲う部屋の扉を開けた。後を追うように部屋の中に入ると、見覚えのある畜生達が寄ってくる。


 それらをスルーし真っ直ぐに歩く変人侯の後に続くと、橙色の明かりを灯すカンテラが一定間隔でかけられた地下への階段にたどり着く。

 その階段を降りていくと段々ヒヤリとした陰湿な空間に変わっていく。


 最後の段に降りきると、目の前には大きな金属製の扉が立ち塞がる。

 変人侯が扉の取手にある橙色の取っ手を添えると、ギギ、と金属と石が擦れる嫌な音を立てて扉が開いた。


 そして普通の照明とは少し変わった印象を受ける淡白い光のカンテラが壁にかかった、天井が高く奥行きが広い石造りの部屋に出る。


 そこには大きな猪――と言うにはあまりに凶悪な牙や筋肉と骨格を持った巨獣――ベビーモスが3体、こちらを警戒したように3方向から身構えている。

 ただそこには殺意はない。想像通り、人を敵として認識していない。


「どうですラボン卿……調教は可能そうですか?」

「そうだな……お前の言う通り、人に慣れておるようだから問題ない。今でも背に乗って走らせる程度の事は出来そうだ。しかし巨竜種や巨獣種は本当に生まれたての時に刷り込まさんと人に慣れんから半信半疑で着いてきたが、まさかベヒーモスが手に入るとは……2匹でも十分ありがたい。これで我が一族は後200年、いや未来永劫安泰じゃな……笑いが止まらんわ、がっはっは!」


 超人侯はまた私の背中をバンバンと叩いた後、足早に一頭のベヒーモスの元へと向かう。

 いくら超人侯と言われる存在でも寿命には敵わない。自分が亡き後の一族を思えばベヒーモスは魅力的な存在だろう。


 3匹ではなく2匹となってしまったものの、2匹でも足りないという程ではない。それにしても――


「リーシャ……悲しいだろうがべヒとモスとお別れだ。一人ぼっちになってしまうが、私がこれまで以上に会いに来るから何も心配しなくていい」


 超人侯が近づいた方とはまた別のベヒーモスに近寄る変人侯がそう言って背丈程に大きい頭はあろう一頭のベヒーモスのたてがみに顔を埋める――そのベヒーモスのたてがみの一部には橙色の婚約リボンと指輪が括りつけられている。



『あれの中に橙の婚約リボンと指輪をたてがみに巻き付けた奴がいてな。父上はリーシャ殿の魔力と同じ色のそいつをリーシャ殿の生まれ変わりだと言って聞かない』



 アーサーのため息交じりの念話が一気に現実味を増す。見てはいけないものを見てしまった気がして再び変人候を直視する事が出来ない。


 この場にもしアーサーあるいはリチャードがいたなら、今の狂気じみた言動に即座に『お前の父親は本当に頭がおかしいな』と念話で突っ込んでいただろう。


 だが、もし飛鳥が亡くなってしまった年に魔力の無いツインの器を持つ生まれたての魔物と出会ったら――私はそれを飛鳥を生まれ変わりだと思うだろうか?

 

(……思わないとは言い切れない辺り、ここであの男を諌める資格は私にはない)


 それにしても愛を不確定な感情と分析し、一生涯愛し続ける事を疑問視していた男が相手が死んでもなお同じ色の魂だからと愛情持って魔物を囲っているのだから、やはり愛というものは恐ろしい。


 しかし、死ですらわかつ事が出来ない愛というのは恐ろしいと同時に素晴らしいもので――



「コッパー侯……そのベヒーモス、魂違いだと訴えています」



 朱の娘が放った言葉でその場の空気が一瞬で凍りつくのを感じた。


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