第79話 黒の公爵・4(※ダグラス視点)


「ほう……? 我らを金品で釣ると申すか。生憎我らは金や宝石ヒカリモノには興味がない。あれらの輝きは人の目を晦まし、心を惑わすからな。あんな物で人を魅了するなど自身に自信がない卑怯者の成す業よ」


 超人侯の言葉にチラ、と周囲を見回す。毛皮の敷物や羽織物、牙や骨を加工した装飾品やオブジェ等が置かれているが、確かに宝石の類は置かれていないようだ。


 そして部屋の隅に待機している魔獣と魔獣使い達の方にまで目を向けると、そこに見覚えのある姉弟がいる事に気づく。


 あれから5日以上経っているのだ、戻ってきて体も何らおかしいことではないな――と思いつつ、彼らが従えている魔獣達の方に視線を向ける。


「……大きなグロースハウンド偵察鷹イーグル飛竜ワイバーン治癒ヒールスライム……この地で慎ましく生きるにはこの上ない共存相手でしょう。しかしこの広大な土地、様々な族をまとめ統治する長としては他を圧倒する強力な魔獣も欲しいとは思いませんか?」


 魔獣使いの足元で隠れるようにプルプルしている薄灰色のスライムに嫌悪感を抱きつつ、再び超人侯の方に視線を向けると超人侯の眉がピクリと動く。


「……ほう? もしや熟練の魔獣使いを要求する程手のかかる魔獣を事が済んだらこちらに提供するというのか? ……そちらが提供する魔獣にもよるが話を聞いてやらんくもない。言ってみろ、協力する見返りに何を提供してくれる?」

「巨獣種の最高峰に位置するベヒーモスを、3体程」


 超人侯の眼の色が、明らかに変わった。



 3日前――アーサーと合流し森の中で互いの近況を報告する際に何故館の地下でベヒーモスを飼っているのか聞くと、アーサーは一つため息を付いた末に答えた。


『あれらは父上が死んでから始末する予定だ。下手に口出しすれば捻くれて彼らを館以外の場所に隠してしまいかねない。館の地下が一番安全なんだ。父上の死後、私が責任を持って始末するから見なかった事にしてほしい』

『見なかった事にしてやるのは構わんが、答えになっていない。私は何故巨獣を飼っているのか聞いている』


 その追求に誤魔化したかった様子のアーサーは観念したように目を閉じて呟いた。その衝撃の理由は『お前は何を言っているんだ』と問いかけてしまう位理解しがたいものであった。


 だが恩義もある友人の父親に対して『それはもはや変人というより狂人の域ではないか』とまでは続けられず、グッとその言葉は飲み込んで『あれら』という言葉の方を追求してみれば、3匹。


 全く――以前青の娘を怖いと言っていたが自身も相当怖いではないか。

 色神によって永久の栄光が約束されている公爵家と違って侯爵家は癖が強くなければ生き残れないとは聞くが、その突き抜けた言動には本当に恐れ入る。


『……何とかしてやろうか?』


 どうせ断られるのだろう――と思いつつも、恩と友情からいらん情けがこぼれ出る。


『何とかしてもらう程のものでもない……と言いたい所だが、私にはあれらを始末する方法しか思いつかない。父上やあれらを始末する以外の平和的な解決方法があるのなら何とかして欲しい』


 自分に対する恩返しではないからか、アーサーが珍しく素直に協力を受け入れたのでそれに応えてやることにした。

 簡単な話だ。コッパー家が巨獣を飼っている事が公になる前にローゾフィアに横流ししてしまえばいい。


 他の領地と比べてローゾフィアの魔獣の数は桁違いで真面目に国に申請するような民族もローゾフィア家に連なる族位しかいない。

 今まで無申請の魔獣でも『よそからもらった』の一言でいくらでも誤魔化せる。誤魔化せないようなら私が脅せばいい。


 ついでにそこにロットワイラーへの襲撃の協力も含ませれば、私も利益を享受できる。そう思って持ちかけた交渉――超人侯の反応に確かな手応えを掴む。



「ベヒーモスだと……!? あれはお前の言う通り巨獣種の頂点……そうやすやすと見つかるものでもないし幼い頃から人に慣れておらんと、いかな魔獣使いでも心通わす事はできん。若造……漆黒の魔力を持つお前に言っても無駄かもしれんが、嘘はいかんぞ!」

「確かに私は嘘も言いますが真実を言わない訳ではありません。そしてそのベヒーモス達は人に慣れていますので問題ないでしょう?」

「……そう都合よく人に慣れたベヒーモスがおる訳がない。ベヒーモスを飼っている人間など聞いた事もないしな、にわかには信じがたい」

「私も信じられないのですが、この国には魔獣使いでもないのに巨獣を囲う変人がいるのです。私は今からその場所に向かいます。ちなみにベヒーモス3体はまだ産まれて18年程度……エネルギー満ち溢れる体ではありますが、まだ成長途中……成体程強い戦闘力を持っている訳ではありませんので、貴方方に断られた際は無許可飼育を理由にその場で始末する予定です」

「ぬぅ……」


 問いに一つ一つ冷静に返し、超人侯を黙らせる。後ひと押しと言ったところか。


「ラボン卿、有能な魔獣使いを3名……2~3日ほど貸して頂くだけで今なら将来有望なベヒーモスがもれなく3体着いてきます。寿命を考えれば後200年位はローゾフィアを強固に守ってくれるでしょうし、彼らの濃密な魔力を帯びたたてがみや牙、爪は定期的に切断し、民を守る希少な武具に加工することもできる……雌雄は不明ですがもし雄と雌がいれば交配させ繁殖させる事も可能……皇国内においてローゾフィアの地位と力を格段に向上させる絶好の機会です。現時点で貴殿は既に超人侯として名を上げていますが、希少なベヒーモスを手に入れれば神と崇められ後世に名を残すでしょう。気にかかるのは食料ですが……幸いベヒーモスは雑食ですから豊穣の大地フェタレリィグランドの余波で生命力みなぎる草原の雑草でも食わせておけばいい。ああ、草むしりの手間が省ける分、それもメリットと言えるかも知れませんね?」


 思いつく限りのメリットをつらつら分かりやすく伝えてみるとついにラボン卿は大きく頷いた。


「……相分かった! お前が言う事が事実ならば、確かにこれはローゾフィアにとって願ってもないチャンス……協力してやろうではないか!」


 超人侯が立ち上がる気配を察した4人の女が素早く離れる。


「数日程留守にするが、街を頼むぞ」


 一人一人をそっと抱擁し、抱擁される様に再び羨ましさを抱きつつ違和感を覚える。


「ラボン卿……まさか貴殿自ら?」

「当たり前よ! この地の長であり現侯爵であるワシがベヒーモスに乗らんでどうする! それにお前の言っている事を信用している訳でもないしな。族長として民を危険な賭けに提供する訳にもいかん! だが期待はしておるぞ、若造!」


 抱擁を終えた超人侯は私の横に並ぶと、バンバンとその大きな手で勢いよく背中を叩いてきた。

 この超人候が民の中で有能な魔獣使いでもある事を考えれば、状況的に仕方がないか――と思っていると、目の前に朱の少年が立つ。


「父上、どうか俺も連れて行ってください! 魔獣使いとしての役目、必ず果たしてみせます……!!」

「よしよし、その意気や良し……! お前も次期侯爵を目指すのならベヒーモスに乗っておらんと箔がつかん!!」


 すっぽり朱の少年の頭を覆う大きな手でワシワシと少年の頭を撫でながら超人侯が高笑いする。


「ああ、若造……紹介しておこう。こいつはロイドと言ってワシの末子でな。孫やひ孫も可愛いが、やはり自分の子が一番可愛くてかなわん。魔獣使いとしての才もあるしワシに似て面も良い。何より数日前から自分も侯爵になりたいと言い出してな! 誰も跡継ぎになりたがらんから困っとったんじゃ!」

「私は熟練の魔獣使いが……」


 『ひ孫』がいる身でおおよそ15歳前後だろう『子』もいるという違和感を飲み込み、苦言を呈する。


「若造、初対面の魔獣には経験より相性、そして相手を理解する心と物言わぬ相手の声を聞き取る能力が重要なのだ……そんな訳だからルージュ、最後の一人はお前が来い。ルーが死んだ今お前にも新たな相棒をつけねばならんしな」

「……父上が望まれるのならば」


 朱の少年の姉まで来るとは何の因果か――閉口していると、それも不服だと察されたのか超人侯が言葉を重ねる。


「ルージュは我が一族の中で最も魔獣の声を聞く能力に秀でておる上に勤勉でな。これから汚い世界に足を踏み入れなければならんロイドを支える補佐として丁度いい。それに獰猛な巨獣を宥められる人間に謀反を企てられても困るのでな。我が領地を守る為には巨獣の乗り手は我が血族から選ばざるを得ぬ」

「貴殿の跡を継ぐ候補はいくらでもいらっしゃるでしょう? こんな若人でなくとも……」

「朱の一族は奔放なやつも多くてな。族長というのは非常に面倒臭いし、責任も能力も問われる……子も孫もひ孫もワシと比較される事が嫌だと跡継ぎに困っていた所にロイドが声を上げたのだ。全力で応援せねばな!! さあさあ、決まったからにはさっさと旅の支度じゃ!!」


 高笑いをしながら超人侯が部屋を出ていく。チラ、と朱の少年に目を向ければ少年もこちらを見ている。けして好意的な視線ではない。


 飛鳥に興味を持って情報を集めようとすれば、私が飛鳥の婚約者である事は容易に分かるだろう。

 そして分かっているからこそ負けない、という感じの視線を向けてくるのだ。


 この少年も飛鳥を巡るライバルなのだと思うと、何か心潰すような一言を言ってやりたい気もするが――10歳以上も年の差がある少年相手に何か言うのも大人げない。


(協力を仰ぐ立場である以上、この少年を煽って超人侯と気まずい関係になるのも避けたいしな……)


 向こうからも何か言いたいけど言えない――そんな印象を受けつつ視線をそらし、超人侯の後を追った。



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