第23話 人の想いを告げる騎士・1
リチャードが私を凝視して固まったまま十数秒くらい経ったところで、ようやく声が放たれた。
「あ、アスカ様、何故こんな所にいらっしゃるのですか……!? 突然部屋から消えたアスカ様の事を皆、どんなに心配していたか! クラウス様も今、ダンビュライト家を放棄してアスカ様探して皇国中飛び回ってるし……!!」
こちらに駆け寄ってくる彼の狼狽した様子から本気で心配していた事が伺える。
腕を伸ばせば届きそうな位置まで来た所でジェシカさんが私達の間を遮った。
「お互い言いたい事も聞きたい事もあると思うけど、とりあえず場所を変えましょう。アスカさんの部屋でいい?」
障壁を張り続けないと冷たい風に晒される中庭は会話を続けるにはふさわしくない。
ジェシカさんの提案に反対する人はおらず、皆私に宛てがわれている部屋がある方に足を向けた。
ジェシカさんと共に先を歩くリチャードから何度も重い溜息が漏れる。
(そりゃため息も出るわよね……私がここにいる事が周囲にバレたらコッパー家の危機に繋がるんだから……)
厄介者を抱え込んだら普通はこういう反応をすると思う。私を連れてきたアーサーや受け入れてくれたエドワード卿、ジェシカさんが変わっているのだ。
「リチャード、ごめんなさい……私のせいで色々迷惑かけて……」
申し訳なく思ってポツリと漏らすと、リチャードがこちらを向いて慌てて否定する。
「いえ、僕や家の事は気にしないでください。バレなければ問題ない訳ですから……それよりアスカ様が無事で本当に良かった。貴方に何かあったらソフィア様に顔向けできない」
何でソフィアに突き放された私をそんな風に心配するんだろう? 疑問を口に出すより先にリチャードはジェシカさんの方に向き直る。
「ジェシカ様、アスカ様と話したい事があるので少し2人で話させて頂いてよろしいですか?」
「……分かったわ。それなら私は着替えた後、エドワードを探してからアスカさんの部屋に行くわね」
ジェシカさんとハンナさんが私に宛てがわれた部屋を通り過ぎていく。
リチャードを部屋の外で待たせている間にペイシュヴァルツをベッドに降ろし、私も手早く猫の毛だらけの服から別のワンピースに着替えて改めてリチャードを招き入れる。
そしてローテーブルを挟んで向かい合うソファに座るなり、私が塔を出た後の事を簡潔に説明した。
リチャードはあの時の音声を聞いてるから素直に『復元されるかもしれない恥ずかしい音声』を確実に抹消する為に黒の音石を踏み砕こうとしたらペイシュヴァルツが現れた事、緑の公爵に降ろしてもらった事、その後アーサーと出会ってルドルフさん達と遭遇して、半ば無理矢理セン・チュールから出てきて今に至る事――をザックリと話した。
「公爵が持ってる音石を踏み砕くという発想……アスカ様って本当凄いですよね」
聞く事に専念していたリチャードが段々『ええ……?』と言い出しそうな表情になっていったから引っかかった部分があったんだろうなと思ったけど、まさかそこに引っかかられるなんて。
「け、消した音声を再現できるって知ってたら物理的に壊すしかないじゃない……! そ、それにしても……緑の公爵は私を降ろした事を皆に言わなかったのね?」
言えば責任を負わされる事を考えたら言わなくても不自然ではないけど――ペイシュヴァルツの欠片が飛び出してる事は誰にも言わなくて良かったんだろうか?
「緑の公爵は僕達が寝ている間に青の公爵と交代してすぐ帰られたそうです。まあ、緑の人間は何を考えてるのか分かりませんからね……」
聞き覚えのあるその台詞は、緑の人間が何かやらかした時の常套句なのだろうか?
「それ……セリアも言ってたけど、緑の人間に対する扱いってそれでいいの?」
平穏を崩しかねないギリギリのスリルを求めるような人間を『何考えてるのか分からない』でスルーするのは物凄く危険な気がする。
「赤に他人の為に動く人間が多ければ、緑は自分の為に……自分の気が向くままに動く人が多いんです。僕が出会ってきた緑の人の中には他人の不幸は蜜の味だと笑う人や話が拗れている不穏な空気がたまらないと喜んでいる人がいたり……平穏をつまらないと感じる人間が結構います。そんな人間を問い詰めたり反省を促そうとしても意味がないと言うか……」
私を暗殺しようとしたのは青緑の侯爵だし、頂点の公爵はあんな感じだし、ロクでもない人達が多いんだろうなと思ってたけど、こうして聞いてるとまあまあ全体的にヤバいみたいだ。
「も、勿論、全員が全員そうだという訳じゃありません! 個人的には白の要素が強い人は攻撃性も低いし、そこまで警戒しなくても良いと思いますが……ただ、青や緑に近い色の人間には気をつけてください。赤や黄は……良くも悪くも見たままです」
少し言い過ぎた、と思ったのか私が怪訝な眼差しを向けてしまっていたのか――慌ててフォローを入れてきたけどそのフォローも少し的はずれのように思えた。
だってダンビュライト邸で対立したエレンは明るい緑――エメラルドグリーンの髪と目を持つ彼女はかなり攻撃性高かった。
私やエレンの立場を鑑みても私に対する敵意は異常だった。
(魔力の色である程度性格の推測はできても、必ずしもそうだと決めつけるのは危険ね……)
それでも緑は要注意だ。これまでの自分の経験とリチャードの助言でそれは確実な物となる。
「で……次はそっちの話を聞かせてもらえる?」
聞きたい事はいっぱいある。クラウスの事、白の騎士団の事、ロットワイラーの事、私は今一体どういう扱いなのか――リチャードは少し困った表情で語りだした。
私が塔の部屋からいなくなった事に気付いたのは明け方――神官長やネーヴェとどうするかと話している時に、白の騎士団が塔に押し寄せてきたらしい。
クラウス卿と話がしたい――白の騎士団長、ウィリアムがそう言ってきたのでクラウスを呼びに行くとクラウスは私が行方不明である事を知るやいなや、屋上へ駆け上がりラインヴァイスに乗って飛んでいったらしい。白の騎士団長を放置して。
「何でそんな馬鹿な事……」
私を探すなら探すで騎士団に一言言えばいいだけなのに。そんな扱いを受ければ確かに<決裂か!?>と書き叩かれる程の険悪な空気にもなるだろう。
ただでさえ灰色の魔女だの誑かしただの散々言っている白の騎士団の怒りの炎に油を注ぐような真似をするなんて――
「確かに、クラウス様の行いは貴族の当主としてありえない愚行ですが……愛する人が行方不明になれば何を捨ててでも探したくもなる気持ちは分かります」
私の呟きに返された言葉の後、微妙な沈黙が漂う。
「えっと……リチャード……物凄く言い辛いんだけど、愛する人って、それ、勘違いよ。私も何度騙されたか……」
「え……!? あ、アスカ様、もしかして今までずっと、クラウス様の気持ちにお気づきになられてなかったんですか……!? どう見ても考えてもあれは愛情ですよ!? 僕がソフィア様に抱く感情と大体同じ物です……!」
重い溜息をついて返した言葉をリチャードに強く否定されて、黒歴史が揺らぐ。
「そ、そんなはずないわよ……! そりゃ私もあ、怪しいな、って思った事は何度かあるけど、でも、その度に勘違いだって、冗談だって言ってたもの……!」
仮にその黒歴史が本当は黒歴史じゃなかったとしても、多大な羞恥心を塗りつけたその歴史の色を今更変える事はできない。その部分を思い出す事すら恥ずかしいのに。
「……クラウス様はラインヴァイスに乗って塔を発つ前に私に言いました。『白の騎士団にアスカを受け入れないなら僕は二度とダンビュライトに戻らないって言っておいて』と。各地で凄まじい圧の魔力探知をかけながらアスカ様を探しているようです。まるで見失った番を探し求める
リチャードのファンタジーな例えに閉口しつつ、考え込む。
黒歴史の部分を思い返せなくてもそれ以外のクラウスの態度は色々思い返す事は出来る――ただ、どの記憶も少しぼやけている。
特に塔に向かう前のダンビュライト邸や指輪の店の時の記憶は白の指輪や純白の婚約リボンの魔力の影響だろうか? 酷くボンヤリとしている。
やっぱり、結婚指輪を同じ指にはめた時のクラウスの表情が答えだと思うのだけれど――
(……駄目だ、どうしてもピントが合わない)
少し鮮明になったかと思うとすぐに強くぼやけてしまう。まるで、脳がピントを合わせる事を拒んでいるかのように。
「塔にいた時、アスカ様も結婚指輪もされてたからてっきり……って、あれ……?」
頭を抑えながらこちらを見据えていたリチャードの目が大きく見開く。私が付けていた指輪の位置がズレている事に気づいたようだ。
「アーサーから結婚指輪の事教えられて嵌め直したのよ……ねえ、結婚って無効にできないの?」
仮に、もし、リチャードの言う通りクラウスが私に愛を向けていたとしてもこのまま結婚を受け入れる訳にはいかない。
私の感情を無視して婚姻関係を結ぶなんて明らかにおかしい。
同じ様に勝手に婚約したダグラスさんはまだ婚約止まりだったし、婚約する事で守られるメリットもあったから甘んじて受け入れたけれど、これは明らかに違う。
私が地球に帰った後の想い出にするにはあまりに重すぎるし、今こうして帰れずに残ってる以上、結婚はお互いにとって大きな枷になってくるはず。
「婚約と違って結婚は契りや籍の関係もありますから……指輪をしていても婚姻の手続きをしてなければ正式に結婚した事にはならないはずですが……」
「そ、そう……良かった」
肩の力が抜ける。状況は全く改善していないけれど、正式に結婚した訳ではないと分かっただけでも大分気が楽になる。
「……アスカ様、クラウス様にアスカ様がここにいると知らせてもよろしいですか?クラウス様は国中を飛び回る際、何度か塔と皇城に寄っているようです。ですので皇太子と神官長宛てに手紙を送れば」
「フシャーーーーーーッ!!!」
ペイシュヴァルツがベッドの上からリチャードを威嚇する。小さな牙をむき出しにして、尻尾をブワッと膨らませている。
「……え? 何で、ダ……」
ペイシュヴァルツが付いてきてる事はさっき理由と一緒に説明したはずなのに、リチャードはペイシュヴァルツをまた顔を強張らせてながら凝視して固まった。
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