第48話 時を越えずに来た者・2(※シアン視点?)


 昨日のお昼前。朱色の魔獣を連れたセリアさんが、僕が泊まってる部屋にやってきた。

 時戻りについて聞きたいと言われて懇切丁寧に説明してあげたら、セリアさんはアスカ様がシャニカ嬢に襲われた事を話してくれた。


『……貴方が仰られている事が本当ならば、今、この世界のシャニカ様と、時を超えられたシャニカ様が1つの体に同居なさってる……という事ですね?』

『そうだよ。僕なら魂を分離させて、この世界のシャニカ嬢を助ける事も、時をこえて来たシャニカ嬢を拘束する事も出来る』


 内情を伝えてきた、という事はセリアさんは僕に価値を見出したという事だ。


 シアンのこれまでの行いが酷かったせいでセリアさんには悪い印象を持たれてたみたいだけど、ようやく払拭できる時が来た――と思ってここぞとばかりに自分を売り込んだ。


『……でも、その手の術は禁術に指定されてるから簡単に使う事は出来ない。セリアさんが結婚してくれるなら、喜んで使っちゃうんだけどなぁ?』

『……しばし、考える時間を頂けますか?』


 笑顔が引きつっていたセリアさんからは思ったより手応えを感じなかった。


 だから、次の日に来た時は驚いた。



『事は急を要します。本来のシャニカ嬢の救出と、時を越えて来たシャニカ嬢の拘束……この2点を解決して頂ければ、私セリア・フォン・ゼクス・アウイナイトは貴方様との結婚を前提とした交際をお約束いたします』

『結婚を前提とした交際、じゃなくて結婚が良いなぁ』


 そう返すとセリアさんは表情を変えずに、自分のお腹に手を当てながら呻くように言葉を紡ぐ。


『気に入らないのであれば、このお話はなかった事に……』

『……分かったよ。交際でいい』


 セリアさんの頼んできた割にはつれない態度に負けて、交際で妥協した――と言うより、お腹を抑えながら僕を見る姿に耐えられなかった。


 お姉さんの死はストレス、毒、栄養失調――色んなものが絡んでいた。内蔵には相当な負担がかかっていたはずだ。


 生まれ変わっても、記憶はが消えても、魂に刻まれた傷を目の当たりにしているようで、何か――嫌だった。心がムズムズして、不快だった。


『……お腹抑える程嫌なら、頼みに来なければいいのに』


 凄くモヤモヤする、形容し難い気持ちがつい口からこぼれ出ると、セリアさんはきょとんとした後、キリッとした表情を作って僕を見据えた。


『主がこの世界の未来を案じて自ら覚悟と責任を背負われているのに、メイドである私が何一つ重荷を背負わないようでは、メイドとして失格ですので』


 メイド――前の時代にはいなかったけど、この時代のツヴェルフには一人につき一人、専属のメイドがあてがわれる。


 専属メイドの仕事内容はツヴェルフの護衛と、身の回りのお世話と、体調管理とメンタルケア。

 業務内容が多岐に渡る上に多少の覚悟と責任がかかる分、他のメイドに比べてかなり高給な仕事らしい。

 だけど、主を助ける為に他人と結婚する程の覚悟や責任はいらない。


『重苦しいなぁ、責任とか覚悟とか……そりゃあ生きていく上で働くって大切な事だけどさぁ』


 本人だって『重荷』なんて言いきってる辺り、本当なら背負いたくない物なんだってのがハッキリ伝わってくる。


『僕と結婚したら公務無しで3食昼寝夕寝付きの、贅を尽くしたストレスフリーで最高の生活をさせてあげるのに……この待遇の一体何が不満なんですか?』


 ああ、今僕がイライラしているのは僕の好意が明らかに迷惑がられてるのが分かるからか、それとも、僕じゃない誰かが彼女の眼に光を与えているからか――分からないな。


 僕が今、抱いているこの不快が怒りから来るものか、悲しみから来るものなのか、分からない。ただ、無性に――イライラする。


 かつてお姉さんが夢見ていただろう、憧れの生活――再会した時にすぐにでも叶えてあげられるよう、邪魔になりそうな奴等は先に一掃しておいたのに。


 そう。シアンがツヴェルフの歓迎パーティーから戻ってきた時、『昔話の瑠璃姫のような暗い茶髪に瑠璃色の眼の専属メイドがいた』って言うから、セリアさんの事調べて、確認して、ようやく会えたと思って――ラリマー家に嫁いだ年の離れた姉以外の家族を全員始末したのに。


 あいつらは生かしておいてもロクな事しないからって理由もあったけど――お姉さんに何のストレスも感じずに過ごしてもらう為でもあったのに。


 なのに、お姉さんは――セリアさんは首を横に振って――真っ直ぐに僕を見つめる。


『私はこの仕事に誇りを持っております。どれだけ金や贅を積まれても、私が積み上げてきた実績と今の立場を捨てる程には至りません』


 あーあ、また怒らせちゃったかな――そう思うくらい鋭い視線と強い口調で言い切られた後、セリアさんはふわっと表情を崩した。


『何より……私は今、アスカ様と共に過ごす日々が結構楽しいのです』


 そう微笑って真っ直ぐ僕を見つめるセリアさんに胸が大きく高鳴る。


 一切の曇りがない2つの瑠璃色の目と幸せな微笑みは――僕がずっと見てみたかったものだった。


 それを見た瞬間、不快もイライラも何もかも吹き飛んで――やっぱり、綺麗だと思った。

 この瑠璃の眼の美しさは、転生しても変わっていない。


 美しさも、悪どい所もしっかり残して。だけど男に頼らなくなった。期待しなくなった。嘆かなくなった。


 それでいて――昔とは比べ物にならない位に生き生きとしている。


(そういえばお姉さん、死ぬ前……『他人を頼って愛や権力を手に入れようなんて思わずに、自分の力だけで生きればよかった』って、言ってたっけ)


 そう嘆いて死んでいったお姉さんを――僕が助けたかったのに。僕の力で、その目を輝かせてあげたかったのに。


(……でも)


 今、お姉さんがそうやって生きて、楽しいと思っているのなら、しばらくはそんなお姉さんを――セリアさんを見守るのも、悪くないなと思った。


 そう思えば、荒れていた波が静まるように穏やかな心が戻ってくる。


『そうですか……でも、時を越えて来た方の魂も保護しないと駄目ですか? そっちは消しちゃった方が良いと思うんですけど』

『アスカ様は絶対にそれを望みませんから。無理であれば仕方ありませんが、出来るなら頑張ってください』


 セリアさんに重荷を背負ってでも支えたいと思われてるアスカ様が、羨ましかった。




(……お姉さんも厄介な人を主にしちゃったもんだ)


 思い返しながら切り分けた魂を邪魔にならない所に移動させて、別の魂の分離にとりかかる。


 自分を何度も殺しかけた奴の魂の消滅を望まないなんて、理解できない。

 でも、アスカ様は本当にそれらの罪を水に流して話し合いしようとしてるからビックリした。


(まあ、狡猾で邪悪な主よりは善良な馬鹿が主の方がマシか……)


 でも、僕がセリアさんを迎え入れる準備をしてる間に地球に帰ろうとしたり、行方不明になったりする所は困るかな。


 皇城で保護されてるセリアさんに求婚したら「私はアスカ様の専属メイドですので」ってサラッと断られちゃうし。


 それならアスカ様と結婚すればセリアさん来てくれるよね? と思って引き込もうとしたらリビアングラスの公子に邪魔されるし――


 そんな事を考えながら、魂を切り分けていく。質のいい柔らかい肉を切れ味の鋭いナイフで切っていくようにサクサクと。

 早くしないと、魔力が切れる。魔力が切れるとちょっと面倒臭い事になるから。


「ふう……こんな所かな」


 切り分けたいくつもの青緑の魂が宙に留まる中、シャニカ嬢の体から枝分かれした魂――ひとつはこの世界のシャニカ嬢の小さな魂。


 もうひとつはどれだけ時戻りを繰り返してきたのか、数倍の大きさになっているシャニカ嬢の大きな魂の塊。


 魔力の刃を強めて大きな魂の塊を勢いよく切断する。


 身につけている首飾りに手をかけてこの魂を拘束しようと思った、その時――魂が大きく蠢いて、青緑色の魔法陣が浮かび上がった。


(時が、止まってない!?)


『死ね……!!』

防御壁プロテクト!!」


 魔法陣から放たれる鋭い風の刃に反射的に防御壁を張るも、強力な風は中途半端な防御壁を数秒で粉砕する。


 その数秒の内に何とかヒューイ卿の防御壁に近づいて、入り込めた事で怪我にはいたらなかったけど、お気に入りのコートが何箇所か切れてしまった。それに――


(しまった、術が……!!)


 魂分離の刃を消せば良かったのに、咄嗟に消してしまったのは――唱術。


「ちょっ、おま……!?」


 明らかに動揺しているヒューイ卿と目が合う。

 そりゃあ自分と歳が近い男が急に少年になられたら誰だって動揺するよね。

 あーあ、面倒臭い事になっちゃった。それもこれも、全部――


「ク、ラ、ウ、ス、君……!?」

「僕のせいじゃない! 今、タイムストップ全力でかけてる……!!」


 ヒューイ卿の動揺の声を遮って、怒りを込めてクラウス君に向かって叫ぶ。

 彼はこっちを見ようともせずに、かなりの魔力を大きな魂の塊に向けて放出している。

 だけどあの魂の塊には全く効いていない。

 

「こいつ……時戻りし過ぎてその手の術に耐性ができてるんだ!! 魂が分離したなら、拘束球で……」

『もう遅い!!』


 自分が勝ったと言わんばかりに叫んだシャニカ嬢から切り離された魂は、ビュープロフェシーらしき円柱のテーブルの上に乗った。


(しまった、他人の力をアテにし過ぎた……!)


 反射的に大きな舌打ちが出る。過去に戻りたいと願うだけで戻れるのなら、今更何をしても――と諦めかけた、けど。



 青緑の空間も、ビュープロフェシーも、静まり返ったまま――何の変化もない。



『なっ……何で……何でよ!? いつもなら、光が……!!』


 大きな魂の塊が分かりやすく動揺して戸惑いの声を上げる。

 ウロウロとビュープロフェシーらしき円柱のテーブルの上で狼狽える青緑の大きな魂の塊を見据えながら、とりあえず危機を脱したみたいだと肩の力を抜く。


「……何か、いつもと違うみたいだね」

「だな……逃げ出された時は心臓止まるかと思ったが……」


 ヒューイ卿も安心したように息をつくと、拘束球で大きな魂の塊を包んだ。


『何で……何で、何で、何でよ!! やっと皆が幸せに……平和になるのに……!! 酷い、酷い、酷い……!!』


 あっけなく翠緑の拘束球に包まれた魂の、若い女の涙声混じりの甲高い恨み言が保管庫内に響く。その嘆きがあまりに自分勝手なのでつい突っ込む。


「そりゃあ、時を戻って過去を自分に都合良いように作り変えるなんて卑怯な事するから罰があたったんでしょ」

『うるさい、うるさい、うるさい!! 私は自分に都合よく作り変えてなんかない!! この世界を救おうとしてるだけ!! なのにどうして、どうして皆、私の邪魔をするの!?』


 僕を睨む魂の形相に、激しい憎悪を感じる。

 僕の今の姿を見ても一切動じない辺り、過去の僕もこの姿を見せてしまったのかも知れない。

 説明する手間が省けるからいいけど。 


「世界を救う……それが本当だったとしても、人の話を全然聞かない奴の言う事なんて誰も聞かないし、信じないよ」

『黙れ!! 私を消滅させようとしたお前の言葉なんて聞く価値もない!! あの女に誑かされた奴等も……!!』


 僕に話しかけたくせに――と思ったと同時に、翠緑の拘束球の中に先程と同じ青緑の魔法陣が浮き上がる。


 だけど、翠緑の障壁に阻まれて誰一人傷つける事が出来ない。多くの魂を分離した今、ヒューイ卿の拘束球から出る力も無くなっているんだろう。


 何をしても無駄だと悟った青緑の魂が魔法陣を消し、次に怒りの形相で睨みつけた先は――シャニカ嬢の体をヒューイ卿の防御壁の中に引き寄せていたジェダイト女侯だった。


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