第47話 時を越えずに来た者・1(※シアン視点?)


 僕の最古の記憶は、群生諸島で生まれたところから始まる。


 僕が生まれた島はかつてジェダイト領との海戦で負けたトルマリン軍が流れ着いた場所で、先祖代々から恨みつらみを聞かされている島民の大半がジェダイト領に対して並々ならぬ怒りを抱いていた。


 そんな島で育った僕は6歳の頃に食い扶持を減らすのと僅かな金銭を得る為に奴隷として売られ、辿り着いた先がトルマリン領の炭鉱。


 魔力の強い僕はそこで衣類や寝具を洗ったり、浄化したりするのが主な仕事だった。

 安いボロ切れ同然の服や寝具も僕の手にかかると結構綺麗になるようで、不衛生で汚い炭鉱で働く炭鉱夫達に気に入られた。


 そんな炭鉱で8年ほど働いた頃、瑠璃色の目が綺麗なお姉さんと出会った。

 お姉さんは当時のジェダイト家の令嬢、ベラを毒殺しようとした罪で炭鉱に娼婦として送られてきた。


 お姉さんは実は冤罪で――なんて事はなく。

 平民上がりの男爵令嬢だったお姉さんはトルマリン侯爵夫人になる為に当時の侯爵令息バルナスを誑し込んで、バルナスの婚約者であるベラの毒殺を企んでいた。


 そんな強かなお姉さんの話を聞いているうちに、ベラは一度は本当にお姉さんに毒殺されているように感じた。

 そして死に戻って再び毒殺される状況を作り上げた後、お姉さんを返り討ちにしたとしか思えなくなったところで島の村長の言葉が結びつく。


『ジェダイト領には時を戻ってくる奴等がいる。皆、私利私欲でその力を使う。自分の大切な物だけを守り、敵を過剰に貶める』


『奴等は常に我らの領地を侵食しようとしてくる。やり過ぎるとラリマー公が出てくると分かっているから、そうならないギリギリを狙う。向こうの公爵もあの領にそこまで関心がないからな。ラリマー公が怒れば、どうぞどうぞと言わんばかりにあの領の民を生贄に差し出すだろう』


『せっかく助かった命なら他人に迷惑をかけずひっそりと幸せになれば良いものを、こっちが反撃に出れば正当防衛が成り立つ範囲で略奪を繰り返し、出なければ自分達に被害がない範囲で略奪を繰り返す』


『我等の先祖とて、彼らの挑発に乗らず、海戦に応じるべきではなかった。天候を全て把握している奴等にしてやられた。しかし、応じなければアクアオーラの海を好き勝手荒らされただろう。ああ、未来の知識なんて卑怯なものを振りかざして貪り尽くす悪魔達に先祖は一体、どうすればよかったのか……!!』


 島長はいつもそんな事を言っていた。先祖代々の怨みを濃縮させたような怨みつらみを吐く島長が僕は正直苦手だった。


 自分だけが特殊な力持ってたら美味しい思いをしようとするのも、自分を酷い目に合わせた奴にやり返そうとするのも当然じゃないか――

 そう思っていたけど、お姉さんが徐々に衰弱していく姿を見て、僕の考えも変わっていった。


 孤独には孤独を、不名誉には不名誉を、死には死を――誰かに殺されて死に戻ってきた者には、相手に同じ位の反撃をする権利はあるだろう。


 だけどベラはお姉さんを過剰に痛めつけた。

 彼女の家族を彼女の目の前で無惨に処刑し、彼女の右半分の顔を焼き、挙げ句炭鉱の無料娼婦としてとことん人の尊厳を奪おうとした。

 長く苦痛を味合わせる為にわざわざ治癒師までつけて。


 流石にやりすぎだと思った。彼女に対する罰はもちろん、彼女の家族や無関係な人まで巻き込んでいる。

 人の心を持っているなら躊躇するだろう過剰な罰を与えるベラは、死に戻った事で悪魔に変わった。


 悪魔を潰そうとする村長や島の皆は正しかったのだと、ようやく理解できた。

 理解して、島の人達にベラを殺させた頃にはもうお姉さんは死にかかっていたけど。


 お姉さんといた頃は、好意というものがよく分からなかった。だけどお姉さんが死ぬ時に、死んでほしくないと思った。


 僕の傍で減らず口叩きながらでもいい、嘆きながらでもいい――とにかく生きてほしいと思った。


 今ならよく分かる。これは好意だ。僕はお姉さんが大好きだった。


 でもお姉さんはトルマリン領の令息、バルナスの事が好きだった。だから僕がバルナスになる事にした。


 偶然彼と全く同じ色の魔力を持っていた僕は炭鉱夫達を説得し、彼を暗殺し、変化の術でバルナスに成り代わった。


 僕の名前はお姉さんの名前と組み合わせて、新しい領地の名にしたから僕はバルナスとして生きる事に何の抵抗もなかった。


 彼の親も痛み無く天に送ってしまえば、もうトルマリン――アクアオーラに僕の邪魔をする人間はいなかった。


 その後、バルナスとベラの仲を引き裂こうとしたお姉さんの汚名を濯ぎ、ベラを魔女だと貶めた。


 当然ジェダイト侯は娘の名誉を著しく貶められたと反論されたけど、ラリマー公に『こんな感じで現在、当家とジェダイト家は非常に険悪な関係です。なので私の領にジェダイトの軍が侵略してきた際は即刻動いて頂けると助かります』と笑顔で擦り寄るとジェダイト侯は押し黙り、それ以降ジェダイト家がアクアオーラに侵略してくる事は一切なくなった。


 簡単な話だ。いくら時を戻ろうと、圧倒的な力には敵わない。圧倒的な力を持つ人間を味方につけるだけで奴等は引き下がる。


 元々お姉さんが生まれ変わってきた時に幸せに過ごせるよう、より良い土地にしておくつもりだったから、発展していくうちに自然と公爵に『守る価値のある土地』だと思わせる事が出来た。



 こうして領地改革に励み、賢人侯と呼ばれるようになっていた頃――僕は当時のラリマー公に気に入られたようで、個人的な話もするようになった。


 天界や冥界といった幽世や転生の話を聞かされたのは、その頃だ。


 殆どの魂は生を終えた後、天へと上がり門を超えて定められた場所で穢れを落とし、元の世界に輪廻する。


 穢れは怒りや憎しみ、悲しみといった負の感情――それらは魂が抱える『記憶』から生みだされる。

 長い時をかけて魂は記憶を薄れさせて、穢れを落としていくんだって。


 この話を聞かされた時、面白くない仕組みだな、と思った。


 だってお姉さんも僕も生まれ変わった時、前世の記憶はなくなってるって事だから。


 『穢れを抱えずにいれば、記憶を薄れさせずに転生できますか?』と尋ねると、当時のラリマー公も紺碧の大蛇も困ったように首を傾げたので、僕も困ってしまった。


 死んでしまったお姉さんは仕方ない。だけど僕だけでも記憶を抱えたまま、生まれ変わる事は出来ないだろうか――

 魂が記憶を抱えるのなら、魂の何処かに記憶を刻みこむ事が出来ないか――


 そんな願望を抱いた僕が魂について研究を始め、故郷に立ち寄るのは自然な流れだった。


 ジェダイト領の不可解で迷惑な奇跡を研究し続ける故郷に伝わる言い伝えや魂に関する詳細な資料が、禁忌に足を踏み入らせた。


 魂の融合、魂の分離はもちろん、魂の再生や消滅――時戻りの魂を使った様々な実験が詳細に記され、その中に魂に消えない記憶を刻んで時戻りを防ごうとする方法も記されていた。


 そう――魂に記憶が宿るのなら、長い時をかけても消えないよう記憶を焼き付けてしまえばいい。

 神にも、冥界の王にも気付かれないように、魂の奥底に刻み込んでしまえばいい。


 格が違いすぎる人外相手の賭け――バレればどうなるか分からない。

 それでも僕はこの記憶を持ち続けていたかった。


 良い事をすれば、良い事が返ってくる――そんな、大人が子どもに諭すような言葉を信じて賢人として積み重ねてきた徳も、この記憶が消えてしまったら何の意味もない。


 大好きなお姉さんの瑠璃色の眼も、やりとりも。何一つ、忘れたくない。



 だから僕は、一縷の望みに賭けた。そして――




「あの、一番下にいる……小さいのです!」

「分かった!」


 ジェダイト女侯が指を指して示した先に、泣き叫ぶ女児の魂がある。


 それを確認したクラウス君が時を止める魔法タイムストップの魔法陣を発動させると、雨のように降っていた魔弾がピタリと止んだ。


 ようやく訪れた静寂に、僕を含め何箇所からかため息が漏れる。


「やっと落ち着いたね……それじゃあ作業に取り掛かろうかな。ヒューイ卿、僕を浮かせてくれない?」

「お前も浮遊術ヴォレ使えるだろ」

「可視化の術も分離の術も結構疲れるんだよ。僕、高魔力者じゃないし魔力切れ起こさないように魔力は極力節約しておかないと」

「……全く、世話の焼ける」


 軽くため息をつかれた後、翠緑の魔法陣をあてられて体が宙に浮かぶ。

 魔法陣を見る限り、操作権はちゃんとこっちにあるようで思うままに体を動かし、シャニカ嬢の魂の塊の方へと浮上する。


 陣術は構成が丸見えだから頭や物覚えの良い人間には魔法を予測されたり、真似されやすいのが難点だ。


 その点、唱術は頭で思い描くイメージとは全く異なる詠唱を相手に聞かせる相手を騙す詠唱法フェイントマジックがあるけど、今の僕には使えない。


 だから僕は印術が一番好きだ。

 袖の長い服で手を覆ってしまえば解析されると都合悪い術も安心して組めるし、気付かれない間に魔法を組んだりできるから使い勝手が良い。


 時が止まってピクリとも動かなくなった魂の集合体を相手に、人差し指から伸ばした魔力の刃を入れる。

 魂同士が再びくっつかないように印術で構成した、ちょっと特殊な加護を込めた魔刃はサク、と魂に刺さった。


 時が止まってるから、悲鳴も何もあげないはず――と、思ったんだけど。


『あぁぁああああぁ!!』


 甲高くうるさい声と同時に魂がモゾモゾと蠢き出した。


「クラウス君、もうちょっとしっかり時止めてくれない? 予想以上に塊くっついてるし、暴れられると上手く切れない」

「そう言われても……時を止める魔法タイムストップは正常に発動してるよ?」

「多分、陣を安定させる為の言語が多くて、君が思ってる程の効力が出てないんだよ。そこの言語とか、あっちの構成とかちょっと削りなよ」


 この時代の魔法はどうも安定重視らしい。

 多少魔力を多く消費しようとも、確実に効力を発揮させる――昔に比べて貴族の平均魔力が上がってるから安定に気を払えるようになったのは良い事だと思うけど。


「無茶言わないでよ! 僕の魔力はこの手の術に向いてない。安定言語を削れば不安定になる。もう少し力を込めればいいだけの話でしょ? その分魔力の消費も大きくなるからさっさと済ませてよ」


 クラウス君がぶちぶち言いながら魔法陣に込める魔力を強めると、悲鳴も蠢きも止まった。気を取り直して作業を再開する。


 半分以上融合が進んでいる魂は手遅れだ。まだ少ししか融合が進んでいない物は時間をおけば再生するから、個別に切り分けていく。

 それらの魂は物言わずに大人しく切り分けられたまま、宙に留まる。


「おい……今切り分けた魂はどうするつもりなんだ?」

「シャニカ嬢の体は1つしかない。1つの体には本来1つの魂しか入らない。魂の再生を待って魂を天に送る魔法ゼーレヴェーグで弔う」


 下からヒューイ卿に呼びかけられる。作業中に声をかけられるの嫌なんだけど、彼の質問は続く。


「そこのでかい粒もか?」

「こっちの粒は融合しかかった魂がいくつもくっついてるから、完全に融合してから天に送る」


 僕の中には前世の記憶も、はっきり残っている。


 この世界の遙か上空には、純白の神殿が浮かんでいる。

 その神殿の中にある純白の門をくぐると、色とりどりの花畑が無限に広がっていて、その上に無数に浮かぶ大小様々な色の魂の列があって――その中に変な魂もそこそこあった。


 それこそ聖職者ビショップが送ってきたんだろう悪霊の集合体モルトデモネとか、魔に汚染されて暴れてるっぽい魂とか。


 そんな穢れの異常が認められた魂は、天使や純白の小鷲達に「異物」として消されていた。

 幸い、僕は最後まで気づかれなかったからこうして記憶を維持したまま今の生に繋がっているけど、容赦なく消されていく異形の魂達を見た時は流石にヒヤッとした。


 あの門の中にこんなのが入ったら、即消される。

 正直、僕としてはこんなの、消滅してもらった方が安心できるんだけど――


「……セリアさんからはできればどっちのシャニカ嬢も助けるように言われてるからね」


 一つため息を付いた後、改めてセリアさんとの――今世のお姉さんとのやり取りを思い返した。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ※彼の前世の詳細は外伝「断罪された瑠璃色令嬢~とある異世界の死に戻り過剰ざまぁ対策?~」にて綴られておりますので興味がある方は作者ページからどうぞ。

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