第49話 あくまで消すべき存在でも・1(※クラウス視点)
『姉様……何故、姉様まで私を裏切るの……!!』
「私は貴方の姉じゃない……私は貴方のせいで父を失い、今、妹まで失う所だった」
ジェダイト女侯の冷たい視線に、魂の塊は明らかに動揺している。
『何よ、それ……私のせいで父様を失った、って……仕方ないじゃない!! あの女を殺すにはお父様の力が必要だったもの!! 私だって、お父様を助けられるなら助ける方法を取りたかった!! でも……!!』
歪な魂の塊の嘆きから、多少の悲しみは感じ取れた。
だけどそれより開き直りや自分本位の気持ちの方が強く感じ取れる。
『そう上手くいかないし、死なれる度にいちいち嘆いてられない……!! なのに、何でそんな酷い事言うの!! 私が何の為に時戻りを繰り返してると思って……!! 私は、姉様に、民に、辛い思いをさせない為に……!!』
傲慢さと優しさが入り混じった魂の塊の嘆きをジェダイト女侯は表情を変える事無く、視線をズラす事無く聞き終えた後、小さく呟いた。
「……貴方の姉様は、貴方が過去に戻るのを嫌がったんじゃないかしら?」
「……何で」
ぽかんとした表情の魂に対して、ジェダイト女侯は目を細めて苦笑する。
「世界崩壊は、隣領との小競り合いや私腹を肥やす事とは全く規模が違う……その上、相手は色神の加護を受ける公爵……私達程度の存在がいくら過去に戻って抗った所で、上手くいくはずがないもの」
『そう……確かに私の姉様も同じ事を言ってた……でも、やってみなくちゃ分からないじゃない……!! 私達には時を戻れる力があるのに、それを使わずに大人しく死んでいくなんて、そんなの、私は絶対嫌だった!!』
「でも現に、貴方は追い詰められている。何十回も時を戻って、同じ事を繰り返している」
我儘を言う幼子を諭すようなジェダイト女侯の言葉が続く。
「もし、貴方の姉様が今の貴方を見ていたら……さぞかし痛々しく思うでしょうね。大切な妹を苦しめ、縛り続けている時戻りの力を憎々しく思い、何も出来なかった自分に対して嘆くでしょう」
他人への怒りに満ち溢れた魂の塊に比べて、ジェダイト女侯の嘆きは自身への怒りに溢れているように聞こえる。
(……僕も、飛鳥が苦しんでいるのに何も出来ないでいたとしたら、彼女と同じように思うかも知れない)
愛する人が絶大な力に魅了されて、それを使って何回も何十回も苦難を繰り返しては傷つき続けていると知ったら――何の力にもなってやれない自分を呪うかも知れない。
「……お父様が命を懸けて貴方に協力したのも、きっと」
『貴方に……貴方なんかに何が分かるのよ……!! 私が時を戻り続けてるのはあの女だけが理由じゃない!! あの女を殺した後の方が難しいのよ!! まるで私が同じ所で何度も躓いてる馬鹿みたいに言わないで!!』
自身の震える声を一掃するように叫んだ魂の塊にジェダイト女侯は口を閉ざす。
何を話しても無駄――そんな諦めが表情に出ている中、また別の声が保管庫内に響いた。
「そう言えば……お姫様を殺す事に成功した事もあるんだろ? 殺して世界崩壊を阻止できたんなら戻ってくる必要はないはずだが……何で戻ってきたんだ?」
「申し訳ありません……お父様からは何も教えられておりません」
ヒューイ卿の問いかけにジェダイト女侯が首を振る。
記憶を複製してからまだ数日しか経ってない事もあって、ラインヴァイスの記憶の解析もそれが分かるほど進んでない。
ここで飛鳥を殺した後の問題について聞けるなら、ありがたいけど――と魂の塊を見るとしばらくの沈黙の後、魂は語りだした。
『……あの女を殺した後、帝国が大型の魔導機兵を大量に従えて皇国に侵略してきて、ジェダイト領が大きな被害を受けるのよ……!!』
「帝国……ってラグドール帝国? 群生諸島よりずっと西にある大陸の国だよね? ヴィクトール海戦で懲りたんじゃないの?」
ラグドール帝国――家庭教師からは『皇国に対して何度も戦争を仕掛けてくる海向かいの大国』として教えられた。
そこに住む人達は魔法が上手く使えない分、魔力を動力源とした兵器を持って戦うらしい。
そんな兵器の中でも、特に優れているのが大型魔導機兵。
そして、その帝国が誇る大型魔導機兵数十体と百を超える船を今のラリマー公と
英雄の名前以外付けようがない戦で惨敗して以来、帝国は皇国に対してすっかり鳴りを潜めている。
僕は大型魔導機兵の実物を見た事はないけど、人の何倍もの大きさもある、抗魔力の強い金属製の人形、って聞いてる。
そんなの、一体作るだけでも相当お金がかかるだろうに、それを数十体、公爵一人にことごとく海に沈められたら戦意は一気に喪失するだろう。
ラリマー公って何でも笑顔でやってそうだから、尚更帝国軍は絶望を感じただろうな。
「……帝国は絶大な魔力と魔力回復力を維持するラリマー公がいるから手を出してこないだけだ。あの方が死んだら、いつ攻めてきてもおかしくない」
背後からのアクアオーラ侯の冷静な言葉に現実に引き戻される。
なるほど。圧倒的な力を誇る英雄も、所詮は人。寿命には敵わない。
帝国は戦力を蓄えながらラリマー公が死ぬのを待ってる可能性は十分ある、って――
(え……? アクアオーラ侯?)
声に違和感を覚えて振り返って彼を見ると、僕より少し高かった背が、僕の胸の辺りにまで下がっている。
髪型も癖のない長髪からくせっ毛のウルフカットに変わっていて、服こそ同じだけれど見た目は先程までの中性的な男とは明らかに別人――まだ幼さの残る少年だ。
「自分達が魔法を上手く使えないからって、魔力を原動力とした大型機兵を量産して戦争に投入する――あんな危険な国、公爵突っ込ませてさっさと潰すなり制圧なりしてくれればいいのに……皇国の、他国への侵略を良しとしない保守的な方針は野心を持つ国にとって凄く都合が良い仕様だから困る」
喋り方こそ同じだけれど、声はさっきより高い。
一体どういう事だ? アクアオーラ侯は何処に行ったんだろう――?
「あーあ、ロットワイラーを制圧したセレンディバイト公がついでに帝国も制圧してくれたらいいのに……国の規模も軍力も違いすぎるから厳しいだろうけど。アスカ様、帝国にさらわれてくれないかなぁ……」
「ちょっと君……不吉な事言い出さないでくれる?」
「分かってる。その場合セリアさんもさらわれちゃう可能性高いよね。それは嫌だなぁ……」
(あ、こいつ間違いなく僕達がさっきまで話してたアクアオーラ侯と同一人物だ)
どうしよう――僕、こいつの変化を追求したい気持ちはあるけど、こいつと会話したくない気持ちの方が強い。
「……だがラリマー公が亡くなったとしてもダグラスがいる。正直親父はアテに出来ないが皇家や他の公爵が協力しないとも思えない。皇家と3公爵がいればアクアオーラ領内で十分食い止められるだろ」
「いや……飛鳥が暗殺されかけた時、ダグラスは皇家やリアルガー公、リビアングラス公と一悶着あったって聞いてる。多分、飛鳥の暗殺が成功していたらダグラスは皇家や他の公爵と完全に決裂するんじゃないかな?」
アクアオーラ侯の謎を追求するのを諦めて、まともな事を言いだしたヒューイ卿の方に話を合わせると、ジェダイト女侯が小さく頷いた。
「確かに……そんな中でラリマー公が死んで帝国の襲撃にあえば、海に近く、公爵をアテに出来ない私達の領も……」
『そうよ、あの男は何もしない……だから、その問題を解決する為に過去に戻って来てるのよ……!!』
皆、アクアオーラ侯の変化をスルーしてる辺り、僕と同じような結論を出したんだろう――そんな何処かおかしい空気の中で僕らが推測を重ねる中、アクアオーラ侯(小)が手を上げた。
「……ちょっと待って。今の話ってアスカ様を殺した事で起きる話だよね? アスカ様が生きてればセレンディバイト公がアクアオーラを守ってくれるのに、余計な事しないでほしいんだけど?」
『はぁ!? あの女を放置してたらその後世界が崩壊するのよ!?』
「じゃあ君はセレンディバイト公以上にアクアオーラ領の被害を抑える事が出来るの? 君は自領の事しか考えてないみたいだけど、帝国が来たらまず真っ先に被害受けるの
アクアオーラ侯(小)の指摘は最もだ。
ジェダイト領が大きな損害受けるなら、より帝国に近いアクアオーラ領――特に群生諸島は致命的な損害を受ける。
植民地化か、皆殺しか――その光景を想像すると僕も平常心ではいられない。
『セレンディバイト公の力なんて借りなくても、魔導機兵を止められる人はいる……その人の力を借りる事さえできればもう何の問題もないわ!!』
「へぇ。何度も時戻り繰り返してるだけあって、一応アテはあるんだ? で? その人の力を借りたら僕の領は無傷で済むの?」
『魔導機兵を無力化出来る人だから、被害はかなり抑えられるはずよ!』
「……魔導機兵の無力化だけ? 敵の中には武器を持った生身の人間もいるんだよ? そいつらに殺されるアクアオーラ領の人間は問題じゃないの?」
アクアオーラ侯(小)の正論についに魂の塊が悲鳴を上げる。
『そんなの……そんなの、知らないわよ!! あの女を殺しておかないとより多くの人と自然が犠牲になるんだから!!』
「でもアスカ様を殺した事によってアクアオーラ領では多くの犠牲者が出ちゃう訳だよね? アクアオーラの領主としてそんな未来、到底受け入れられないな。皆はどう思う?」
アクアオーラ侯(小)の問いかけに沈黙が漂う。
「……私も、受け入れられません。そういう問題であればミズカワ・アスカにこれまでの非礼を詫び、セレンディバイト公に頭を下げて帝国を止めてもらいます。その後の世界の危機については皆さんと協力して解決策を探ります」
「僕も力を貸すよ。大国の侵略となったらいくら被害を小規模に抑えても怪我人は間違いなく出るだろうし……」
相反する核が抜けた今ならダグラスも僕も午前午後関係なく動けるし、全力を出せる。
皆に飛鳥が生きてる世界の方が良いって思ってもらう為なら、何でもやる。
「今は公爵間の関係も最悪って訳じゃないからな。ラリマー家や親父を抜いても残りの4人と皇家が力を合わせれば帝国が陸に上がってくる前に退けられる……その後ダグラスが世界崩壊の原因になるとしても、まだ3人の公爵と皇家がいる。公爵一人の暴走に手も足も出せない、なんて事にはならないはずだ」
僕らの返答にアクアオーラ侯(小)もニッコリと微笑った。
反面、魂の塊の方は一件悪霊かと見紛うほど怒りと憎しみに満ちた表情を浮かべている。
『何よ……皆、私のしてきた事は余計な事だったとでも言いたいの!?』
「そうだね。少なくとも僕とアクアオーラ領の民にとっては嫌がらせかと思うくらい余計な事してるよ?」
小馬鹿にするような表情で、容赦ない一言が放たれる。
何だか、アクアオーラ侯(小)は時を越えてきた人間に対して相当の恨み辛みがあるみたいだ。
「気に入らない奴等を潰して、自分に都合が良い未来を作る……そのせいで発生する自分に関係ない犠牲は一切気にしない……それ自体は普通の人間の思考だから責めるつもりはないけど、卑怯な力を使ってそれを実現しようとするお前らはやっぱり『悪魔』だよ」
そう――例えこの魂の塊に正義があったとしても、大切なものを踏みつけられようしてる人間からしたら――悪魔でしかない。
(そう。この青緑の魂の集合体は、僕にとっては悪魔でしか、ないんだけど……)
魂の塊の奥底から暗い魔力が吹き上がるのを感じて拘束球を注視する。どす黒い魔力は明らかにこれまでの色とは違う。
「……もう、いい……もういい!! 滅んでしまえ……こんな世界、滅んでしまえ!! 私がどれだけ苦しんできたかも知らないくせに……!! 皆、皆あんな女の味方するなんて、最低……!!」
みるみる内に濃厚な暗緑の魔力に満たされた翠緑の拘束球は、ピシッ、と亀裂が入った後――小気味いい音を立てて割れた。
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