第50話 あくまで消すべき存在でも・2(※クラウス視点)
暗く染まった青緑の魂は拘束球から解放されると僕らの方に――ではなく、物凄い速さで天窓の方に飛んでいった。
「悪い、拘束球の中で魔に染まられるのは予想してなかった……!」
ヒューイ卿がそう言うのも仕方ない。僕も魔物じゃない存在が魔物化する瞬間は初めて見た。
魔物化の際、本人が持つ魔力の何倍もの濁った魔力が吹き上がるって現象自体は知ってたけど、あれほどとは。
「あの魂……すごい勢いで上昇してるみたいだけど、あのまま天に上がっちゃうつもりかなぁ……あんなのが上がったら間違いなく消されちゃうよ。でもまあ、セリアさんからは出来れば、って言われたし、出来なかったって事で許してもらえるかな……」
アクアオーラ侯(小)が天窓を見上げながら他人事のように呟いた台詞に疑問を抱き、ラインヴァイスに念話で問いかける。
『ラインヴァイス……消されるって?』
『……異常な魂、扱いに困る。だから天界の門をくぐると消される』
それを聞いて胸がどうにも不快な衝動に襲われる。
複数の魂が融合している魔に染まりかけた魂なんて確かに異常だし、これまで何度も飛鳥を殺してきた魂なんて、消滅してしまえば良いって思うけど――
(でも……飛鳥が説得したかったのは、あのシャニカだ)
もちろん、本来のシャニカ嬢を助け出せた事を飛鳥は喜ぶだろう。
だけど、あのシャニカが消滅したら飛鳥はきっと――悲しむ気がする。
『どうして』って嘆いたり、僕達を責めたりはしてこないだろうけど――寂しげな表情が容易に浮かぶ。
その表情が、僕をどうしようもなく
「ラインヴァイス、追いかけるよ!」
「あ、追いかけるなら僕も行く!」
「俺達は確認したい事があるからここに残る。お前ら、あれ捕まえたら一回こっちに戻って来い!」
「分かった!」
アクアオーラ侯(小)とラインヴァイスに飛び乗り、ヒューイ卿とジェダイト女侯、シャニカ嬢を置いてラインヴァイスも天窓から飛び出す。
もう魂の塊は見えないけど、ラインヴァイスには魂が何処にいるか把握しているようだ。
迷う事無く真っ直ぐ夜空を駆け抜ける中、頭にラインヴァイスの声が響いた。
『……クラウス、あの魂、どうする?』
「どうって……捕まえるつもりだけど?」
『……クラウス。時戻り、神の英知であり、禁忌。禁忌に触れた魂、魔に染まりかけた魂、危険。消すべき』
いつになく低い声で紡がれたラインヴァイスの言葉は本気で言っているのが分かった。
分かる、分かるよ。僕だってそう思ってる――でも。
「……ラインヴァイス、僕はあの魂を消したくない」
『我、消滅望む』
「飛鳥も絶対、あの魂の消滅を望んでない……!」
『……望んでなくても、消す。我、天界への門守る役目ある。異物入れる、ママンに怒られる。だからあの魂、門に入る前に、消す』
天界への門――ラインヴァイスは色神になる前、この世界の魂が無事に天に上ってくるのを遥か上空に浮かぶ神殿から見守っていたらしい。
ル・ティベルで生きていた魂が24時間休み無く上がってくるから門は開きっぱなしらしくて、遙か上空にあるから放っておいても滅多な事はないらしいけど――
ラインヴァイスにとっては今がその『滅多な事』なんだろう。僕の頼みに全く聞く耳を持ってくれない。
「門に入る前に僕が絶対捕まえるから! そうしたらママンに怒られないよね!?」
ママンというのは、ラインヴァイスのお母さんの事だ。
僕は母様に怒られた事無いけど、ラインヴァイスのお母さんは怒るらしい。ラインヴァイスはそれが怖いらしい。
だから僕が絶対に捕まえるって言ったんだけど――ラインヴァイスは言葉を返してくれない。
長い沈黙の後、ラインヴァイスがポツリと呟く。
『…………我、あの魂、攻撃範囲入ったら消す。クラウス、それより先に捕まえれば、問題ない』
「え……?」
ラインヴァイスの態度がちょっと軟化したのは分かったけど、言っている事が分からない。
何が言いたいのかもっと分かりやすく言って欲しいと思って再び声をかけようとすると、
「どうしたの? 暗い顔してるけど追いつけそうにないの?」
「いや……ラインヴァイスがあの魂が攻撃範囲入ったら、消すって……それより先に僕が捕まえれば問題ないって」
「……ふーん。捕まえたいなら自分が攻撃する前に捕まえろって事? 面倒臭い事言うね、この鳥」
アクアオーラ侯(小)に状況を説明すると、面倒臭そうに目を細めて返される。
お陰でラインヴァイスが自分の役目を重視しながら僕にチャンスをくれようとしてるのは分かったけど――凄い勢いで逃げる魂をどうやって捕まえればいいんだ?
(
白の弓が作り出す破邪の矢なら今のラインヴァイスの速度に負けずに遠距離でも射抜ける自信はあるけど――消滅させてしまう事になる。
「……クラウス君、今、
「作れるけど……何でこんな時に」
「早く作って! ラインヴァイスが追いついたら消されるんでしょ!?」
アクアオーラ侯(小)の気迫に押されて言われるがままに魔法を組み上げて眼の前に出現させると、彼は二つの魔法に向けて両手をかざし、水色の魔力で包み込んだ。
水色の魔力は魔法言語の帯に変化していき、2つの魔法に巻き付いて――周囲に薄水色の閃光が走る。
「はい、これ」
「これは……?」
閃光に眩んだ目を開いて手渡された物を見ると――そこには水色の魔法言語が巻き付いた、先端の矢じりが球状になっている純白の矢が輝いていた。
「
魔力の矢は初級の、拘束球は中級の、どっちもけして難しい魔法じゃない。
だけど、魔法と魔法を強引に一体化させた、複合魔術――しかも他人の魔法を複合して人に託せる維持技術も含めて、この男、一体何者なんだろう?
(アクアオーラの人達は<祝福>……危機に陥った時とか自動的に発動する魔法やそれを込めた祝具作りを得意としてるって聞いた事はあるけど……)
海とジェダイト領という2つの危険の中でも民が身を守れるようにと賢人侯が作り出した、加護より強力で明確で複雑な<祝福>を使いこなせる一族なら、複合魔術も大した事ないのか――
「ほら、早く! もうあんまり時間ないよ!」
アクアオーラ侯(小)の言葉に我に返り、遥か上空を見上げる。
青緑の魂は更に上空に行ってしまってるのか、全く見えない――と思った時、ラインヴァイスが光り輝いて、ずっと先に星粒のような暗い青緑の光が見えた。
「ラインヴァイス、もしかして……」
『違う。我、夜、苦手なだけ……! 消し損じないようしっかり魂確認しただけ!』
「……ありがと……!!」
本当に違うのか、照れ隠しかは分からない。だけど僕を助けてくれるラインヴァイスにお礼を言って亜空間から白の弓を取り出して拘束の矢をつがえると、矢は白味を帯びて、一層強く輝く。
何度も過去の自分自身を乗っ取っては上手くいかなくなる度に過去に戻って。
他人に多大な迷惑や犠牲を与えようと、その結果悪魔と思われようと、父親の死を何度も繰り返し見送る事になろうと自分なりに世界と大切な人達を救おうとして。
そして今――そんな自分を真正面から否定され、周囲から拒絶され、絶望して魔に取り憑かれた挙げ句この世界から逃げようとしている――そんな、悪魔で消すべき存在でも。
(……僕の飛鳥は、そんな悪魔が全く報われる事無く消滅する事を望まないんだ)
僕にとっては、何度も飛鳥を殺して、殺そうとしてきた、嫌な魂だ。悪魔だ。だけど――
(このまま、消させたりしない……!!)
力いっぱい引いた弦から手を離すと、薄水色の光を帯びた拘束の矢が暗い青緑の光目掛けて飛んでいった。
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