第24話 青と橙の奇想曲・1(※アーサー視点)
(厄介な事になる前にハンカチを返してもらいに来ただけだったのだが、一層厄介な事になってしまったな……)
何故こんな事になってしまったのか――早足で歩きながらこれまでの事を思い返してみる。
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ロベルト様からコッパー家にそのような打診があったのは、今から20日ほど前――水の節に入る直前だった。
魔導工学に関する知識や経験、技術は私より父上の方が上なのだが他国の便利な魔導機を自分でも作りたくなる悪癖を持つ父上を送り出す訳にはいかず、『父上には侯爵としての公務がありますし、能力は多少劣ろうとも武芸にも秀でている私の方が、万が一の際に対抗できます』と説得して私が向かう事になった。
父上はけして悪い人間ではない。が、けして善良な人間でもない。
魔導機の件といい巨獣の件といい、隠れて自分の欲求を押し通す困った悪癖がある。
父上も色々気をつけているのは分かっているが、杞憂は尽きない。バレたらコッパー家は終わってしまうから他人事ではいられない。
そして手紙が届いてから4日後、ロベルト様が迎えに来た。その際レオナルド様の奥方が人工ツヴェルフになった事や、それに伴う一連の事件を聞かされた。
核を抜いた器を綺麗する為の洗浄機をこちらが提供した事から私達の関与も疑われたが、
「洗浄機の改良はあくまでミズカワ・アスカの器を綺麗にする為に改良したものですよ。皆に望まれない子が産まれるのはあまりに忍びない」
「なら何故ダグラス卿に洗浄機を託した?」
「ダグラス卿が魔物討伐でここに来た際に、そのように依頼を受けたからです。何処かで魔科学の知識を学んだのか、いくつか助言もされましてね。彼がミズカワ・アスカを愛しておられるのはロベルト卿もご存知でしょう? 助言したとはいえ、ちゃんと改善された洗浄機で洗浄されたのか自身の目で確認したいと思ったのでしょうね。ええ、それは至極当然だと思いますよ。ロベルト様もミモザ様に得体の知れない魔道具を使われたら確認したいと思うでしょう? 私は思いますね。被験者の体もですが原理や材料や部品……ネジ一本まで確認しないと気がすまない。ああいえ、ミモザ様の体を確認したいとかそういう事を言っているのではなくてですね、得体の知れない魔道具の被害を受けた者なら老若男女動物植物魔物問わず、皆確認したい。ロベルト様、信じて頂きたい。私の心の中にいる女性は今は亡きリーシャと、私が責任を持って面倒見ると決めたジェシ」
「……分かった。もういい」
重い溜息をついたロベルト様が父上の話を遮る。私ではこうはいかない。
父が計算でやっているのか天然でやっているのか未だに分からないが、武芸に秀でない分こういう危機を頭と口だけで乗り越える手腕は素直に尊敬する。
そしてロットワイラーへはロベルト様の
城の前に建築されている像を見ると、皇国の方角を向いて跪き天に向けて祈りを捧げ輝く聖女の銅像が置かれている。
細めに手入れされているのか、美しい輝きを放つそれは設置したばかりのような艶めきを感じる。
ロベルト様が眉を顰めながらしばらくその聖女像を見据え、重々しく口を開いた。
「ミズカワ・アスカか……悪い娘ではない、と思いたいのだがな……」
地球に帰ってまた戻ってくるという、前代未聞の里帰りツヴェルフの名を紡がれ改めて聖女像を見やる。言われてみれば似てなくもない。
『……悪い娘ではない、と思います。友も大分反省したようですし、迂闊に彼女を取り上げればまた厄介な事になりかねません。そっとしておくのが良いかと』
私がもう少し早めに助けに行けていれば、心身に傷を負う事もなかっただろう友の婚約者と、辛い思いをしなくてすんだだろう友がこれから少しでも平穏に過ごせるようにせめてものフォローを入れておく。
『そう言えば、この国では彼女は黒の聖女と慕われているそうで……あれは民の崇拝の現れでしょうか?』
「いや、あれはダグラス卿が暗にこの国の大臣に依頼して、この国の金で作らせたそうだ。私が気づいた時には既にあの場所に設置されていたから壊すに壊せん」
聖女像は細かな所まで丁寧に作られている上に、錆止めの加工もされている。
あの像に果たしてどれほどの金を使わせたのか――友の頭が心配でならない。
ロベルト様は無言で目を細めて私に視線を移し、別の話題に移った。
「アーサー、貴公は人工ツヴェルフをどう思う?」
『失礼を承知で言わせて頂くと……異世界召喚は異世界の民からしてみれば誘拐のようなもの。それによって平和を保ってきた皇国を否定するつもりはありませんが、異世界の民に頼らずともこの世界の民が自分の意志でツヴェルフと化し、次代を紡いでいけるのは悪い事ではないと思います』
「……そうか。貴公もレオナルドと同じ考えか」
『……ロベルト様はどうお考えなのですか?』
「……私もけして反対ではない。もし異世界の人間の力を頼らずに色神を継いでいけるなら『何百年と異世界人とだけ子を成し続ける一族を我らと同じル・ティベルの民と呼べるものか!』と声を荒げる者達も減っていくだろう」
ロベルト様の懸念は賊の退治や魔物討伐の際に立ち寄る宿や酒場でもたまに聞くものだった。
皇家も公爵家も、常に異世界人との子が次代を担っていく。
それゆえ、どちらもル・ティベルの民より異世界の民の血の方がずっと濃くなっている。
ローゾフィアの民ほどの嫌悪感は抱かずとも、皇家や公爵家が自分達より異世界人に近い存在――そういう状況に違和感を覚えている人間は少なくない。
公爵家の下に侯爵家が仕えるのもル・ティベルの民の血も適度に引いている侯爵家が公爵家と貴族や民の橋渡しをする為、という面も大きい。
公爵家の者が恋愛婚や政略婚でル・ティベルの民とも子を成し、誠実に育てる事でも違和感は緩和される。
勿論、純粋に自分達を守ってくれる公爵家に感謝と信仰を捧げている者も多いが、自分達を蹂躙する存在ではなく、圧倒的な力を持っているから彼らに従い、守られているという人間も少なくない。
「……だが、人工ツヴェルフはけしてメリットだけではない。これからの未来はこれまでとは大きく変わっていくだろう。良い方向にも、悪い方向にも」
ロベルト様の眉間のシワが一段と深く刻まれている。
反対ではないのだろうが、両手を挙げての賛成でもないだろう事が伺える。
「アーサー……どうかレオナルドを支えて欲しい。これまでと変わらぬ未来であれば周りに助けられながらやっていけると思っていたが、これからの未来はどうなるか分からん。息子には貴公のような存在が必要だ」
「仰せのままに」
こうして私はロットワイラーの技師の力も借りつつ、マナクリアウェポンの解体作業に明け暮れ、設計図や資料を滅却してコッパー邸に戻ったのが水の節の19日だった。
母上に新王都アスカディアの名物、黒猫や聖女の形を型どった焼き
その中にルクレツィア嬢とヒューイからの手紙があった。ルクレツィア嬢からの封書に違和感を覚えて先に封を開く。
違和感の理由はその薄さと軽さ――いつものような長文ではなくとても短い文だった。
<アーサー様、既にご存知かと思いますが私、先日ツヴェルフになりました。そしてお父様に二人の男と子づくり婚する事を条件にアーサー様との結婚のお許しももらえましたの。最初の殿方はヒューイ卿になる予定です。ご都合悪ければ連絡を>
無意識に「は?」と声が漏れた。
ダグラスは人工ツヴェルフを作る事でアスカ嬢の出産ノルマを減らす算段を立てていた。
その時は平民や一般貴族の女に声をかけるのだろうと思っていたのだが――まさか公爵家の娘を人工ツヴェルフにするとは思っても見なかった。
少し、後悔の念が生じる。私がちゃんと拒絶していれば彼女は人工ツヴェルフにならなかったのではないか?
もしこの状態で私が彼女を拒絶したら、彼女はどうなるのか――
(……だが、それを選んだのが彼女自身なら私が責任を取るような事ではない)
だが、いつもなら長々と身の回りに起きた出来事や気持ちをしたためてくるのに今回に限ってこんな短文――何か変な物でも食べたのか、あるいは変な病気にかかってしまってるのかもしれない。
ダグラスが公爵家の令嬢相手に変な術をかけるとは考えづらいが、アスカ嬢の銅像を王国の金で作らせる位だ。その可能性もゼロとは言い切れない。
(そう言えばハンカチも入っていないな……)
続いてヒューイの手紙も確認する。
要約すると<ラリマー嬢との縁談、親父の意向もあるし公爵家が関わってるし俺も特に断る理由がない。お前が嫌だって言うならやめるが、そうじゃないなら楽しませてもらうぞ? 水の節の20日までに連絡くれ>という内容だった。
お互い自分の意思で契りあうのなら好きにすればいい。
だが、契った後にハンカチのやりとりをするとややこしい事になりかねない。
それにもしラリマー嬢がダグラス、あるいはラリマー公に変な術をかけられて本人の意図しない子作りを強制されているのだとしたら――ヒューイもそれを承知で契ろうとしているのならば――
(考え過ぎだとは思うが……ハンカチを返してもらうついでに、状況をこの目で確認した方がいいか)
そもそもこの手紙を見た時点で既に水の節の19日の夕方――手紙はもう間に合わない。
馬を使う事で生じる途中の休憩時間が惜しく、皇都までは
ラリマー邸、セレンディバイト邸、アイドクレース邸のうち、皇都の東門から一番近いアイドクレース邸を尋ねると公爵に出迎えられた。
「ヒューイは今頃フェガロフォスホテルの25号室にいるんじゃないかな? 今から走っても間に合わないかもしれない。場所を説明するのも面倒臭いから送ってあげよう」
結構――と言う前に飛ばされ、(飛ばされてしまったものは仕方がない)とドアをノックし、2人の子作りを邪魔してしまった結果が婚約だ。
皆が正気で事に挑んでいたのはホッとした。ヒューイがアスカ嬢を諦める為に幻をあてはめようとしたのも不健全ではあるが、病的に多くの女達を追いかけていた彼が一途に女性を想い、諦めようとしている姿にも感動した。
だが私はそんなヒューイの決断を台無しにしてしまった。どう考えてもこの状況で一番悪いのは色々と配慮に欠けた私だ。
これまで私がつれない態度を取っている間、一度も暗い顔を見せなかったラリマー嬢の泣きそうな姿にも初めて心が傷んだ。
私が見ないようにしていた間、彼女は果たしてどれだけ傷ついてきたのだろう? ここを乗り切ればもう解放される、と思わない訳ではなかったが――
私の人生に『14年間も一途に想い続けてくれた女性を最後の最後まで突き放した』という汚点が残るのは嫌だった。そんな最低な男に成り下がりたくはなかった。
そこまで考えた所でラリマー邸が見えてきた。先程まではそうでもなかったのにこの館の周囲だけ例年のコッパー領と同じ位の肌寒さを感じる。
皇都は季節の影響をあまり受けない。
夏は少し暑く、冬は少し寒い――その程度の地域でまだ秋にもなっていないのにこの肌寒さは異常だ。
そんな事を思いながら門の前に着くと、2人の門番に無表情で見据えられる。
『私はアーサー・フォン・ドライ・コッパー。ルクレツィア嬢に貸したハンカチを返してもらいに来た。ラリマー公と話したい事もある為、ラリマー公あるいは夫人がおられるならお目通り願いたい』
「今は朝食の時間です。もうしばらく後にお越しください」
『……ラリマー公は食事の時間だからと客人を追い返すのか?』
ラリマー公に会えば嫌味を浴びせかけられるだろう、と覚悟していたが、入る事すら拒絶されるのは予想外で、思わず問い返す。
コッパー家では食事中の来客は別室に通して待ってもらう。
父上がツナギ服から着替える分、他家より余計に待たせてしまっている面は否定できないが、追い返すなどという無粋な真似はしない。
門番2人はどちらも表情を崩さずに私を見据えてくる。
「ヴィクトール様は家族で過ごされる時間を何より大事になされます。主がおられる際の朝食、昼食、夕食……この時間帯の客人は主に報告する事無く待って頂くようにと命じられております。どうか後15分ほど後にお越しいた」
「あら~? どうしてその方をお通ししないの~?」
鈴のような声が館の方から響く。青色の防寒具に身を包んだ女性が館からこちらの方に駈け寄ってくる。
見覚えも聞き覚えもあるその方はラリマー公の、何番目かの夫人だ。
両手を顔の近くまで近づけてトタトタと、いかにもちょっとの距離しか走ったことがありませんと言わんばかりの走りでやってきた儚い印象の夫人と――その後を何か動作を遅くする魔法でもかかったかのように困った表情でノロノロと夫人を追いかける従僕を門番達は困ったように見すえていた。
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