第67話 感情を押し殺して


 本当の一人ぼっちになって、2日が過ぎた。


 1日目は食欲もわかず、ひたすら泣き明かした。2日目で酷い頭痛がする中、これからどうすれば生き延びられるかを上手く回らない頭で考える。


 猫ダグラスさんはいなくなってしまったけど、黒の魔力から解放されて、これまでより冷静に物事を考えられるのがありがたくて――悲しかった。



――この幽体を修復する特製の液体を飲めば2日で傷が癒える。2、3本も飲めばヒビや傷も塞いでくれる優れ物なんだよ!――



 2日前のカーティスの言葉を思い返せば、また何かしらの実験が行われる頃だ。


 あのプレートの上に乗らされたら、また小さなガラス片や砂が全身を駆け巡るような激痛に襲われる。またあんな目にあいたくない。


 だけどこのままだと同じ目にあう。誰かに助けに――なんて悠長に待っていられない。


 悪者にさらわれたお姫様を騎士や王子様が助けに行く話――いざ自分がお姫様と似たような立場に立たされると、あれはあくまで助ける側に視点をおいた、嫌な部分を徹底的に隠した物語なのだと分かる。


 悪者に捕らわれて2日3日も経過していたら悪者が余程お姫様に誠実な人間でもない限り、お姫様は手をつけられているだろう。

 だけどそんな事まで書いたら『めでたしめでたし』で終わらせられない。だから無理矢理にでも取り繕う。


 つまり――傷付いたお姫様の体や心は物語の上で都合が悪いから無かった事にされる。


 助けられた後で散々嘆いても『助けてもらったのだから明るい顔をしろ』、『感謝しろ』と見えない圧がかかる。PTSDには一切触れられず、騎士や王子様がお姫様の好みでなかったパターンも考慮されない。


 騎士や王子様はもしお姫様が好みじゃなかった時、『自分は人助けをしただけですから』と当たり障りなくカッコよく去れるのに、お姫様は――


(物語相手にそこまで考えるのは流石に、偏屈すぎるわね……)


 自分の行き過ぎた思考に歯止めをかけながら、それでも物語と現実を重ねると助けられる側の立場の弱さが浮き彫りになっていく。


 現実は誰かの助けを待っていられる程優しくない。ましてこんな、人を殺し殺されるのが当たり前のような異世界でのだ。


 この2日間涙を流し尽くし、寝尽くした結果酷く偏屈ではあるものの、ある程度の事が考えられる程度には思考が回復してきている。

 回復させないと死が待っているという恐怖に追い立てられている面も大きいけど。


 自分の人生、来るかどうか分からない他人に託してバッドエンドにしたくない。


 もう自分しかいない。自分しかいないのだから。どんなに辛くても危なくても醜くてもその先に未来がなくても、やれるだけの事はしたい。


(せめて……自分が原因で起きてしまった事だけでも責任を持ちたい)


 ドアがスライドする音が聞こえると同時に、顔の力を抜いて半目になる。


「……よぉ。起きてたのか」


 アランに対して何も答えないでいると、私が横になっているベッドにそのまま腰掛ける。


「今日の実験で死んじまうかも知れねぇから、確実にヤるなら今がチャンスかと思ってな」


 来る時間が早過ぎると思ったのはそういう事か。


「……そんなに私としたいの?」


 私が呟いた事の何がおかしいのか、アランはくつくつと笑う。


「何でも手に入るアイツが欲しい物、俺が1つ位壊して汚したって良いだろう? アイツが悔しがる姿を想像するだけでも体がゾクゾクする」


 狂人の理屈が全く分からない辺り、私はまだまともなのだろう。


「……私、貴方達以外にもう一組この世界の双子を知ってるけど仲良かったわよ? 何でそんなに仲悪いの?」


 ルドルフさんとランドルフさん――セレンディバイト邸にいた時は話し合ってる姿を見た事ないけど、塔を出て保護された時の様子を見ている限り少なくとも仲が悪いようには見えなかった。


「へぇ……そりゃそいつらの親が両方とも無知で優しい甘ちゃんか、有能な呪い子作る為にあえて何も伝えずに生かしてるかのどっちかだな」

「呪い子……」


 その単語に一瞬、青の公爵の姿がよぎる。でもあの人はその事を聞かれたくなさそうだったからあんまり聞きたくないな――と思っている内に言葉が重ねられる。


「双子や多胎児はな、どっちかがどっちかを殺せば相手の力も記憶も全部手に入るんだと。だから俺はあいつがより有能な存在になる為に剣や毒薬の知識を叩き込まされた末に殺される予定だったんだ。まあ、殺される前に何とか逃げられたけどな」

「……へぇ」


 つまり、兄弟を殺した人間が呪い子と呼ばれるのか――あの笑顔がランドルフさんに似ていると思ったのも、双子や多胎児特有のものだったのかも知れない。


 ルドルフさんとランドルフさんは明らかに双子なのに双子だと言わなかった理由がようやく理解できた。

 そして二人の間――いや、ギベオン家にはギスギスと鬱屈した物ではなく、そこには間違いなく家族としての温かな愛が感じられた。


「こんな暗い話してるのに微笑んでやがる……頭イカれちまったのか?」

「逃げられたって……何歳の時に逃げたの?」


 頭によぎった疑問を呟くと、アランは少し思い返すような仕草を見せた後に呟く。


「……丁度7歳になった日だ。もう20年以上も前の話になるな」

「私……シーザー卿の事も知ってるけど、そんな小さな子が一人であんな人から逃げられるはずがないわ。貴方、誰かに助けられたから今ここにこうしていられるんでしょう? 貴方が死ぬのを嫌がった人がいる……それって本当に暗い話なのかしら?」


 久々に自分の口から滑らかな言葉が出たけれど、その言葉はアランの気を損ねてしまったようだ。


「……話過ぎたな。これ飲んどけ。痛覚を遮断する催淫剤だ」


 布団の中にあった手を引っ張り出されて紅色の錠剤を手渡される。強引に飲ませてこないのは私に逆らう意志がないと思われてるからだろうか?


「可愛いとか、好きだとかそういう甘い言葉もなく薬飲めとか情緒の欠片もないのね……こんな薬なんて使わずに……優しく、してくれない? 私、そういう行為するの初めてなのよ……多分、一応」


 いくら記憶が飛んで実感がないとは言え、黒い音石を聞く限りダグラスさんと寸前まではいったみたいだから自分の発言にちょっと自信が持てず、最後がちょっと曖昧な言い方になってしまった。


「……ヤってみてもいいかと思う程度には可愛いぜ? アンタみたいな生意気な女を強引に組み伏せてよがらせるのはさぞかし気持ち良いだろうしな。それに……俺は女に金あるいは薬を飲ませずにやった事がねぇんだわ」


 その言葉を聞いた瞬間、紅色の錠剤を即座に部屋の隅に投げ捨てる。


「ヒューイの片割れのくせに金や薬に頼らないと女一人満足させられない訳?」


 半ばキレながら挑発してみせると、大きな舌打ちの末に乱暴に唇が重ねられる。布団を引き剥がされて上にアランがのしかかった状態で口づけが続けられる。


 また切り裂かれるような緑の魔力の痛みに耐えながら、彼の首に手を回し口づけの方に集中する。すると向こうもそれに応えるように頭を掴んできた。

 途端切り裂かれるような痛みが若干落ち着いて、変わりに生温い感覚を感じる。それが酷く気持ち悪い。でも――


(まだ、足りない)


 だけど、これ以上気持ち悪い感覚に耐えていたくない。早くこの時間から逃れられるようにとこちらから口を開いて深い口付けを要求すると向こうもそれに応えてくる。


 そうすると何故か気持ち悪さが薄れて、段々爽やかさすら感じるようになってくる。


 よく分からないけど好都合だ、このまま満杯になるまで――と思ったけれどアランが胸に手を伸ばしてくる。

 数日前の乱暴な手付きではなく、優しい手付きなのがひたすら気持ち悪かった。


(無理……!!)


 胸に触れる彼の手を引き離そうとするも、ビクともしない。ゴツゴツとして固い男の手が明らかに性的な意味を持つ動きをした時、もう限界だと感情が全力で告げる。



(仕方ない……!!)



 彼と自分の間にある右手で小さく指を鳴らして『銃』を右手の内に出現させた後、彼の胸めがけて躊躇なく引き金を引いた。


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