第119話 黒と白の因縁・1


 音石を送ってから2日後の朝。薄雲る空の下、揺れる黒馬車の中で一人何度目かのため息をついた。


(何で、こんな状況になってしまったのかしら……)


 音石を送った次の日――つまり昨日、ソフィアから『じゃあ明日の朝待ってるわ』と返事をもらったまでは良かった。


 そこからセリアがヨーゼフさんに馬車の手配をお願いしたのが昼過ぎ。

 夕食を運んできたヨーゼフさんから『アスカ様がダンビュライト家に遊びに行かれる事と伝えると主が難色を示されまして……結果、明日は私も同行する事になりました』と説明されたのが夜。


 女性だけで話したい事もあるので、と言ってはみたものの『それなら向こうに行った後ソフィア様をこちらにお連れしましょう』と切り返される。

 あの人とヨーゼフさんが何を危惧しているのかは明らかだ。


 不安に思ったセリアが同行を申し出ると『アスカ様とセリア殿が二人で何か企んでいる可能性もありますので、セリア殿には明日1日ルドルフの手伝いをお願いします』と断られた。


 ここで下手に食い下がると余計に疑われて今後ダンビュライトの館に行きづらくなる――結果、私はヨーゼフさんが御者を務める黒馬車の中で一人ため息をつく状態に至っている。


 餌付けのショックが尾を引いているのか、一昨日昨日と微妙に寝覚めが悪い事も相まってため息にあくびも混じる。


(今回、白の魔力を溜められず情報を手に入れる事も出来ずに空振りに終わったとしても、ダグラスさんやヨーゼフさんの警戒心をある程度緩ませる事ができるはず……次にまた数日おいてソフィアをこっちに呼んで、また数日経ってから私がセリア連れてダンビュライト家にいければ……いや、そう立て続けに何度も会うのも厳しいか……)


 色々試行錯誤する事に疲れを感じつつも、打開策を探さずにはいられない。


 私がセレンディバイトの館に来て以降、ダグラスさんは魔物討伐やら反公爵派の関係で夕食時まで館におらず、かき氷の日までデスクワークを溜めていたらしい。

 処理しなきゃいけない案件が溜まってきた日に狙いを定めて菓子職人を呼んで私を釣りあげているあたり、ヨーゼフさんは相当頭の切れる人なんだろう。


 問題はそれをソフィアに、クラウスにどう察してもらうかだ。

 2人とも場の空気を察して合わせる事ができる人達だから、ヨーゼフさんが私の近くにいる間は迂闊な事言わないと思うけど――


 良い対策が思いつかないままダンビュライトの館に到着し、ヨーゼフさんの手を借りて馬車を降りると、薄灰のワンピースを着たソフィアが意外な人物と出迎えに来た。


「リチャード……!?」

「おはようございます、アスカ様」


 気恥ずかしそうに頭を下げるリチャードの横でソフィアがツンと顔を背ける。


「私より先にリチャードの名前を呼ぶなんて……貴方、そんなだから男好きって言われるのよ?」

「いやこれ不可抗力でしょ!? まさかこんな所にまでリチャード連れてきてるとは思わないじゃない!」


 いくらソフィアとクラウスの間に愛が無いとは言え婚約は婚約――婚約者の家に堂々と愛人? を連れてくるなんて想像もしてなかった。


「だってクラウスの所に行こうとしたらまたメイド付けるって言うんだもの。得体の知れないメイド付ける位ならリチャードが良いじゃない。ちゃんと皇家からもクラウスからも了承を得てるわよ」


 そりゃクラウスも皇家も事情を知ってるし、皇家の近衛騎士連れて行くんだから了承も得てるだろうけれど――改めてリチャードを見やり確認する。


「……リチャードはそれでいいの?」

「私はソフィア様さえお守りできれば、それで……」


 心中複雑な想いを抱えていそうな表情だけど、ソフィアの傍にいたいという彼の想いが心の大半を占めてるんだろう。


 酷い言い方だけどソフィアに向けられたリチャードの健気で報われない感じには安心して胸ときめかせられる。

 リチャードは無理矢理なんて――いや、そもそも餌付けし返そうなんてまず思わないだろう。常識人に想われてるソフィアが羨ましい。


「さあ、話したい事がたくさんあるから早く中に入りましょう」


 もはや自分の館と言わんばかりにソフィアが館へ誘導する。

 そのソフィアの後ろ姿――ポニーテールを括る金の刺繍が施された純白のリボンが正式に婚約した事を表していた。


 私が今身に着けている、加護の込め過ぎで微妙に禍々しい圧を発してくる黒の婚約リボンとは違い、まぶしさすら感じる純白のリボンがちょっと羨ましい。


 本当はこの黒の婚約リボン、明らかにクラウス嫌がってるから付けて来たくなかったんだけど『ヨーゼフ殿にあらぬ疑いを持たれぬよう絶対付けていってください』とセリアの最もな助言によって外す事ができない。

 しかも、今日のコーディネートはお葬式に出ても違和感ないくらい黒で統一されている。


 純白の家に仕えるこの屋敷の人達から大きな反感を買いそうで怖い――と不安に思う中、館の前あたりでソフィアがふと振り返ると、眉を寄せて私の後ろを少し離れて付いてきていたヨーゼフさんを見据える。


「……何故、御者がついてきてるのかしら?」


 ソフィアの怪訝な眼差しに怯む事無く、ヨーゼフさんは一礼して笑顔を返す。


「主からアスカ様から目を離さぬように申し付けられておりますので。ご安心ください。婦女子の会話に入るつもりはございません……邪魔者が入った際はどうなるか保証致しかねますが」

「馬の様子を見てなくていいのかしら?」


 ソフィアは顎で遠くで佇む黒馬を示す。


「攻撃を受けぬ限りその場でじっとしているよう、しっかり躾けられておりますので。それにここは侯爵に格下げされた家とは言え本来6大公爵家に名を連ねる家……そう不祥事は起きますまい」

「……ああ、そう」


 私をチラリと見て明らかにテンションの下がるソフィアの声が辛く、気まずくて視線を逸らすと、館から最も会いたくなかった人間が出てくるのが見えた。


 向こうは最初からこちらに気づいていたようで、見た瞬間に目が合う。


 あの模擬戦以来見なかった彼女から、殺意も蔑みも感じないけれど――シンプルな嫌悪の表情に過去の出来事が鮮明によみがえる。


「あら、エレン。これから訓練かしら?」


 私が彼女に抱く物とは全く違うソフィアの明るい声に、自分の耳を疑った。


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