第120話 黒と白の因縁・2
「ああ……ソフィアはこれからお茶会か?」
ソフィアの言葉に反応したエレンは彼女の方に視線を移して微笑みを向ける。
その様子と笑顔のソフィアの表情を交互に確認するも、分かるのは二人の間に負の感情がない事だけ。
「訓練が終わるのはいつ頃かしら? 後でエレンも私の部屋に来るといいわ」
「いや、私は遠慮する」
サラリと答えて去っていくエレンに特に気を悪くしたようでもないソフィアはそのまま館に入っていく。
(……どうして?)
クラウスはソフィアとエレンを接触させないように気を付けると言っていたのに思いっきり接触している。
「……ソフィア、エレンと仲良いの?」
推測を重ねても仕方がない。ソフィアの後を追いかけて恐る恐る聞いてみる。
「ええ、外で訓練してる彼女を見かけて話しかけに行ったら気が合っちゃって。女騎士ってカッコいいわよね。美人だし尚更絵になるわ。」
「へぇ、そう……」
きっとクラウスは止めようとはしたんだろう。ソフィアの押しの力に負けただけで。
この様子だとソフィアは私がエレンに痛めつけられた事は知らないようだ。
言うべき――? いや、言って余計な恐怖を与えたくない。
けしてエレンは私に対して悪意はあっても、殺意があった訳じゃない――と思いたい。
まあうっかり殺しても仕方ない、って感覚も殺意に含まれるんなら殺意だと思うけど。
「何?」
「何でも……何でもないわ」
ソフィアの怪訝な眼差しについ顔を逸らし、受け流す。
ソフィアがエレンと気が合ってるんなら――特に攻撃的な事を言われてないんなら私の事は気にせずそのまま仲良くしてくれた方が良い。
案外、クラウスがエレンをキツく叱って反省したのかもしれないし。
(でもそれなら私に一言位謝罪があってもいいんじゃない……?)
頭で納得してみても、どうにも心にモヤが掛かる。
確かにエレンは美人だ。ああいう諍いが起きなければ私だって仲良くなりたかった。
でも男どうこう言うのなら、リチャード連れこんで来てるソフィアだって――
(……いや、やめよう。ソフィアとエレンが険悪になっている、という最悪の状況じゃなかったんだから)
意識すればするほど暗い感情が渦巻いては理性が歯止めをかける自分に嫌気が差して、話題を変える。
「ねぇ、ソフィアの部屋ってどんな部屋なの? 公侯爵家の館にはツヴェルフ専用の部屋があるって聞いたけど」
「ああ……窓もない真っ白で異様な部屋だったから断固拒否してクラウスと部屋を交換してもらったわ」
そう言えばあの真っ白な部屋は昔セラヴィさんが使っていた部屋だっけ。確かにあの部屋は絶対嫌だ。だけど――
「何で部屋交換……? この館これだけ広いんだから誰も使ってない部屋いっぱいありそうなもんだけど……」
「トイレと浴室が着いてる部屋がそことクラウスの部屋しかないって言うんですもの」
「別に個別でついてなくてもいいじゃない」
「嫌よ。トイレの中で襲われたらリチャードが助けに来れないじゃない」
ちょっと不便ではあるけどソフィアだって致す可能性が無いんだからわざわざクラウスの部屋を奪わなくても――と思ったんだけど、そう言われるとぐうの音も出ない。
部屋のトイレに忍ばれる可能性もあるとは思うけど、共有のトイレより可能性はずっと低いだろうし。
館の中に入ると白が基調の空間に場違いな黒のワンピースを纏っているせいか、通り過ぎるメイドや騎士達にことごとく怪訝な視線を向けられる。
その視線に耐えてソフィアの後ろを歩いているとソフィアはクラウスが使っていた部屋で立ち止まった。
「では、私は前に待機してますので……」
私達が部屋に入ったのを確認してリチャードが廊下に残り、ドアを閉めた。ここに来てもソフィアの部屋に入らないのは徹底してるようだ。
少し懐かしく感じるその部屋は主が変わっても大きな変化がなく。
ローテーブルの上に置かれたケーキスタンドに様々な一口サイズのケーキやクッキーが並べられており、サービスワゴンにはお茶をする際に必要な物が全て乗っている。
「ああ、アスカが来るって伝えたら料理長がこれもどうぞって」
それはかつて来た時に出してもらった、フルーツとカスタードのタルト。ちょっと関わっただけの関係なのにこうやって自分の好きな物を出されるのは嬉しい。
早速タルトを堪能するものの、ヨーゼフさんに話を聞かれてると思うとなかなか言葉が出てこない。それはソフィアも同じようだ。
せめてヨーゼフさんから見た私が横顔だったり後ろ姿だったら口パクで――と思ったけど、ソフィアは日本人じゃないから私の口パクは通用しない。
「お揃いの手袋なんて……貴方も大変ね」
「え、ああ、これは……」
ソフィアが同情の視線を向けるのはあの日以来トラブル防止で身に着け始めた手袋――だけど、ヨーゼフさんがいる前ではそれを説明できない。
どう言おうか悩んでいると強制されて身につけてる訳じゃないと察したようで、
「あら、もしかして自分ですすんで付けてるの? 今日の貴方の服が喪服並に黒々しいから、お揃いの手袋付ける事まで強制されてるのかと思った」
呆れたように苦笑いされたので同じように苦笑いを返す。私が伝えたかった意図とは別の方向に捉えられてしまったようだ。
セリアに用意してもらった濃灰の手袋は女性物のはずだけど、言われてみればお揃い感が出ている。
帰ったらもう少し色合いが違う物がないかセリアに聞いてみよう。
「……ソフィアがダグラスさん見たのってパーティーの時だけよね? あの人の手袋の色なんてよく覚えてるわね?」
「彼、パーティーで目立ってたし。濃灰の手袋がちょっと印象に残ってただけよ」
「パーティーと言えば……優里はまだ皇城にいるのよね? ネーヴェと婚約したって新聞に載ってたけど」
あまり手袋や危ない話題に近づかないように話題を移していく。
「新聞?」
「貴族向けの新聞があるのよ。結構面白い事書いてあるからソフィアも後で読んでみると良いわ。そう言えば、ここに来て普段どうやって過ごしてる?」
「そうねぇ……体動かしたり館の中を探検してみたり、エレンや他の人達と話したり……そう言えば、反公爵派がどんどん検挙されていってる事は知ってる?」
「ええ。反公爵派がいなくなればもう襲われる事も無くなると思うと気が楽になるわね」
お互い聞かれても問題ない無難な会話を続ける。少し沈黙が漂ってはお菓子を摘みお茶に口をつけるそうしているうちにドアをノックする音が響く。
ソフィアが「どうぞ」と促すとクラウスが入ってくる。以前より少し着飾った印象を受ける。
「やあ、アスカ……元気だった?」
その言葉自体は優しく、微笑みを向けようとしているのは分かるのだけど視線は完全に部屋の隅に立つヨーゼフさんを意識している。
「クラウス、遅かったじゃない。さあこっちに座って」
ソフィアが自分の隣に座るように促すけど、クラウスはヨーゼフさんに向き直る。
「……貴方は?」
「セレンディバイト家の家令を務めております、ヨーゼフと申します」
淡々と答えるヨーゼフさんの態度に違和感を覚える。
「向こうの家令は格上の貴族相手に一礼もせずフルネームも名乗らないの?」
「ほっほっ……先代の奥方を強引に連れ去っていったこの家の人間に対して、私が礼を尽くす理由はございません」
互いの笑顔から紡がれあう敵意溢れる言葉に、胃が急速に縮まっていくのを感じた。
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