第118話 未だ惑わされてる男


 <錯乱状態の全裸で皇城にワープさせられるかもしれない問題>について対策を相談しておきたいと思ったけど、既にセリアはメモを燃やしミニノートとペンをポケットにしまっていた。


 初夜の際は念の為ネグリジェ持って待機しててもらいたいんだけど――なんて自分から筆談を切り出すのも抵抗があって、別の疑問に話題を移す。


「話変わるけどセリア……私を囮にしようって言いだしたのって誰なの?」


 ダグラスさんの言い方だと相手は相当位の高い人間のようだ。もし相手が赤の公爵だったらお世話になった人だし、何とか制裁を阻止しなければと思う。


「アスカ様を囮に、と発案したのは緑の公爵だそうです。赤の公爵が反対されたらしいのですが、以前も申し上げました通り『襲われなければ問題無し、襲われればダグラス様に守られて問題無し』の状態だったので他の有力貴族や皇家は反論せず……ちなみにホールに騎士がいたのは赤の公爵の計らいです。ご自身も離れた場所で待機していたようですし、赤の公爵はアスカ様の事をとても気にかけておられるようです」


 提案したどころか反対してくれていたという事実がまた心に染み入ると同時に、新たな疑問を招く。


「心配してもらえるのはありがたいけど……私あの人にそこまで気に入られるような事した覚えないんだけど?」


 流石にそこまで気にかけてもらえると何か裏があるのでは? と疑ってしまう。

 いくら他人の為に燃え上がる人情家とは言え、他の有力貴族に嫌われてる私にそこまで世話を焼く理由は無いはずだ。


「……召喚初日から息子に対抗し大勢の貴族達相手に啖呵を切る強気な気質、結果多くの貴族に嫌われる事になった気の毒さ、息子の番であるアンナ様がアスカ様に喧嘩ふっかけた事への申し訳なさ、囮作戦を発案したのが緑の公爵だから気に入らない……色々理由は考えられます」


 素直に感謝できない理由ばかり並べたてられて心に虚しさが過る。


「そう言えば先程ジャンヌから届いた手紙に<公爵がアスカ様にお詫びがしたいって言ってるんですけど、何か欲しい物とか無いですか?>と書いてあったのですが……アスカ様、何か今欲しい物ってありますか?」

「この間、皆で露店巡り出来ただけで十分すぎる程お詫びされてるのに、まだお詫びって……どれだけお人好しなの?」

「それが……その露店巡りで自分がクラウス様と長話し過ぎた事で二人の仲が険悪になってしまったのでは? と気にかけていらっしゃるそうです。それとダグラス様がアスカ様をちゃんと迎えに来なかった事が気の毒で、アスカ様がちゃんと衣食住満たされた状態で過ごしているのかも心配されてるらしく……ジャンヌ曰く<放っておくと家族総出でセレンディバイト邸に遊びに行きそうな勢い>だそうです」


 ああ、あの人確かに長話の事を気にしていた。その後クラウスがソフィアに婚約を申し出たから猶更そう思っても仕方ない。

 だけど本当にクラウスと険悪になった訳じゃないからそのお詫びを受け取る訳にはいかない。


 それにアンナにしてみたら義理の父親が私を気にかけてる姿は見ていてあまり気分の良い物じゃないだろう。

 今は魔力が落ち着いてるだろうけど争いの種を植えるような真似は避けたい。

 そこまで私の事を心配してくれる人がいる、というだけで結構励まされてるし。


「赤の公爵に『お詫びは要らないし大丈夫なので心配しないでください』って音石送りたいんだけど……セリア、音石って何個持ってきてる?」

「ユーリ様、ソフィア様、アンナ様とお茶会を催す事もあろうと思い3つ持ってきてます」


 こういう時セリアって本当有能だなって思う。


「じゃあ2個持ってきてくれる?」

「かしこまりました。早速準備いたしますね。」


 セリアが一礼して退室し、数分後音石とそれを入れる箱を持って戻って来た。 

 まず赤の公爵宛てにセリアの監修を受けつつ無難なお礼を音石を吹き込む。次に――


(一度クラウスに会って、仲直りしたって事にしたいんだけど……)


 あの人が白の魔力を諦めるのは本当予想外だった。後3週間を無事に乗り切る為にもあの人が色々片を付ける前に『クラウスと仲直りできたので、また白の魔力貰ってきます!』って流れにしておかないとマズい。


 ただ、私がクラウスにお願いする形で仲直りしたって事にするとあの人の逆鱗に触れそうだ。だけど今の状況でクラウスにここに来てもらうのも色々無理がある。

 さっきのセリアの様子を見てると大事な事をこの館で話すのは危ない気もするし、この音石もセリアが聞いてると思うと迂闊な事は言えない。


(クラウスを意識してない形で、クラウスに会う方法…)


「あと一つは誰宛てに送られるのですか?」


 セリアに聞かれ、考えあぐねたまま重い口を開く。


「……ソフィアに。近いうちに遊びに行ってもいいか聞こうと思って」


 ソフィアに会いに行った流れでクラウスにも会ってお互い謝りあった――そんなシチュエーションならそこまで不自然じゃない。


「ソフィア様をこちらにお呼びすればいいではありませんか。わざわざクラウス様に遭遇するリスクを冒すなんて……まさか、今になって未練が?」


 的外れな理由だけどクラウスに会う意図をあっさり見抜かれてしまった事に絶望が過る中、セリアに『しょうがない人ですね』と言わんばかりの表情をされる。


「アスカ様……去っていった男を追うとダグラス様を失う……いえ、ダグラス様の逆鱗に触れる事になりかねません。あの方は以前とは違います。今はクラウス様どころか、何ら関係ない殿方に会う事さえ危うい状況です」


 セリアの厳しめの視線に戸惑いつつも、ここで引く訳にはいかない。


「クラウスに未練がある訳じゃないけど、白の魔力が無いとマナアレルギーを起こしかねない。今後あの人がまた私を見限ろうとする可能性があるのに、あの人が近くにいないと精神を保てない状態になんて絶対なりたくない。セリアはどう思う? 私がマナアレルギー起こして廃人になったり、器が破損したりしても良いの?」


 セリアが心の底で何を考えているか分からないけど、私が危険な目に合う事は望んでいないはず――望みをかけて見つめる。


「……白の魔力についてはメアリー様から聞いております。確かにアスカ様とダグラス様の間にはまだ信頼関係があるように見えませんのでアスカ様の心配は最もです。ですが……あの方はとても深く反省しておいででしたし、もう二度とアスカ様をあんな風に扱う事は無いかと……」

「そうやって明確な理由も無くあの人を信頼した結果、見事に裏切られた訳じゃない?」


 ホールで迎えに来なかった事を逆手に取って追撃するとセリアが押し黙ったので言葉を重ねる。


「地球の……私が住んでた国には<二度ある事は三度ある>って諺があるの。盗聴も辱めも私に対する裏切り……後一個、何か裏切ってくる気がする。私はその裏切りに備えて対策しておきたいだけ。勿論こんな事ダグラスさんに言えるはずがないから、ソフィアに会った時に偶然装ってクラウスに会って白の魔力をもらえるように交渉しておきたいのよ」


 良い諺を作ってくれた人に感謝しつつ言い終えてセリアを見つめ続けると、諦めたようにため息をつかれた。


「……分かりました。そういう事なら」


 そう言いつつやや納得してない様子のセリアが2つ目の音石を手渡してきたのでソフィア宛てに無難な言葉を吹き込み、セリアがそれを持って部屋から出ていくのを見送る。


(ふぅ、疲れた……次は、ノート見直さないと……)


 貴族の敬称やマナーなんて正直どうでも良い。だけど初歩的なマナーで叱られるのも悔しいし今後要らないトラブルを招きそうだ。

 後3週間――何が起きるか分からない。無難に振る舞っておかないと。


 防御壁の鍛錬はセリアが渋い顔するからセリアがいなくなった後にするとして――新聞で情報収集続けつつ、勉強し直して、筋トレ……筋トレばかりじゃなくて有酸素運動も取り入れておきたい――やる事がいっぱい出てきた。

 この1週間、ゆっくりし過ぎた事を反省する。


 ノートを読み返している内に陽が沈み、夕食が運ばれてくる。

 手が込んだ食事にもう1品、香ばしく甘い匂いを漂わせる美味しそうなパイが添えられていた。


「……これは?」

「今が旬のノース地方のチェリーを使用したパイです。主がきちんと食事を取られるようになりましたので、どうぞアスカ様もご堪能ください」


 食事を運んできたヨーゼフさんに問うと、安定の笑顔で説明される。

 食後のデザートがついに追加された事にテンションが底上げされたのは間違いないけど、失った代償が大きすぎて手放しで喜べない。


「ただ……食事は取られるようになったのはいいのですが急に惚けた状態になられたり、かと思えば『私は何という事を……!!』と伏せったり、含み笑いされたかと思うと突然フルフル震えだしたり……1つ2つなら歴代の主も通った道ではあるのですが、あの方はそれが全部一気に来ておられるのが心配でして……もしこれを解決して頂けたら今後巷で評判の菓子が出た際にすぐ職人をお呼びするようにしますが、いかがですか?」


 しまった、この人の狡猾な手段の事をダグラスさんに言うのすっかり忘れていた。


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