第216話 ノーマルエンドを目指させて
クラウスと一緒にラインヴァイスの背に乗って空を駆け、露店通りに降り立つ。晴れた空を飛ぶ感覚は爽快感を感じたけれど気は晴れない。
「皇都に指輪のお店はいくつかあるみたいなんだけど露店通りで、って約束したからね。事前に場所をチェックしておいたんだ」
そう言うクラウスに手を引かれて入ったお店の中は以前入ったブローチのお店よりずっと綺麗で高級感にあふれていた。
(そう言えば修学旅行の帰りにそういう話もしたっけ……)とぼんやり思いながらショーケースに並ぶ指輪についた色とりどりの宝石の煌めきに目を奪われているとクラウスが店員と何か話しだす。
「アスカはリングや宝石に何かこだわりはある?」
神々しいオーラを放つリボンのせいなのかボーっとした状態ではどうにも深く考えず『特に何もない』と答えて全部クラウスに任せると、
「そう? それじゃあリングは白銀にしようか。単純に魔法防御を優先するならリングの材質は魔晶鉱がいいんだけど、全部が白ってのも映えないしね。その代わり少し厚みのある物にしてその分大きな石を使えばいいし」
まるで好きな物を買ってもらえる子どものように笑顔で決めていく。
考えなきゃいけない事がたくさんあるはずなんだけど――深く考えられない。
ただ1つハッキリと分かるのは今日が終われば地球に帰れるのだという事。
「アスカ、これでいい?」
いつの間にか眼の前のショーケースの上に白い箱が置かれ、その中に透明な宝石がはめ込まれた白銀の指輪が2つ並んでいる。
もう何でもいい、と思いながら小さく頷く。
「少しお時間頂ければ裏側に刻印を入れる事も出来ますがどうしますか?」
「刻印か……興味はあるけどどんな言葉を入れるかで悩んでしまいそうだ。もう時間がないしやめておくよ」
クラウスは気品漂う年配の女性店員の言葉を断り、金貨を一握り出した。パッと見10枚以上ある。
私もう地球に帰るのにそんなに大金を払われると心苦しい。
その2つの指輪にクラウスが白の魔力が込めると透明な宝石が純白へと変わる。
「早速着けてあげるね」
指に触れた瞬間、心理的なものではなく本能的な意味で外したい衝動に駆られる。指輪かリボンのどちらかを。
だけどクラウスは力強く私の手を握り、躊躇なく私の右手の中指に押し込んでいく。
ふわふわ温かく、綺麗で、優しい感覚が頭を包んでいく。
理性が侵されていく感覚が怖い。まるで断崖絶壁の崖っぷちに立たされているような――真下には底の見えないパステルカラーの雲が広がっているような。何なんだろう、これ。
この優しく不気味な感覚を抱きながらまだ理性を保っていられる状況に感謝していると目の前にクラウスの手が差し出される。
「僕の指輪はアスカが着けてくれる?」
クラウスの背後に危険なフラグが乱立している気がするのに拒めない。
拒んだら何か恐ろしい事が起きるような気がして、言われたままにケースの指輪を手にとってクラウスの右手の中指に指輪をはめる。
「……嬉しいな……」
クラウスは一瞬驚いた顔をしたがすぐに満面の笑みに変わって本当に嬉しそうに呟いた。
私はまた何か余計な事をしてしまったようだ。微笑むクラウスに対して目を逸らすのが精一杯の抵抗だった。
何だろう、この、クラウスを肯定したくないけど否定したくもないこの感覚は。
例えるなら乙女ゲーで狙ってるキャラのイベントやスチルを埋めたいのに別のキャラの告白イベントが入ってしまった時の心境に近い。
『ああ、このキャラ傷付けたくないのに傷つける選択肢を選ばざるをえない!!』って心境が何倍も膨れ上がったような、そんな感覚。
リアルの人間に対してこういう心境になるのは失礼だと思うけど感覚としては本当それに近い。
ただ、幸いなのはまだクラウスからは決定的な事を言われていない事だ。まだ、まだ告白イベントには入ってない。
地球に帰るという絶対的な目的がある以上、クラウスの私に対する好意?(多分)を受け止める選択肢も、拒む選択肢も選べない。
下手に何でこんな事を? と追求する選択など以ての外で選択肢を選べない以上、時間切れだったり話を逸らすしか方法はない。
傷つける選択肢を選んだらバッドエンドになりそうな予感がヒシヒシと感じる生き地獄の中、この頭と心を包むフワフワ感がある意味私を助けてくれている。
この状況を乙女ゲーに例えられるのもこの感覚のお陰だと思う。これがなかったら私多分、罪悪感と後悔と絶望で詰んでる。
お願いだからこのまま決定的な事を言わないで。誰も攻略せずに普通に地球に帰るノーマルエンドを目指させて。
現実はパッドリセットもクイックセーブ&ロードも出来ないから――
そんな嫌な緊張感に包まれながら指輪の店の出た所で丁度目に入った毛織物の露店で藍色のストールを買ってもらった。
青を選んだというよりはその中で一番暗い色の、でもクラウスを刺激しなさそうな色を選んだ。
クラウスはちょっと不満そうだけど白以外のものを身に纏う事で少しだけ心が落ち着いた気がする。
ここから少し離れたお店で買った灰色のスカーフ――ラインヴァイスのブローチをつけっぱなしにしたそれは今、セレンディバイト邸の私の部屋にある。
取りに帰りたい気持ちが無い訳じゃないけど、多分クラウスはOKしない。
クラウスの言ってる事が正しければあの部屋にはダグラスさんがまだ寝てるはずだから。
それにセリアに合わせる顔もない。何を話せばいいの? 引き止められたら? 突き放されたら? どちらにせよ、良い別れが出来る気がしない。
そんな事を考えながら再びラインヴァイスの所に戻った時には大きな人だかりが出来ていた。
「……いいの?」
「ラインヴァイス自身が嫌だったら空を飛んで待ってるよ」
言われてみれば白やパステルカラーの髪の人達にナデナデされているラインヴァイスは目を嬉しそうに細めて「ムフー」とか鼻息出してそうな位ご機嫌そうだ。
これまで冷遇されてきた分、感動や喜びの視線に囲まれて嬉しいのだろうか?
暗めの髪の人達には少し遠巻きにされているのがちょっと印象的だった。
「皆さん、危ないので離れてください」
クラウスの呼びかけに感嘆の声が上がると同時に一斉に人が引いていき、私達は再びラインヴァイスに乗って青空に舞い上がった。
ひんやりとした風が気持ちいい。2人が乗ってもまだ少し余裕のあるラインヴァイスの乗り心地はまるで質の良い滑らかな絨毯の上のようにフカフカのサラサラで快適だ。
つい寝そべって頬ずりしてしまいたくなる。できる状況じゃないけど。
「ねぇ、アスカ……」
「リ、リボンも指輪の石も魔力で染めてるのね! 自然の素材や鉱物を使ってると思ってた!」
クラウスがいつ何処で告白してくるか分かったもんじゃないので咄嗟に思いついた質問を被せる。
脳内で『流石に自意識過剰では?』という自己ツッコミすら入れられない。
「ああ……昔は自然の素材を使って生地をどんな色にも染め上げられるプロがいたみたいだけどね。公侯爵家の色の下着を作られ悪用されて以降その職は淘汰されて公侯爵家の婚約リボンは<アラクネ>っていう希少な魔物が作り出す糸で織り込んだ魔布に魔力を込めて染め上げるようになったんだって。そう、下着と言えばアス――」
「この指輪の魔晶石、セリアが持っていた魔晶石よりずっと小さいのに凄い魔力を込められるのね……!!」
向こうからの問いかけを受けたくない。ぼやつく頭で必死に質問を被せる。
「魔晶石は大きさより純度が重要だからね。突発的に行った店にしてはなかなか良い質の石を出してくれたよ。で、アスカ――」
ああ、もう話すネタがない――って、あそこの道を走ってるのは――
「ねえクラウス、白馬車が見える……!」
草原の中央に作られた道を駆ける純白の馬車を見つけて咄嗟に叫ぶ。あの中にソフィアとリチャードがいるはずだ。
「今この位置にいるって事は合流はそれほど時間がかからなそうだね。それより」
「よう!!」
前方から聞き慣れた声が聞こえる。こんな上空でそんなはずないと前を向けば、
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