第7話 白の嫉妬・1(※クラウス視点)
広い部屋の中央に置かれたテーブルを中心に皆が集まり、ダグラスのヒビをどう治すかを話し合っている。
そんな中、僕はチラチラと向けられる視線を無視して一人壁に寄りかかり、先程の事を思い返していた。
ダグラスの事なんてどうでも良かった。今の僕の頭はアスカに思いきり情けない所を見られてしまった事の恥ずかしさでいっぱいだった。
嫌だと叫んで、あんな辱めを受けて――それでもアスカはダグラスを気にかけた。
僕の言葉に怒って、ラインヴァイスから飛び降りて。
そうやって僕を拒絶したアスカに対して物凄くイラッとした。それでも何かあってはいけないと見守ってたら、アスカは他の男に寄り添い始める。
リチャードはまだいい。だけど、あの金髪の男――レオナルド卿を治療する姿に一瞬目を疑った。
僕達の邪魔をしようとした敵をどうして治療したりするのか。
苛立ちを感じる中で魔物狩りの後の――皇城の訓練場であの男がアスカに近付いていた時の言葉が過ぎった。
『アスカ様が私の子を産む事になる可能性もあるのですから』
(気持ち悪い……気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!!)
その男に近寄らないで、治療しないで、アスカにあげたその魔力はそんな奴の為に使う物じゃない!
頭に急激に血が昇り苛立ちが尚更酷くなる中、アスカを止めに行こうとした時――彼女の口が微かに動いた。
(……誰かと話してる?)
見る限りレオナルド卿の口は動いていないし、魔力の動きもない。
ただ、ほんの微か――アスカの周りに凝視しないと気づかない位の微量の魔力を感じる。
その、僅かな風を起こさせる魔力の発生源は――ヒューイ卿。
それに気づくと同時にアスカが微笑む。こんな状況で一体何の話をして微笑っているんだろう?
ねえアスカ、全て君のせいとは言わないけれど、君の言う通り君の行動が原因で今こんな状態になっているのに――何で笑えるの?
僕が励ました時には厳しい顔をしていたのに。どうして、そいつとの会話では笑えるの?
気づけば僕は降り立って、ヒューイ卿との会話を遮っていた。
その後アスカがレオナルド卿の頭部を持ち上げようとする仕草がまるで口づけしようとしている姿に思えて、反射的にレオナルド卿も治療してしまっていた。
もうアスカが他の男に触れるのも嫌で僕がレオナルド卿の治療を変われば、次はアシュレーに
僕だってダグラスと交戦して無傷って訳じゃないんだけど――アスカはどうして僕の治療をしてくれないのかな?
「私が迷わなければ……ちゃんと地球に帰れていたら……」
落ち込むアスカの声が、酷く忌々しい。
「そうだよ……アスカさえ迷わなければ、僕は……」
僕は、君と一緒に地球に行けたのに――誰も邪魔できない世界で君と2人で生きれたのに。
でも、そんな事を言ったらアスカに嫌われてしまう。
どれだけアスカに苛立とうと、もう感情をそのまま吐き出してアスカに酷い事を言いたくない。嫌われたくない。
だけど、神官長がダグラスを抑えるのには色神の力が必要だと言った時に僕を見たアスカの眼が、僕の心を抉った。
ダグラスを助ける為に僕を頼ろうとするアスカに、これまで耐えていた心を無残に抉られていく。
「……何でアスカは、あんな事してきた奴の事を庇うの? 何で、僕があいつの事を嫌ってるの知ってるくせに、何であいつの為に僕を頼るの? それで僕があいつを助けたら、アスカはあいつの所に行くんでしょ?」
耐えきれずに零してしまった僕の言葉にアスカは言葉を詰まらせた。
ああ、本当に――あいつの所に行くつもりだったんだ?
自分で言っておいて傷つくのもおかしいけれど――ショックだった。
その後緑の公爵――シーザー卿が現れて、
色神を宿している公爵の時を止めている割には魔力の消費が少ない気もするけれど、それより――黒の防御壁を張ったアスカに尚更イライラが募った。
僕がアスカを守らないはずがないのに、まるで僕はアテにできないみたいな態度であいつの魔力を使って防御壁を張って。しかもレオナルド卿まで庇って。
どうして、どうして、どうして他の奴らは気にかけて僕の事は気にかけてくれないの?
僕が一番アスカに尽くしているのに――アスカの事を一番考えているのは、僕なのに!!
心の底から這い上がるように蠢いていた感情はヒューイ卿に押されるように階段を降りていくアスカを見てようやく今の状況を把握し、静まっていく。
(……何をやってるんだ、僕は……!!)
感情をそのままぶつけなかっただけ前よりはマシだったと思うけれど、ドロドロと吐き出してしまった感情は、あまりに醜いもので――こんな僕の事を絶対にアスカは情けない男だと思っただろう。
この世界に未練のない僕に失望してしまったかも知れない。
ここまで醜態を晒しておいて部屋に残るアスカに声を掛ける勇気はなかった。
今話しかけても冷たくあしらわれてしまいそうで――怖かった。
「……クラウスの力で治すのは難しいのは分かったけどよ、皇家の力でヒビは防げないのか? 透明なら魔力の色に影響しないんじゃないのか?」
アシュレーの言葉に僕の名前が入っていた事で再び現実に引き戻される。
「透明感のある黒と無い黒は違うものです。透明な魔力でヒビを塞いでも影響を及ぼしてしまいます。魔力で塞ぐのではなく、別の物……器と同質のもので塞ぐか、あるいはヒビそのものを修復する必要があります」
神官長はアシュレーにわかりやすく説明した後、ハッと何か気づいたように目を見開く。
「……ロットワイラーに? 確かに、数年前の戦争の原因の一つは他人同士の器を結合させてより大きな器を作りだそうという研究が進められていたからですが……確かに、また再び研究が進められている可能性はありますが……研究所……!? それは初耳です」
神官長の独り言――じゃない。微量の橙色の魔力が神官長に送られている。
その発信元はテーブルの傍に立っているコッパー侯爵令息――アーサー卿だ。
テレパシーより喋る方が数段楽だろうに何故テレパシーで会話しているのだろう?リチャードともお互いにテレパシーを交わしているようだ。何か理由があるのだろうか?
「……分かりました。ではロットワイラーに気付かれないようその研究所に潜入してきてもらえますか? 貴方なら実力的にも申し分ない」
「あ、行くなら俺が乗ってきた飛竜使っていいぞ。俺の私物持ってりゃ乗せてくれるから。用が済んだらウチに返しに来てくれ」
アシュレーがそう言ってクシャクシャのハンカチをアーサー卿に手渡す。アーサー卿はそれを丁寧に畳み直して懐にしまった。
まだ意識が戻らないレオナルド卿はネーヴェが浮かばせて何処かに連れて行ったけど、アーサー卿やルクレツィア嬢は数時間前まで敵対しあっていたはずだ。
それなのに彼らは皆まるで何もなかったかのようにこの空間に馴染んでいる。
先程敵対し合っていた人間達が一同に集まって一つの目的について話し合う――凄く異様な光景だった。
「にしてもロットワイラーかぁ……俺も行きてぇなー」
頭の後ろで手を組んで呟いたアシュレーに、ルクレツィア嬢が呆れたようにため息をつく。
「アシュレー、これは隠密行動ですから遊びではありませんわ。それに私達は学院の後学期が始まったばかりではありませんか。最高学年の後学期は卒業課題もあって色々忙しいんですのよ? アーサー様……どうか、どうかお気をつけて……必ず生きて戻ってきてくださいまし!」
口元に手を当てて潤む瞳でアーサー卿を見つめるルクレツィア嬢の圧に若干引きながら学院という言葉に心惹かれる。
(学院……そうか、この2人は同級生なのか)
午前中しか起きられないから、この体の事を知られてはいけないからと学院に通わせてもらえなかった身としては学院に通っているこの2人がとても羨ましい。
ただ、僕も学院に通ってなかったとは言え全く勉強してなかった訳じゃない。
ダンビュライトを背負う身で無知という訳にはいかず、数年前までつけられていた家庭教師の存在を思い出し、色々な事を教えられた記憶が蘇ってきた。
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