第42話 時を越えた者の特徴・1(※ヒューイ視点)
(何か、とんでもない事に巻き込まれちまったな……)
ジェダイト領の空を駆け抜けるラインヴァイスのフカフカの背に座り、改めてこの状況を振り返ってみる。
親父みたいに脅しにかかるより、何かしら恩を売りつけて3人目の男になれれば――とは思っていたが、まさかこんな状況になるなんて思っても見なかった。
そう遠くない未来であの二人の間に何かが起きるのは元から予想していたから、それが的中する事には驚きはない。
驚いたのはそれが世界崩壊に至るほどの大事になるのが分かったって事と、あの子とジェダイト家の因縁がまだ続いてるってところだ。
(……さっさとジェダイト家を降爵させた方が良かったのか、逆にそのままにしていたからこそ『時戻り』なんてとんでもない事象を利用してる事が判明して良かった、とすべきか……どちらにせよ、今回の件は俺にも責任がある)
前ジェダイト侯――ヴェレーノ卿が個人の感情や価値観を理由にツヴェルフの暗殺を企てた訳じゃなくて、この世界の未来の為にミズカワ・アスカを狙っていた、なんて当時の俺に分かるはずがない。
が――問題はその後だ。
魂になってでも殺そうとする程の殺意に違和感を覚えていたなら――あるいはジェダイト姉妹に俺がもう少し注意を払ってれば、もっと早くモニカ嬢の違和感に気付けただろうし、お姫様が3回目の暗殺未遂にあう事もなかった。
(……こんな詰めの甘さで、あんまりあいつらに雑用を押し付けるな、なんてよく言えたもんだな)
『あんまりあいつらに雑用を押し付けるなよ』――本気半分、他の男を頼るのが面白くない半分で言ってしまった自分勝手な忠告。
それをまともに受け止められて反省と感謝の言葉を返された時は、罪悪感すら感じた。
別に、好みの女性に他の男と比較された事が無い訳じゃない。
そんな時はいつも調子の良い声で、相手が喜びそうな熱い言葉を並べ立てて口説き落とした。
相手を不快にさせるような、拗ねたような言葉が出たのは今回が初めてで、どうにも調子が狂う。
心に思ってない事を言うならまだしも、心に思ってても言わないでおこうと思った言葉だから困る。
この調子だといつ口を滑らせるか分からない――今更ながら思い通りにいかない感情に自嘲する。
(……この件が解決したら、少し頭を冷やさないとな)
この件はどう考えても厄介だが、お姫様が波風立てずに事を収めたいと思ってる以上、後伸ばしにもしてられない。
3回目の暗殺も失敗に終わったのは本当に良かった。今更あの子を殺した所で手遅れだ。殺すなら1回目の暗殺で殺すべきだった。
(……仮定の話とは言え、あの子が死ぬ姿を想像するだけでここまで嫌な思いをさせられるなんてな)
眉間に皺が出来ているのを自覚して表情を緩める。
とにかく、さっさとシャニカ嬢を拘束して、説得できるまでは軟禁――いや、上空から飛び降りる位だ、監禁した方が――
「うわー、ラインヴァイスってフッカフカなんだねぇ」
「やめてよ、ラインヴァイスが汚れる」
親父に風を使われないように周囲に防御壁を張っている中、場違いな程陽気な声に視線を向けると、シアンが寝そべってラインヴァイスの背に頬ずりしていた。
クラウス卿が(何こいつ……)と言わんばかりの酷い顔で酷い事言ってるのはまあ当然として――
俺が知ってる限りじゃ、もっと怠慢で、だらっとした奴だった気がするんだが――そんな違和感を覚えて見据えていると、目があって意地悪く微笑まれた。
「重苦しい顔して……もしかしてアスカ様に求婚した事、後悔してる?」
「……そんな風に見えるんなら、相変わらずお前の目は節穴だな」
数節前の事故で両親が亡くなって弟が行方不明になってるから一時的に頭おかしくなってるとか、そのお陰でアクアオーラの治安が改善してきてる――なんて酷い噂も聞こえてくるが、そんな噂じゃ払拭できない不快感がある。
まあ俺の不快感なんて、こいつに軽蔑の視線向けてる奴の不快感に比べればずっとちっぽけなもんなんだろうが。
「アクアオーラ侯……飛鳥達が決めた事だから邪魔したりするつもりはないけど、飛鳥に迷惑かけるような事絶対しないでよね?」
「うわぁ、それ、君が言うんだぁ」
一番迷惑かけてる奴に『迷惑かけないで』と言われて言い返したくなる気持ちはよく分かる。
俺も、地球にこっそり着いていった奴にあれこれ言われたくない。
「って言うか、客観的に見たら迷惑かけられてる側だよ、僕。まあセリアさんから対価貰ってるし、全然迷惑だとは思ってないけど」
「対価?」
「『シャニカ嬢を何とかして頂けた際には結婚を視野に入れた交際を考えます』って言われたんだ。だから僕、今回はちゃんと協力するよ」
セリア嬢が『できる事なら出したくないとっておき』と強調した理由を理解する。
こんな男に結婚を餌に協力を仰ぐなんて、まともな令嬢なら絶対にしない。
「主が主なら、メイドも色恋で男を利用するのですね……」
「え、アスカ様とセリアさんが誰の為に色恋を餌に男を利用したのか分かってる癖にそんな言い方しちゃうんだ? 流石にそれは二人が可哀想だなぁ」
シャニカ嬢が逃げた事を説明して以降、沈黙を貫いていたモニカ嬢にシアンが容赦ない一言を返す。
モニカ嬢も少し眉を顰めた辺り、シアンが言いたい事を理解しているんだろう。
彼女は自身を過小評価しているが、その頭脳や気配りは侯爵の立場に恥じないものを持っている。気づいていないはずがない。
ただ、気づいててもそれを行動や態度に表すだけの気力も生きがいも無くなっているだけだ。
そんな彼女に対して何の想い出も情もないあの子が説得を諦めていないのに、俺が諦めるのもおかしな話だ。
「……モニカ嬢、頼むからもう少し俺達を信用してくれないか? ヴェレーノ卿は君達を本当に心配していた。君が何もかも諦めている姿を見ると心が痛む」
俺の中にある記憶じゃこの親子は仲が良く、お互いに顔を見合わせると穏やかな表情を浮かべていた。
モニカ嬢の体力と魔力の器の成長があまり思わしくないから、という理由でヴェレーノ卿がル・ジェルトのツヴェルフと子を成した時は予備子となる彼女を心配した事もあった。
だが、シャニカ嬢が生まれた後もヴェレーノ卿はけして彼女を冷遇する事はなく、親子三人で寡黙ながらも穏やかで良好な関係を築いていたように見えた。
そんなヴェレーノ卿の魂が天に上がる時、『娘達を頼む』と託された。だから俺は彼女達の命と立場を守った。
だが、もし親父に現状を知られて『姉妹共々殺せ』と言われた時は、殺さざるをえない。
そんな薄情な俺の言葉なんて全く心に響かないんだろう。モニカ嬢は俺の説得にも耳を貸す気配もなく、沈黙を貫く。
困ったな――と思ってる内に背中に何か当たった。
振り返ると少し離れた場所にいたシアンがこっちに転がって――転がされてきたらしい。
「……で、お前は何でセリア嬢にとっておき扱いされてたんだ?」
「ああ、僕はご先祖様が時戻りの人間に対処した実績を買われたんだよ」
このままモニカ嬢と沈黙を続けるよりは話題を変えた方が良いか、と問いかけるとシアンは寝転がったまま喋りだした。
同じ侯爵という立場のモニカ嬢や本来なら公爵の立場であるクラウス卿を前に、不遜な態度を隠しもしない。
親父ですら公爵相手には一応座るぞ――? と思ったが、当のクラウス卿は
「ここ、飛鳥が寝そべるところなのに……!」
とかブツブツ言ってシアンが寝ていた場所に念入りに洗浄・乾燥・浄化魔法をかけるのに集中している。
こいつもこいつで問題ありだな――と思いながらシアンの言葉に耳を傾ける。
「ジェダイト領と旧アクアオーラ……トルマリン領の間で数百年の間幾度となく起きた戦争の中で『同世持ち』って言葉、一回くらいは聞いた事無い?」
「確かに、ビュープロフェシーだけでは説明できないような奇跡が多々起きたって話は聞いた事はあるな」
俺はサウス地方――ジェダイト領側の人間という事もあって旧アクアオーラ、トルマリン領視点の文献にはあまり触れる機会がなかった。
ヴァイゼ魔導学院の歴史の授業でその辺の話が出た時に教師がそれっぽい事を言ってたのを聞き齧った程度だ。
「そう、未来予視できる大魔道具を持ってる領との小競り合い……ある程度作戦や行動が読まれるのは分かってた。だけど時折、時戻りしている人間がいるとしか思えないほどジェダイト領に有利な事象が多々起きた……ジェダイト側は奇跡だ何だで浮かれ上がる訳だけど、奇跡という名の被害を受けてる側はそうならない。何故そうなったのか……当然調べるよね?」
確かに、何かしらの理由で作戦が読まれていると分かったら、理由を追求して対策を考えないといけない。
戦力の無い賊や、知能の低い魔物相手に大した作戦は必要ないが、対別領地との対人戦――争いとなればいかに相手を騙すかの化かし合いだ。
自然と作戦の内容も緻密で重要なものになってくる。
「研究した結果、未来を詳しく知っている人間が過去に戻ってきたとしか思えない……本当に時を戻ってきているのであれば、魂に何かしらの変化が生じてるはずだ、って結論に至った。そして更に研究を重ね、魂を一時的に体から引っ張り出し、可視化させる魔法を編み出した」
「魂に、変化?」
「前世、同世、来世……どの世であろうと、時を越えてきた魂には皆、同じ特徴があるんだよ」
魂に関する術は全て禁術に指定されている。
皇家や公爵以外が彼らの許可無く禁術を使うのは、死刑以外になる方が珍しい程の重罪だ。
特に、魂に関しては生命の尊厳に直結する――人が触れてはならないとされている禁忌の領域だ。
逆に言えば
その領域について、シアンは子どものように目を輝かせて、楽しそうに語りだした。
「時を越えてきた魂は必ず生きている体に入り込む……既に魂が入ってる体に別の次元から強引に魂が入り込んできたら、元々あった魂はどうなると思う?」
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