第41話 とっておきは諸刃の剣
「飛鳥、ごめん! シャニカが逃げた!!」
クラウスはよっぽど焦っていたんだろう。
叫んだ後、部屋にいる人達に気づいたクラウスは目を大きく見開いて驚愕の表情をした後、気まずそうに私に念話を送ってきた。
『ご、ごめん、テレパシー使えばよかった……!! ダグラスが近くにいないみたいだから、てっきりメイドと2人きりだと……!』
自身のうっかりを反省してるみたいだし、今怒ったら余計パニックになりそう――まずはクラウスを落ち着かせないと。
『大丈夫、クラウスにシャニカを捕まえてもらってた事は二人に説明してるから。で……何で逃げられたの?』
ソファから立ち上がってセリアとクラウスにテレパシーを送ると、クラウスも私とセリアに念話を飛ばし返してくる。
『トリコイコイが邪魔でジェダイト邸に侵入してる最中は
状態異常や
1つは最初に多めの魔力を込めて、その魔力が尽きるまで効果を発揮し続けるタイプ。
もう一つは術者が常に魔力を注ぐ事で効果を持続させるタイプ。
前者は術者が離れても魔力が尽きるまで効果を発揮し続けるけど、後者は術者の魔力が届かない所まで離れる事で振り切れる。
どちらにもメリット・デメリットがあるけど、ラインヴァイスがかけたのは後者だったようだ。
ずっと傍にいるなら都度かけ直すより、かけっぱなしの方が楽なのは分かる。
詠唱阻止さえ振り切れれば
『ですが……逃げたならシャニカ嬢はビュープロフェシーの所に向かうはずです。そこで待ち伏せていれば容易に捕まえられたのでは?』
シャニカの度胸に感心している間にセリアの冷静な念話が割って入る。
『それが……僕がジェダイト邸から出てきた時には落ちてから時間が経ってたみたいで、サウェ・カイム一帯にも魔力探知かけてみたんだけど引っかからないし……どの道レオナルド達がビュープロフェシーを点検してる間は保管庫には入ってこれないだろうから、飛鳥にどうすればいいか聞こうと思って』
『シャニカはジェダイト家の娘でしょ? 入れないって事はないんじゃない?』
『いや、あいつらにはもし点検中にシャニカ嬢が現れた時は拘束してくれって伝えてある。そいつの言う通り、数時間は入れないだろうな』
『そう……それなら、って……』
今、明らかにクラウスでもセリアでもない声が響いた――後ろを振り返るとソファに座ってるヒューイが呆れたように肩を竦めた。
『お前ら、この状況で内緒話するなよ……何かヤバい状況になってるんなら俺にも教えてくれ。何でそいつはこの状況でシャニカ嬢を上空に置いてジェダイト邸に入ってたんだ?』
念話の盗聴――確かに、風で色々盗み聞けるなら念話の盗聴だってできてもおかしくない。
どうしよう、素直に言って謝るべきか――
『……怒らない?』
『それは話を聞いてみないと分からないが、今この場で話さないなら今回の件を親父に報告せざるを得ない』
そう言われると、もう話さない選択肢はない。
誤魔化したり、嘘をつける雰囲気でも無さそう――怒られる事を覚悟して、素直に打ち明ける。
『3日前にレオナルド達がビュープロフェシーの点検に行くって聞いて……何か手がかり得られればと思って……』
『……ビュープロフェシーの点検に侵入したのか?』
『ごめんなさい……時戻りの元凶を確認する絶好のチャンスだったから』
『僕と飛鳥のメイドがそう判断して行動したんだ。飛鳥が謝る事じゃない』
私の謝罪の後にクラウスの念話が重なる。
ヒューイは目を細めて――明らかに呆れてるのが分かる表情で長い溜息をついた。
『言いたい事は色々あるが……今の状態を何とかするのが先だな。レオナルドには解錠ついでに新しい鍵を付け直すように頼んである。あいつらが帰った後に保管庫に入ろうとしても1、2時間は足止めできるだろ。』
『……ねえ、ヒューイ……レオナルド達にシャニカの拘束を頼んだって話といい……何かジェダイト家を完全に見限ってるように聞こえるんだけど』
『公爵家相手についた嘘がバレるってのはそういう事だ。親父のような判断ができない分、まだ俺は甘い方だ』
シーザー卿のような判断――殺す、って判断には至れないって事か。
そう思うとヒューイの中にまだ情が残ってるように感じられるから不思議だ。
『で……どうするんだ? シャニカ嬢を死なせる訳にはいかないならサウェ・カイムに行かなきゃいけない訳だが……』
ヒューイが壁にかかった時計を見やる。
ダグラスさんが『4、5時間で帰ってくる』って言ってから何だかんだもう2時間が経とうとしている。
『サウェ・カイムはあいつに行かせた場所より遠い……魔物討伐の時間を考えても、ラインヴァイスがサウェ・カイムに到着するよりあいつがここに戻ってくる方が早い』
『それなら私は行けないわね……今のダグラスさん、不安になるとツノ生えてきちゃう位不安定だし……クラウス、悪いけどもう一度サウェ・カイムにシャニカ捕まえに行ってくれる?』
『分かった……絶対捕まえてくる』
『それじゃあ俺も乗せてくれ。流石に見過ごせる状況じゃないからな。帰ってきたら今の聞き捨てならない話も聞かせてもらう』
『じゃあ、すぐ――』
『あのっ、皆様……! 少々お待ちくださいませ!』
話がまとまりかけた時、セリアの声が頭に響き渡った。
『緊急事態に申し訳ないのですが、15分……いえ、10分ほどお時間頂いてよろしいですか? 私、こんな事もあろうかと一応準備しておいた、とっておきがあります……!』
こんな事もあろうかとって、セリア、クラウスがシャニカ逃がしちゃうのも考慮してたんだ――そして、この状況で準備しておいたとっておきって一体何――という思考が微かに過ぎる中、心の大半を1つの思考が占める。
(セリアのとっておきって、こっちにもダメージ来る諸刃の剣なのよね……)
漆黒の下着の一件以来、セリアから放たれる「とっておき」という単語が怖い。
昨日も、ダグラスさんを魔物討伐の嘘でここから引き離した後激怒して帰ってくるだろうダグラスさんを宥めるための方法がないかセリアに尋ねたら『喧嘩対策に持ってきていたとっておき』と称してとんでもない物を差し出された。
頭でガンガン警鐘がなっているんだけど、セリアの真っ直ぐ私を見つめる目がいつになく真剣で。
そんな目で見られたら「いらない」なんて言えず――
『これこそ真のとっておき……出来る事なら永遠に出したくなかったとっておきなのですが……この状況であれば、お役に立つかも知れません!』
更に嫌な言葉が添えられても「いや、そんなとっておきなら本当出さなくていいから」とは言えず――
「……分かったわ。すぐ用意してくれる?」
「ありがとうございます……! それでは、すぐに戻りますので!!」
自信のある笑みを浮かべてセリアがパタパタと走り去っていく。
胃抑えてたんだけど、本当に大丈夫かな――って、あ、部屋出ていっちゃうの?
「飛鳥……本当に良かったの? 何か凄く嫌な予感がするんだけど」
「俺もだ……青系の人間は表面上良い子が多いが、何かしら倫理観歪んでる奴が多いからな……何持ち出してくるやら」
「二人とも、不安煽るような事言わないでくれる……?」
二人の言葉にどっと不安が押し寄せてくる中(まあ、実物見てヤバそうなら却下すればいいし……)と、気を取り直しているうちにヒューイが立ち上がった。
「……モニカ嬢、大体状況は察してるだろう? 移動中に事情は話す。俺はできれば世話になった人の娘達を殺すなんて真似はしたくない。大人しく着いてきてくれ」
「……分かりました」
ヒューイに続いてモニカ嬢も立ち上がり、バルコニーの手すりに止まってるラインヴァイスの所に集まる。
「それじゃあクラウス、ラインヴァイス……色々大変だと思うけど、頑張って。それとヒューイ……変な事に巻き込んじゃってごめんなさい」
「気にするな、あの手紙もらった時点で変な事に巻き込まれる覚悟はしてた」
ヒューイの苦笑いに心苦しく思いながら、モニカさんの方に視線を向ける。
こちらを見ようとしない彼女は無表情でラインヴァイスをじっと見つめてる。
「ねえ、モニカさん……私は、暗殺者に殺されかけた事も、貴方のお父さんの魂に殺されかけた事も、貴方の妹に殺されかけた事も許すわ。だから、お互いの未来の為にシャニカの説得……考えてみて欲しい」
「えっ……3回も殺されかけてるのに許すんですか……!? アスカ様って馬鹿なんですか……!?」
背後から嫌な声が浴びせかけられる。
聞き覚えのあるその声に嫌な予感がして振り返ると、予想通り水色の髪と目を持つ、性格最悪の中性的な美青年――アクアオーラ侯が立っていた。
「生憎と私は貴族じゃないし、この世界の人間でもないから。被害者の私が良いって言ったら、それでいいの! って言うか、セリア……まさか、とっておきって、こいつの事……!?」
『アスカ様、説明すると長くなってしまいますので今は私を信じて頂けますか?』
アクアオーラ侯爵の後ろでセリアが真剣な目で私を見つめている。
そう言えば、数日前のセリアのメモ――<アクアオーラには同世持ちと呼ばれる死に戻りの伝承及び対処法があるそうです>って書いてあった。
(時戻りの対処法をこの男は、知ってる……かも知れない)
レオナルド達の点検と、鍵の付替え――それでどれだけ時間が稼げるか分からない今、対処法を説明されて納得する時間が惜しい。
シャニカを説得できなかった時に、拘束が間に合わなかった時に何とか出来る方法を持ってるかも知れない人間がその場にいてくれれば――
「……分かったわ。セリアがこの人を信じるなら、私も一応信じる」
「ありがとうございます。セリアさんからの初めてのお願いですから、出来るだけの事はさせていただきますよ」
そのニッコリ微笑む姿に、嫌な予感しかしないけど――この人、セリアの為なら真面目に働いてくれそうだし。
言いたい事をグッと堪えて、クラウス、ヒューイ、モニカさん、アクアオーラ侯がそれぞれふわりと浮かんで、大きくなったラインヴァイスの背に乗るのを見守る。
そのままラインヴァイスは大きく羽ばたいて大空に飛んでいった。
(正直、不安しかない……!!)
何でこんな事になってしまったのか、ちゃんとシャニカを拘束できるのかもそうだけど、向かったメンバーがメンバーだ。
(クラウスは少し冷静さを取り戻してくれたみたいだけど、この状況をヒューイがどう思ってるのか分からないし、モニカさんからは返事なかったし、アクアオーラ侯はあんなだし……!!)
だからって、私が着いていった所で何が出来る訳でもないんだけど――
「アスカ様……風が少し冷えてきました。私達も中に入って準備しましょう」
セリアの声に現実に引き戻される。
そうだ――私にはダグラスさんを抑えるって役目がある。これは私にしかで
きない事。私は私の役目を果たさないと。
あ、セリアにアクアオーラ侯連れてきた理由を聞かないと――と思った所でセリアがスッと差し出してきた物が視界に入り、言葉が詰まる。
差し出されているのは真っ黒な猫耳が生えた、黒いカチューシャ――
「ねえ、セリア……確かに、私、『ヒューイに魔物討伐依頼をでっちあげてもらってダグラスさんを遠ざけてもらった後、怒って帰ってくるだろうダグラスさんをなだめる方法何かない?』って聞いたけど……それで、これを出してくれたのはありがたいんだけど、その……魔物討伐が嘘じゃないんなら、そのとっておきを身につける必要はないんじゃないかしら……」
魔物がいなかったらダグラスさんが激怒するのは目に見えてるけど、一応魔物がいたならちょっと不機嫌な程度だろうし――、とそっとカチューシャを押し返そうとするとグッと押し戻される。
「アスカ様……このアスカ様限定ダグラス様専用悩殺カチューシャは激怒されているダグラス様を宥めるのにも効果的ですが、疲れたダグラス様の心を癒やすのにも効果的です。何より、人に指図されて動かざるを得なかったダグラス様が怒っている可能性も否定できません。ですので、これは最初から身に付けておいた方が絶対によろしいかと」
「でも、これ……ちょっと恥ずかしいと言うか……」
学校やバイト先で仮装や派手な装飾が好きな子達がこういうのを身に着けて写真取ったりしてるのを見て可愛いなって思ったり、感心したりした事はある。
でも自分自身はそういう仮装とかコスプレとかにあまり興味がなくて――何処からどう見ても猫耳なカチューシャを身につけるのはちょっと、いや大分、勇気がいる。何ていうか、下着とは違う気恥ずかしさがある。
セリアは限定とか専用とか悩殺とか何か凄い言い方してるけど、こんな物で悩殺されるダグラスさんを見るのも、なんか嫌だし――
「アスカ様……下着などでしたら恥ずかしがるのも分かりますが、これは女性や子どもが仮装祭の際によく頭に付ける装飾品です。一切恥ずかしがる必要はありません」
ああ――こっちもこっちで、不安しかない。
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※お知らせ……ル・ティベルシリーズ「(逆)ハーレムには理由がある~卑屈で訳ありな男爵令嬢は惚れ薬?で玉の輿を掴めるか~」投稿しました。
ど田舎の男爵令嬢と幼馴染の男爵令息がちょっと痛い目みた後大切な事に気づくお話です。本編との絡みは無く、公爵や侯爵の話がチラッと出る程度ですがよろしかったらどうぞ(11話完結済み)。
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