第33話 叶わぬ夢を現実に・2(※ヒューイ視点)
親父から魔糸を使った無詠唱・無動作・制限言語無しの魔法の発動法を教えられてから数日――人差し指から出る魔力が女性の小指位の細さになり、うねうねと微妙に動かせるようになった頃、あの子が帰ってきた。
「お前も出迎えに行くかい?」と誘われたが「俺まで出迎えに行ったらダグラスの警戒心を余計に強める事になる」と断ると、夕食時に合わせて戻ってきた親父がニヤニヤとした顔で語りだした。
「彼女、すっかり怯えていた2節前が信じられない位に毅然としていたよ。そして戻ってくるだけかと思いきや、
親父は呆れたように微笑っている。
確かに皇帝陛下や公爵達が1人でも「やはり魔女では」と訴えたらまた一波乱ありそうな状況を自ら作り出す行いに俺まで心配になってくる。
「……よくリビアングラス公が許したな」
「あの子が戻ってきてくれなかったらダグラス卿が魔王化しちゃうからね。大分渋い顔をしていたけれど彼女が『個人で楽しむ分だけ』って事で許してくれたよ。『使い方は分かるけど仕組みはよく分からない』みたいな事を言われた時は、物凄く渋い顔をしていたけれど……あの子に関わると面白い物がたくさん見られて本当に退屈しないねえ、グリューン?」
呼びかけられたグリューンの姿が見当たらない。いつも親父が呼びかければすぐに現れてヒラヒラと飛び回るんだが――
「……あの子からお土産もらえなかったからって拗ねてるんだよ。それならもっと優しくしてあげれば良かったのにねぇ」
親父は出て来ないグリューンに苦笑いして呟いた後、思い出したように俺を見やる。
「ああ、それで……彼女が持ち込んだ物の中に色々な植物の種があってね。家庭菜園と言えど異世界の植物を何の監視もなく育てるのはちょっと、という事で監視役としてお前の名前を出しておいた。ダグラス卿の表情が凄まじかったがここで反論しても良い事はないと分かっていたのだろう。反対はされなかったよ」
植物は道具と違って生きている。細工をしたり特殊な状況下でなければ突如魔物と化すような事はないが、この世界の魔力を受けて少しずつ変貌を遂げていく可能性がある以上、本当に監視役が必要な話だ。
もう戻らない、と覚悟してこっちにあれこれ持ち込みたくなる気持ちは分かるが、そこで植物の種とか――あの子、何でこういう所で危険な発想になるんだ?
「そういう訳だからお前には監視役としての仕事もしてもらう事になるが、好きな時にセレンディバイト邸を訪れる口実も出来たし、彼女と話す機会が作れて良かったじゃないか」
「……そんな状態で監視役の俺も彼女と婚約を、って話になったら問題にならないか?」
「そうだねぇ……黒と白に振り回されて可哀想なお姫様、と思いきやいつの間にか2人手懐けてる上に自分の意志で行動する強さも持つようになった魔性の女にこの上お前も慕情を、って話になったら問題になるだろうね。だが出産ノルマを言い訳に使えばそう疑われはしないだろう。好意に気づかれないように上手くやるんだね」
元よりいつ消えるとも知れない好意を表に出すつもりはなかったが――出すなと言われると心に鋭いトゲが刺さったような痛みが走った。
数日後、親父と共にセレンディバイト邸へと向かう。
どうやら親父は事前に連絡をしていなかったようで、ヨーゼフ爺さんの眼差しは少し険しかった。
ダグラスが公爵になる前、よく学院に迎えに来ていたヨーゼフ爺さんはあの頃とあまり変わりない顔をしている。
あの頃が60歳過ぎだって言ってたからもう75歳にはなってるだろうに毎日鍛えているのだろうか、高齢とは思えないほど身のこなしは軽やかだ。
俺はそんな歳まで働きたくはない。まあその前に魔物か誰かに殺られて死ぬんだろうが――全く、莫大な財を持っていても天寿を全うできる事はほぼ無いとまで言われる公爵ってのもなかなか嫌な役回りだ。
主は執務室におられます、と大分冷めた言葉で案内されかけた所で親父がチラと外の温室の方に目をやった。
「ヨーゼフ殿、ボクはダグラス卿と2人きりで話したい事があるから、ヒューイを先に温室の方に案内して欲しい」
「それは……突然の来訪でこちらも準備が間に合ってない所がありまして。しばしお時間頂けませんか?」
親父の言葉にヨーゼフ爺さんが隣りにいる従僕と顔を見合わせる。
表情こそ変わらず、すぐに向き直って言葉を続けたが明らかに不自然な間があいた。
「準備が出来ていなくてもこちらは全然気にしないよ? まだ地面を耕してもないならヒューイに任せればいい。それとも監視役が来る前に隠したい事でもあるのかな?」
「そういう訳ではございませんが」
「それならいいだろう?」
即答したヨーゼフ爺さんに被せるように圧をかける親父の意思が固いのを察したのか、ヨーゼフ爺さんは一つため息を付いた後、俺を見据えた。
「……ヒューイ卿。驚かれるかもしれないので先に言っておきますが、本日のアスカ様の服装には何の意図もありませんので。くれぐれも誤解なさらぬようお願い致します」
ヨーゼフ爺さんに何を言っているのか分からない念押しをされた後、ルドルフに案内された温室は既に一部が綺麗に耕されていて、メイド――セリア嬢の後ろ姿が見えた。
(そう言えば、あの子と初めて会話した時はセリア嬢が好みだったな……)
今見ても可愛くない訳じゃない。が、あの時のような特別な高揚感は全く感じない。
あの時セリア嬢が一切俺に関心を抱かなかった事を感謝しながら温室に入ると、セリア嬢の直ぐ側にあの子が――
(……って、ちょっと待て、その服……!!)
鮮やかな翠緑の民族衣装に、暗い茶髪――見覚えがある姿に思わず自分の目を疑い、足が止まったと同時に向こうが俺に気づいた。
「えっ、ヒューイが来る日って今日だったの!?」
驚いた声を上げて俺を見るその顔の直ぐ側には、俺がお嬢様にあげたはずのヴェールキャメリアをモチーフにした髪飾りまでつけていた。
俺が見た幻が、今、実体を伴ってそこにいる――動揺で声がうまく出せない。
「……その服と、髪飾り、は……」
「あ、ごめん……!この服、昨日ルクレツィアがここに来た時にくれたのよ。貴方とデートしたけど上手くいかなかったし、着る機会ももうないし、捨てるのも何だからって。ラインヴァイスの可愛いぬいぐるみももらっちゃった」
(あの、お嬢様……!!)
あの夜、ラリマー邸に送った時に俺を心配そうに見上げた時点でちょっと嫌な予感はしていたが――
「ごめんなさい、私、ヒューイが今日来ると思ってなくて……! 女性にプレゼントした服を他人が着てるのってあんまりいい気分じゃないでしょ!?」
俺の動揺を変な方向に受け取り慌てる彼女を前に、最大限の平静を装って取り繕う。
「いや……服は着られる為にあるもんだからな。そのまま誰にも着られずに捨てられるよりは全然良いさ。あんたが嫌じゃないなら是非普段遣いしてくれ」
「そ、そう……? そう言ってくれるとありがたいわ。この衣装って可愛いし結構動きやすくて気に入っちゃったから。髪飾りも素敵だし……ヒューイって結構センス良いのね」
そりゃあ、あんたに似合うだろうなと思って選んだもんだからな――なんてこの場で言えるはずがなく。
「そう言ってもらえるんなら無駄にならなくて良かった。ああ、そうだ」
苦し紛れに亜空間収納に収めておいた菓子の入った箱を出して、話題を強引にそらす。
正直これ以上その服や髪飾りへの話題が続くと、余計な事を口走ってしまいそうな気がしてならない。
「あんたが前に美味しいって言ってた菓子だ。丁度顔合わせの時に出したんだが残っちゃってな。手土産にするには失礼かもしれないが」
「あら、全然気にしないわ。亜空間って物が腐らないの本当便利よね。ありがとう」
受け取ってもらった菓子箱はそのままセリア嬢に手渡される。
「アスカ様、いつヒューイ卿と仲良くなられたのですか?」
「えっ、あー……14会合の時の前にアイドクレース邸に2日間ほど泊まったのよ。その時色々助けてもらったの」
「そうでしたか。ありがとうございます、ヒューイ様」
セリア嬢が少し驚いた顔をした後、こちらに向けて頭を下げる。
(この様子だと、俺が誰の幻を見ていたかまでは聞かされてないみたいだな……)
それに今でもジェダイト侯爵達の魂を助ける際に俺と関わった話は誰にもしていないようだ。
あの痛々しい記憶がこの子と俺の中にだけあると思うと、何とも言えない気持ちがこみ上げてくる。
(だけど今、この子は楽しそうにここに立っている)
これまで散々酷い目にあってきたはずのこの子が今、楽しそうにしている事は凄く喜ばしいんだが――セリア嬢のじーっと見る視線に何とも言えない居心地の悪さを感じる。
「手土産と言えば……グリューンがあんたからのお土産無かったって拗ねてたな」
「えっ、グリューン様お土産欲しかったの?」
苦し紛れにまた話題を変えてみたらグリューンを様付けしている事に驚く。
まあ気に入らない事がある度ジィジィ鳴き喚く女王様だ。様付けしたくなる気持ちは分かる。
「気難しいんだよ、あの色神」
「そう……お土産……セリアに、アンナに、メアリーに、ルクレツィアに、マリーにジェシカさんにシルヴィさんに……魔力の色と合いそうなブレスレット用意したけど、グリューン様はうっかりしてたわ……」
母上の名前が出た事に気まずさを覚えつつ色神はうっかり忘れてても仕方ないんじゃないかと言おうとした時、彼女がハッ、と何か思いついたように声を上げた。
「そうだ! こっちに持ってきた私物の中にグリューン様に似合いそうなのあるから、それあげるわ! セリア、私の部屋からあの半透明の緑のストール持ってきてくれる?」
セリア嬢が少し困ったように従僕の方に目配せした後、一礼して温室から去っていく。
「……なんか悪いな」
苦し紛れに言った事でこうなるとは思っていなかっただけに罪悪感にかられて詫びると、お姫様は首を小さく横にふった。
「ううん。グリューン様には乗せてもらったし質問にも答えてもらったし、拗ねられる心当たりはあるもの。気に入ってくれればいいんだけど」
放っておいても親父が適当に機嫌を取っていいようにするのに――俺が言えた義理じゃないが、この優しさがいつかまた誰かに利用されて苦しむような事にならないか心配になってくる。
「えっと、それで……ヒューイが監視役になるって事でいいのよね? 今、セリアと何を何処に植えようか色々相談してたんだけど、ヒューイの確認も取ってからにした方がいいかなと思ってたの」
そう言いながらしゃがみこんだお姫様の足元には、何処か異質な印象を受ける半透明な箱の中、手のひらに収まる位の写真と袋が一体化した不思議な袋がたくさん入っていた。
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