第34話 叶わぬ夢を現実に・3(※ヒューイ視点)
お姫様につられてしゃがみ込み、半透明の箱の中から不思議な袋を一枚取り出す。箱も袋も間違いなく地球から持ち込んできた物だろう。
「その中に種が入ってるの。裏に野菜の特徴とか植え方とか色々書いてあるわ」
言われた通り翻訳魔法を使うと種子袋の上に色々と文字が浮かび上がるが、元々描かれている色んな形が混ざった文字に強い違和感を覚える。
文字の形態が3つ――いや、少なくとも4つは混ざっている。
「……地球の文字って何だか独特だな」
「ああ……私がいた所がちょっと変わってるのよ。後、地球で育てる時のコツとか資料をまとめた物もあるの。後、この世界と地球で被ってる野菜や果物も結構あるみたいだし、図鑑も持ってきたの。この世界にある物はここで作らなくてもいいかなって」
そう言いながらお姫様は同じ様に足元に置いていたのだろう、何十枚とある薄い透明な膜の中に紙が1枚ずつ収納されている独特な冊子と分厚い本を持って楽しそうに微笑っている。
種といい冊子といい、公爵達が皆よくこれらを見逃したな――と思うものの、この子に一切悪気がないのも分かる。
この温室内で済む話なら、と最大限譲歩をしたのだろう。
だが悪気がないからと言って何でもかんでも見過ごしてたら第二のベイリディアを作りかねない。
譲歩しながらも皇帝陛下や公爵達はどんな目でこの子を見ているのかを考えたら、楽観視は出来ない。
俺も監視役を任されたからにはちゃんと仕事をしないといけない。
翠緑の服をまとって嬉しそうに植物を育てる事を考えてるお姫様に癒されてる場合じゃない。
種子袋はパッと見ただけでかなりの量がある。
翻訳魔法のお陰でこの世界でも作られている物の見分けがつくし、そうじゃない物でもどういう作物が実るのか写真と文字で説明されているおかげで大体検討がつく。
となると、後は――
「繁殖力が強いのは困るんだが、この中にそういうのは入ってないか?」
「あ、やっぱりそういうのって気になるわよね。大丈夫、危なそうな物は持ってこなかったわ」
外来種が本来の生態系が崩す危険性は分かってるのか。
地球で食べてた物を食べたくて何でもかんでも持ってきた――って訳じゃない事を知ってホッとする。
「分かった。それじゃまずは魔変種か不変種かを確認する為に色んな種類の種を少しずつ植えていくか」
「魔変種……ああ、スフェールシェーヌみたいに魔力で作物や花の色が変わる品種の事ね?」
「分かっているなら話が早い。ここは
スフェールシェーヌのように色が変わらずとも味が変わる魔変種もそこそこ多く、そういう作物は地域に合った作物を植える。
ただ、皇都周辺は6つの公爵家の色が混ざって安定せず、一定の味が保てないから魔力の影響を受けない不変種を中心に育てている―――という事を話すとお姫様は「へぇ……」と感心したように聞き入っていた。
「確かに……苦味を生かせる野菜なんてパッと思いつかないし、捨てるのはもったいないわね」
「だからまずは色々少しずつ植えて苦味や毒性を確認して、その後不変種を中心に育てていくといい。これだけあれば不変種も結構あるだろ」
箱の中の種子袋の写真を一通り確認してみる。野菜に根菜、果実――の中に麻袋に詰まった種籾をいくつか見つける。
「あ、それはお米ともち米。後、食べ物だけじゃなくて花もいくつか植えたいんだけど……ここで植えて変異しなかったらコッパー邸でお世話になった人にプレゼントしてもいい? 私と同じ地球出身のツヴェルフなんだけど……」
「地球出身……? ああ、アーサーの母親か。確かに花が好きだと聞いた事があるな。広めようとされるのは困るが個人の鑑賞に留まる分には良いんじゃないか?」
知らない人間相手に送るとなると止めなきゃいけない所だが、アーサーに念押ししておけば気をつけてくれるだろうし、一度育てて安全性が確認できれば問題ないだろ――と判断して言った言葉にお姫様の不安そうな顔が一気にほころんだ。
「ありがとう! 花びらが濡れると透明になる花、一度見てみたかったって言ってたから、これだけでも渡せたらって思ってたの……!!」
パアッと花が咲いたような、嬉しそうな表情――ああ、ちゃんとこんな風に明るい表情も出来るんだなと心の底から安堵する。
人の笑顔は二割増しだなんて言うが、これまで見てきたこの子の表情が表情だけに五割増し位に可愛らしく感じる。
アイドクレース邸で泊まった時の素顔も悪くはないが、今みたいに軽く化粧した姿はより可愛い。
散々踏み潰されてなお懸命に立ち上がり、この世界で再び咲いてくれた健気で美しい花に俺は最大限の敬意と愛を捧げ――なんて口説き言葉が久々に浮かび上がる。
(やばいな……)
俺が選んだ、俺の魔力の色の服を着て、付けてほしいと思った髪飾りもつけて。その上待ち望んでいた表情と心弾むような声で話されたらもう色々とヤバい。
少しでも気を緩めたら手を取って口づけしてそのまま口説きにかかってしまいそうだ。
最も口説いた所で引いてしまわれそうなのが容易に想像付くだけに、実行に移したりはできないが。
(だがせっかくお嬢様が気を利かせてくれたんだ。一言くらい「可愛い」なり「似合ってる」なり伝えたいんだが……)
その程度の言葉なら今が二人きりなら言えたかもしれない。
だが、俺達の様子を無表情で眺める従僕がいる。言えば従僕からダグラスにチクられるのは目に見えている。
見れば言いたくなるし、言えば状況が悪化するし――そんな微妙にもどかしい衝動から逃れたくてお姫様が持っている種子袋の写真に写っている花の方に目をそらす。
スターチスってのはまだ書こうと思えば書けそうだが
「そうだ、ルクレツィアの話に戻るけど……人工ツヴェルフになったのもビックリだけど、それで貴方との縁談があったってのもビックリだし、そこからアーサーと正式に3番目の婚約ってのもビックリしたわ」
必死に意識をそらそうとしているこっちの気持ちはお構いなしにお姫様は世間話を始める。
この言い方だとこの子にはアーサーが乱入してきた事を言ったっぽいな。
淫魔の首飾りの事を聞かれたら、誰の幻を見ていたのか聞かれたらどう誤魔化すか考えを巡らせているとお姫様は大分ズレた方向に言葉を続けた。
「私、色々酷い目にあったけど……でも、それがきっかけてルクレツィアやマリーがツヴェルフ化して幸せになれたんなら、私が酷い目にあったのも無駄じゃなかったのかなって思うのよね」
「……酷い目にあったのに、それでもせっかく故郷に戻れたのに、何でまたここに戻ってきたんだ? また酷い目に合うかもしれないんだぞ?」
酷い目のスケールが大分デカいのにしみじみ語るお姫様に思わずそう返すと、きょとんとした顔をされた後、困ったように苦笑いされる。
「ダグラスさんが地球まで追いかけてくるのは目に見えてるから、戻ってこないって選択肢はなかったわ。この国の人達にまた迷惑をかけちゃうの目に見えてるし……」
やっぱり、あんたはどうでもいい他人を気にして――
「それに私、ダグラスさんと生きた」
「分かってるよ。音石にあいつへの愛の告白込めてたのは親父から聞いてる」
あいつに向けて紡がれる言葉を聞きたくなくて遮るように被せると、目を丸くして凝視される。
「……えっ?」
「ど……どうした?」
「……ううん、ダグラスさん止めるのにその、私が吹き込んだ音石を再生したって話は聞いてるんだけど……ねぇ、あの、内容とか……聞いてる?」
(確か……愛してる、とか貴方だけ、だなんて言葉は使えないがそれでも今、貴方の横を歩いていきたいと思う位には好き、みたいな言い方を……)
即座に思い出せるが、この子の様子からして正直に答えたら駄目だなと即座に判断する。
「いや、親父が何か言ってたが人の告白には興味なくてな。聞き流した」
変な風が吹き込んでいないのを確認した上でそう言うと、お姫様は胸に手を当てて安堵の息を漏らす。
「ああ、良かった……でもそれ、公爵達には聞かれてるって事よね……そうよね、音石で動き止まった、って戦いの場で流したって事だもんね……あーやだ、恥ずかしい……!!」
納得した後に塞ぎ込んだお姫様の耳が真っ赤に染まっている。
塔で恥ずかしい目にあった上に今回、自分の愛の告白を皇帝や公爵達に聞かれたってのは確かに、相当恥ずかしいだろうな。
「気にするなよ……と言っても無理だろうが、気に病むなよ。お陰で親父も俺達も助かったんだ。リビアングラス公はその場にいなかったらしいし、後の面子もまあ、親父以外はからかったりしない人達だと思うから、あんまり悲観しなくていい」
ただ、愛の告白で見事に黒の公爵の暴走を止めた、なんて端から見れば感動劇だ。言いふらされる可能性はない、と言い切れないのが辛い所なんだが。
「分かってるけど、分かってるんだけど、ちょっとそれとこれとは話が別っていうか……!!」
突然の事実に頭が追いつかないと言わんばかりに塞ぎ込むお姫様の肩に、そっと手を置いて励ましてやれたら――それを許さない契約呪術が酷く煩わしく感じる。
翠緑を身にまとうお姫様を見て「可愛い」も「似合ってる」も言えない。
勿論、その服も髪飾りもアンタの為に買った物だと言う事も出来ない。酷く歯がゆい。
(だが、そういう道を俺は選んだんだ)
この子に想いを向けられる事を望んでこの道を選んだ訳じゃない。
幻じゃない本物のお姫様の傍にいられるだけでいい――なんて甘ったれた事も思ってない。
傍にいるからにはあらゆる危険から守ってやりたい。
今みたいに微笑ったり恥ずかしがって顔を真っ赤に染めたり――普通に、幸せに過ごしてくれればそれでいい。
想いなんて伝えられなくていい。ただこの子が困ってるなら、嫌な思いをしてるなら、助けてやりたいんだよ。それが出来る力と立場が欲しいんだよ。
これまで色んな女性に恋をしてきた。その娘達に抱えた想いを嘘偽りだというつもりはない。ただ、今までこんなに人に惹かれた事はない。
多少痛い目を見るどころか下手すりゃ普通に死ぬような、棘が無数に見える茨の道でも引き返す気が一切起きない。
その道の先に光がある訳じゃないと分かっていても、今、ここにある光を消されたくないから、進むしかない。
もうこの子が誰にも踏み潰される事がないように守ってやりたい。
親父に言われたからでも、ヒュアランがこの娘に強い殺意を抱いてるからでもない。
俺が、俺自身が持つ感情で、そう決めたんだ。
俺の決意を後押しするかのように温室の開いた窓からフワリと優しい風が入り込む。
「なあ、お姫様……もし、あんたさえ良ければ――」
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