第4部
第1話 出発前から不穏な婚前旅行・1
ル・ティベルに戻ってきてから、あっという間に10日が過ぎた。
マリーやルクレツィアとお茶をしたり、家庭菜園を始めたり、ダグラスさんやセリアからル・ティベルの事や魔法、戦い方について教えてもらったり――何だかんだで忙しい。
中でも武術の訓練には力を入れてて、今日もセレンディバイト邸の広い地下室でセリアと木刀で打ち合っている。
以前、皇城でセリアにどう強くなりたいのか聞かれた時はぼんやりとしか考えられなかったけど、今は大分定まってる。
私が身につけたいのは、誰かを圧倒したり打ち負かしたりできるような強さじゃなくて、いざって時に自分の身を守って少しでも生き延びられる程度の力。
これを身に着けない事には、これから先、命がいくつあっても足りなさそうだから。
地球にいた頃は人や動物に襲いかかられる経験なんて全くなかったから、この世界に来てから随分と痛い目酷い目にあってきたけど――お陰で相手からの攻撃に対しては大分冷静に行動できるようになったと思う。
セリアの木刀を受け止めると同時に、彼女の口元が微かに動いたのも察知できる。
何か来る――と思って剣を滑らせて後ずさると、私がさっきまでいた場所に水の玉が落ちて弾けた。
周辺が水浸しになった所でジリリリ、と時計のベルがけたたましく鳴り響く。
お昼の合図だ。
木刀を降ろしたセリアが少し離れた所にある小さな時計を拾い上げて音を止めた後、一息ついて微笑む。
「アスカ様、受け流すのが大分お上手になりましたね。まだまだ体が追いついてないところはありますが、召喚された当初に比べて体幹もしっかりしてきましたし……」
セリアに感心したように言われて、ちょっと嬉しい。
リチャードとの訓練は勿論、リビアングラス邸にいた時も地球に戻った時も15分の筋トレをなるべく欠かさなかった成果が出てる。
「魔法も唱術の飲み込みが早いですし……もう立派な魔法戦士見習い、と言ってもいいですね!」
地上への階段を上がる最中もセリアの賛辞が続く。
本格的に魔法の訓練をするようになって気づいたんだけど、魔力で魔法陣と魔法言語を構成して発動する陣術や、決まった手の形を順番に組んで構成する印術に比べて、脳内で魔法をイメージして詠唱で発動させる唱術は本当に使いやすい。
こっちの人は例えば「魔力を氷に変える」「刃になる」「相手に向かって降り注ぐ」の一つ一つのイメージを固める為に言葉を紡いでいく人が多いらしいけど、その位のイメージなら漫画やアニメ、ゲームのお陰で簡単に想像できる。
多分、ファンタジー系のゲームや漫画が好きな人は皆唱術が一番得意になると思う。
心の中で想像力豊かな漫画家やゲームクリエイターの人達に感謝する。
黒の魔力も問題なく扱えるようになったし、
立派な『見習い』って言い方がちょっと情けないけど、当初目指していた魔法戦士(LV5)に大分近づいてきたと思う。
ただ――私の魔力の器ってあんまり大きい訳じゃないから、唱術もいっぱい使える訳じゃない。
自然回復しない上に魔力を補充する方法が方法だから、そんなに魔法に頼っていられないのが辛いところだ。
階段を上がりきって地上に出ると、気持ち良い位の青空とひんやりとした淡い風が迎えてくれた。
体を動かした後という事もあって、風がすごく気持ちいい。
セリアから差し出されたタオルで汗を拭いながら食堂に行くと、既に昼食が一人分だけ並べられていた。
「ダグラスさん、まだ帰って来てないの?」
「はい。ですが今日中には戻って来られるかと」
美味しそうなステーキを切り分けながら傍に待機しているセレンディバイト家の従僕――ルドルフさんに問いかけると、淡々とした言葉が返ってきた。
約束していた星の日が明後日に迫っているというのに、ここ4日ほどダグラスさんは不在にしている。
『サウェ・ブリーゼは皇国の中でも有数のリゾート地なので、星鏡を見た後一週間ほどゆったり過ごせればと思っています……その間に変な依頼が入らないように色々片付けてきます。2日前には戻ってきますので』
そう言って魔物討伐に行ったきり、帰ってこないのだ。
ダグラスさんは表面上平静装っていたけれど、明らかに拗ねていた。
拗ねの原因は明らかだ。ダグラスさんが館を空ける、数時間前――私がヒューイに求婚されたから。
数日前、私の家庭菜園の監視役という名目でヒューイはやってきた。
温室でこれから育てる野菜をセリアと相談している時に現れた彼はグリューン様が私からお土産貰えなかった事に拗ねてるとか、私の告白が公爵達に聞かれてる事とか教えてくれて、それで――
「なあ、お姫様……もし、あんたさえ良ければ3人目の男は俺にしないか?」
「……え?」
開いた口が塞がらず、間抜けな声を出した私にヒューイは苦笑いして言葉を続ける。
「自分で言うのも何だが、俺も一応公爵家の後継ぎだし、権力も実力も金もそれなりに持ってる。後、他の3人ほどあんたに情がある訳でもない。なかなか悪くない物件だと思うぜ?」
また、3人目の男――分かる、分かってる。そういう刑を課せられてる以上、そういう話が出てくるのは分かってる。
でも、この世界に戻ってきた時にロイド君から想いをぶつけられた時もそうだけど、何でまだ1人目のダグラスさんとすらちゃんと契れてないのに3人目の男の選択に迫られなきゃいけないんだろ――とため息つきそうになった瞬間、
「……今、何でまだダグラスとも結婚できてないのに3人目の男を選ばなきゃいけないんだろとか考えてるだろ?」
考えてる事思いっきり見透かされて、ギクリと身をこわばらせてる間にヒューイは言葉を続けた。
「俺が嫌なら、あんたの3人目の男はローゾフィアのロイド公子にほぼ確定する。リアルガー公の意見に反してまで立候補する奴なんてまずいないと思っていい」
比較対象としてロイド君を出されると確かに、ヒューイの方が気楽ではある。
6歳下の15歳より、ダグラスさんとそう年が変わらないヒューイの方がいい。
ダグラスさんとクラウスみたいに、一緒にいると物凄く空気が重くなる――なんて状況にもならなさそうだし。
ヒューイと結婚する上で問題があるとすれば、アランだけど――でも、ルクレツィアが言うにはヒューイは今想い人がいるらしいし――それならアランの私に対する殺意も落ち着いてるかも知れない。
「……お嬢様からその服をもらった時に俺の事情も聞いてるだろ? 絶好のお見合いが破談しちまって俺もちょっと困っててな。あんたもローゾフィアの公子が嫌だって言うなら、お互い」
「ちょっと待て……!!」
ヒューイが言い終わる前に、私と彼の間に凄い勢いでダグラスさんが立ち塞がった。
執務室から全力で走ってきたみたいで、肩が上下してる上に息が荒い。
「お前、諦めたんじゃなかったのか……!?」
「悪いな、こっちにはこっちの事情があるんだ。お前は俺よりローゾフィアの公子の方がマシだみたいな事を言っていたが、お姫様は俺の方がマシだと思うかも知れないだろ?」
「女の好みの移り変わりの速さ同様、言ってる事も一節立たずに変わるとは……クズっぷりもここまで来ると見事だな……!!」
ヒューイに荒々しく言い捨てた後、ダグラスさんはこっちを振り向いて打って変わった穏やかな声で微笑む。
「飛鳥さん、気にしないでください……貴方が嫌ならこの男も朱の少年も撥ねつけて」
「それは認められないねぇ……刑の意味がなくなってしまう」
話に割り込んできた、新たな声の方――温室の入り口の方を見ると、何か面白いものを見ているかのような表情でシーザー卿が微笑んでいた。
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