第76話 彼氏の、お迎え。


「ダグラスさん……こんな所まで何しに来たんですか!?」


 私が驚きの声をあげるとダグラスさんがこっちを振り返る。

 そこでいつものスーツ服ではなくきっちりと礼服を着こなして髪を整えている事に気づいた。


 迎えに来るにしてはあまりに気合い入れ過ぎじゃないだろうか? という疑問はダグラスさんの次の言葉で解消された。


「貴方が明日戻ってくると報告を受けまして……そこの男が寸前で邪魔してくる可能性と飛鳥さんのご家族に挨拶できる唯一の機会という事を考慮した結果、皇家からル・ターシュに連絡取ってもらって光の船でここまで来ました」


 なるほど、ご挨拶――「娘さんを僕にください!」的な儀式は何処の世界にもあるのかもしれない。

 と、一瞬納得しかかった所で(いや、今気にする所はそこじゃない!)と脳内でツッコミが入る。


「こ、これ以上皆に迷惑かけたくなかったのに……!」

「安心してください。向こうの王子は1日早くユーリ嬢に会いに行けると喜んでいました。あれは一切迷惑だと思ってない顔です。皇家や他の公爵家とも再び話もつけてひとまず険悪な関係からは脱しています。そしてこの1節、ひたすら魔物討伐し多少ながら愚弟の代わりに怪我人の治療も務めたりして皇国は平穏を取り戻しています。私の献身的な行いによって飛鳥さんの汚名もある程度濯そそげているはずです」


 一点の憂いもない満面のドヤ顔で私を見下ろす。その姿は初めて会った時以上に傲慢に見えるのはなんでだろう?


 私相手にはちょっと素が出ちゃうようになったのか、あるいは魔法が使えない地球人達を無意識に見下しているのか――今いち分からない。


 自信満々で言い切るダグラスさんに何と返せば良いのか分からないでいるうちに、当人は段々表情を陰らせてため息をつく。


「しかし……私という権力、魔力、能力、財力、家事力と名声に優れた有能な彼氏がいる事を飛鳥さんの親戚が知れば安心して飛鳥さんを見送って頂けるだろうと思って来てみれば、飛鳥さんはまたつまらない嘘をついて……」


 嘘――とは何の事かと問う前に、叔母さんと小鳩からツッコミが入る。


「……飛鳥ちゃん、彼氏ってこっちの銀髪の子じゃないの?」

「あれでしょ? こっちの黒い人って飛鳥ちゃんに言い寄ってきた人でしょ?」


(しまった……クラウスしかいないからクラウスを彼氏っぽく説明しておいた方がスムーズかなと思ったのに!)


 ここに来る前に前もってクラウスにはこういう感じで話す予定だから、と伝えたけどこの状況――その嘘を貫き通すには色々不都合過ぎる。


「ごめん皆……こっちが一応、彼氏……」


 観念して白状すると、叔母さんや小鳩より先にダグラスさんから追求される。


「飛鳥さん……何故嘘をついたんですか? 私は飛鳥さんにとって交際を隠さねばならないような恥ずかしい男ですか?」

「そうだよ」

「お前に聞いていない、黙っていろ愚弟ぐてい……!!」


 正直、弟を愚弟呼ばわりするような人との交際は隠したい――という本心は置いといて今は一秒でも早く2人の間に恐ろしい位にバチバチと火花が散っているこの状況をなんとかしなければ。


「だ……だって! 彼氏じゃない男の人連れてきて『彼氏待たせてるから帰る』って何か凄く印象悪いじゃない……! ダグラスさんが来るって知ってたらちゃんとダグラスさんを彼氏として紹介したわよ! 来たかったんなら前もって教えてくれればよかったのに、また盗聴するような真似して……! 私の事、信じてなかったんですか!?」


 叔母さんや叔父さん、小鳩の前で『彼氏がいるのに別の男を彼氏に仕立てようとした嘘つき女』にされてしまった恨みも込めて怒ると、ダグラスさんは目を見開いて驚いたような仕草をする。


「違います! 飛鳥さんの事は一応信じています……! ですがそっちの男は信じられませんし、信じる理由もありません……!! またさらわれでもしたら、私は……!!」


 クラウスはそんな事しない――とは言い切れないから言葉が詰まってしまう。

 だって私に黙って記憶消そうとしてたし。リビアングラス邸で私を攫ったクラウスをダグラスさんが信じられないのは当然な話で――


(あれ……? 今のダグラスさんの言い方だと、クラウスが地球に来てるのはとっくにバレてたって事よね?)


 それなのに――一ヶ月も待ってくれたの?


「……ちなみに今向こうでヴィクトール卿にペイシュヴァルツの時を止めてもらってますので私が長居すればするほどヴィクトール卿が苦労しますし、私と彼が動けない間魔物も増殖していきます」


 胸のときめきは柔らかい脅しによって水をかけられてスン、と収まる。だけどその言い回しに1つ気がかりだった事を思い出す。


「あの……ル・ティベルは今、疫病とか流行っていませんか?」

「残念な事に流行っていません。流行ればすぐに連絡を取ってもらって貴方を連れ戻せたんですが……」


 ラインヴァイスがこっちにいる事で被害が出ていたら、というのは気がかりではあった。

 まあ『クラウスさんこっちに来てませんか?』って優里が言って来ないって事は大丈夫なんだろう――と思っていたけれど。


 ふぅ、とため息をつくダグラスさんの清々しい位にクズい思考にもはや関心すらしてしまう。でも――


「飛鳥さん……黙って迎えに来た事は謝ります。一秒でも早く会って話がしたかったんです。ただ、私は貴方が納得する形で帰ってきて欲しい。貴方を信じているから、貴方がしようとしている事を邪魔したくなかったから一節待ったんです。明日帰ってくるのなら、もう会いに行っても大丈夫だろうと……」


 眉を下げて訴えるダグラスさんにまた心が揺れる。


 私が帰るのを待たずにフライングしちゃった面はあるけど、クラウスが私の傍にいると知ってもちゃんと待っててくれたのはかなりポイント高い。

 私が帰る日を信じて私が向こうで迷惑をかけた分の後始末をしながら待っていてくれた点も。


「それにル・ティベルでは本来結婚前に伴侶となる人間の家族に挨拶に行くのが常識……飛鳥さんの親族に会える状況で会わない、というのは近いうちに夫となる婚約者兼彼氏としては違和感がありまして……」


 それは地球でもそう――絶縁してたり、仲の悪い家族でもなければ結婚前の顔合わせは必須かつ重要な項目だ。

 そういう所に配慮してくれる真面目な所も、好感が持てる。


「貴方の彼氏として恥ずかしくないよう、きっちり身だしなみ整えて来てみれば、肝心の貴方が別の男を超イケメンの彼氏として扱っている……一言言いたくなるのは当然だと思いませんか?」


 ダグラスさんがこうしてチクチク言ってくるのは嫌だけど――今回は私の自業自得な面が大きい。


「……嘘ついて、ごめんなさい」


 私が潔く頭を下げると、ダグラスさんは安心したように微笑む。


「いえ、飛鳥さんの嘘の理由も一理ありますから。怒っている訳ではありませんので顔を上げてください。今後彼氏や伴侶について聞かれた時はまず私の名を出すように心がけて頂ければそれでいいので」

「分かりました……ところで、早く帰らないとヴィクトール卿に負担がかかってしまうんですよね……?」


 オジサマには迷惑かけたくないし明日まで待たずに早く帰ったほうが良いのでは、と思った所で私の声はダグラスさんに遮られる。


「帰る時間は伝えてますし、ちゃんと対価も払っていますから気になさらず。明日の約束の時間まで飛鳥さんの希望どおりに過ごしてください。親戚への挨拶が済んだ今、飛鳥さんの行動を邪魔するつもりはありません。最後の日ですから何かしたい事などあるのでは?」


「それは……あるけど……」


 チラ、とクラウスの方を見る。ダグラスさんに一度ツッコんだきり会話に入ってこないクラウスは私と目が合うと一瞬、戸惑った表情をした後に苦笑いする。


「……2人で行ってくるといいよ。僕はそいつと一緒にいたくないから。遠慮する」

「いいの?」


 いいの? なんて言葉、傷つけるんじゃ――なんて言った後で思ってしまう。

 だけどクラウスはその言葉を笑顔で受け止めた。


「いいよ。僕はこの一ヶ月飛鳥にいっぱい色んな事を教えてもらったし、色んな所案内してもらったから……だから、大丈夫」


 そう言った後、チラと視線をずらして意味深な笑みを浮かべたのはダグラスさんの方を見たんだろう。


 クラウスから2人が協力して核を抜いたと聞かされた時はビックリして、これを機に仲良くなってくれるかな――と思ったけど、それはどうやら無理みたいだ。

 海苔が駄目ならそりゃダグラスさんも駄目よね、という諦めの気持ちになる。


 距離をおいて衝突を避けようとしている、その配慮だけでも十分ありがたい。


「えっと、じゃあ……ダグラスさん、私行きたい所あるんですけど付き合ってもらっていいですか?」

「はい、何処でも喜んでお付き合いします……!」


 私の問いかけに笑顔で答えた後チラ、とクラウスを睨む。その睨みを受けたクラウスは数秒して立ち上がった。

 何だろう? 今ちょっと互いの間に魔力が飛んだような――念話?


「……それじゃ飛鳥、明日、光の船が来る場所で待ってる。ラインヴァイス、行くよ」


 ダグラスさんを睨んだ後また私を見て微笑んだ次の瞬間、クラウスとラインヴァイスが姿を消した。


 何話したんだろう? と思ったけど多分ここで話すような事じゃないから念話を使ったんだろう。後でダグラスさんと二人きりになった時に聞こう。


「えっと……叔母さん叔父さん、何だか色々ごめんなさい。こんな訳で、私、明日この人達と異世界に……」

「飛鳥ちゃん、ちょっと」


 改めて説明しようとすると叔母ちゃんと、ラインヴァイスが消えたのでテーブル近くに戻ってきた小鳩の2人に小さく手招きされた。



 ダグラスさんに『盗聴しないでね』と念を押した上で女三人、リビングから離れた和室に集まる。


「ねぇ飛鳥ちゃん……本当にあの黒い人が本命でいいの? あの人も凄くカッコいいけど……DV男の匂いがプンプンして心配だわ。私はさっきの銀髪の子の方が良いと思うわよ? 物腰穏やかだし、腰痛治してくれたし……」


 叔母さんが割と真剣な顔で心配してくれる気持ちは痛い位わかる。そして腰痛治療はよっぽどポイント高かったみたい。


「うん、でも、まあ、ああ見えて話はちゃんと聞いてくれるし、変わってくれるし、良い所も結構あるから……」


 ダグラスさんだって煽り魔なだけで何事もなければ物腰穏やかだし、クラウスも何かあったら煽ったりはしないけど情緒不安定になるし――


「……飛鳥ちゃんがそう言うなら止めないけど……何かあったらすぐ別れられるようにしておくのよ? ああいう男って釣りあげるまでは熱心で、釣った後に餌やらないタイプが多いから。さっきもらったお金は取っておくから、危なくなったら戻って来なさいね?」

「ちょっ……異世界から帰ってきたけど男と一緒になる為にまた異世界戻って、その後男フッて地球戻ってくる女とか想像したらヤバいんだけど……!」


 心配する叔母さんの優しい言葉に大笑い寸前の小鳩の言葉に苦笑いしつつ、叔母さんの「連絡取る手段があるなら年に1回は連絡しなさいね」という言葉を最後に解放された。


 優里に頼む事が増えたなぁ、と思いながらダグラスさんの所に戻ると叔父さんが深々と頭を下げていた。


「そちらの世界の事は絶対に他言しませんのでどうかよろしくお願いします」

「ありがとうございます。向こうの人間から固く口止めしておけ、できなければ殺せと言われていたのでそう仰って頂けて幸いです」


 私達がいない間に叔父さんを脅迫する事に成功したようだ。

 確かに、他言されたらル・ティベルにもル・ターシュにも迷惑かかっちゃうからダグラスさんが警告したり脅したりするのは仕方ないんだけど――叔父さん、ちょっと震えてる気がする。


「……ねぇ飛鳥ちゃん、本当に大丈夫?」


 改めて心配そうに見つめてくる叔母さんとドン引きの小鳩に半ば諦めの苦笑いを返しながらダグラスさんと二人、叔母さんの家を後にした。



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