第93話 黄の公爵


 淡い金髪を後ろで軽く縛った精悍な顔立ちの男性は身に纏う豪華な黄金の鎧とマントも相まって、歴戦をくぐり抜けてきた将軍のような威厳を纏わせている。

 実際、その雰囲気は見せかけではないのだろう。


 年齢はヴィクトール卿とそれ程変わらないように見える。オジサマは気品と清潔感の印象が強いけど、視線の先にいる金色の男性からはこれまで感じた事もないような威厳と覇気を感じた。


「『灰色の魔女』と呼ばれる稀代の悪女と言えど、元々は次代の希望を紡ぐ為に召喚されたツヴェルフ……その立場に免じて大人しく投降し、私についてくるならば枷は付けん。従わないのであればこの世界の秩序を著しく乱す者と見なし、リビアングラスと黄金の天馬ゲルプゴルトの名に置いてこの場で処刑する。魔力隠しと透明化で色神の存在まで隠せると思うな。その防御壁を解いてもこの大剣は確実に純白の大鷲ラインヴァイスを捉える」


 透明化の魔法トランスパレントでこちらの姿は見えないはずなのに、スッとこちらに向けられた黄色の大剣――それには見覚えがある。

 レオナルドが持ってたものだ。ただ、大剣の刃全体に纏わり付く太い電光はレオナルドの比じゃない。


 黄金の天馬と黄の公爵本人からも電光がバチバチと放たれている。その剣先が私に向けられていると思うと、手足の震えが収まらない。


 怖い。アランもカーティスも魔力の色が淀んでるせいか、私に対して魔法を使ってこなかった。

 でも視線の先にいる人は絶対に魔法を――魔法どころか神器も、色神だって使ってきそうだ。


 セレンディバイト邸にいた時に私を切り刻んだ風の魔法が思い起こされてじっとりと嫌な汗が吹き出てくる中、緊張から溜まり始めた唾を飲み込む。


 今、私を殺す為の攻撃が向けられようとしている。しかも、この世界で神と恐れられる公爵の攻撃が。

 私だけじゃない。私が逆らったら、私を守ってくれるクラウスやラインヴァイスだって――


(私が、大人しく投降すれば……)


 投降して捕まったら罰を受ける事になるんだろうけど、死刑じゃ、なければ――いや、今逆らえば殺すなんて言われてるんだから投降しても死刑かも知れない。

 あるいは牢の中で終身刑――再びこんな青空の下に立てる日が来るとは思えない。


 どうしよう、どうしよう――頭がごちゃごちゃする中で手を握られる。


『アスカ、大丈夫だから。僕が何とかする』


 優しいクラウスの声が響く。でもこの状況は簡単に切り抜けられるものじゃないのは私にも分かる。


「で、で、でも、ラインヴァイスが狙われたら、私、それに、クラウスも、け、怪我しちゃうし……」


 恐怖と震えのせいだろうか? 言葉が上手く紡ぎ出せない。痛めつけられたり死にかけた記憶が蘇ってきて手も足も震えてしまって、酷く情けない気持ちになる。


『大丈夫! 我もクラウスも、死なない! 怪我してもすぐ治せる! いざとなれば瞬間移動テレポート使う! 白、万能の魔力!』


 震える私を見かねてか、ラインヴァイスの励ましの声も頭に響く。瞬間移動の提案と明るい声に少し心が軽くなった所で、1つ深呼吸をする。


「……クラウス、とう、透明化、解いてくれる? 私、あ、あの人と、話してみたい」

『……あの公爵、というかリビアングラス家は法と秩序を重んじる家だ。罪人の話を聞き入れるような家じゃない』


 黒の音石の中でもダグラスさんも黄の公爵は情より規律を優先させる人だと話していた気がするけれど――人から聞いた情報だけでその人の人となりを決めつけるのは抵抗がある。


「す、少なくともレオナルドは私とは、話し合おうとしてくれた。そのレオナルドのお、お父さんなら、は、話してみる価値、は、あると思う」


 それに私自身、人に守られてばかりで対話の姿勢すら見せない人間は嫌いだ。絶対に印象が悪いし、和解できるものも和解できなくなる気がする。


『……分かった。実際に話してみると言いよ』


 クラウスが小さく解除レリーズと呟くと同時に、ロベルト卿がこちらに向けていた大剣を下げる。


「……姿を現したという事は、投降する意志があると見なして良いのか?」

「あ、あの、投降、したら、私、ど、どうなるんですか?」


 途中途中で言葉が詰まってしまう。自分でもみっともない喋り方だと思うけどちゃんと文章としては伝わっていたみたいで、黄の公爵は少し怪訝な表情をしたものの、私の質問に答えだした。


「……今は皇帝が崩御されて裁判どころではないが、喪が開け次第裁判にかけられる事になるだろう。貴様の罪は本来苦痛を伴う死刑だが、貴様を殺すと世界崩壊の危機に陥りかねん」


 そこまで言った後黄の公爵の眉間のシワが一層強まり、深いため息の後に言葉が重ねられる。


「自身の罪を素直に認め、ダグラス卿とダンビュライト侯の魅了を解いた後、罪人の枷を付けて残りの生涯を牢の中で過ごす事を受け入れるならば、恩赦として終身刑とするよう私が裁判長と陪審員に掛け合おう。白の騎士団にもこれ以上ダンビュライト侯の名誉を貶めないよう諌めてやってもいい」


 推測と一致するのが悲しい――と思う中、気になる言葉を紡がれる。その言葉の意味を問う前に私達と黄の公爵の間にまた緑の魔法陣が浮かんだ。



 そこから現れる、真っ黒なマントと、大きな蝙蝠の羽と、猫の尻尾――



「ダグラスさん……!?」


 後ろ姿を見ただけで喜びがこみ上げる。ああ、本当に、治ったんだ。治って良かった。本当に――良かった。


 目が涙で潤む。新聞でダグラスさんが復活したと分かっていたけれど、目の前でその姿を見るとどうしてもこみ上げてくるものを抑えきれない。


 黄の公爵と私達の間に出現したダグラスさんはこちらを向く事もなく黄の公爵の方に向かって叫ぶ。


「ロベルト卿、何度も言っているでしょう……!? 私がロットワイラーの王を殺したのはあの国の非人道な研究に堪忍袋の緒が切れたからです。断じて飛鳥に魅了されたからではない……!!」


 ダグラスさんの言葉は語調こそ強いけれど、弱々しさを感じた。肩で息をしている姿がちょっと痛々しい。

 今はお昼過ぎ――目覚めたばかりで体調が悪いんだとすぐに察する。

 けれど黄の公爵はそんなダグラスさんに対して一層表情を険しくして、一喝した。


「人の魂を魂と思わぬ貴公が人道を語っても何の説得力もない!! そこの女は貴公はおろか、そこにいるダンビュライト侯をもたらし込んで皇国の秩序を著しく乱した! もはやベイリディア・ヴィガリスタの再来と言っても過言ではない!!」


 その黄の公爵の覇気ある一喝に怯みつつ、聞き覚えのある人の名前に一瞬思考が緩む。


(ベイリディアって……公侯爵を誑しまくって世界崩壊の危機を招いたっていう歴代ワースト2位のツヴェルフだっけ?)


 どう贔屓目にみても私に男女の好意を寄せてるのはダグラスさんとクラウスだけなのに、そんな、公侯爵9人も誑した人と一緒にされても――


「飛鳥は私を誑そうとはしていない……!! 確かに飛鳥の寄行にはかなり目に余る物がありますが、あの件に関しては私の態度に心痛め、私の気を引こうとした気持ちをメイドに良いように利用されただけの事……!! いかに飛鳥の行いが非常識で野蛮な物であろうと、これ以上の飛鳥への侮辱は私への侮辱と受け取らせて頂きます……!!」

「いいや、アスカはあの下着とこいつの好意を利用して地球に帰るつもりだった!! でもアスカはベイリディアのように頭の回転は早くないどころか変な方向に回るし、話術が優れている訳でもないし男心も全く分かってない、騙すどころか騙されやすいお人好しだ!! 最恐のツヴェルフとアスカを同じにするな!!」


 それぞれから微妙な怒声が放たれ、ダグラスさんがこっちを凄まじい怒りの形相で見据えてくる。やっぱり目覚めてそう時間が立ってないのだろう、顔色が悪い。

 それでも明らかな怒りを宿した視線のぶつかり合いにバチバチと電撃のような空耳すら聞こえてくる。


 2人とも私を庇ってくれてるつもりなんだろうけど、全然庇ってるように聞こえない。

 兄弟揃って思った事は良いも悪いも吐き出さないと気がすまない気質なのかしら?  そう言えばヒューイの好みは変わったのかしら? いい加減変わってて欲し――


「黙れ!! 男と同じ色の下着で公侯爵を洗脳し皇国を混乱の渦に陥れた悪女と、貴公らを誑し利用しようとしたそこの魔女の何が違うと言うのだ!! 言ってみろこの馬鹿者ども!!」


 ビリビリと肌が痺れそうな程の覇気を感じる黄の公爵の一括が頭に響いて身が引き締まる。


 そう言えば、ツヴェルフが公爵家と同じ色の下着身に付けたら死刑になる理由――下着を悪用して世界崩壊させようとしたツヴェルフがいるからだ、って以前レオナルドが言っていた。あれってベイリディアの事だったんだ。


(そのツヴェルフと同じ事をしてたら確かに再来って言われるわ……!!)


 パズルのピースがハマったような感覚と、衝撃の事実に様々な思考が入り乱れてガックリ項垂れる。

 こういう状況でなければ『ややこしい下着使ってお騒がせして本当すみませんでした……!!』と頭を下げて謝りたい。


「そもそも私は魅了された貴公らの虚言を聞く気はない!! さあ、ミズカワ・アスカ!! どうするのだ、投降するのか、それとも誑かした男達を使役して逃げるのか!?」


 2人の険悪な雰囲気を一喝し続ける黄の公爵の真っ直ぐな眼差しが私を貫く。

 レオナルドと全く同じ金色の目――だけど黄の公爵の目は敵意と怒りに満ちていてレオナルドと同じ様には話せないし、全身の震えも全然収まらない。


 さっきはまだ、私の質問に答えてくれたのに――


(そう、ちゃんと……私の言葉を聞いて、答えてくれた)


 それだけで悪い人ではないのだと感じる。例えどんなに頭が固くても、どんなに怒っていても、この人はちゃんと聞く耳を持っているのだ。


 レオナルドのように『話し合えば絶対に分かり合える』、なんて甘い事は考えてない。だけど――分かり合えないと決めつけて逃げるにはまだ早い気がする。


 それにこの状況――私が何か言わなきゃ『それが答えか』と痺れを切らして攻撃されてしまいそうだし、クラウスも私が声を出せない状況を察して逃げる方に舵を切りそうだ。


 私やツヴェルフ達を散々振り回してる有力貴族達に裁かれて死刑や終身刑なんて絶対に嫌だ。だけど、逃げて追いかけ回されて怯えて暮らすのも、嫌だ。


「あ、あの、勝手言ってるとは、分かってるん、です、けど、わ、わ……わた、私は、じかん、が欲し……!!」


 ガタガタと震える口を強引に捻じ伏せて言葉を紡ぐ中、また視界に緑色が現れた。


 さっきのような円形の魔法陣とは違う、八角形が重なったような文様から現れた半透明の緑の球体が私を包みこむ。


「「飛鳥アスカ!?」」


 緑の半球体越しに2人が私の方を振り返った瞬間、緑の閃光に包まれた。


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