第94話 純白の愛情・2(※クラウス視点)


 流石に法と秩序にうるさいリビアングラス公は僕が改めて謝罪してもすぐに解放してくれる事はなく、ガッツリめのお説教が待っていた。


 途中でラインヴァイスが戻ってきたけど、僕へのお説教を聞きたくないのか僕の中に入って以降ずっと無言を貫いている。


 僕の公務に対する態度や白の騎士団との不仲、家や色神を宿す者としての責任、身勝手な行動、ありとあらゆる事をクドクドと説かれる。


 ただ、言われている事を冷静に受け止めてみればリビアングラス公の口調はけして僕を馬鹿にしたり見下す言い方じゃなかった。

 僕のこれまでの態度を辛辣に批判していても、僕自身を否定するような言い方をしていない。


 そういう所に気づけるようになれたのは僕自身に余裕ができたからだろうか? それとも――


『ロベルト卿って一見凄く怖いし言葉も厳しいけど、普通に良い人だと思う。カルロス卿だって感情で動く面はちょっとどうかなって思うけど凄く良い人だし、ヴィクトール卿だって不思議な人だけど優しいし、穏やかだし……シーザー卿はよく分からないけど……悪い人、とまでは言い切れない、の、かな……? だから、クラウスがちゃんと向き合って謝ったら、皆きっとクラウスを悪いようにはしないと思う』


 地球にいた時、飛鳥はそんな事を言っていた。

 自分を死刑に追い込もうとしていた人に何のんきな事言ってるんだろうと思ったけど――飛鳥はどんな時でもちゃんと人を見ているのかもしれない。


 僕はこれまでずっと自分という中途半端な存在に対して皆呆れているのだと思っていた。

 実際、ダンビュライト邸にいた時は皆、僕に対して失望や絶望の念が強かった。だから「皆そうなんだろう」って、そう思い込んでいた。


 だけどよくよく考えてみればウィリアムや白の騎士団、メイドの皆が隠し続けてきた僕の事情を知らない人達はただ単純に僕自身を見定めて評価していたんだ。


 自分のちっぽけさを思い知らされながら、恥ずかしさも感じながら、リビアングラス公の言葉を受け止めながら頭を下げていると、相手の声の調子が段々と穏やかになっていくのを感じる。


「クラウス卿……裁きはけして人に痛みを背負わせるだけの物ではない。おおやけで裁かれ罪を償うからこそ、影に隠れずに生きる事が許される。当人だけでなく、その家族もな。だから私は罪を犯した者は反省と謝罪だけではなく、償いが必要だと考えている……時には死を持ってして償わねばならぬ罪もあるがな。だがヴィクトール卿の言っていた通り、貴公はまだ若く、能力もある。例え死刑に値する罪すら自身のこれからの頑張り次第で償える立場にあるのだ。あのツヴェルフもな」

「……リビアングラス公は今、飛鳥の事をどう考えておいでですか?」


 さっき「危険な存在かどうかは、これからの態度で見極めさせてもらう」と言っていたけど、まだ飛鳥の事を警戒しているのだろうか?


「話す限りはあの娘自身が現時点でこの世界に対して凶悪な思考を持っている存在でない、というのは分かった。……だが、国や世界の安寧を揺るがしかねない存在だと判断した時は再び剣を向ける事もあるだろうな」


 その言い方は好意的ではないけれど敵意も感じない。これまで飛鳥に抱いていたらしい厳しい感情はもう無いようだ。

 その状況にひとまず安堵しているとロベルト卿の言葉が続いた。


「……クラウス卿、人を愛する事が悪いとまでは言わんが、愛は他人に最も利用されやすい感情だ。一人の人間に依存しているようでは徐々に目が濁り、心も腐っていく。これはダグラス卿にも言える事だが貴公は特に危うい印象を受ける。自分自身の中に愛以外の大切な物を持て。愛情に飲まれるな」

「……飛鳥は、そんな人間じゃない」


 まるで飛鳥が僕を利用するかのような言い方に無意識に反論の言葉が溢れると、ロベルト卿が腕を組んで軽いため息をつく。


「貴公を利用するのが本人だけとは限らん……彼女を使って貴公らを利用しようとする人間もいるかもしれん、と言っているのだ。愛で他の感情が麻痺している状態の貴公に言って伝わるかどうか分からんが……いいか、くれぐれも己を見失うな。愛情の先にあるものは幸せだけではない。己の判断の先にある物を見極める位の理性は残しておけ」


 そう言ってリビアングラス公も会議室から出ていく。

 その背に向けて深く頭を下げた後一人になった僕の所にネーヴェ皇子がやってきて、皇城にある部屋の一つを案内された。


「ここはツヴェルフ用の部屋ですがル・リヴィネのツヴェルフが来るまでは空き部屋となるので、しばらくはここを使わせるようにと言われました」


 そう言われて通された部屋が以前飛鳥が使ってた部屋という事にちょっと喜びを感じる。

 この部屋で言い合った事を思い出し、懐かしく感じながらベッドに腰掛ける。

 

(……愛情の先にあるものは、幸せだけではない、か……)


 それはダグラスを見ていたらよく分かる。あいつなりの愛情は暴走して飛鳥を不幸にした。

 父様の愛も、結果的に母様と自分自身を不幸にした。

 あいつの父親――デュラン卿の話も聞いている限りでは一方的な感情の押し付けがあったように推測できる。


 皆、相手にちゃんと向き合わなかったからだ。

 僕はちゃんと飛鳥に向き合う。だから何の問題もない。


 飛鳥からの、友人を想うような優しい友情、家族を想うような温かい親愛、僕に対してのほろ苦い罪悪感――全部、全部受け入れてそれに応えてあげるんだ。


 その奥にある、多分、飛鳥自身はまだ気づいていない感情も。

 ダグラスへの愛がある間は芽吹いてくれないだろう、無意識に抑え込んでるだろう感情に悩む日が来た時はそっと包み込んで綺麗に芽吹かせてあげたい。


「クラウス卿、これからの予定ですが本節は魔物に襲われて亡くなられた方の弔いと土地の浄化に専念してもらう事になりますが……スケジュールは自分で組まれますか? よければこちらの方で無駄の無いスケジュールを組まさせて頂きますが」


 喜びに浸っている中でネーヴェ皇子の抑揚のない声が響く。


 青緑の節の際、各地の治療に回った僕の行動は慣れてなかった事もあってかなり無駄もあったと思う。そこを懸念しての進言だろう。

 各地を回る際にどういうルートが効率的なのかも知りたいし、ここは従っておいた方がいいか。


「そうだね……15日さえ空けておいてくれたら後はそっちの都合の良いようにしていいよ」


 僕の言葉にネーヴェ皇子はきょとんとしている。言葉の真意に気づくと眉を少し潜めて怪訝な表情を浮かべた。


「……ジェダイト領の星鏡ですか? アスカが行くとしたらセレンディバイト公と、だと思いますが……」

「別に、ダグラスと誓った後に僕とも誓えばいいんじゃない? 言い伝えは人数制限があるなんて言ってないし」


 僕の返しにネーヴェ皇子が唖然とする。無茶苦茶な事を言ってる自覚はあるけど、僕だって飛鳥と星鏡見たいし。

 地球で飛鳥と見るはずだった2回目の花火大会を譲ったんだから、僕もこの位の事はしていいよね?


 1年は12節。つまり来年も再来年も、飛鳥が妊娠してない限りはこの節は飛鳥はあいつと一緒にいる事になる。

 せめて一度位は星鏡を一緒に見たいし、永遠の幸せを約束するなら早い方がいい。


「……分かりました。その意向に合わせて組むように宰相に伝えておきます」


 呆れているのか、何も考えていないのか分からない少年の態度に少しお節介心が湧き上がる。この少年がユーリを想っていた事を知っているから。


「……ネーヴェ皇子、僕は君達にも色々迷惑かけたし飛鳥にだって迷惑かけたけど……僕はこれまでの行いを反省こそすれど後悔はしてないんだ。だってそのお陰で飛鳥は僕も選んでくれたんだから。……だから君も、本当に手に入れたい物があるなら手を伸ばすべきだと思うよ。何もせずにただ見送ったら傷つく事もなく反省する事もないかもしれないけれど、小さな後悔をずっと引き摺る事になる」


 リビアングラス公のように善意で忠告してみるけれど、皇子はそれに言葉を返す事無く無言で部屋を出ていく。

 この心の中にある、羞恥心や自己嫌悪に勝る何物にも代え難い満足感は僕と同じように箱庭で育てられているお坊ちゃんにはまだ理解できなかっただろうか?

 皇家は6公爵家に囲まれて僕以上に縛られた存在だから、自分の感情で動けないのは仕方ないのかもしれない。


 そんな少年に過去の自分を重ねて哀れに思っていた所でラインヴァイスが僕の足元から出てきてベッドの上に飛び乗る。


『クラウス、大丈夫か?』

『ああ……大丈夫だよ、言われた事は至極真っ当な事ばかりだしね……ねえ、ラインヴァイス……白の魔力って本当に気持ち良いの?』

『白の魔力、幸福感の塊。注がれたら嫌な事も悩んでる事も忘れて幸せいっぱい。飛鳥の場合、黒の魔力あると幸福中毒にはならない。けど、注がれてる間は幸せいっぱい、のはず』

『そっか……楽しみだなぁ』


 飛鳥は眠らせてほしいなんて言ってたけど――ツヴェルフの初夜にそれは許されない事を僕は知ってる。

 嫌な事も、悩んでる事も忘れた飛鳥が僕にどういう態度を取ってみせるのか。


 駄目だな――飛鳥が自分の中で培ってきた大切な価値観を歪めてでも僕を手放したくないと思ってくれているのに。もっと欲しいって思ってしまってる。


 だって、これまでの飛鳥の態度を見てると僕を全く男として意識していない――なんて事はないはずだ。


 友人や家族に向けるような親愛の情だと言うならあの時、水鏡でしてくれたような額への口づけをしてくれたっていいはずなのに、地球にいる間は一切してこなかった。

 それどころか僕に触れるような仕草も意図的に避けている。


 ダグラスを裏切りたくないという想いか、僕に好意を抱く事によって起こる修羅場を避けたい理性によるものかは分からないけれど、僕を一定の距離から優しく見守っておきながら、「男女の愛ではない」なんて言いながら、僕に体を許し子どもを産む覚悟をしている――そんな矛盾を孕んでる、重くて我儘で欲張りで優しくて可愛くて甘すぎる飛鳥がどうしようもなく愛しい。


 これから先、飛鳥があいつを見限ってもいいし、あいつが飛鳥を見限ってもいい。あの2人の相性は間違いなく悪い。

 それが分かっているから僕の想いも諦めて消えるどころかじわじわと膨れ上がっていく。


 ごめんね飛鳥。僕はやっぱり諦められない。でも僕はもう慌てたり焦ったりしない。

 僕も飛鳥にとって大事な存在になっているのは分かったから。


 男女の愛――飛鳥が嫌がるなら無理には求めない。だけど、少しでも可能性がある間は見守らせてほしい。ゆっくり、2人の様子を見ながら崩壊の時期が来るのを待ちたい。

 崩壊するまで放っておいてもいいんだけど、ダグラスと別れたからって他の誰かに奪われるのも嫌だ。


 他の誰かと言えば、飛鳥が3人の男の子どもを産まなきゃいけないとか――本当ふざけた刑を課してくれる。あいつだけでも相当なストレスだっていうのに。


 まあ3人目は子作りだけだから、その辺の飛鳥に好意を抱いてない男なら――ああ、もし飛鳥の事が嫌いな男が3人目だったらダグラスやそいつに痛めつけられて心身共に疲れ切った飛鳥が僕により依存してくれるかも――なんて、ちょっとそれは飛鳥が可哀想かな。


 だけどダグラスなんかに惹かれちゃった飛鳥だから、またロクでもない男に惹かれても僕は驚かない。飛鳥に男を見る目がないのはよく分かったから。


 公爵それぞれの良い面を見つけて語るのは飛鳥の良い所だけど、それで悪い人ではない、と決めつけるのは飛鳥の悪い癖だ。

 それぞれが飛鳥に見せない問題点や凶悪性に気づけていない、そんな飛鳥の愚かな所も大好きだけどね。


 大丈夫、ダグラスや3人目の男や他の人間にどれだけ傷つけられても、どんなに穢されたとしてても――僕が絶対に癒やして、綺麗にしてあげるよ。

 飛鳥がこの先どうなろうと、誰を愛そうと、僕は飛鳥の全てを受け入れる。



 だから、飛鳥――これからもずっと、ずっと――一生、君の傍にいさせてね。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 3部完結です。これまでお読み頂きありがとうございました! フォローや♥、☆、コメント、全てが励みになりここまで書き切る事ができました!

 少しお休みを入れた後閑話や続編を書く予定ですが一旦完結済みとさせて頂きます。


 まだ本作を評価されてない方で「面白かった」と思われたら下部の☆☆☆から評価して頂けたら嬉しいです……!


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