第5話 色んな心構え・2
クラウスが手にした指輪を、純白に輝くリボン状の魔力が包み込む。
薄っすら文字らしき模様が浮かび上がっているそれに見入っている間に、服を片付け終えたセリアがお茶を淹れ直してくれた。
「自ら囮になられるなんて……半年前に皇城からセレンディバイト邸に行かれる時、仮病を装ったり裏口から出て行こうとしていたアスカ様とは大違いですね」
セリアの微笑みに(そんな事もあったなぁ)と半年前の事を思い返す。
地球に帰りたくて、でも身を守る力も無くて、殺される事も怖くて――今でも可哀想としか思えないくらい可哀想だった私とは、確かに大違いだ。
「……あの時とは状況が違うし、私もちょっと強くなったから」
状況も、心構えも。身を守る手段の数も、潜り抜けた修羅場の数も。
この世界で再び命狙われたり、世界崩壊の危機に直面するのは完全に想定外だったけど――今更『命狙われてるかもしれない』くらいで怯んでなんかいられない。
「本当に……アスカ様を守るべき私がこんな事を言うのもおかしいのですが、自分と周囲の事を考えた上で、万全の状態で挑む……私、アスカ様ほど立派な囮を見た事がありません。すごく成長なさいましたね」
確かに、囮としては大いにレベルアップしてると思うけど――<立派な囮>なんて褒められても全然嬉しくない。
これから先、囮としての出番が来ない事を切に願う。
「ところで、六茶会……公爵の伴侶達が主催するって言ってたけど、私は何すればいいの?」
「ご安心ください、六茶会は開きたいと思った公爵家がシルバー家と協力して主催する決まりです。アスカ様は初参加ですし、何か頼まれたり手伝わされるなんて事はまず無いかと」
「シルバー家?」
聞き慣れない家名を問い返すと、セリアは「ああ」と小さく相槌を打った後丁寧に説明してくれた。
「皇都に居を構える、由緒正しい伯爵家です。漆黒と純白の丁度中間……灰色の魔力を有し、誰からも嫌悪感を抱かれない稀有な特性を生かし、仲裁役としても重宝される他、数百年前から続くヴァイゼ魔道学院の理事を務め、皇家の補佐や相談役を担っています」
「へぇ……」
そう言えば、ダグラスさんが首席で卒業した魔導学院が確かそんな名前だった気がする。
数百年続く、しかも公爵家の子息が通うような魔導学院なら、きっと名門なんだろう。
(漆黒と純白の中間、か……まるで私みたいだわ)
シルバー家に勝手に尊敬と親近感を抱いていると、祝福を込め終えたクラウスが指輪を返してくれた。
「……あのさ、飛鳥が六茶会に出るなら僕が純白のドレス用意するよ。今節の飛鳥は僕と一緒にいるんだし、そっちの方が」
「僭越ながら、クラウス様……今はドレスの事より一日も早く館を修理してアスカ様を居候の身から解放する事を最優先すべきかと。貴方が家よりアスカ様を優先しているようでは貴族達の心証も一層悪くなってしまいます」
「うっ……」
クラウスがセリアの忠告に一瞬顔を強張らせた後、立場なさげに俯く。痛い所を突かれたらしい。
「クラウス、そう落ち込まないで……ダンビュライト邸が復旧したら、ドレス一枚買ってもらうの楽しみにしてるから」
「……分かった」
ちょっと悔しそうな表情ながらも頷いたクラウスと、今節の予定について話し合う。
『紫の節に入ったら行こうね』って話してたマリアライト領の祝歌祭は六茶会の3日後。
ラインヴァイスに乗って行けば十分間に合う、と話す頃にはすっかり立ち直ってくれたのは良いんだけど――
(純白のドレスかぁ……)
お茶を飲みながら、貴婦人のお茶会に行ける純白のドレスを想像してみる。
でも私の頭の中は純白のドレス=ウェディングドレスのイメージが強すぎてそれっぽいドレスしか浮かばない。
そして、目の前で嬉しそうに微笑ってる超絶見目麗しい貴公子の隣でいくら素敵なウェディングドレスを纏っても、ちょっと自尊心抉られる予感しかしない。
(ウェディングドレスと言えば……ダグラスさんと結婚する時は漆黒のドレスになるのよね……)
悲しい予感から逃げるように思考を切り替える。
ツヴェルフの結婚は初夜を迎えてから、遅くとも懐妊した時点で正式に婚姻を結ぶ事が殆ど――って前にセリアが言っていた。
その言葉通り、サウェ・ブリーゼで記憶ある初夜を過ごした翌日、ダグラスさんは予め用意していたらしいこの世界の婚姻届みたいな書類を出してきて、私達は正式な夫婦になった。
ただ、式とパーティーについてはダグラスさんは『お金に余裕をもってから挙げたい』、私は『もう少しここの生活に慣れてから挙げたい』と利害が一致して、来年あげようって話になっている。
(ドレス……何回も着るなら楽で動きやすい、スマートなドレスがいいけど、一生に一度しか着ないならボリュームたっぷりのドレスも一回着てみたいな……)
「飛鳥、どうしたの?」
「あ、えっと……着るとしたら、どんなウェディングドレスがいいかなと思って」
「ウェディングドレス……えっ、あ、ドレスって、そういう……」
慌てるクラウスの顔がみるみるうちに赤くなる。
しまった――真逆の色のウェディングドレス想像してただなんて、絶対言えない。
「飛鳥の事だし、あんまりお金かからないドレスで……とか考えてるんだろうけど、どんなドレスでもいいからね? 僕、館修理して家を復興させたら、全力で稼ぐから」
「そ、そう……ありがとう。でもあんまり無理しないでね?」
復興に向けて一層やる気になってくれたのはいいんだけど――クラウスの嬉しそうな笑顔に罪悪感がグサグサ心に刺さる。
(私、往復結婚生活、無事にやり遂げられるかしら……)
地球からこの世界に戻ってくる時――私はクラウスが私に向ける感情が愛だと分かっていながら、不安定なクラウスを放っておく事が出来なくて、クラウスの手を取った。
ダグラスさんは了承してくれたし、クラウスも私の傍にいられればそれでいい、って言ってくれた、けど。
(今後起こりうるダグラスさんの暴走の原因が私でも貴族でもなく、クラウス、という可能性も大いにある訳で……)
だからって今更クラウスと距離を取るつもりはない。
ダグラスさんを重視するあまりにクラウスを突き放したり傷つけたりすれば、それこそ暴走の原因になりかねない。
(本当に……暴走の原因が分からない、ってのは厄介ね……)
私はこの世界で人に迷惑かけずに、平和に穏やかに、幸せに生きていきたい。
ダグラスさんにもクラウスにも、幸せになってほしい。
二人の傍にいるからこそ変化を感じ取ったり、何かあった時に対処する事が出来る、はず。
二人顔合わせた時のギスギス感は本当何とかしてほしいけど――二人が憎まれ口を叩き合う姿を、数年後も、数十年後も見守っていけたらいいなって思う。
(だから迂闊な発言したり、罪悪感にグサグサ攻撃されるようじゃ駄目なんだけど……)
囮レベルは上がっても、重婚妻レベルはまだまだ全然、レベル2にも満たないようで。
これから囮レベル同様、重婚妻レベルも上がってくれればいいんだけど、それはそれで、何か大切な物を失ってしまうような気もして。
一抹の不安を覚えながら、無事に往復結婚生活をやり遂げられる事を願って、天井を仰いだ。
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