第6話 翠緑の大樹と漆黒の新芽(※ヒューイ視点)


 ※本話は直接的な表現はありませんが、言い逃れの仕様がない猥談(※性に関するみだらな話)回です。苦手な方はご注意ください。


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 紫の節に入ってから、初めての灰の曜日の午後。

 セレンディバイト邸の温室で植物達の様子を確認していると、館の主が現れた。


「どうした?」


 あの子がいない時は勝手に見て勝手に帰るから、いちいち会いに来なくていいって予めこいつには言ってある。

 なのに実に不機嫌そうな顔で現れたって事は、俺に言いたい事があるんだろう。

 予想通りダグラスは俺に近づいた後、重々しく口を開いた。


「飛鳥さんが六茶会に出るらしい。先日、会で着るドレスを取りに来た」

「……止めなかったのか?」


 人工ツヴェルフの実現に沸いている貴族の夫人や令嬢達の集まりにあの子を放り込めば何かしらトラブルが起きる可能性が高い。

 俺の純粋な疑問にダグラスは深く長いため息を吐いた。


「止めるも何も今日の朝、魔物討伐から戻った際にヨーゼフからそう聞かされたのだ。飛鳥さんはいつここに来るか教えてくれない」

「あー……お前に教えたら、絶対顔合わせる事になりそうだもんなぁ」


 それでクラウスとギスギス嫌な空気作り出すのも目に見えてるし、叱れば空気が悪くなる。

 無駄な衝突を避ける為にどうすればいいかって考えたら、戻って来る日を教えないって話になるよな。

 一人納得して頷いていると、ダグラスが言葉を続けた。


「お前……六茶会の様子を見に行けないか? お前が飛鳥さんの三人目の婚約者になってから貴族達が一層ザワついている。その上、飛鳥さんが六茶会に参加する事も広まって、普段なら呼ばれないような下級貴族も多く招待を受けているらしい。どうにも心配でな……」

「と、言われてもなぁ……あいにく、六会合の日は自領の視察入れてんだよ。ズラしていいか一応親父に聞いてみるが、あんまりアテにするなよ」

「……分かった」


 ダグラスが頷いたのを確認した後、植物の観察を再開する。


 植物は繊細だ。良い花や実を付けさせる為には、弱ったり病気にかかってる物があったら早々に対処しないといけない。


 一つ一つ確認している中、違和感を覚える。

 漆黒の魔力の気配が消えない。


 チラ、と視線を向ければ、まだダグラスがいる――と言うか、俺が歩くのに合わせてついて来ている。


「……どうしたんだ? まだ何か、話したい事があるのか?」


 俺が再び問いかけると、ダグラスはしばらく考え込んだ後、温室の入り口に立っているルドルフを退出させた。

 そしてキョロキョロと辺りを見回した後、防音障壁を張る。


「……こういう話でお前を頼るのは非常に不本意なのだが、他にこういう事を話せる奴もいなくてな。その……飛鳥さんの話なんだが……何と言えばいいか…………」


 いつも上から目線で饒舌な男が、苦悶の表情で顔を赤らめて、どう説明すればいいか悩んでいる。明らかに只事じゃない。


「落ち着け。どんな話でも聞いてやるから。一息ついて、ゆっくり話せ」


 真っ直ぐ立ってダグラスと視線を合わせ、話しやすいように促してやる。


 こいつはいつか、世界崩壊させる程暴走するかもしれない。

 その暴走のきっかけがあの子かもしれない。あの子が関わる話は聞き逃す訳にはいかない。


「……私達は、ル・リヴィネの民の子だ」

「ああ」

「だから、たまに相手の思念や記憶を読み取れる」

「そうだな」


 30年前に召喚された、ル・リヴィネの民が持つ、手に触れた人や物質の記憶や思念を読み取る能力――それは俺達子息にも受け継がれている。

 ただ、その力は親よりずっと微弱で、たまにぼんやり読み取れる程度らしい。


 俺は読み取りたい対象に触れた時は高確率で良い感じに読み取れるが、それは何世代もル・リヴィネの民との交配が続いているからで、それでもまだ民の力には及ばない。


「……飛鳥さんは、思念を読まれるのが嫌らしい」

「ああ、それは……知っちまったら誰だって嫌だって言うだろうな」


 能力を持ってる側としてはワンチャンいける女性かどうか確認したり、相手が今何考えてるのか確認するのに重宝していたが、読まれる側からしたら秘密を暴かれるのも同然だ。


「だから、私が飛鳥さんに触れる時は手袋を付けなくてはいけない」

「あー……まあ、そうなるだろうな」


 思念を読まれるのを嫌がる、手袋を強制する――二つのピースが綺麗にハマる。


(確かに……こいつに思念や記憶を読み取られたらヤバい)


 あの子の思念や記憶から自分が世界崩壊を招くかもしれない、と気づかれたら厄介な事になるのは間違いない。


 友人としてはこいつが未来の事を知って自制してくれれば、って気持ちも全くない訳じゃないんだが――これまでのこいつの態度を見てると、黒の魔力に飲まれて魔人化する可能性を否定できない。 


「実際、ル・リヴィネの民の特殊能力を知ってる女性は皆ガードが固いからなぁ……あの子と素手で触れ合えないのは、仕方ないと諦め……」

「……夜でも、そうだ」

「……は? ……ああ、そうか、そういう事か!」


 だよな――触れちゃ駄目って事は、夜だってそういう事になるよな。


 しかし、手袋をつけて――か。なかなか残酷な要望だな。

 見て、聞いて、触って、嗅いで、味わって――五感の中でも触覚ってのはかなり重要な部分だ。

 そこを手袋越しで、ってなると楽しみは半減する。


「それは……辛いなぁ」


 心から同情しつつも、実際こいつに手袋外されると困る。何の助言も出来ない。

 同情の視線を送る事しか出来ない俺に、ダグラスは気を良くしたのか更に言葉を続ける。


「ああ。更に、その……私の魔力が凄く心地よいらしく、いつも一回したら寝てしまうのだ」

「そっかぁ……それも辛いなぁ」

「それでも……ようやく飛鳥さんと契れるようになった事を思えば些細な事、と思っていたのだが……節末に重要な問題が起きてな……」


 今言われた二つもなかなか重要な問題だと思うが――小さな事として扱えるこいつをちょっと尊敬してしまう。


 学生時代、多くの女性と親交を深めていた俺を穢らわしい物を見る目で見下していたこいつが、よくここまで成長したもんだ。


(こいつの相手があの子だと思うと、物凄く複雑な気分だが……)


 だが、こいつがこうして相談を持ち掛けて、それに対して俺が適切な助言をすれば余計なトラブルを未然に防ぐ事ができる。

 そうすれば平穏な未来を迎える事が出来るかも知れない。


「この問題については私の力ではどうにもできず……色々経験豊富なお前にどうすればいいのか教えて欲しいのだ」

「何だ? 俺に答えられる事なら何でも教えてやるよ」

「飛鳥さんが、その……ックスに積極的で、非常に困っている」

「……ん?」


 肝心の単語が小声で、聞き違いの可能性に賭けたかったが、無情にもダグラスは可能性を否定する言葉を重ねた。


「手袋の事や自分がすぐ寝てしまう事を気にしてか、その……娼婦のような行動を取るのだ。私としては非常に耐えがたく、やめてほしいのだが、飛鳥さんに直接言うと絶対に傷つけて怒らせてしまう……だから、傷つかない言い方をだな……」


 何言ってんだ、こいつ――何処に困る要素があるのか分からず、口を開けたまま言葉を失う。


 確かに、性経験が無い、あるいは浅い女の子の殆どが受け身だ。

 性行為において積極的な女性ってのは、俺の経験上からも娼婦を覗けば少数派だ。


 『女性が積極的であってはいけない、性行為の際は男に身を任せるべし』――って教えられてる淑女が大半だからってのもあるが――


(あ、もしかして……こいつはそれを真に受けてるのか?)


 受け身が悪いって訳じゃない。受け身な相手をどう乱れさせるかを楽しめる。

 自分の腕に愛しているものが、求めているものが収まる感覚ってのはそれだけで十分気持ちいいもんだ。


 ただ――愛される感覚や求められる感覚ってのは、受け身の相手からはなかなか得られない。

 相手が積極的なら自分も色々一緒に楽しめる。互いに求めあうのが分かる感覚ってのは、最高に気持ちいいもんだ。


 だから好きな子が性に積極的で困る事なんて、何一つない――と、ある程度性経験を積んだ男なら思うはずなんだが、目の前の男は明らかに狼狽えている。


(……異世界人の中には、こっちの意志も聞かずに強引に服を剥ぎ取ってくる女性もいるらしいからな……あの子もその類なのかもしれない)


 俺も一応、主導権取られる覚悟はしておいた方がいいか――と認識を改めていると、ダグラスが更に言葉を重ねてきた。

 

「……やはり飛鳥さんは貞操観念がおかしい。性に慣れてない割には娼婦まがいの事をしてくる。思えば最初の夜もそうだった。私が初めてだと言っていたが、あの男を煽るような積極的な態度、実は既に男性経験が」

「いい加減にしろよ」


 反射的に低い声が出た俺に驚いたのか、ダグラスが言葉を詰まらせる。


「……娼婦娼婦って言うけどな、娼婦はお客さんを満足させる為、言わば金の為に積極的になるんだ。金も何も貰ってない女の子が積極的になる理由なんて一つしかないだろ……!?」

「金を貰っている訳ではない飛鳥さんは、単純に性に貪欲な女性だと……!?」

「もういい、ちゃんと俺が説明してやるからお前はもう喋るな、考えるな」


 単純にエッチな女性でも全然困る事じゃないだろ――という言葉が喉から出かかったが、グッと言葉を飲み込む。


「あの子がそういう行動に出るのは、お前の事が大好きだからだよ」

「大好き、だから……?」


 これが、恋――? と言わんばかりの衝撃を受けた顔で、かあっと頬を染める――これがあの子やメイドやお嬢様だったら可愛いと思ったんだろうが、悲しい事に野郎だからな。しかも性格性癖最悪の。


 アホな男友達の頭を全力ではたきたい衝動を抑えて、言葉を重ねる。

 

「そうだよ。あの子は変に真面目な所があるから、お前に対して満足にセックスさせてやれない負い目も当然あるんだろうが、そういう事をしてもいいって位には好きって事だ」

「……しかし、娼婦のような真似をして恥ずかしくないのだろうか?」

「恥ずかしいに決まってるだろ!? それでもと思って頑張ってんのに、お前がこうして愚痴愚痴言ってたらどう思うと思ってんだ! めちゃくちゃ傷ついて二度と相手してもらえなくなるぞ!?」

「そ、それほど!?」

「それほどだよ! お前だって『ダグラスさん、性欲丸出しの猿みたいで気持ち悪くてマジ困るんだけど~』ってあの子がメイドに愚痴ってたら凹むだろ!」

「ぐうっ……!」

「恥ずかしさを堪えて積極的になってくれる女の子なんて、両手広げて大歓迎する位希少な存在なんだぞ! 困ってないでむしろ喜べ! 己の幸運に感謝しろ!!」

「そうか、そういうものか……そうか……」


 衝撃を受けた顔でフルフル震えながら納得しているダグラスを見ているうちに、ようやく俺も頭から熱が消えてい――かない。


「……お前の性経験が浅すぎる事と友人のよしみであの子には黙っててやるから、あの子帰ってくるまでにその頭と心入れ替えとけ。エッチな事してる時に娼婦みたいだとか二度と思うな馬鹿」

「む……私の性経験が浅いなどとは酷い言いがかりを」

「事実だろ初心者。普段のお前ならともかく、今のお前は誰が見ても日光浴びたての新芽ちゃんだって分かるよ。娼婦にこだわってる時点で色々お察しだよ、ってか本物の娼婦と致した事ねえだろこの玄人童貞」

「ぐううっ……!! 無駄に経験豊富なクズに馬鹿どころか日光を知ったばかりの新芽呼ばわりされるとは……!!」


 ダグラスの全身から黒の魔力が吹き出すのを見て我に返る。

 やっちまった。あまりにダグラスの悪あがきが見苦しくて心の声が思いっきり噴き出してしまった。


「もういい、お前なんかに相談した私が馬鹿だった……!!」


 面倒臭い男だな――と思いつつ、このまま放置するのは流石に不味い。


「そうか……それなら一回で寝られちゃう問題、対策教えてやらなくていいよな?」

「なっ」

「じゃ、こいつらも問題なく育ってるみたいだし、俺帰るわ」


 予想通り、温室を出ようとしたところでガッシリと肩を掴まれる。


「……悪かった。私の事は好きに罵ればいい。それで問題が一つ解決するならば、お前の罵倒も甘んじて受けよう」

「そうか、プライドの高いお前がそこまで言うなら教えてやるけどな……あの子の事が好きならちゃんと大切に、丁寧に扱えよ? 手袋公爵」


 ダグラスの口元からギリギリと、歯が軋む音が聞こえた。


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