第7話 六茶会・1


 六会合及び六茶会が行われる昼下がりは、雲一つない晴天に恵まれた。


 温かな陽が射すテラスと、隣接するサロンでは大小様々なテーブルを囲んで見るからに高貴な女性達が集まって、優雅に談笑している。


 今の公爵の伴侶達は皆、女性。

 だから招待される貴族も当然女性が大半、というのは分かってたんだけど、男性の姿が全く見当たらない。


 壁際に立ってる兵士達も女性。兵士達に少し距離を取ってズラッと壁際に並ぶ、婦人達の従者も皆女性。


 まだテーブルの席は半分ほどしか埋まってない。こうして眺めているうちにも貴婦人達がサロンに入って来る。


 既にこの場にいる女性の大半が私に対してチラチラ嫌な視線を向けてこなければ、この華やかな女性達の集まりに純粋に感動して、彼女達のドレスやテーブルの上に置かれた料理を観察できたんだろうな――と少し寂しく思う。


 サロンの中央壁際に置かれた他より一回り大きい卓――公爵家の人達が着く席にはまだ私以外誰も座っていない。

 それもそのはず。六茶会が始まる時間まで、まだ30分ある。


 先に誰かが座ってると『どの席に座ればいいのか問題』が発生するのと、壁際に座った方が周囲の様子を確認できるから――って理由で早めに昼食食べて準備して一番乗りしたけど、ちょっと早すぎたかもしれない。

 

 私の後ろのは誰もいない。視界の中で絶え間なくこちらに向けられるチラチラ視線は全部私に向けられたもの。


 扇子で口元を隠して隣の人とヒソヒソと会話する人達の姿は、視線の先の人の悪口を言ってるクラスメイトや同僚と表情と同じで。


 こういうのって、どこの世界も変わらないんだな――と思っていると、私の横に立つセリアが念話で呼びかけてきた。

 

『大丈夫ですか、アスカ様』

『大丈夫。こうなるって分かってたし』


 もしここが学校や職場で、イジメの標的にされた――とかだったらかなりキツイけど、数時間だけの会。

 しかも今日の目的はこの貴族の集団の中にある悪意や敵意、殺意を確認するのが仕事。

 自ら危険な場所に足突っ込んでる、と思えばこの位で弱音は吐けない。


 この二週間、皇城探検しながら皇城の人達が自分に向ける視線を観察してきた。


 ここの人達からしたら、私はダグラスさんを欺いて、クラウスを誑かして、皇家を利用して地球に帰る事を企てた大罪人で。


 捕まえたと思ったら逃走して、おまけにダグラスさんは戦闘不能になるわクラウスは家放っておいて消えるわで大騒ぎになって。


 そして何故かひょっこり戻って来て、大人しく刑を償うかと思いきや、また脱走して地球に帰って。

 でも人工ツヴェルフが実現したし、もうツヴェルフいらないよね! これからは私達の時代! 目指せ、未来の公爵の母! ってなった所で戻って来て、地位良し見目良し性格悪しな公爵や公爵令息との子作り権利をゲットしている。


 私から見れば大いに誤解がある状況なんだけど、この国の貴族目線で見た自分の酷さにもうどんな視線も許すしかない。

 

 そんな訳で、奇異や嫌悪、困惑――そこに『嘲笑』が加わった程度で心は全然ザワザワしない。イラっとはするけど。


(こういう時、一人じゃないって本当心強いわね……)


 傍にセリアが、近くでラインヴァイスが見守ってくれる――クラウスも、ダグラスさんも近くにいる。

 だから面識がない人達にどう思われていても、あんまり気にならない。


 そう割り切って冷静に観察していると、馬鹿にしてる人、見下してる人、嫌悪感を持っている人、怖がってる人、冷めた目で見ている人――視線にも色々種類があるのが分かる。


 その種類の程度もあからさまだったり、ちょっと分かりづらかったり、全く分からない、普通に微笑んでる人もいたり。結構別れてる。


 あからさまな人はこちらと目が合うと慌てて視線を逸らしたり、嘲笑を止めなかったり――まあ分かりやすい。


 問題は微笑んでる人達だ。嘲笑を向ける人が内心私に好意を持っている事はまずないだろうけど、笑顔を向けているからといって好意的だとは限らない。裏でどう思っているか読めない。


 笑顔は貴婦人が大半。こちらに嫌な視線を向ける娘か妹かに小声で囁いてる人は「おやめなさい」と品のない行為を叱っているのか、「表情が出てるわ、気を付けなさい」と言っているのか――その辺全然分からない。


『……どう? 結構嫌われてるのはヒシヒシ感じるけど、殺意って程のものはないわ』

『ええ。本当に嫌われてるなって感じはありますが……同時に恐れられています。迂闊にアスカ様に害を及ぼそうものなら、自分の命も家も潰れる事は分かりきっていますから』


 観察眼にかけては絶対私より凄いセリアに問いかけると、身も蓋もない言葉が返ってくる。

 セリアの言う通り、私の方を見てヒソヒソするだけで誰も話しかけてこないのは私を毛嫌いすると同時に、恐れてるからだろう。


 この世界に召喚されて皇城で過ごしていた頃、ここの兵士達がダグラスさんを恐れて私に近づかなかったように、貴族達もダグラスさんを恐れてる。

 だからいくらでも言い逃れが出来る視線や態度でしか攻撃してこない。


  まあ笑顔の下に殺意隠せる人もいるだろうから暗殺の可能性はない! とまでは言えないけど――ひとまず肩の力を抜いても大丈夫かな? と、人以外の物に視線を向けてみる。


 今このテーブルには私達が用意した、上位貴族達御用達菓子店の最高級ブラウニーしか乗ってないけど、他のテーブルには美味しそうなお菓子や軽食がどんどん置かれていく。

 

 本来、六茶会はその名の通り、お茶やお菓子、軽食が振舞われるらしい。

 だけど、今回は皇家が『ウチで出した料理に毒盛られたら面倒臭いんで』と言ったか言わずか、ゲストが各自一品ずつ、同席者が食べられる分の料理を持ち込むポットラック形式にするという連絡があった。

 どう考えても、暗殺されるかもしれない私が参加するせいです。すみませんでした。


 それぞれのテーブルは親交のある貴族達で固まっているのか、飲み物を持って来ているらしい貴族は各テーブルに一組だけのようで。

 特に何も言われなかったからお菓子買ってきたけど、このテーブルだけ飲み物なかったらどうしよう――と、思ったところで二人組らしい令嬢が私の前を横切った。


 そのうち一人と目が合う。冷ややかな視線と微かな笑み。

 至近距離の嘲笑とは、なかなか気合入ってるわね――と思いつつ、もう片方の令嬢は無理矢理付き合わされてる感がちょっと感じ取れた。


 この二週間、公爵家といくつかの伯爵家の夫人達や子息の顔と名前を一致させるので精いっぱいで、何処の誰かも分からないけど、そういう気が強い人と友人だと疲れるわよね――と二人組の後ろ姿を見送っていると、その先にこちらに向かってくるマリーとユンの姿が見えた。


 友人の登場にホッとしつつ、マリーが隣に座ってくれたらいいなぁ――と思ってるとマリー達は二人組の前で立ち止まった。


「貴方達……公爵夫人の目の前を通り過ぎておきながら挨拶もしないのは、失礼でしょう?」


 マリーの一言で優雅で穏やかな雰囲気だった空気が一気に静まり返る。


 えっ? その場の空気を一切読まずにセリアとバチバチ対立したり、良い感じの恋人達に一括したりするユンが言ったなら分かるけど、まさかのマリーが――と思ったのは私だけじゃないようで。


「ま、マリー様……」

「も、申し訳ありません……!」

「謝るのは私にではなく、アスカさんによ」


 二人組は叱られるとは思っていなかったのか、見てるのが可哀想な位に動揺している。

 そして私が何か言うより先に二人は私の方に頭を下げて、聞き取れる位の声で私に謝罪した後、視線を合わせずに自分達の席に戻っていった。


「大丈夫ですか? アスカさん」

「あ、ありがとう……私は大丈夫だけど、マリーは」

「私も平気です。失礼をしたのは向こうですし……ヒソヒソされるのには慣れてますから」


 マリーの笑顔に、リビアングラス邸にいた頃マリーとレオナルドの馴れ初めの話を聞いた事を思い出す。


 その時、レオナルドの前に婚約していた人の妹に悪い噂流されて、肩身狭い思いをした事あるって言ってたっけ。

 今微笑んでいるマリーが過去に辛い思いをしていたと思うと、胸がキュッとなる。


「アスカさん、隣座っても良いですか?」

「あ、どうぞどうぞ! マリーが隣だったらいいなぁって思ってたの! すごく心強いわ!」

「良かった……私も昔、一人で辛い時に友達に助けてもらったんです。だから私も、困ってる友達は助けたくて。心強くなってくれるの、嬉しいです」


 女神かな? こういう時に向けられる優しさって、いつも以上に心に染みる。

 私もマリーに何かあったら助けよう。守りたい、この優しさ、この友情。


 でもマリーと隣同士になるとセリアとユンがまたバチバチするかな――とちょっと思ったけど、この二人、喧嘩はするけどお互い避けたりはしないのよね。

 プロ意識も強い二人がこんな場で醜い喧嘩を繰り広げたりはしないでしょ――と、気にしない事にした。

 

「さ、ロザリーとミモザ様も」


 マリーが手招いた先で、少女漫画に出てきそうな見事な金髪縦ロールのお嬢様と、髪を纏めた貴婦人がこちらに近づいてきた。


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