第8話 六茶会・2
立派な縦ロールの女の子は見覚えがある。確か、レオナルドの異母妹のロザリンド嬢だ。
リビアングラス邸で、レオナルドに魔道具越しに魔力注がれてた時に卑猥だと騒がれたリ、ダグラスさん来た時に拘束されたりした記憶がある。
彼女の隣に立つ、凛とした貴婦人はセリアから貰った資料に載っていた。
(そういえば……私、あの時の事まだ謝ってないのよね)
ダグラスさんが来た時、ロイに乗ってリビアングラス邸を逃げ回った事へのお詫びもそうだけど、数週間衣食住のお世話になった家の人にお礼も言ってない。
今更ながら(私、凄く失礼な事してるんじゃ?)と罪悪感にかられて、立ちあがる。
「えっと……ミモザ様、ロザリンド様、先日はリビアングラス邸にて色々とお騒がせしたりご迷惑をおかけしたりして、本当にすみませんでした」
リビアングラス邸でのあれこれを思い返しながら深く頭を下げると、私達の周りで小さなどよめきが起きる。
「……公の場で私達に頭を下げるのはやめなさい」
「えっ……?」
意外な言葉に思わず顔を上げると、二人が目を細めて私を見据えていた。
落ち着いた声質からして、今の台詞を言ったのはミモザさんの方。
「公の場で公爵家の人間が他家に対して謝る……それはとても重い意味を持つのです」
「……?」
続けられた言葉にピンと来なくてマリーの方を見ると、私の気持ちを察したように念話で囁きかけてくれた。
『アスカさんは公爵夫人です。理由はどうあれ、こういう人の多い場所で私達に頭を下げたら、リビアングラス家が上、セレンディバイト家とダンビュライト家とアイドクレース家が下、という図式が成り立ってしまうそうなんです……私もまだ馴染めない風習なんですけど』
「そ、そうなんだ……」
うわぁ、貴族の世界ってややこしい――と思ったけど、そこは必死に抑えて相槌を打つ。
「私達は公爵家に上も下もない、対等なのだと配下達にも言い聞かせているのですが、他の公爵家にへりくだられると誤解する者もいるのです……今後、社交の場に出るおつもりなら、振る舞いにはくれぐれもお気を付けなさい」
「そもそも、礼を欠いたのはこちらも同じ。異世界から来て間もない貴方にこちらの価値観を押し付けてしまった私達にも非があるわ」
価値観を押し付けてしまった件――多分、卑猥な魔道具の件だろう。
確かに、卑猥だ何だと騒がれた時は結構凹んだけど、ロザリンド嬢もその辺気にしてたんだ。
「それに……貴女のお陰でマリー義姉様がリビアングラスの後継者を宿せた訳だし。一応、感謝しているのよ。一応、ね」
ツンとしつつもフォローしてくれる――そう言えばこの子、リビアングラス邸にダグラスさん来た時も、私が食欲無い事気にかけてくれたっけ。
視線を逸らしてポソッと呟くその仕草も照れ隠しのようで、つい顔がニヤつくと
「か、勘違いしないでよね! 貴方を認めたとかそういう話じゃないから! 異世界人だから、なんて言い訳、そう何度も通用すると思わないで!」
「は……はい」
ツンツンな言葉が重ねられてしまって反省しながら、再び席に着く。
ロザリンド嬢とミモザさん、二人の言い方と態度は厳しいけど――私に公の場での振舞い方を教えてくれる辺り、この家の人達って本当良い人だわ。
リビアングラス家の一品は蜂蜜とレモンの果汁を混ぜたゼリーをタルト生地に流して固めた、レモンタルトだった。
蜂蜜がかかったレモンの輪切りがいい感じに並べられてて、涼やかで美味しそう。
「マリー達は懐妊パーティー、いつ頃する予定なの?」
「桃の節に開こうって話にはなってるんですけど、日取りがまだ決まらなくて……決まったら招待状送りますね!」
「ありがとう、楽しみにしてる!」
取り分けられていくレモンタルトとブラウニーを眺めながらそんな話をしていると、ホール側の方で再びどよめきが起きた。
青や水色を基調にした様々なデザインのドレスの、見覚えのある貴婦人達が入って来る。
「ご機嫌よう、青の麗しき夫人達……また時間ギリギリのお出ましですか」
ミモザさんの痛烈な一言に物凄く嫌な予感がする。
「……私達が時間丁度に来る事に、何か問題ありましたでしょうか?」
一切表情を変えずに無表情で返す、装飾を極力抑えたローブの様なシンプルなドレスを纏うのが、エリザベート第一夫人。
「公爵夫人たるもの、貴族の見本となる振る舞いをすべきです。貴方方は他の家と違って、やればできるでしょう?」
「貴族の見本……貴族の見本となる振る舞いをすべきと仰るなら、
この空気、ユンとセリアで慣れてるけど、公爵家も同じなんだな――いや、思いっきり公の場で堂々とバチバチする辺り、公爵家の人達の方が質が悪いかもしれない。
「ミモザ夫人、何であんな事言うのかしら?」
「簡単です。私達の事が嫌いだからです」
きょとんとした顔で疑問を呟く、フリル沢山のドレスを纏った薄紫色の髪と目を持つ可愛らしい女性はネクセラリア第四夫人。
問いに端的に返したのは膝下からスカートが分かれて小麦色のスラっとした足を出した、深い青の目の元気そうな女性は確か――リオネラ第二夫人。
「エリー、ネクちゃん、リオちゃん……この人達はね、敵意も悪意も無いのよ。ただ良かれと思って言っているの。深く考えずに聞き流せばいいのよ。絡むと延々続いちゃうから」
優しいようで一番失礼な事を言っている、胸元開いたマーメイドドレスの水色の目の色っぽい美女はオフェリア第三夫人。
「……相変わらず、嫌味な方々」
ほとほとウンザリしたような表情で視線を逸らすロザリンド嬢――最初に喧嘩売ったの貴方のお母さんだけど――と思いつつ、それを言っても仕方ない世界なのはもう分かっている。
触らぬ神に祟りなしの精神で黙ってラリマー家の方々が座るのを見守っていると、私の隣にオフェリアさんが座った。
座ってもドレスの滑らかなシルエットは保たれていて人魚のようで、かつて骨盤が悲鳴をあげた苦い想い出が蘇る。
「貴方達と面と向かって挨拶するのは初めてね。私はオフェリア・シェラ=アクアオーラ・フィア・ラリマー。アクアオーラ侯シアンの姉です」
「あ……は、初めまして。
慣れない名前を名乗りつつセリアの反応を伺うと、セリアはいつもと変わらない笑顔で深く頭を下げた。
オフェリア様の視線がセリアに移り、頭から足元まで観察した後、再び口を開く。
「貴方が噂のセリアさんね……本当に、綺麗な瑠璃色の魔力を持っているのね。まさかあの子が瑠璃色の子に惚れ込むとは思わなかったけど……」
「私も、困惑しております。あの方の事を考えると胃も痛みますし、いったい何の因果かあるのか……」
「まあ……それはお気の毒に。弟を恨んでる女性も少なくないだろうから、きっと呪われているのね。酷いようなら祓ってもらうと良いわ。それはそうと、貴方には
「お気持ちはありがたかったのですが、私はアスカ様をお守りする役目がありますので。アスカ様の席から離れる状況は避けたかったのです」
「あら……働き者なのねぇ。毎日毎日、朝から夜まで働く生活なんて私には考えられないわ。まぁいいわ。シアンの事、よろしくね。どうしようもない弟だけど、私の唯一の肉親だから」
セリアにそんな招待状が送られていた事なんて知らなかった。
私を優先してくれるのは嬉しいし、専属メイドとしてのプロ根性も本当凄いと思うけど、一ヵ月おきに職場が変わる労働環境はどう考えてもブラック過ぎる。
主として、何かできる事は無いかな――と考える中、ある事に気づく。
「あれ……? ルクレツィアは来てないんですか?」
「ええ。ルクちゃんは今、ウェスト地方の別邸にいるから。そうそう、今日のお土産もルクちゃんが選んだのよ」
オフェリアさんが従者の人達に目配せすると、クローシュを被せたお皿がテーブルに置かれた。
クローシュを取ると、半透明の青く薄い花びらが幾重にも重なった花が綺麗に並べられている。
「綺麗でしょう? これ全部飴で出来てるのよ」
一つ一つ取り分けられて近くで見ると、花の筋まで丁寧に作り込まれていて、その美しさに見惚れる。
でもこれ、どうやって食べるんだろう――と思っていると、ネクセラリアさんが手でひょいっと花びら部分を摘まんで、口に入れた。
その姿につられて一枚手に取って食べてみると、舌の熱でじわりと溶けていく。
少し爽やかな風味がついた、綿あめみたい――と思っているとマリーの声が頭に響いた。
『アスカさん、まだ始まってないです……!』
『ごめん、つい……!』
ネクセラリアさんも他の夫人に叱られて手を引っ込めたみたいだけど、悪い事をしたと思ってないのか、ニコニコしている。ちょっと怖い。
ロザリンド嬢が私とネクセラリアさんに視線を向けた後、ミモザさんの方に視線を移した。
「お母様、時間になりましたが……どうしましょう? 前回はリアルガー家が遅刻して大分待たされましたけれど」
「そうね……前回悪びれもせずに『私の事は気にせず始めていたら良かったのに』と言われましたからね……食欲を我慢できない方達もいますし、始めてしまいましょう」
チクリと嫌味を呟いた後、ミモザさんは立ち上がり、挨拶を始めた。
こういう何十人と集まっている場で堂々と音頭を取れるのって、一種の才能だと思う。自分にはこういう役はとてもじゃないけど無理だ。
広いサロンによく通る声で話すミモザさんが挨拶を終えて席に着き、周囲が賑やかになる中、ふと疑問を抱きマリーに問いかける。
「そういえば……六茶会には皇后様とか皇太子妃様って出ないの?」
主催者が挨拶するのは全然おかしな事じゃないんだけど、皇城で主催するなら、皇家からも挨拶があってもいいんじゃないだろうか?
そんな疑問に答えてくれたのはマリーじゃなくてミモザさんだった。
「……過去の六茶会では皇后や皇太子妃が出ていた時代もあったそうです。ただ、今はどちらも不在ですから」
「え……リヴィさんは?」
ミモザさんの返答に疑問を抱いて、自然と言葉が零れる。
ネーヴェが皇子なら、ネーヴェの母親であるリヴィさんは皇后という事にならないのだろうか?
「リヴィさんは皇后ではありません。皇妃です」
「……? 皇后と皇妃って、どう違うんですか?」
「一言でいえば、正妻と妾……ツヴェルフはこの国の民や貴族を束ねる国母にはなれません。その為、ツヴェルフはどうあっても皇后にはなれません」
確かに『国母』がその国の出身じゃなかったら違和感あるかもしれない。
国どころか世界が違うツヴェルフなら、尚更その違和感は強いだろう。
「ちなみにリヴィさんとシルヴィさんにも声はかけましたが、お二人とも辞退されています。貴方やアマンダさんのように、自ら公の場に出ようとするツヴェルフの方が珍しいのです」
「そ、そうなんですか……教えてくれて、ありがとうございます」
小さく会釈した後、ミモザさんの隣に座るロザリンド嬢が小さく呟いた。
「アマンダさんと言えば……今回はまともな飲み物を持って来てくださるかしら……」
「ロザリー」
「ごめんなさい、お母様……アマンダさん、今回こそ万人向けの飲みやすい飲み物を持って来てくださるかしら……」
「……リアルガー家って結構グルメなイメージありますけど……何持ってきたんですか?」
ロザリンド嬢の不穏な呟きに反応すると、ロザリンド嬢は一つため息を付いて言葉を続けた。
「確かに、美味しい物、ではあったのだけど……生理的に無理と言うか……」
「ブラッド&ブラッドという、レッドタートルと赤角トナカイの血を混ぜた、ノース地方伝統の飲み物です。大分前の六茶会ではかなり度数が強いお酒を持って来たそうで……」
全てを言いたくないロザリンド嬢をフォローするようにマリーが言葉を繋げた。
「人も持ってきた物にあれこれ言う位なら、リビアングラスの人達も自分達用の飲み物持ってくればいいのに♬ 文句言って嫌々飲むの、おかしくて笑っちゃう♪」
そう言ってネクセラリアさんが従者を手招いてティーカップに青い液体を注がせる。
多分、前にヴィクトール卿が入れてくれたハーブティーと同じ物だ。
「色の忌避感以外の理由で持ってきてくれた物を頂かないのは失礼です。貴方には分からないでしょうけれど」
「嫌々食べられるくらいなら、食べなくてもいいわ♬ 手が付けられてなければ他の人に食べてもらえるし」
私、もし自分が頼まれて用意した物を誰も食べてくれなかったら間違いなく凹むから、どちらかと言えばミモザさんよりの思考だけど――ネクセラリアさんみたいな思考の人もいるのよね。
「そもそもリビアングラス家とラリマー家がお互いの色に抵抗があるから、一つしか置けない飲み物はリアルガー家にお任せしてるってのも不思議な話よね。それで文句言う位なら、公爵家のテーブルは各自飲み物持参にすれば……って、あら。噂をすれば」
オフェリアさんの最もな発言に頷きかけた所で、また、サロンに小さなどよめきが起きた。
女性達が見据える方向に視線を向ければ、赤い液体が入った一升瓶らしき物を抱えたアマンダさんと、マリーと同じようにお腹に負担をかけないドレスを纏ったアンナが見えた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
※更新が遅くなり申し訳ありません。諸事情でしばらく隔日更新が難しくなりそうです。
一週間に二回、最低でも一回更新出来たらいいなぁ位の気持ちで書き続けたいと思っていますので、気長にお待ち頂けたら幸いです。
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