第9話 六茶会・3


「遅れてすみません……!」


 アンナが丁寧に頭を下げる中、アマンダさんは平然としている。

 相変わらず胸元と太ももを曝け出した露出高めな服と言い、女戦士は強い。


「今回の飲み物はどういった物か、頂く前にお聞きしてもよろしいですか?」

「私の故郷の飲み物で……木苺に砂糖を入れて煮込んだ物にとろみをつけたもので、キセリと言います」


 セリアがティーカップに注いだそれは赤くて、潰れた木苺っぽいものが浮いてる。

 周りがちょっと躊躇している中、アンナが用意してくれた物なら変な物が入っている可能性は無いだろう、と抵抗なく口を付ける。


 ドロッとした、飲み物らしからぬ独特の喉越し――これ、何処かで飲んだ事あるような――ああ、葛湯くずゆに近いかも。

 味は甘酸っぱい――より甘め。


 試しにブラウニーと一緒に飲んでみると、ほろ苦さと甘酸っぱさがいい感じに引き立てあって美味しい。


「お菓子と合うわね、これ!」

「ええ、デザートのソースに使ったりもするんですよ」


  私の反応を確認して問題なさそうと判断したのか、周りの人も口を付け始めた。見回した限り、戸惑っている人もいるようだけど嫌悪感まで示している人はいない。


「独特の喉越しが気になりますが……普通ですね」

「す、すみません……」

「いえ、責めているのではありません。こういう場では奇をてらった物より、食べやすい普通の物を用意して頂いた方が助かります」


 どうやらミモザさんもお気に召したみたいで、アンナはホッと安堵の息をついた。


「リアルガー家から謝罪が聞けた上に、まともな飲み物が来て……これだけでも六茶会を開いた甲斐がありましたね」

「良かったわね、マリー義姉様。次の代のリアルガー夫人はある程度常識がありそうで」


 リビアングラス家の二人から暗に酷い事を言われてるアマンダさんは気にした様子もなく取り分けられたお菓子を食べ、そんな貴婦人達をラリマー家の方々が冷めた目で見ている。

 この雰囲気、ちょっと慣れないなぁ――と改めてお皿に乗ったスイーツに目を向けると、


「……それじゃあ、一通り食事が揃った所で私達も動きましょうか」


 ラリマー家の夫人達が一斉に立ち上がり、取り分けられたお皿とティーカップを浮かせて席を離れた。

 周りを見れば他の貴婦人達も何人か立ち上がったり、席を変わったりしている。


 六茶会が始まったら、普段会わない貴族達とも広く親交を深める為に自分の食事や飲み物を持って動き回ったり、空いている席に座ったりしてもいいらしい。

 もちろん、自分の椅子にずっと座っていても問題ない。


 テラスの方には談笑用のテーブルがいくつも用意されているけれど、既に埋まってしまったようで、立ち話している人達もチラホラいる。


 私達みたいに従者が傍にいない貴婦人達が片手にお皿、片手に飲み物持った状態でどうやって食べるんだろ――と思ったけど、立ち上がってる人達は片方を宙に浮かせていた。


(なるほど……皆、魔法を使えるから問題ないのか)


 こうして見ると赤系統や黄系統の人が浮かせているお皿はふわふわ上下していて、青系統の人達のは全然揺らがない辺り、得意不得意がよく分かる。


『アスカ様、どうしますか?』

『うーん……不用意に動くより、ここにいた方がいいかなぁ』


 ラリマー家の人達が離れた事で、先ほどまで漂っていたピリッとした雰囲気が緩んでいる。

 マリーやアンナが傍に居るこの雰囲気なら問題なく過ごせそうだし、そもそも私、立ち上がった所で誰にどう声をかけるか全然思いつかない。


(一度でも話した事のある人や、面識が無くても接点がある人相手ならに軽く挨拶して、そこから話に繋げる事が出来るけど……)


 話した事も接点も無い人達に話しかけるのって、余程大切な目的がない限りかなり難しい。


 そしてやっぱりチラチラとこちらに向けられる、あんまりいい感じじゃない視線はこちらから積極的に動く気力をゴリゴリ削って来る。

 下手に動き回るよりはここでマリーやアンナとお喋りして時間が過ぎるのを待った方が良い気がした。


『了解しました。私も壁際の方が状況を把握しやすいですし、その方がよろしいかと』


 セリアの同意も貰い、マリーとアンナとお菓子の感想を言いあったりして穏やかな雰囲気が流れる中、ふと、二人に聞いてみたかった事を思い出す。


(場所が場所だけに、ここじゃ聞けないか……)


 マリーもアンナも性経験積んでるんだろうけど――流石にこんな所で下世話な話が出来る状況じゃない。

 なまじ二人の相手レオナルドとアシュレー――とも面識があるだけに、三人だけの場所でも聞けないかも知れない。


(あ、でも……あの話ならギリギリ出来るかも)


 こうして話せる機会がいつ来るか分からない、と自分に言い聞かせてマリーに問いかける。


「ねえ、マリー……私、シルヴィさんに一つ聞いてほしい事があるんだけど」

「何でしょう?」

「あの……ル・リヴィネの民の子って、思念や記憶を読み取る能力を受け継いでるじゃない? あれって読み取られるの恥ずかしくない?」

「あ、そうですね……確かに、恥ずかしい時もありますけど……」


 マリーはピンときたようで、少し声量を落として言葉を続ける。


「でも……レオは読み取った時、自己申告してくれるんです。滅多にないですし、あまり気にした事ないです」

「そっか……いいなぁ。私、どうにも恥ずかしくて。手袋以外の方法でどうにか防ぐ方法ないかシルヴィさんに聞きたかったの」


 滅多にない、と言われてもその滅多にない事が起きたらとんでもない事になりかねない訳で。

 重いため息を付くと、マリーは眉を下げて同情してくれた。


「そうですよね……私、レオに思念や記憶を読まれて困る事ってあまりないですけど、アスカさんはクラウス卿やアイドクレース家の公子の事もあって色々大変そうですもんね……」


 別に、クラウスやヒューイに対する感情は読み取ってもらっても構わないんだけど――世界崩壊の事が言えないだけに、そこを否定すると『じゃあ何を隠したいのか?』と言われそうで頷くしかない。


「そうなのよ……ダグラスさんも『自分を一番に愛してくれるなら』って重婚自体は認めてるけど、私が他の男の人の事とかその人の子どもの事考えてたら、絶対面白くないと思うの」

「重婚ならではの悩みですね……」

「あの……マリーさんも出産刑のノルマを背負われていますよね? いざ実際に他の方と契られた後、レオナルド卿に思念を読まれるのは辛いのではないですか?」

「それが……レオが私が背負った分のノルマを他の人工ツヴェルフに移せないかと頑張ってくれてて……」


 アンナの問いかけにマリーがはにかみながら小さく呟く。


 私の本来の出産ノルマが10人。でもダグラスさんが人工ツヴェルフ化の条件にマリーとルクレツィアに3人ずつノルマを肩代わりさせた。


 お陰で私は恩赦も含めて3人――それも一応相手を自分で選べた。それでもキッツいけど、元々の10人って数を考えると、凄くありがたい状況だと思う。


 だけど、ノルマを肩代わりされたマリーとルクレツィアが気の毒で。

 ルクレツィアは『アーサー様と結ばれる為なら他に二人の男を契る事など些事!!』と凄く乗り気だったから罪悪感をそんなに感じなくて済んだけど、マリーに対しては正直罪悪感が凄い。


 人工ツヴェルフを増やしてノルマを分散させられるなら、マリーが助かるのはもちろん、他の人達もメリットのある相手と契れて良い感じに解決するかもしれない。


「私も全力で協力するわ。と言っても、ダグラスさんとクラウスに協力をお願いする事しか役に立てないけど……」

「いいえ、すごく助かります……! ツヴェルフ化は漆黒と純白の力を持つお二方の力があってこそですから」

「そう言えば、アンナにはアシュレー以外との縁談の話って来てないの?」

「ユーリさんやソフィアさんが地球に帰られた時、アシュレーが協力した事で『リアルガー家が責任取れ』と私に縁談が殺到していたそうなんですが……人工ツヴェルフの報道がされてから全て撤回されて、今は平和です」

「そっか……いいなぁ。好きな人とずっと一緒にいられるの」


 クラウスと過ごす時間も、悪い訳じゃない。

 ただ、好きな人と一緒に過ごす時間は、家族や仲の良い人達と過ごす時間とはまた違って。

 ダグラスさんと館でゆっくり過ごすのも良いし、またどこかに出かけたりもしたい。

 色んな出来事を、あの人と共有したい。


「ねえマリー、桃の節って星鏡や祝歌祭みたいな素敵なイベントないの?」

「そうですね……桃の節なら、温泉とか……」


「ご機嫌よう、アスカ様」


 マリーの言葉を遮るように凛とした高い声が響く。


 声がした方を振り向くと、絹の様に細く長い銀髪と、透き通るような肌にやや黄色味を帯びた銀色の目の美少女が、こちらに向かって微笑んでいた。


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