第4話 色んな心構え・1
ネーヴェとリチャードを見送った後、以前自分が使っていた部屋に入る。
視界に飛び込んでくる天蓋付きの大きなベッド。窓から差し込む陽射しに照らされたテーブルに椅子が二つ。
鏡台もクローゼットも以前と何一つ変わっていない。
懐かしさを感じながらセリアが運んでくれたトランクケースから衣服を取り出して、クローゼットにかけていく。
とある服を手にした時、クラウスが怪訝そうにつぶやいた。
「……何、その服?」
「これ? ルクレツィアがヒューイとお見合いした時にプレゼントされたらしいんだけど、もう着ないからってくれたの。可愛いし軽くて動きやすいから、結構気に入ってるのよ」
「……ふーん」
「これなら六茶会でも着ていけそうだけど……やっぱり、黒か白じゃないと顰蹙買うわよね……」
公爵の伴侶達がメインのお茶会となると、いつも着てるブラウスにベストにズボン、なんてラフな服装は流石に駄目だろう。
丁寧な刺繍が縫い込まれて高級感漂うこれなら――と思ったけど、色的にダグラスさんもクラウスもヒューイも貴族達も「は!?」ってなるのが目に見える。
「そう言えばセリア、六茶会っていつなの?」
「六会合に合わせて、ですから今節は2週間後です。祝歌祭の3日前になるかと」
「2週間後……なら来週セレンディバイト邸に戻った時にドレス持ってくれば十分間に合うわね」
「……え、飛鳥、六茶会出る気なの?」
クラウス、セリア、ロイ――皆の視線が私に集まる。
「まだ決めた訳じゃないけど……出ても出なくても嫌な事になるなら、こっちにメリットがある方を取りたいなって」
「メリットって……出たら暗殺されるかもしれないんだよ? 六会合も同時に開かれるから飛鳥に何かあっても僕はすぐ駆け付けられないし、絶対出ない方がいいよ……!」
「まあまあ、クラウス様……今お茶を入れましたので、ゆっくりしてください。アスカ様も、荷解きは私に任せて」
セリアの優しい言葉に甘えて椅子に座り、温かいお茶を頂く。
向かい合って座るクラウスが部屋一帯に防音障壁を張り、周囲を気にせずに話ができるようになった所で、表立って言えない話を切り出した。
「クラウス……シャニカの記憶、何処まで解析できた?」
「……三分の一くらいは解析できた。でも読める記憶が断片的な事もあって、飛鳥に言えるような情報は全然……せめて、記憶の中の思考も読めたら良かったんだけど」
「そう……」
シャニカの説得に失敗してしまった私達は、クラウスとラインヴァイスが複製したシャニカの記憶を解析して、今後の助けになる情報がないか探る事にした。
でも人の記憶は膨大で、映画みたいに知りたい部分だけ都合よく見られる、なんてものではないようで。
シャニカの記憶が何重にも張り付いているという状況も相まって、なかなか上手くいかないようだ。
「ねえ、クラウス……世界崩壊の事、ダグラスさんにも皇家にも言わない……って、サウェ・ブリーゼでヒューイと決めたじゃない?」
「うん……世界崩壊の事を説明するには、時戻りの針やジェダイト家の事も説明しないといけない。そうなったらジェダイト姉妹はまず消されるし、あいつも僕も飛鳥も皆危険視されるから伏せよう、って話になったね」
そう――今の時点で、世界崩壊の原因がダグラスさんの暴走、って事だけは分かっている。
それを皇家や他の公爵家に正直に言ったら、私達まるごと危険視されてしまう。
だから現時点で世界崩壊の危機を知ってるのは私達とヒューイ、モニカさん、アクアオーラ侯だけ。
ダグラスさんが暴走する前に起きるらしい、ヴィクトール卿の死による帝国の襲来については事前に調査して予兆を掴んで、被害を最小限に食い止めよう、って話になってるけど――そこから先、何が起きるかはまだ何も分からない。
「シャニカから情報を得られず、記憶からも手掛かりが掴めない……つまりダグラスさんが私との夫婦喧嘩の末に暴走するのか、別の理由があって暴走するのかも分からない訳じゃない? ダグラスさんとはなるべく喧嘩しないつもりだけど、何が原因か未だに分からない以上、他の可能性も探った方がいいと思うの」
「……それで、六茶会?」
「ええ……私に悪意や敵意を持ってる貴族の中には、暗殺しようと企んでる人がいるかもしれない。そういう人達が発端で私が致命傷を負って、クラウスが私をさらってダグラスさんが暴走する……なんて可能性もあると思う」
ダグラスさんは今こそ落ち着いてるけど、私に何かあれば暴走しそうな感じはヒシヒシと感じる。
クラウスも前に、もし私の身に何かあったら絶対ダグラスさんの所に帰さないみたいな事言ってたし。
「六茶会に出たら暗殺危機、出なければ貴族の不満が一層高まる……どっちも嫌よ? でも少なくとも六茶会に出れば私に敵意を持っている人達を、この目で確認できる」
「平民や賊なら、悪意も敵意もあからさまに分かるだろうけど……相手は貴族だよ? 負の感情を隠して笑顔で話すのが得意な人が多い」
「……でも、クラウスやダグラスさんがすぐに助けに来れない場所なら? もし私が貴族に侮られているとしたら? 表面上は綺麗に取り繕っても、私を傷つけようとする人がいるかも知れないわ」
全部を見抜ける自信はないけど――これまで何度かツヴェルフ嫌いと遭遇したお陰で、敵意や悪意、殺意の感覚は何となく分かる。
相手の敵意や悪意を目の当たりにできる、あわよくば捕まえられるかもしれないチャンスをみすみす逃すのは惜しい。
そんな私の考えに、クラウスは重いため息を付いて肩を竦めた。
「それでも……危険すぎるよ。僕がさっき飛鳥と一緒の部屋がいいって言ったのは、下手に離れたら飛鳥が危険だからだ。僕との縁談を望んでる貴族達の中には飛鳥を邪魔だと感じてる奴らも少なくない……悪意や敵意どころか殺意すらあるかもしれない中に飛び込んでいくのは、あまりにも無謀すぎる」
「大丈夫、私も何の策も無くこんな事言ってる訳じゃないわ」
「僕がすぐ助けに行けるか分からないのに? 飛鳥はもちろんだけど、もしかしたら他の人達だって巻き込まれるかもしれないんだよ?」
他の人が巻き込まれるかもしれない――それは私も分かってる。
私の行動で誰かが怪我したり、亡くなったりするのはもう、嫌。
だから――
「確かに、クラウスはすぐには来れないだろうけど……ラインヴァイスならどう?」
「あ……」
「六会合も六茶会も、皇城で行われる。ラインヴァイスに近くで見守ってもらえば私に何かあっても……あるいは誰かが巻き込まれても、何とかなるんじゃない?」
ラインヴァイスも色んな魔法を使える。クラウスと同じ純白の魔力は、治癒に関して絶大な力を発揮する。
「六会合が色神絶対参加なら、この案は使えないけど……」
『大丈夫! 猫も竜も、よく六会合抜け出してる! 我もたまに抜け出す! 怒られた事無い!』
自分の名が呼ばれたから、と言わんばかりにラインヴァイスがテーブルの上に現れて、両翼を広げた。
「ラインヴァイス……飛鳥の事、お願いできるかな?」
『了解! 飛鳥見守る! 怪しい奴探す!』
「ありがとう。ラインヴァイスが協力してくれるなら暗殺に怯えなくて済むわ」
貴族の暴言は私が聞き流せばいいけど、暗殺は私だけの力じゃ止められない。
でもラインヴァイスがいてくれれば、安心して六茶会に出られる。
ほっと胸を撫でおろした私の前に、クラウスは手を差し出した。
「……飛鳥、僕との結婚指輪、ちょっと貸してくれる?」
「え?」
「ラインヴァイスがいれば死にはしないだろうけど……その指輪に防御壁の祝福を込めておきたいんだ」
「祝福……ああ、装飾品とかに刻まれた、死を感じた瞬間に自動で発動する魔法の事?」
「うん。僕、傍にいられない時も飛鳥を守れないかなってずっと考えてて……祝福の込め方、アクアオーラ侯から聞いておいたんだ。いくらラインヴァイスが治療できるって言っても、飛鳥が痛い思いするのは嫌だから」
「ありがとう、クラウス……是非お願いするわ」
右手の中指に付けておいた純白の指輪を外してクラウスに手渡すと、クラウスは真剣な表情で指輪を魔力で包んだ。
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