第3話 人工ツヴェルフの余波


 皇城にあるツヴェルフの為の部屋は四つ並んでいる。

 クラウスが以前私が使ってた部屋に住んでるなら、私はてっきり隣の部屋を使うもんだと思い込んでたばかりに――一緒の部屋で暮らすという状況にぶち当たって頭がクラクラする。 


 確かに、この部屋は広いしベッドも大きいしトイレと浴室がついてるから、二人で過ごすのも不便しないだろうけど――


「……部屋が同じって事は24時間ずっと私やロイと一緒、みたいなものなのよ? クラウスはそれで大丈夫なの?」

「僕は全然平気だけど。地球にいた時、ずっと飛鳥と一緒にいられて嬉しかったし……一節ずっと離れ離れになるなら、一緒にいられる一節の間はずっと一緒にいたいな」


 確かにクラウスの言う通り、地球では一緒の部屋で暮らしてた。

 ちゃんと家事も手伝ってくれるし、私の言動に対して文句も全然言わないし、恐ろしい位に物分かりが良くなったクラウスと一緒に生活していて、ストレスを感じた事は殆どない。


 でも――一緒の部屋に住んでたって言っても、クラウスはラインヴァイスの上で寝てた訳で。服の脱ぎ着もちゃんと脱衣所でしてた訳で。脱衣所の無い部屋、同じベッドはかなりハードルが高いというか。


(とは言え……現状、居候の身で皇家に『私の為にもう一部屋用意して』って言うの、物凄く気が引けるし……)


 悲しいかな、人に迷惑をかけてはいけないと幼い頃から言い聞かされてきた身としては、こんな状況で絶対我儘言えない。


『……飛鳥、もしかして僕と一緒のベッドで寝るのが怖い?』


 私の不安を察したかのように、クラウスが心配そうに念話で問いかけて来た。


『……ごめん。ロットワイラーから脱出した時、宿屋のベッドで一緒に寝た事あるのに今更って感じだと思うけど……』

『謝らなくていいよ。僕まで警戒されるのは寂しいけど、男に警戒心がでてきたのは良い事だから。それに……飛鳥に無理してほしくない』

『ありがと……後、ここ部屋と浴室が直通で、脱衣所無いのも、ちょっと……』

『あ……そっか。それなら、飛鳥がお風呂入る時は一時間くらい外出るようにするよ。寝る時も地球の時みたいにラインヴァイスの上で寝る。これでどうかな?』

『気持ちは凄くありがたいけど……そこまで一緒の部屋にこだわるなんて、何かあったの?』


 妙に食い下がってくるクラウスに疑問を抱いて問いかけると、


『僕が一緒にいたいっていうのが一番なんだけど……飛鳥に別の部屋を使われると困るんだよね』


 困ったように頬を掻くクラウスの後ろから、見慣れた人達が歩いて来るのが見えた。

 灰色のローブを纏ったネーヴェと、ミカン箱くらいの木箱を抱えたリチャードだ。


 ネーヴェは私がこの世界に召喚された時、ツヴェルフの管理役を任されていた黒髪と透き通るような水色の目が綺麗な男の子だ。


 神官長の孫だとばかり思ってたら、実は皇孫――いや、今は皇太子が皇帝になったから、皇子様か――で。

 真面目で淡々とした性格は合わないなぁと思うけど優しくて年相応な面もあって、何より私達が地球に帰れるように何度も協力してくれた、ありがたい少年だ。

 

 隣のリチャードは明るい茶髪と黄土色の目の、結構顔立ちが整った侯爵令息だ。

 私と一緒に召喚されたツヴェルフソフィアに一目惚れして、彼女を地球に帰らせる為に異母兄アーサーと戦った実に健気な青年騎士。


 その後コッパー領に里帰りした際、私に剣の使い方や身の守り方を教えてくれた師匠でもあるんだけど――そう言えば、ネーヴェ専属の近衛騎士として皇都に戻って来たんだっけ。

  

 数か月前の事を懐かしんでいると二人は私達の前で止まり、小さく会釈した。

 私もこれからお世話になるんだし、ちゃんと挨拶しないと。


「ネーヴェ皇子、リチャード卿……お元気そうで何よりです。今日からお世話になります。こちらの作法はまだ学んでいる途中で至らぬ所もあるかと思いますが、極力大人しく過ごす所存ですので何卒ご容赦頂きたいと……」

「アスカ、居候の身だからと僕達に無理に敬語を使う必要はありません。今更貴方に敬語で接されると何だか気持ち悪いです」


 ネーヴェの辛辣な返しに顔が引きつる。頭下げてて良かった。

 顔の引きつりが落ち着いた所でゆっくり顔を上げると、無表情のネーヴェと目が合う。

 ネーヴェ、最初に会った頃より少し背が伸びた気がする。

 

「こちらとしては騒ぎさえ起こさなければ、好きに過ごしていただいて結構ですので」

「僕も、アスカ様にそんな感じで話されたら返って気が張ってしまうので……今まで通り話して頂けたらありがたいです」

「そう……? 二人がそう言うなら、楽に話させてもらうけど……ところでリチャード、その木箱何が入ってるの?」


 改めてリチャードが持っている木箱に目を向ける。木箱に蓋はされておらず、中に封書やら厚紙やらがごちゃごちゃ積まれていた。


「ああ、これは各領の貴族達から送られてくるクラウス様への嘆願書や釣り書きです」

「嘆願書……釣り書き?」


 嘆願書は罪を軽くしてほしい、とか支援してほしい、とか、相手に対して要望や願いを伝えるもの。

 釣り書きはお見合いの時に相手に見せる為に自分の経歴とか写真とか載せたもの。


 それぞれ言葉の意味は分かるけど、それらとクラウスが結びつかず。僅かに首を傾げた所で再びネーヴェと目が合った。


「……アスカのお陰でセレンディバイト公とダンビュライト侯が協力すれば、この世界の人間をツヴェルフ化させる事が可能になりました」

「ああ……そう、ね」


 人工ツヴェルフを私のお陰って言われると違和感あるけど、私に課せられた強制出産刑の数を少しでも減らそうとしたダグラスさんが実現させたものだと考えると、一応間違ってはいない。


「だから今、皇国中の貴族が本人、あるいは子息をツヴェルフ化させて、意中の貴族と結ばれようとしているのです。ツヴェルフ化にはダンビュライト侯の協力が絶対不可欠ですから」

「あ、公爵家の直系とツヴェルフ化した状態で契れば産まれる子は色神を宿せるってやつ……?」

「公爵家の直系に限った事ではありません。例えば侯爵家は僅かな色合いの差は受け入れられますが、例えば紫色……マリアライト家ではパッと見紫色に見える魔力の子には継承権がありますが、赤紫や青紫など、色合いによっては継承権が持てません。ですが、相手がツヴェルフ化すれば確実に紫色の子が産まれる」


 そう言えば、侯爵家が管理している大魔道具って反応する魔力の色が決まってるんだっけ。

 パッと見紫――なんて微妙な色合いで左右される位なら確かにツヴェルフ化した人と子作りするのが確実よね。


 「色神や大魔道具に限らず、特定の魔力だからこそ反応する武具や魔法を受け継いでいる家など、自家の色に誇りを持っている家は数多くあります。そういった家の嫡子に色恋や政略で近づきたい家にとって、人工ツヴェルフは夢のような存在なのです」

「へぇ……それで、釣り書きは?」

「クラウス様と縁を持ちたい貴族から送られてくるんです。嘆願書と半々の割合ですね」

「え……?」


 クラウス、私と結婚してなかったっけ――? と思ってクラウスの方を振り返ると、焦ったようにクラウスが首を振った。

 

「ご、誤解しないで、飛鳥……! 僕は飛鳥以外興味ないから全部断って、って言ってるんだけど『ダンビュライト家を復興させるつもりならどんな手紙も目を通すだけ通して、自分で断りの返事を書かなければ』って言われてて……!」

「この国では重婚が認められていますので、恋愛婚している方に政略婚を打診するのは珍しい事ではありません。皇家は国の混乱を防ぐ為、教会や治癒師ギルドの管理など、本来ダンビュライト家が担うべき責務は引き受けていますが、流石に個人の縁談までは面倒見切れません」

「……そりゃそうよね。ねえ。こういうのってダグラスさんにも送られてるのかな?」

「二人の力が揃ってのツヴェルフ化ですから、恐らくは。釣り書きも全く送られていないと考える方が不自然です」

「ふーん……」


 ダグラスさんもヨーゼフさんもそんな素振り全然なかった。

 言われた所で反応に困るし、言わないでくれたのも優しさだと分かるけど――こうして他人から隠し事を明かされた気がするのは――少し、寂しい。


「……で? いつもは他の人達が持ってくるこれを、今日に限って君達が持ってきたのは何か理由があるんでしょ?」


 リチャードから木箱を受け取ったクラウスが眉を潜めると、ネーヴェが小さく頷いた。


「ええ。今日はアスカに六茶会に参加するかどうか確認しに来ました」

「……六茶会?」

「六会合の日に合わせて皇城で不定期に行われる、公爵の伴侶達が主催する茶会です。僕もこの間初めて見たんですが伴侶達と仲の良い方々が数多く参加して、皇城のサロンの1つとテラスを開放して……なかなか賑やかでしたよ」

「へぇー……」


 公爵の伴侶達のお茶会――高貴な貴婦人達が集まって優雅にお茶をする姿が頭に浮かぶ。

 あるいは、偉い医者や政治家の奥さんが贅沢な茶会を開いてて何か凄いピリピリしたやりとりをしているのをドラマで見た事あるけど、そんな厳かな感じだろうか?


 どちらにせよ、私がそこに混ざるのが今いち想像できない。今の公爵夫人達とは歳も住んでた世界も違うから、話とか絶対合いそうにないし。


「……それ、絶対に出ないと駄目?」

「絶対ではありません。アイドクレース家の夫人達はこれまで一度も出た事ありませんし、ダンビュライト家とセレンディバイト家の伴侶も数十年出席していません。ですのでアスカが出たくないのであれば不参加で全然問題ありません、と言いたいのですが……」


 含みのある言葉に嫌な予感がした所でネーヴェが息をついた後、再び言葉を紡ぐ。


「貴族のアスカに対する評価は最悪で……特に、先日のヒューイ公子の一件で貴族達の不満が一層高まっています。前回の六茶会で交わされた会話の半分は貴方やツヴェルフ化に関する話だったそうですし、このままセレンディバイト公やダンビュライト侯の陰に隠れているようでは、いずれ貴族の不満が爆発するかと」

「うわぁ……」


 つい絶望の声が漏れる。

 新聞で書かれていた事もそうだけど、今の話を聞いていたら不満が高まるのも分かる気がする。


 やっと自分達も次代の希望を埋めるようになったのに、ポッと出の異世界人にハイスペックな男達を搔っ攫われるの面白くない――次のチャンスは子どもが大きくなる20年後くらい、と考えたら、そりゃ物凄く面白くないだろう。


 いきなり召喚されて子づくり押し付けられた身からしたら、急にそんな事言われても「そんなの知らんがな!!」としか言いようがないんだけど。


 三人目の子作り相手をヒューイにしたの、失敗だったかも知れない。貴族達の不満なんて全く考えてなかった。

 とはいえヒューイを3人目にしなかったらシャニカの件は解決しなかったし――腕を組んで深いため息を付いていると、セリアが私の前に出た。


「ネーヴェ様、僭越ながら申し上げます……人工ツヴェルフが作れるようになった今、この状況でアスカ様が六茶会に出るのは危険ではありませんか? まだ誰の子も産んでいないアスカ様を亡き者にし、ダグラス様達の子を産むチャンスを狙うような悪しき者が紛れ込むかも知れません」

「確かに……」

「もしアスカ様が誰かに殺されれば、ダグラス様が発狂し、魔人化する可能性があります。クラウス様やヒューイ様とて黙ってはいないでしょう。皇家はその際、お三方を止められる自信がおありですか?」


 セリアの進言に数秒の沈黙が漂った後、ネーヴェは淡々と呟いた。


「……無理に参加してほしいとは言っていません。ただ……参加しないならしないで、リスクもあると言いたいだけです」


 皇家がこれ以上騒ぎになるような事を避けたいのはネーヴェの言動からみても明らかで。

 参加したら暗殺危機、参加しなくても貴族達の不満が高まって揉め事が起きる――果たしてどちらを選ぶべきか。


「……その返事、今すぐじゃないと駄目?」

「リビアングラス家とラリマー家から、今回の六茶会にアスカが参加するかどうか知りたい、と貴族達から聞かれているので早く教えてほしいと要請がありましたので……今日の夕方までに返事を頂けますか?」

「分かった。ちょっと考えてみるわ」


 去っていく二人を見送る中、微笑む私の表情とは裏腹に心にズシッと不安が伸し掛かる。


(何だか私、この世界にいると常に命と揉め事の危機に晒されてる気がする……)


 異世界結婚する以上、大なり小なりの問題を乗り越えていかないと、とは思っていたけれど――自分の生命や世界崩壊の危機にぶち当たるなんて完全に想定外で。

 

 『立つ鳥、後を濁さず』の精神で、綺麗に身辺整理して地球を出てきてしまった事をちょっぴり後悔した。


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