第2話 皇城の居候


 セレンディバイト邸で朝食を取った後、ダグラスさんは約束通り私とセリア、ロイをペイシュヴァルツに乗せて皇城まで送ってくれた。


「それじゃ、ダグラスさん……私がいない間ちゃんとご飯食べて、しっかり寝てくださいね」

「……ええ。飛鳥さんもどうか無茶な事はせず、迂闊な外出もせずに大人しく過ごしてくださいね」


 門の前で、門番の一人がクラウスを呼びに行っている間に別れの言葉を交わす。

 ダグラスさんの失礼な言い回し、聞く度にどうにかしたいって思ったんだけど――惚れた弱みってやつだろうか? 私の方が慣れてしまった。


 そう、注意してしょぼんとした顔してほしくないって思うのも、言い合いになって喧嘩したくないって思うのも。

 喧嘩してもすぐ仲直りしたくなるのも。もっと一緒にいたい、離れたくないって思うのも――全部、惚れた弱み。


(一節ごとにダグラスさんとクラウスのいる場所を往復する結婚生活……思いついた時は結構良い案なんじゃないかって思ってたけど……)


 いざ実際ダグラスさんと別れるとなると、思っていた以上に後ろ髪を引かれる。


 一節の間に心変わりされちゃったらどうしよう、とか。

 私がいない間にダグラスさんに何かあったらどうしよう、とか。


 ダグラスさんも別れを惜しんでるようで、ペイシュヴァルツに乗る気配がない。

 それが嬉しい反面、これを何度か繰り返してる内に、いつか余韻もなく颯爽と帰られてしまうんじゃないか――


(……って、駄目駄目、それは考え過ぎ)


 色々悪い方向に考えちゃうのは私自身が不安に思ってるのもあるけど、黒の魔力の影響もある。

 この魔力、私が落ち着いてる時はいいんだけど、私の不安や不満に結構敏感に反応してくる。


(ダグラスさんと生きるって決めた以上、この魔力とも上手く付き合っていかなきゃ……)


 そう思っちゃうのが、一番の弱み。

 一つ息をついて心を落ち着かせていると、ダグラスさんの指が顎先に触れた。


「飛鳥さん……最後に、口づけを……」

『駄目!』


 念話と共に凄い勢いで飛んできた白い何かからダグラスさんが素早く身をかわした。

 白い何かがバサバサと羽ばたきながら鳩くらいの大きさまで膨れ上がった所でラインヴァイスだと分かった。


『今節の飛鳥、クラウスの! お前接触駄目! 接触禁止! 青の節、クラウスも我慢した!』

「くっ……! 憎たらしい愚弟の忌々しい愚鳥が……!」


 ダグラスさん、クラウスと超絶仲が悪いのは分かってるけど、やっぱラインヴァイスとも相性悪いんだ――なんてぼんやり考えてるとクラウスもやって来た。


「あのさぁ……そういうの、ここに来る前に済ませて欲しいんだけど?」


 呆れた声で呟いたクラウスは明らかに不機嫌そうな表情で。

 確かにお別れのキスとかハグとかはセレンディバイト邸で済ませておくべきだったと内心反省する。

 けど、ダグラスさんは反省のはの字も無い表情でクラウスを見下す。


「……貴様、皇城に住み着いて一節、未だに教会の管理も与えられた土地の管理も皇家に任せているようだが、このまま家を復興させずに一生皇城に居候し続ける気か?」

「お前に指図されるような事じゃない」

「生憎、指図せねばならない事だ。貴様がさっさと公爵に戻ると皇家に進言していれば<ツヴェルフ一人につき公爵家は二人まで>という条件を盾に、ヒューイを飛鳥さんの婚約者にしない事も出来たんだぞ」


 ヒューイにはけして結ばれる事が出来ない想い人がいて、その想いを隠すのに私と結婚するのが丁度いい――私はロイド君のように好意を持ってくれる子やアクアオーラ侯みたいにゲスい企みを持ってる人と子作りするより、私にそれほど情がある訳でも無いヒューイと子づくりするのが都合良い。


 って、ダグラスさんに説明はしたんだけど、ダグラスさんは了承してくれたものの納得はし切れていないようで。

 特に、私の三人目の子作り相手がヒューイに決まった事が新聞に載った時、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


 それもそのはず、セレンディバイト家、ダンビュライト家、そしてアイドクレース家――色神を宿す家3つと繋がる事になる私はかつて数々の男達を誑かして戦争を巻き起こしたツヴェルフ、ベイリディア・ヴィガリスタの再来では、と懸念されていた。

 更に、人工ツヴェルフが作れるようになったという状況も災いした。


 人工ツヴェルフを作れるようになってル・ティベル人が次代の公爵達の母となれる時代が来たのに、彼らが器が大きい訳でもない異世界人に執着する理由とは――という、最もな疑問と怪訝に溢れた記事に仕上がっていて。


 記事の最後は<銀色の渡り鳥が運ぶのは、幸福であってもらいたいが――>と締め括られていたから、これを書いた記者はまだ私を敵と見なした訳じゃないんだろうけど、せっかく上がった好感度が下がってしまったのは悲しい。


「ダンビュライト家を公爵から侯爵に落とすよう皇家に進言したのはお前だろ? 自業自得じゃないか」

「落とさないと定期的にうるさくなる奴らがいたからな。奴らに『侯爵家に格下げされてでも出たくない理由があるならもう干渉すまい』と思わせてやった私への恩を仇で返すな」

「仇かなぁ……ロクでもない奴が飛鳥の婚約者になるより、いいんじゃない?」

「ヒューイは貴様と同じくらいロクでもないクズだぞ」


 友人に対して酷い言い草だなと思ったけど、しょっちゅう好みが変わっては女性をとっかえひっかえしていた男性をロクでもないクズと評価するのは至極当たり前だから何も言えず。


「……そんな事より、もう紫の節に入ったんだからそんなに飛鳥に近づかないでくれない? 今節の飛鳥は僕の妻なんだから」


 クラウスの、ダグラスさんの逆鱗に触りまくる発言に肩を落としつつこれ以上の言い合いを防ぐ為にダグラスさんに向き合う。


「じゃあ、ダグラスさん……桃の節に」

「飛鳥さん……どうか、息災で。この男が弱弱しい風貌を利用して同情を誘ってくるかと思いますが、くれぐれもこの男に絆されない様に。貴方に強制出産刑と言う忌々しい刑が課せられた以上最低限の接触は許しますが、貴方が最初に生むのは、私の」

「ダグラスさん、人前でエッチな事言わないでください」

「産む順番をエッチな事として捉えないでください。前々から思っていましたが、飛鳥さんは何でもかんでもエッチな事だと捉えす…………みません」


 私がじぃっと睨むとダグラスさんも小言を言い続ける事を諦めたようで、謝罪に切り替えた。

 うん、私が心の底から嫌だと思ってる時はちゃんと察して謝ってくれるあたり、ダグラスさんもちゃんと成長してくれてる。


 私が睨む前に自主的に慎むようになってくれるのが一番いいんだけど、その辺りは長い目で見ていこう。




「じゃあ、僕達の部屋に行こうか!」


 ダグラスさんとペイシュヴァルツを見送ると、クラウスがさっきの不機嫌そうな表情はどこへやら、楽し気な顔で話しかけてきた。


 そのいかにも邪魔者がいなくなって清々してます! って顔、本当この兄弟を仲良くさせるのは無理だなって思わされる。


「そう言えばクラウスって……前私がいた部屋に住んでるのよね?」

「うん。ダンビュライト邸の復旧資金が貯まるまで住まわせてもらう事になってる」

「……復旧、させるの?」


 さっき、ダグラスさんにはお前には関係ない事と突っぱねていたのに――意外な言葉につい驚きの声を上げる。

 そんな私の反応にクラウスも驚いたようで目を大きく見開いた。


「あ……ごめん、飛鳥だったら絶対賛成してくれるとばかり思ってて……嫌だった?」

「ううん、私もあの家がこれからどうなるのか、ずっと気がかりだったから……クラウスが復旧させるのに前向きなら、凄く嬉しいけど……どうしたの?」

「……飛鳥を地球に返そうしてた頃に、家や白の騎士団を捨てて、すごく楽になった。でも飛鳥が自分の罪に向き合ってるのを見て、僕もずっとこのままじゃいけないって思ってて……飛鳥とずっとここで居候生活ってのも、ずっとあいつに馬鹿にされそうだし」


 私がこの世界に召喚された頃よりクラウスが成長してるのは感じてたけど、私が思っていた以上に成長していたみたいで。

 立派になったなぁ――なんて、つい顔がほころぶ。


「……とは言っても、ダンビュライト家の財産は白の騎士団長が騎士や従者達に分配して、殆どなくなってて。まだお金もあんまり貯まってないから館の復旧はずっと先になりそうなんだけど……飛鳥に頼みたい事が一つあるんだ」

「いいわよ、私に出来そうな事があったら何でも言って! ダグラスさんへの借金とか、私が頼めばちょっと位は融通し」

「あいつには死んでも借金しないよ。そんな事で飛鳥の力は絶対借りない」

「そ、そう……じゃ、じゃあ瓦礫の撤去作業とか……?」


 空から見たダンビュライト邸は以前ダグラスさんが襲撃した跡がそのままになっていて、復旧させるのに3000万くらい掛かるみたいな記事も読んだ覚えがある。


「この間、物を浮かせる魔法覚えたから少しは力になれるかも。人件費も浮くし」

「確かに、飛鳥と二人でダンビュライト邸の瓦礫を撤去するの楽しいかも知れないなぁ……でも、頼みたい事は別にあるんだ。館が復旧したら以前ダンビュライト家に仕えてくれた従者達に謝罪と一緒に、また仕えてくれないかと声かけようとは思ってて……」


 そこまで言った所でクラウスは一旦言葉を切り、視線を伏せて一つ息をついた後、言葉を続けた。


「でも……僕は僕のした事に後悔はしてないけど、ダンビュライト家に仕えてくれた騎士団や、従者達の職を奪ってしまった事には変わりないから。相手から何都合の良い事を言ってるんだって思われるかもしれない。それがちょっと怖くて……だから、謝りに行く時……飛鳥に傍に居てほしいんだ」

「クラウス……」

「……もちろん、飛鳥が攻撃されたりしないように透明化させる。飛鳥はただ、僕を見守ってくれるだけで」

「そんな事しなくても、私はクラウスの傍に居るわ」

「でも」


 誰かに謝るのは、凄く勇気のいる事だ。


 私も地球にいた時――お父さんを撥ねた女性に暴言を吐いた事を謝りに行く時、クラウスとラインヴァイスの存在に大きく助けられた。

 だから今、クラウスがあの時の私と同じように不安になっているなら、絶対支えになってあげたい。それに――


「私も白の騎士団の人達とダンビュライト邸で働いてた人達に凄い迷惑かけちゃったから……私もクラウスと一緒に謝りたい。一人で謝るのは怖くても、二人で謝ると思えば、ちょっと楽になる」

「飛鳥……ありがとう」


 そんなやりとりをかわした後、かつて私が使っていた部屋の前に辿り着く。

 シャニカの記憶がどれだけ解析できたかの確認は部屋に入って防音障壁を張ってからの方が良いだろう。


 その前に持ってきた荷物を片付けようと、以前使っていた部屋の隣――優里が使っていた部屋のドアに手をかける。


「それじゃクラウス、荷物置いた後でそっちの部屋に行くわね」

「え? 飛鳥の部屋は僕と一緒だよ?」

「……え?」

「ネーヴェ君に飛鳥の部屋をどうするか聞かれた時、『地球ではずっと同じ部屋で暮らしてたから一緒の部屋で良い』って伝えたけど……何か問題あったかな?」


 首をかしげるクラウスに、私は言葉を詰まらせた。


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