第5部
第1話 青から紫に変わる日
「今頃、ウェス・セルパンじゃ盛大なパレードやってんだろうなぁ……」
柔らかな日差しが差し込む温室で青々した葉を広げる小松菜に水を上げていると、空を見上げていたヒューイがおもむろに呟いた。
ウェス・セルパンというのはここから西の方にある、ラリマー領の主都。
ラリマー家の人達は青の節の30日に生まれる人が多いから、その日に一族まとめて毎年物凄い規模の生誕パーティーを開いているらしい。
家族の誕生日は程良くバラけてた方が定期的にケーキ食べれていいなと思ってたけど、まとまってるなら普段できないすっごい贅沢をする、っていうのも有りかも知れない。
ラリマー家から送られてきた生誕パーティーの招待状を見てそう思った。
「……あんた達は何で行かなかったんだ? ヴィクトール卿はあんたもダグラスも気に入ってるから招待されただろ?」
「確かにお誘いはあったんだけど……今日って青の節の末日でしょ? 最後の日はダグラスさんとゆっくりしたいと思って……」
そう、明日――紫の節に入ったら、私はダグラスさんの元を離れてクラウスと一緒に過ごす。
どうなるかな、って不安もあるし、セリア曰く私、貴族に結構嫌われてるみたいだし、そんな状態だとルクレツィアもオジサマも気を使わせちゃうんじゃ、とか色々考えてしまってどうしても乗り気になれなくて。
その上ダグラスさんから『出来れば最後の日は家で飛鳥さんとゆっくり過ごしたいです』という後押しもあって、今回は辞退した。
でもせっかくの誕生日という事で、二人のプレゼントをダグラスさんと一緒に買いに行って、不参加の返事と一緒に送ってもらった。
「ああ、そうか……言われてみりゃ、明日はもう紫の節か。あいつ、節が変わった瞬間迎えに来そうだな」
「そんな迷惑な事させないわよ。明日の9時、ダグラスさんに皇城まで送ってもらうから、って伝えてる」
私も日付が変わった瞬間やって来るクラウスとその後の修羅場を想像しちゃったから、その辺は早々に手を打っておいた。
日中の兄弟喧嘩すら困ってるのに真夜中とか、本当勘弁して欲しい。
私の苦笑いに対して、ヒューイは感心したような笑みを浮かべた。
「しっかりしてるな……ところであいつの所にいる間、ここの温室はどうするつもりなんだ?」
「私がいない間、ダグラスさんやヨーゼフさん達が温室を管理してくれる事になったんだけど……私が始めた温室だし、お世話を任せきりなのも悪いから一週間に一回は様子見に来るつもり」
温室を見回すと、いま水をあげた小松菜の他にもベビーリーフとか枝豆とか、収穫にはまだ遠いけど活き活きと緑を主張している。
これを一ヵ月も放置するのは流石にちょっと野菜達にも申し訳ない。
支柱が絡みつき出したミニトマトとか、どんな色になるのかすごく気になるし。
「分かった。俺は今まで通り灰の曜日の午後にここの様子を確認していくから、俺に話がある時はその時に来てくれ」
ここの曜日は地球と同じで7日で一周する。純白、白、薄灰、灰、濃灰、黒、漆黒――純白から漆黒に変わってまた純白に戻る、っていうのは覚えやすくて助かった。
ちなみに純白と漆黒の曜日を休息日にしている学校や職が多いらしい。
植物に水をあげ終えて温室から出ると、ひんやりとした風が吹いて思わず肩が竦む。
(2週間前は海で泳いでたのに……)
セリアが差し出したショールを羽織ってヒューイを見送った後、足早に自室に戻る。
そしてセリアに入れてもらったお茶で体を温めながら、窓の向こうの晴れた空を見上げて半節前の旅行を振り返った。
旅行先のサウェ・ブリーゼでは、本当に色々な事があった。
ダグラスさんがアシュレー達に混ざってビーチフラッグやビーチバレーしたり、準備体操を巡って言い合いになっちゃったり。
嵐が来て星鏡が見れなくなるかもとか、女の子が私を殺しにきたりとか、その女の子――シャニカが実はジェダイト家の令嬢で、大魔道具の力を使って魂を過去に飛ばす事で何十回も私を殺し続けてる、いわゆるタイムリープが判明して、これまでジェダイト家が私を殺そうとしていた理由が明らかになった。
しかも殺す理由が『私が他の男と逃げて、ダグラスさんが世界を崩壊の危機に陥れるから』という、全然身に覚えがないとんでもない話だから困る。
ただ、それを知ったのと同じ頃、ダグラスさんも不安になったらツノが生えるようになっちゃって、ダグラスさんが世界を崩壊させる話に一層信憑性出てきちゃって。
だからお互いの未来の為に何とかシャニカと和解して、協力し合えれば――と思ったんだけど。
(結局、抑え込む事しか出来なかった……)
クラウスやヒューイ、アクアオーラ侯の力を借りて抑え込んだシャニカの魂は今なおクラウスが持ってる星金の首飾りの中で無言を貫いている。
どんな頑なな心も溶かせるヒロインみたいに、私にも人の心を動かすような言葉が言えたら良かったんだけど。
それでも元々深い溝があったジェダイト女侯――モニカさんとは和解できたし、この世界の本来のシャニカちゃんも助けられたのは良しとしたい。
終わり良ければ総て良し! みたいな感想になっちゃうけど、こうして後から振り返ってみれば、
美味しい物だっていっぱい食べれたし、やっとダグラスさんと、ちゃんと記憶に残る夜も過ごせたし――うん、総合的に見れば、良い旅行だったんじゃないかと思う。
これから起きるかもしれない『とんでもない話』については、まだ何も解決してないけど。
(ダグラスさんの魔人化、かぁ……)
こうして考えてみても、なるべくダグラスさんを不安にさせないって事しか思いつかなくて。
その上――セレンディバイト邸に戻って来てから、ダグラスさんと顔を合わせるのがちょっと気まずい。
ついにそういう関係になっちゃった気恥ずかしさもあるんだけど――ダグラスさんから注がれる黒の魔力がすごく安らぐ、というか、その――それが物凄く注がれる瞬間がある時、心地いい眠気に襲われて寝てしまう。
最初に致した日、正直にそれを伝えた時はダグラスさんも『そこまで私の魔力で安らいでくれるなんて……』って嬉しそうにしてくれたんだけど、それから後もずっとそんな感じで。
頑張って起きようとしてるんだけど、心地良い眠気に飲まれて気付いた時には既に朝で。
ダグラスさんも最近は不満を露わにしてる訳じゃないけど、何だか物足りないんだろうなってのは伝わってくる。私が寝た後寝付けないのか、目にクマできてるし。
私だって事後に腕枕で何気ない会話をしたりとか、ちょっとしたじゃれ合いとか、そういうのちょっと憧れてたのに全然できなくて。
(こういうのを欲求不満って言うのかしら……?)
何か、想像してたのより大分違う不満だけど。
日中にいっぱい寝ておけば――と思って昼寝してみた日もあったけど、効果なくて。
あまりに申し訳なくて『私が寝てしまっても好きなようにしてください』って言ったら『飛鳥さんはもっと自分の体を大切にしてください』って叱られてしまった。
『そこまで気にされるなら、手袋外させてほしいです』って続けて言われたけど、思念読み取られたらと思うとどうしてもそのお願いは受け入れられず。
ダグラスさんが色々耐えてるのが分かる分、不安にさせるような事ばかりしてしまってる現状が殊更心に刺さる。
(黒の魔力注がれても起き続けられる方法……あるいは手袋しなくてもいい方法があればいいんだけど……)
ダグラスさんの不安や不満を取り除いてあげたいのに、どれだけ考えてもいい案が浮かばなくて。
明日から一節の間、離れる事になっちゃうんだから、せめて今日だけでもダグラスさんに目いっぱい良い思いさせてあげなきゃ――と色々頑張ってはみたものの。
結局、その日も寝入ってしまって――そのまま紫の節に入ってしまった。
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お久しぶりです。何とか秋の更新に間に合って良かった……!
5部は隔日更新予定。またドタバタしますが、お付き合い頂けたら嬉しいです……!
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