第24話 微妙なお願い


 私の唐突な叫びにメアリーはやっぱり何か言いたげな表情をしていたけど、無言で去っていった。確実にメアリーは私を問題児認定していると思う。


「アスカ、貴方一人暮らしなの?」


 立ち尽くす私に、眼鏡を外したソフィアが話しかけてきた。


「そうよ……冷蔵庫にはお肉も入ってるのよ。だからこのままだとウチの冷蔵庫が悲惨な事になる」


 幸いにも生ゴミは昨日の朝捨ててるからセーフ。炊飯器は昨日丁度ご飯を食べきり洗って乾かしたお釜だけがセットされている状態だからこれもセーフ。

 缶詰とかインスタント食品とかは数日でどうこうなる物じゃない――とにかく冷蔵庫が気になる。


「飛鳥さん、ご両親は……? 連絡取れなくなったら様子見に来ると思いますけど……」


 1人暮らしがどんな物か想像できないのか、眼鏡を付け替えた優里が不思議そうに聞いてくる。


「うちは父も母ももう亡くなってるの。無断欠勤が何日も続いたら職場から叔母さんに連絡いくとは思うけど……」


 それでもいつ連絡が入る事になるかまでは分からない。マヨネーズやケチャップならまだしも、肉にもやし、ニラや牛乳あたりは……想像したら寒気がする。


 異臭漂う冷蔵庫の後始末を人に任せるのは心苦しいし、自分が帰れた場合でも自分が始末しないといけない。想像すると気が一気に重くなる。


「今ならまだ十分間に合うのよ。何とかならないかしら……」


 どうすればいいか色々思考を巡らせてはみたものの、どう考えてもこの状況を打破できる人は一人しかいない。


「よし、ダメ元で神官長にこっちに荷物召喚できないか頼んでみるわ」

「頼むって……手紙でも送るんですか?」


 アンナの素朴な疑問。そう言えばここでは神官長を見かけていない。

 昨日リヴィが塔の管理者と言っていたし、一緒に馬車を見送った様子からして皇都ここじゃなくて塔があるセン・チュールに住んでるのかも知れない。


 授業がある今、往復半日位かかりそうな所に会いに行くのは難しい気がする。となれば確かに、手紙しかない、けど。


「手紙……私この世界の文字書けないしなぁ……あ」


 神官長の事を考えているうちに、今日であった黒髪に水色の瞳の男の子が頭に浮かぶ。


「そうだ、ネーヴェに手紙書いてもらえばいいのよ!」




 教室を出ると廊下でセリアや他のメイド達が待機していた。


「アスカ様、お荷物お持ちします」


 セリアが笑顔で手を差し出す。ペンとノートと眼鏡の事を言っているんだろう。


「いいわよ、これ位」

「アスカ様が荷物を持っていると私のメイドとしての資質が疑われるのです」


 笑顔でそう言われたら、渡さざるを得ない。メイドも中々大変みたいだ。

 荷物をセリアに渡した後、夕食の時間までは自由時間という事で早速ネーヴェがいる部屋までの案内を頼む。


 ツヴェルフにあてがわれた部屋とは二回りほど小さい、使用人が使いそうな質素な部屋にネーヴェはいた。


「ミズカワ・アスカ……どうされました?」


 意外な来客に、ネーヴェは少し驚いたように目を見開いている。


「ネーヴェ、貴方確か、体調や召喚に関して不安な事があれば言ってほしいって言ってたわよね?」

「はい。この世界の空気が合わず体調を崩される方も過去に数名いらっしゃいましたので……そういう方に薬を提供したり治癒術を使ったりしています」


 そう言ってネーヴェは机の引き出しを開ける。そこには小さな錠剤や粉が入った小瓶が規則的に並んでいた。


「実は体調不良の方じゃなくて、召喚の事で……私、地球から取ってきてほしい物があるんだけど、神官長にお願いできないかな?」


 私の言葉にネーヴェは眉を顰める。あまり好ましくないお願いなのはわかっているが、こればかりは『やっぱいいです』と引き下がれない。


「私、何の前触れもなくこっちの世界に召喚されちゃったじゃない? 冷蔵庫の中、肉とか卵とか日持ちしない物、結構入ってるのよ。全部とは言わないけどせめて腐ったらやばそうな物だけでもこっちの世界に持ってこれないかしら?」

「ミズカワ・アスカは一人で住んでいたのですか?」

「そうよ。あ、私、貴方の事ネーヴェって呼ぶから私の事もアスカでいいわ。荷物の召喚が無理なら、こう、夢枕みたいな魔法で『私もう帰れないから冷蔵庫何とかして~!』って親戚の叔母さんに伝えたりできない?」

「……分かりました」


 フルネームで呼ばれるのが気恥ずかしくて、名前で呼ぶように促しつつ説明するとネーヴェは私の額に向けて指をかざす。その指先に灰色に淡く輝く魔法陣が現れる。


「ひえっ!?」

「危険な魔法ではありません。目を閉じて、転送したい物がある場所をなるべく遠くから近づく感じで想像してください」


 突然魔法陣を向けられて思わす声を上げてしまったけど、どうやらお願いが聞き入れられたようだ。感謝の念を懐きながら素直に目を閉じる。


(なるべく遠くから……となるとまず地球? で地球からズームする感じで……日本……都道府県…市町村……あれ? 私が住んでる町ってどの辺り? いいや、まず近くの学校から……道を辿って、マンションに入って、部屋に入って……冷蔵庫!)


 中を開ける所まで想像してみたけど、今どんな状態になっているかまではっきりとは思い出せない。

 代わりに(この中の物を取り出したい!!)と強く念じてみる。


「もういいです。目を開けてください」


 眼を開けると、魔法陣の光がスウッと消えるのが見えた。


「その白い機械仕掛けの箱に入っている物をこちらに転送すればいいのですね?」

「……できそう?」


 冷蔵庫の色を見抜いたって事はネーヴェには今私が考えた光景が全て見えたんだろう。僅かな望みをかけて恐る恐る聞いてみる。


「もう人を召喚する程の魔力は届きませんが、範囲から外れてからまだ日が経っていないので小さくて動かない物なら転送が可能かもしれません。今頂いた情報を添えて神官長に報告します。可能かどうかは分かり次第報告します」

「ありがとう……!!」


 良かった――無断欠勤とか家賃や光熱費の引き落としとか、他には気になる事は多々あるけれど、とりあえずこれで腐敗物の処理問題は無くなるかもしれない。


 感激のあまり両手を組み合わせて感謝する私をネーヴェは(何をそんなに喜んでるんだろう?)とでも言いたげな曇りなき眼で見つめてくる。


「そう言えば……私達ってどうやって召喚されたの? こんな感じの子がいたら召喚! ってアバウトに召喚してるのかなと思ってたけど、今みたいに人の位置特定して狙って召喚するの?」


 丁度良い機会だし、召喚の事についても教えてもらおう。


「さあ……今回は女性、適齢期、健康体、孤独な者、という条件を満たす者の中で適した器の者が召喚されるように設定されていましたが、実際どういう仕組みで召喚したのかまでは……」


 設定、という言い方からこの世界にもパソコンみたいな物があるんだろうか? と想像する。

 だけどそれ以上に<孤独な者>というカテゴリが気になり、先にそちらを追及してみる。


「遠く離れた星にいる人間の孤独なんて、ここから調べて分かるものなの?」

「僕は今回の召喚の儀式を見学していました。色々分かるみたいです」

「儀式……? どこでやってたの?」


 塔の屋上は青白い炎がたかれていて独特の雰囲気はあった物の、儀式、というにはあまりに簡素な状況だった。あの場所にはリヴィしかいなかったし。


「塔の地下です。地下で儀式を行い、塔の最上階にツヴェルフを呼び出します」

「何で分ける必要があるの?」

「それは……わかりません。僕はただ見ていただけなので……」


 それだけ言うとネーヴェは机の上に置かれた紙とペンを持って改めてこちらを見据える。


「他に何かありますか? なければ僕は今から他のツヴェルフにも持ってきてほしい物が無いか聞きにいこうと思います」


 他の人にも聞きに行く――という配慮に感心しつつ、ここであまり長く質問を続けるのも悪いとも思った。

 でも、後二つだけ聞きたい事がある。


「ねえ、物の召喚ってハッキリした場所が分からないと難しい?」

「そうですね。確実にそこにある、特定できる物でないと難しいです。ミスしても魔力は消費しますし、他の方が希望される荷物が召喚できなくなってしまう可能性が高いです。それに得体の知れない物はお渡しできません」


 やっぱり――あわよくば私のバッグも回収できればと思ったけど、そのせいで他の皆が召喚したい物が召喚できなくなるのは避けたい。


「なるほど……逆にこっちから向こうに物を送る事は出来ない?」

「出来ません。ル・ティベルの存在が他世界に知られかねない行為は固く禁止されています。先程、『向こうの人間に意思を伝えたりする方法がないか?』と仰られていましたが、それも無理です」


 その質問だけこれまでより厳しく重い声で言われ、でしゃばり過ぎたかなと反省しつつお礼を言って部屋を退室する。


 最後は失言してしまったかもしれないけど、お願いしに来てよかった。

 これで冷蔵庫の中の物を腐らせずにすむかもしれないし、色々有益な情報が聞けた気がする。


「夕食まであと1時間ほどありますが、いかがいたしましょうか?」


 夕暮れの庭園が見渡せる外廊下を歩きながらセリアが次の行動の指示を仰ぐ。


 1時間、どうしよう――と考えた所で優里にハンカチを返さなきゃいけない事を思い出す。

 昨日のダグラスさんから手渡された紙袋はセリアが私のテーブルに置いたきり触れていない。


 だけど今は自由時間――向こうも動き回ってる可能性があるし、どの道寝る時に隣同士の部屋だ。

 今取りに行って優里を探すより夜返しに行った方が確実な気がする。となると――


「……じゃあ、朝できなかったお城の案内、お願いできる?」

「分かりました。1時間で全てのエリアは案内できかねますので、この辺りからご案内していきますね。ここからは食堂も近いので夕食の時間に遅れる事もないでしょうし」


 セリアはそう言って先頭を歩きだす。が、数歩で止まって笑顔で振りかえる。


「アスカ様が元気になられて良かったです」


 涙こそこみ上げなかったが、その優しさはじわりと心にしみ込んだ。


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