第4話 塔から皇都へ・1


「帰る事は止めはしませんが、まずは貴族の方々にお会いしてみませんか? 好みの殿方がいなければ自活なさればいいので」


 リヴィにほぼ無理矢理に促され、皆揃って屋上の隅にあった階段を下りて建物内に入っていく。



「ここは異世界との召喚、あるいは転送に使われる塔。そしてこの塔を囲むように存在する街の名前がセン・チュールです。皇都からそう離れておらず治安も良いので自活されるのなら皇都かここをお勧めします」


 人が2人並んで降りれる程度のやや小狭な石造りの階段。リヴィは茶色い冊子を開いて説明しながら先頭を降りていく。

 そしてそれぞれの名前を確認した後、今後の予定を告げてきた。


「これから皆さんには塔の下で待機している馬車に乗って皇都に向かってもらいます。夜、皇城で皆さんを歓迎するパーティーが開かれますので、そこで皆さんの召喚を希望された有力貴族の方々と会って頂きます」

「パ、パーティーとか言われても……」


 リヴィが話す様子から多分貴族というのは私が想像する物とそれほど違わない感じがする。パーティーもきっと華やかで、煌びやかで、美しさに溢れたものだろう。

 そんな中でこのずぶ濡れオフィスカジュアルな服装は確実に場違いだ。


「心配なさらずともドレスや装飾品は向こうに用意されています。ただ、ソフィアとアスカはその姿で皇城に入る事に抵抗あると思いますので、馬車に乗る前に私が着ている物と同じローブをお渡しいたします」


 リヴィのフォローにノースリーブ短パン姿のソフィアと全身ずぶ濡れの私はお互いに目を合わせる。なるほど、この姿ではお城に入る事すらNGになるようだ。


「パーティが終わった後、良いと思える貴族と出会えなかった場合はしばらく皇城で保護される事になります。その間にル・ティベルの事を学びながら今後の身の振り方をお考えになられるとよろしいでしょう」


 そこまで言った後、もう伝える事が無いようでリヴィは黙った。沈黙の中、5人の足音だけが薄暗い空間に響く。


「あの……質問したい事いっぱいあるんだけど……」

「1階に着くまでの間であれば、答えられる範囲でお答えします」

「相手は普通に人間なの?」


 私が質問するより先にソフィアが質問した。私が思いもしなかった質問だ。

 先程見た街の人達は人間のように見えたから貴族も当たり前のように人間だと思っていたけど、ここは異世界――獣人だったりエルフだったりする可能性は十分にある。


「安心してください。人間です」

「凄い年の離れた人とか、嫌な奴とか、容姿が残念な人の可能性は?」


 畳みかけるように問うソフィアの勢いにリヴィはフフ、と笑った後静かに語りだす。


「嫌な人の可能性は否定できませんが、貴方達のお相手は召喚希望を出した15歳~30歳あたりの貴族当主、あるいは次期当主達が優先されます。なのでいきなり老人や中年と……という事は無いですし、もし酷い目にあった場合は皇家に報告すれば当人とその家に対して罰が下されます」


 不安の真っ只中にいる私達には分からないけど、この星で長く過ごしているらしいリヴィにしてみたら余程おかしな問いかけだったようだ。


 正直、地球に早く帰る事は全然諦めきれてない。だけどその可能性を探る間の生活はあんまり悲観しなくてもいいのかもしれない。

 いや、ここのとんでもない価値観まで受け入れた訳ではないけれど。


「ちなみに今回の希望者リストを見る限り、容姿についてはあまり悲観されなくても大丈夫だと思いますよ。ただ……」

「「「ただ?」」」


 意味深なただ、に皆思わず食いつく。


「私が言えるのは……容姿もそこそこ重要ではありますが、それ以上に重要な要素がある、と言う事だけです」


 口をつぐんだリヴィの様子から、これ以上は言えない、という意思が伺いとれた。容姿は重要。しかし性格も重要。先程嫌な奴がいる可能性も否定しなかったので恐らくその事を指しているのかも知れない。そう結論付けて今度は私が質問する。


「今、地球では私たちはどんな扱いになってるの?」

「……今はどうにもなっていないでしょう。ですが数日もすれば行方不明として扱われだします。後はそれぞれの家族や友人が、時を経てそれぞれなりに諦めるだけです。今の地球の文明ではル・ティベルに辿り着けないそうですから」


 特に何の感情も込められていない答えは、残酷で冷たい物だった。


「向こうで召喚された人に関わってた人達の記憶をまるっと消すとか、そういう危ない魔法を使ったりはしてないんですか?」

「そんな魔法は聞いた事がありません。仮にあったとしても異世界から複数の人を召喚する為に多大な魔力を使うので、そこまでのフォローはできないかと」


 優里が突拍子もない質問を投げかける。記憶を消す――それもかなり残酷な話だけど、元々いないもの、と思われていた方がまだ諦めがつきやすい気もする。


「なかなか強引な方法よね。帰るにしても40年後とか。強制ではないと言っておきながらほぼ強制じゃない……」

「……そうですね。以前それが問題になった事もあるようです。それ以降召喚者の待遇も大分改善されたと聞きました。私が召喚される前の事なので詳しい事は分かりませんが……その頃からが召喚条件に追加されたそうです」


 最後の言葉に一同押し黙る。大きな影響? 有名人やセレブ等いなくなったら騒がれるような人間は召喚されない?

 だとしても、突然若い女性が同日に行方不明になったら騒がれそうな気もするけれど――


(そう言えば、アイツは……心配してくれるのかな……)


 優しく笑ってくれていた彼を思い浮かべた瞬間、先程の別れのシーンがよぎる。


(……あ、駄目)


 別の事を考えようと思っても一度考えたら頭から離れず、質問する事を考える事も出来ず。顔をうつむけて歩く。


 リヴィの言葉を最後にずっと沈黙が続く。階段を降りて部屋に入ってまた階段に降りて、を何度か繰り返すうちに、1階の広い場所に着いた。


 その空間の中央には半透明のヴェールがついた大きな白い帽子を被り、偉い司祭様が纏いそうな厳かなローブを纏った年老いた男性が立っていた。


「ようこそ皆さん、ル・ティベルへ……体調はいかがですか?」


 笑顔で私達を迎えるこの男性は何者なのだろう?

 頬から顎にかけて蓄えられた白髭や煌びやかではないものの繊細な刺繍が施された帽子とローブからリヴィよりも位が高い人間だろうという事は分かる。


「…このお方はディオール・ディル・アインス・ラブラドライト神官長です。貴方方を召喚する魔法を使ったお方で、この塔の管理者でもあります。これから何度も会う事になりますので皆さん覚えておいてください」


 疑問を察したかのようにリヴィが呟き、彼に対して頭を下げる。

 私も頭を下げた方が良いのかと思ったけどそれも何だかおかしい気がして、でもただ立っているのも失礼な気がして、会釈だけする。優里もそれに続いた。

 ソフィアとアンナは怪訝な表情で神官長を見ているけれど神官長は私達の態度に特に気を悪くした様子はなく、その微笑みを絶やさない。


「リヴィからある程度説明を受けたかと思いますが、これから貴方方には外に待たせてある馬車で皇都に向かい、パーティに出席して頂きます」

「神官長、先にソフィアとアスカにローブを貸し出してもよろしいですか?」


 リヴィの発言に神官長は私とソフィアを交互に見た後、ああ、と苦笑する。


「これはこれは…配慮が足りず申し訳ありません。そこの部屋に予備のローブを保管しておりますので、どうぞお着替えください」


 促されるようにソフィアと共に示された部屋に入る。

 薄暗い石造りの部屋の中には槍や鎧が並んでいた。その隅にローブが何枚かかかっている。


「……ねえ、どうするつもり?」


 リヴィと同じ灰色の――少し埃臭いローブを手に取った所で、ソフィアに問われる。


「どうするつもりって……そりゃ上着は脱ぐしかないわよ。でも流石に下着は脱ぎたくないし……我慢するしかないかな」


 ローブで見えないだろうけどノーブラノーパンで動き回るよりは、ちょっと濡れた下着を付けていた方が精神的にずっとマシ――


「そうじゃない! 服の話じゃなくて! 地球に帰る? 帰らない!?」


 ああ、そうか、そっちの話か。


「どうかな……すぐにでも帰りたいけど、帰る手段が無いもの。探すだけ探してみるつもりだけど……」

「……そう」


 私達に何が起きたのか、頭では理解しているつもりだけど――「納得」はしていない。でも、40年後なんて絶対無理。でも、それ以外の方法で帰る方法が分からない。


「後、今日は色んな事があって頭が追い付いてないの。今はとにかく休みたいわ……」


 仕事が終わって、ファミレスに呼び出されて。フラれて、異世界召喚されて……ってああ、まずい。仕事無断欠勤してしまう。いや、もう、どうしようもないんだけど。もしこの後休む時間が与えられても、考える事が多すぎて休める気がしない。


「……そうね。私もちょっと考える時間が欲しい」


 ソフィアは手近な所のローブを手に取り、頭からかぶる。


「アスカ……これからバラバラに行動する事になりそうだし、私もどういう選択をするか分からないけど……早く地球に帰る方法が分かったら教えて」

「分かった。そっちも何か分かったら教えて」


 襟元から頭を出したソフィアとそう言葉を交わすと、ソフィアは小さく頷いて先に部屋を出た。



 濡れた服を脱ぐのと纏めるのに手間取ってしまい、ローブに着替えて部屋を出ると神官長とリヴィが待っていた。


「あの、他の皆は……?」

「先に皇城の馬車に乗って行かれました。今、塔の前にもう一つ……黒い馬車が待機していますのでアスカさんはそちらにお乗りください」


(早速、皆と離れ離れか……)


 心細さを感じたけど、夜にパーティがあるのならすぐ再会できるだろう。


「ミズカワ・アスカ……貴方に、多大な加護があらんことを」


 突然神官長とリヴィに跪かれ、戸惑う。


「あ、ありがとうございます。えっと、このローブはいつお返しすれば……?」

「ご都合の良い時にお返しくだされば大丈夫ですよ」


 立ち上がった神官長は優しく言うと、大きな扉の方に歩き出した。リヴィに着いていくように促されて、後に着いていく。


 塔の扉が開かれると、短い階段を下りた先に高級感溢れる馬衣を纏った黒馬と黒い馬車が止まっていた。

 そこから距離を置いて大勢の人達が物珍しい物を見るような顔でこちらや馬車を見つめている。


「あ、あの大勢の人達は……?」

「異世界から召喚された人を一目見ておきたいという者達です。異世界の人間は一般市民にとってほぼ縁のない、物珍しい存在ですから。あまり気になさらないでください。最も、今回は黒馬車の見物に来た者も多いようですが」


 神官長に問いかけると苦笑しながら説明してくれた。

 もしかしてリヴィがローブを貸し出してくれたのは一般市民に私達のみっともない姿を見せてはならないと思ったから、というのもあるかもしれない。


 神官長とリヴィに見送られ、馬車に近づく。

 馬――というには私が知っている馬とは少し違う。普通の馬より一回り大きい印象を受ける黒馬は背に黒い馬衣を纏い、胸元にはさわり心地が良さそうなフカフカの毛が生えている。

 膝下にも同じようなフカフカの毛が生えていて、何処となく幻想的な印象を受ける。


 そして控えめに使われている金の装飾とツヤのある黒塗りの、見るからに高級そうな馬車。

 私なんかが触ってもいいのかな? と思う位の高級感に臆しながら恐る恐る足をかけて馬車のドアを開けると、本を読んでいたらしい黒い髪の男性と目が合った。


 濃い灰色の瞳が窓から差し込む日差しに照らされて、綺麗――と見惚れた後、ハッと我に返る。


(え……!? 人がいるなんて聞いてないんだけど……!)


 もう一度神官長とリヴィを見やるが、どちらも笑顔のままだ。そこに男性がいるのがさも当然と言わんかのように。

 気にせずに乗れ、って事なんだろうけど――ああでも、こうしてドアを開けたまま固まっている訳にもいかない。


「し、失礼します……」


 どう声をかければいいのか分からずひとまず無難な言葉を引っ張り出して、もう一度男性に視線を向ける。


 まるで乙女ゲームに出てくる攻略対象の王侯貴族のような、明らかに高貴な身分だと分かる服装は黒を基調に綺麗にまとまっている。

 視線を少し上にあげれば少し緩やかな黒髪を束ねた髪型と、整った顔立ち。


 そして真っ直ぐにこちらを見据えている濃灰の眼と視線が重なり――見続けるにはあまりにこちらが分不相応な気がしてまた視線を逸らしてしまう。


(えっと……え、何処に座ればいい!?)


 視線を色んな所に動かしながらも考えるが答えは出ない。もう一度恐る恐る男性を見ると、何を考えているかが見透かされていたかのように、


「向かいでも、隣でも。どうぞ貴方のお好きな方にお座りください」


 低く穏やかな声を紡ぐ彼の表情にあまり変化は無かったけれど、少しだけ微笑んでいるような気がした。


 私は静かにドアを閉め、彼の隣に――なるべく距離を開けて座る。


 それが、私と彼の、出会いだった。


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