第3話 異世界召喚!


「召喚って、何? どういう事? 何言ってるか全然分からないんだけど!?」


 声を荒立てるソフィアの動揺に構わず、リヴィは静かに続ける。


「この世界<ル・ティベル>では、数年ごとに異世界から数人の男性もしくは女性を召喚します。今年は地球から召喚する年なので貴方達が召喚されました」

「な、何の為に……?」


 反射的に声が出る。召喚したのなら目的があるはずだ。魔王討伐だったり、世界を救う為に旅したり。その為に魔物と戦ったりして魔法を覚えたり……だけどリヴィの言葉は予想外な物だった。


「この世界の有力貴族の方々と子作りして頂く為です」

「子づっ……!?」


 リヴィのストレートな言葉に場が凍りつく。私もその単語を言い切る事が出来なかった。異世界召喚の目的が子作りって、それ、なんて、エロ――


「は!? 何でわざわざ子作りの為に異世界から人を召喚する訳!? 意味わからないんだけど!?」


 真っ先に凍り付きから溶けたソフィアが怒りの形相でリヴィを睨みつける。だけどリヴィはそういう反応に慣れているのか、全く動じない。


「この世界にも人間の男女はいます。地球の人間との違いは魔力の有無だけで、他は貴方達と大体同じだと思って頂いて問題ありません」


 でた、魔力。召喚といいアクセサリーに込められた言語翻訳の魔法といい、どうやらこの世界には本当に魔力と魔法が存在するようだ。

 魔力も魔法もファンタジーの物語ではよくある物なのであまり驚かないでいられるのはゲームや漫画の恩恵かもしれない。


「それならこの世界の男女で仲良くやってればいいじゃない!」


 一瞬その「やってれば」はどういう意味で? とちょっと下賤な意味で捉えてしまったけど、もちろん突っ込めるような雰囲気ではなく――押し黙ってリヴィの言葉を待つ。


「この世界の男女は子を成す際、お互いの魔力が混ざり合います。子どもの魔力量と質は親の中間になる事が殆どです。魔力を重要視しない一般市民はそれで良いのですが貴族の……特に有力貴族の方々にとって代々受け継いできた魔力の質と量が変わるのは致命的な問題なのです」

「……初代が凄くても二代目三代目が今いちだと困る、って話?」


 私の言葉にリヴィは頷く。何となく視線を感じた方へ目を向けるとアンナは慌てて私から目をそらした。何か不味い事言ってしまったのだろうか?


「魔力の質を維持する為には自己の魔力を一切持っていない人間が必要不可欠……その為、魔力を全く持たない異世界の人間を数年おきに召喚するのです」

「つまり……この世界のお偉い様方が、より魔力の強い子孫を作る為に結婚相手を召喚するって事?」


 自分なりに理解した事が合っているかどうかを確かめる為に問うと、リヴィは口元に手を当てた後に呟くように言う。


「そうです。中にはお互い深く愛し合い、正妻として迎えられる方もいらっしゃいます」

「何? 正妻にならない人もそれなりにいるような言い方するのね」


 ソフィアの疑問に、リヴィは少し困ったような微笑みを浮かべながら伏し目がちに続ける。


「地球の女性にこの事を説明すると、とても驚かれるそうなのですが……私達はあくまでも相手の魔力を受け止め、子を産む事を目的として召喚されています。子どもは余程の事が起きなければその貴族の次期当主になります。貴族の次期当主の母親となられる方なので、高水準の安定した生活が約束されています。ただ……この星は必ずしも一夫一妻、という訳ではありません」

「子作りと恋愛は別……相手は私達以外にも妻を持つのが普通、って事?」


 一夫多妻――地球でも古今東西そういう話はあるから、抵抗感こそあれど驚きはない。

 私の問いかけにリヴィは少しだけ口元を緩め、小さく息をつく。


「本当に……理解が早くて助かります。先程も申しました通り、子どもの魔力の質や量が問われず、複数の異性を囲うような財力もない一般市民の大半は恋愛と子作りは同じ相手です。ただ、貴方達のお相手となるのは有力貴族……恋愛婚、政略婚、子作り婚と様々な結婚様式があり、恋愛の価値観も、子作りの価値観も、貴女方とは大分違います」

「……有力貴族ってそこまで念押しされる程ヤバい価値観なの?」


 子作り婚という聞き慣れない言葉に激しい違和感を覚えつつリヴィの含みのある言い方が気になって追及すると、リヴィは少し空を仰いだ後、再び私達を見据えた。


「例えば……そうですね、召喚された異世界人が女性の場合、相手の魔力を受け止めて子どもを成した後、空いた体でまた別の人間の魔力を受け止めて子どもを成すのが普通です。その為、異世界人側もこの世界の複数の貴族と重婚する事が認められています」


「……え?」

「……は?」

「……ど、どういう事ですか……?」


 それぞれから疑問の声をあげる。私もこれまでの説明は理解できていた物の、一気に何言ってるかよく分からなくなって――というか、脳が理解する事を拒否してる。

 そんな私達にリヴィは容赦なく言葉を突きつけてきた。


「私達異世界人は生活を保証される代わりに複数の貴族と子を成す事が義務付けられているのです」

「いやいやいや、無理無理無理…!!」


 反射的に否定の言葉が口から溢れ出る。だって、複数の貴族と子を成すって事はつまり――

 まるでエロ漫画のアレな展開のような下品な想像が頭をよぎり、慌てて頭を振り想像を散らす。


 こちらはつい先程まで健全なお付き合いで満足していた身(フラれたけど)なのに、いきなりそんなエロ漫画な世界に召喚されたらたまったものじゃない。

 こんな世界に召喚される位なら、死物狂いで剣や魔法を覚えて苦労の末に魔王を倒して健全に生きる道がありそうな世界に召喚されたかった。


 嫌悪感全開の表情でリヴィを見据えるソフィアも、とうとう歯まで震わせ始めたアンナも内心考えている事は同じだろう。

 優里はあまりにショックな内容だったのか、口を開いたまま呆然としている。


(……これ、もし召喚されたのが男性だったらどうなのかしら? 先程のリヴィの言い方だと、この世界で何一つ不自由する事なく色んな女性とそういう行為にいそしめる上に誰からも責められない! ラッキー! と思う男性もいるのかしら? えっ、しばき倒していい?)


「か、か、帰らせてください……!!」


 歯をカチカチ鳴らしながらアンナが悲痛な叫びをあげる。

 そうだ、帰りたい。だけど、帰れるのだろうか? 漫画とかだとこういうヤバい召喚の時って大抵一方通行で、なかなか帰れなかったりする話が多いんだけど――


 リヴィは困った表情を浮かべつつ、小さく頷く。


「わかりました。強制ではないので帰りたいのであればその意思を尊重します。ですが、地球に戻すにはまた地球から召喚する時まで待たねばなりません」

「そんな事言って、さっき数年おきって言ってたわよね? 帰す気無いんじゃない?」


 ソフィアが穿った表情でリヴィを睨む。他の2人はそこまで嫌悪の感情を表してはいないものの、ある程度は私やソフィアと同じ感情を抱いていると思う。

 

「そういう訳ではありません。物理的に召喚・転送できる範囲に星……異世界が入ってこないと召喚も転送もできないのです。地球は先程その範囲から外れました」


 表情を崩さずに続けるリヴィの異世界と地球との距離を<物理的に>と言う言葉に違和感があるけれど、何も言わずに次の言葉を待つ。


「ですので、再び地球が範囲に入るまではご自身の力で生計を立てて頂く事になります。こちら側は貴方方の生活を邪魔する事はありませんし、星が近づいてきた時のご報告はいたしますがその他一切の援助もいたしません」

「……一気に扱いが冷たくなるのね」


 ソフィアの言葉に、一同頷く。


「まあ、そっちからしたらせっかく召喚したのに帰りたい、子作りもしないって言ってる人を囲っても何のメリットもないもんね……それで? 次に地球から召喚するのは何年後なの?」


 一応聞いてはみたものの数年おき、と言い方からのでかなり嫌な予感はしている。2、3日ならまだしも、数年。今務めてる職場は? 突然行方不明になってしまった私の扱いはどうなるのだろう?

 ゲームや漫画だと異世界と地球の時の流れが違うって話もよくあるけど――


「40年後です」

「「はぁ!?」」


 予想外の、半世紀近い長さに私とソフィアが声を上げるも、全く意に介した様子もなくリヴィが続ける。


「次に地球が範囲に入ってくるのは40年後です。なおル・ティベルも地球も時の流れと人の老化の速さは同じです。なので40年後再び転送された時、地球も40年経過しています」

「さっき数年おきに召喚してるって言ってたじゃない!?」

「召喚は地球だけに限りません。今現在3つの星から順番に召喚しています。次は10年後に私がいた星から、そしてその12年後にまた別の星から。その18年後に地球から召喚されます」


 その言葉を最後に周囲に沈黙が漂う。そもそも数年おきじゃない。おきだった衝撃も大きい。


 帰る事が出来ても、浦島太郎感が半端ない。どうりで帰る事を止めない訳だ。帰れるのは40年後と知ってそれでも帰ろうとする人間は少ないだろう。

 嫌な空気が立ち込める中、リヴィはローブの中から茶色い冊子を取り出し中を確認しながら呟きだす。


「……これまでのル・ティベル史上、召喚された996人の中で自身の星に帰られた人の数は両手の指に収まります。実際に自身の星に帰ろうとされた方はもっと多いのですが、この世界には賊や魔物も存在しますし、厄介な瘴気や疫病もありますので……」


 リヴィは本当に私達を止める気はなく事実を述べているだけかもしれない。だけどその事実は私達の帰る意思を思いとどまらせるには十分だった。


「……最初から自活されてもよろしいですが、一応役目を果たして安全な場所で何不自由ない良い生活を過ごしながら待つ、というのもけして悪い方法ではありません。実際その方法で帰られた方もいらっしゃいますし……あら?」


 リヴィは冊子を見ながら何かに気づくと、今まで見せなかった優しい笑顔を私達に向ける。


「……貴方達で丁度1000人になるのですね。おめでとうございます。私がいた星でもル・ティベルでも切りの良い数字は縁起が良いものとされています。地球ではどうですか?」


 キリが良い数字が好まれるのは地球でも同じ。だけどこれから待ち受ける世界がどうなるのもかが分からない中で、誰もその問いには答えなかった。


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