第32話 想いを知る時
「あの、隣の石は……?」
「そっちは魔道具の事故で死んだ子達のお墓よ」
何か訳有りの石なんだろうなとは思ったけど、予想外に重かった。興味本位で聞いて気を落とす自分に少し嫌悪感を抱く。
「すみません……」
「謝る事じゃないわよ。気になる言い方をしてしまったのは私だし」
私の態度を気にした様子もなくジェシカさんはプレートを元の位置に戻した。
「……魔道具も機械と同じで、けして万能じゃない。設計ミスがあったり、使い方を誤ったり、メンテナンスを怠ったりしたら凶器と化す。だから事故が起きたら改良する。誰でも使えるように分かりやすいようにマニュアルを作り、メンテナンスを怠らない。そうやって道具は改良されていく。そこに犠牲があるから止めるのではなく、同じ悲劇が起きないように改良し続ける――んですって」
その言葉が誰の受け売りなのか分かるようにジェシカさんは呟く。
(これはお墓と言うより事故で亡くなった子達を悼み、二度と同じ過ちを繰り返さない事を誓う慰霊碑なんだろうな……)
「楽に、安全になった分そこに犠牲があった事を忘れないように。なんて格好良い事言うから『じゃあ事故以外で死んだ子のお墓は何処にあるの』って聞いたら何て言ったと思う? 『天寿を全うして天にあがったのだから墓などいらない』ですって! そういう所が駄目なのよ、あの人は。私や自分が寿命で死んだらどうするつもりなのかしら……!」
なるほど。こっちの石が少し新しいように見えるのはジェシカさんが作ったようだ。添えられている可愛い花は温室から取ってきたものだろうか?
ポケットの中に入れたスフェールシェーヌの乾燥した実を入れた布袋の中から一つ、乾いた実を取り出して石に添えた後、冥福を祈る。
(短い間だったけど、安らぎをくれてありがとう、ナァちゃん。もし生まれ変わったら、次も平和な一生を……)
そんな風に願いをかけようとしたその時、自分の名が何処かで呼ばれた気がした。
その声は頭上から落ちてきた気がして上を見上げると、中央の塔の高い位置にある窓からエドワード卿が顔を出していた。
「ああ、アスカ殿……! この塔の中でも館の中でも良い! とにかく建物の中に入りなさい!」
そのいつにない強い口調に一瞬足がすくみつつもただならぬ気配を感じて一番近い塔の中に入ろうと駆け出し、扉に手をかけたその時。
白い魔力の波に体が飲まれていくような感覚に襲われる。
白の魔力は風を伴って周囲の枯れ草を散らし、水面に物が落ちた時に出来る幾重もの波紋のように何度も私の体を通り過ぎていく。
その感覚に戸惑いつつ震える手でようやく塔の扉を開け、中に入って扉を締めた。
外にいるよりは受ける波は小さくなったけれどそれでもまだ波を感じる。
これは一体何なのか――上にいるエドワード卿に詳しく聞きに行こうと、改めて薄暗い塔の中を見渡す。
学校の教室位の広さの、赤レンガ造りの空間。扉に向き合う壁には人一人が上がれそうな金属製の梯子がかかっている。
シークレットスリットからの剣の抜き差しに慣れる為に今着ているのはワンピースだけど梯子を上る際に訓練刀が引っかかりそうな気がして、それを抜き出し壁に立てかけてから梯子を上がっていく。
(エドワード卿がいたのは……3階位の高さだったよね……?)
2階部分に見向きもせず3階を目指そうとすると上から誰か降りてきた。見慣れたツナギ服からすぐにエドワード卿だと分かる。
このままでは邪魔になってしまうのでひとまず2階に降り立って梯子から離れると、丁度私の視線の所まで降りてきた所で目があった。
「ああアスカ殿、ちょっと不味い事になった。君はここで大人しくしていなさい。ああ、ちゃんと何があったか言っておかないと不安だね、ダンビュライト侯に気づかれたんだ。ああ気に病む事はない。私も彼があれだけ強力な魔力探知を仕掛けてくるとは思わなかった。新聞に載る位だから強力な物だろうとは思っていたけどね、あれは建物の中にいても気づかれただろうね。断魔材で囲った部屋だったとしても確実に誤魔化せたとは言い切れない」
断魔材――シャワーやトイレ中に気づかれたらそれはもう仕方がないと諦めが付く。
エドワード卿も少し焦っている印象は受けるけど取り乱している訳ではなさそうだ。
私も、もしこれが白の騎士団の仕業だったらと不安だったけど、クラウスだと分かり少し安堵する。彼なら私の所在がバレても大事になる相手じゃない。それに――
「……あの、私、クラウスと話したい事があるんです」
ちゃんと話さないといけないと思っていた。この半月、どっちかって言うと訓練の方に集中していたけどクラウスの事も考えなかった訳じゃない。伝えたい言葉だけは頭の中で纏めてある。
「気づかれた以上、会わせる事にはなるだろう。だがその前に彼が何を考えて君を探しているのか、君は知っておいた方がいい。上の階にある
ここに来てから何度か話題に出ている
言葉からして遠くの物が見える魔道具のようだけど。
「それじゃ私は一旦失礼するよ、こう見えて私も侯爵だからね。客人が来ると分かった以上ちゃんと着替えておかないといけない。彼だけならまだしも面倒な子もいるからきちんともてなしの準備もしないといけない。あの勢いだと後2時間もしない内にここに来る。ああ忙しい……恋は盲目だとは言うけど、あれはちょっとね……自身を支える物が愛しかない人間はああも怖いも……」
ブツブツ言いながらエドワード卿は下に降りていく。開いた梯子に手をかけて3階に上がろうと上を見上げると、青空が広がっているのが見えた。
(アナライズテレスコープって……屋上にあるの?)
下から見た限りでは屋上なんてある塔には思えなかったけれど――そんな事を考えながら梯子を登っていくにつれてその空に違和感を覚える。
(これは……映像?)
雲の動きが異様に早いのと、近づくにつれて昔の映画にあるような微かなグラつきとノイズが生じている事に気づく。
そして梯子を上りきると、まるで青い空とそれを覆わんとする雲が広がっていた。
まるで今自分が上空に浮いているように感じる、異空間。
そして床まで雲とその向こうに見える地上を移していて、ここに本当に足を乗せて大丈夫なのかと不安になりながら恐る恐る触れる。
透明な固い何かが足を支えてくれる不思議な感覚を覚える。
『アスカ……!!』
両足を着けた時、自分を呼ぶ懐かしい声に体が一瞬竦む。
部屋に響き渡ったその声の出処を向くと、そこには色鮮やかに輝く銅で出来たような大型の液晶テレビのようなものが、これまた銅で出来た細かい装飾が施された豪華な台の上に置かれていた。
空に浮かぶ銅の台座の方に近づくと、そのテレビ画面の向こうに大きな純白の鷲の背に乗った、今にも涙を零しそうな目で口元を震わせているクラウスの姿が見えた。
『アスカに会える……やっと会える……!!』
喜び以上に鬼気迫ったような声に嫌な予感がする。
少し顔色が悪いような気がしたけど何かを追い求め、焦がれるようなその姿はまさに今にも壊れてしまいそうな位に美しかった。
まさに幻の貴公子と呼ぶに相応しい儚く綺麗なこの青年に涙浮かべられる程に強く追い求められれば殆どの人間が心揺さぶられ、胸が踊るような感情を抱くだろう。
だけど――今の私にはそのクラウスの表情が怖かった。
だってその姿は、その表情は、その目は――けして友人を探すものじゃない。
もしそれが友人を探すものだったなら、あるいは私もクラウスに対して同じ気持ちを抱いていたなら、涙の一つも流して心躍らせて喜べたのかも知れない。
でも、そうじゃない。今こうしてクラウスの姿を見た私の心は全く踊る事無く、むしろこれから知りたくなかった事を知ってしまった絶望に震えている。
私の推測を勘違いだと怒っていた彼と、リチャードが言うクラウスの姿は今いち重ならなくて、彼の好意が本物だと受け止めきれないまま纏めた言葉が頭を通り過ぎていく。
(今まで利用してごめんなさい。気に入らない行動をしてしまって困らせて心配させてしまってごめんなさい。クラウスには本当に感謝してる。今までありがとう。これからはクラウスを頼らないで頑張る。もうクラウスに負担をかけたくない。迷惑をかけたくない。だからこれからは貴方を頼る事無く、純粋な友人として向き合いたい――)
そんな、心を込めた都合の良い綺麗事が音を立てて崩れていく。
『嬉しい……嬉しい……!!』
その言葉に再び、指輪をつけた時の光景が過ぎる。今、クラウスの顔をハッキリ見てしまったからだろうか? 今度は鮮明に思い出せる。思い出したくないのに。
――僕の指輪はアスカが着けてくれる?――
あの時――拒んだら何か恐ろしい事が起きるような気がして言われたままにケースの指輪を手にとってクラウスの右手の中指に指輪をはめた時、
(あの時、クラウスは……)
――……嬉しいな――
そう言って一瞬驚いた顔をしたがすぐに満面の笑みに変わった。
それが結婚指輪になると知っていて嬉しいと喜んだクラウスと、今の嬉しいと言ったクラウスがピタリと重なる。
(ああ、本当に、勘違いなんかじゃなかったんだ)
自分の行いが恥ずかしくて見ないようにしてきた黒歴史――最初はクラウスから妖しさを感じて危ないと思ってとにかく、あの雰囲気を何とかしたくて必死だった。
損得関係で協力するのと、好意を利用するのは違う――勘違いでも本気でも、しっかり線を引くつもりで言った言葉が今更自分の心に刺さる。
(あんな言い方して、本当に好意を持ってる人間が正直に自分の心を吐露できると思う?)
好意があると言えば、それきりになってしまいかねないあの状況で。
(好意を利用するのが嫌だからなんて、それでクラウスに嘘をつかせて、どれだけ私は……)
『アスカ……アスカ、アスカ、アスカ!!』
恍惚に酔いしれた声で私の名を呼ぶクラウスの姿をそれ以上見る事に耐えられず、顔を伏せて耳を塞ぐ。
私に会える事に歓喜する彼の表情が、声が、私により多くの罪悪感を注がせる。
これまで、何も気づかなかった訳じゃない。ただクラウスが違うと言ったから。
本人が違うと言うから違うのだと、そう受け止めてきた。
足から力が抜けていく。もう立っている事さえ難しくなってその場にヘナヘナと座り込む。
『……所にいるみた……だからすぐに助け……ああ、ラインヴァイス、うるさい!! 分かって……分かってる……!!』
もうクラウスに負担をかけたくないから。
これからはクラウスを頼らないで頑張るから。だからもう心配しないで。
『アスカ……今行くから…僕が助けてあげるから……そして今度こそ………で……邪魔……ない……らすんだ……!!』
耳を塞いでも聞こえる言葉が痛い。言おうと思っていた言葉は、もう向けられない。
助けなくていい。私はもう、貴方の好意を利用したくない。
貴方の好意に応えられないのに、甘えたくない。これ以上貴方を傷つけたくない。これ以上私の為に大切な物を捨てさせたくない。
今それを言えば、彼はどんなに傷付くだろう? また自分の気持ちを偽って抑え込んで、私の傍にいようとしないだろうか?
『アスカ……アスカ……!』
『クラウス卿……顔色が悪いようですけれど大丈夫ですの?』
耳を塞いでも熱く執拗に連呼される自分の名前に恐怖以上に羞恥心が積もりはじめた時、クラウスとは別の、聞き覚えのある綺麗な声が耳に響いた。
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