第15話 デートに備えて色々と
これまで私は自分はかなり冷静に物事を判断できる人間だと思っていました。
アーサー様に関してはすぐ頭が熱くなってしまいますけれど、それ以外の事に関してはラリマー家の名に恥じぬ人間である自信があったのです。
それがうっかり淫魔の首飾りのスイッチを押してしまっていたり、殿方に近づかれて失神してしまうという失態――これがまだ公爵家同士という対等な立場とヒューイ卿……ヒューイがとても寛大な方だった事に救われただけで、私自身は大いに反省しなければならない事なのです。
(10日後……子作りの日を迎える前に己の欠点を克服し、ヒューイが私に抱いただろう<うっかり失神娘>の印象を払拭してみせますわ……!)
その為には平民のような言葉遣いとヒューイ卿が普段どんな感じに女性を口説いているのか調べる必要があります。
それらに合わせた振る舞いをすれば、私が公爵家の娘にふさわしい人間だと見直して頂けるでしょう。
そこでまずは学院で私の護衛をしてくださる令嬢達に機密事項だと伝えた上で事情を説明し、ヒューイの情報収集と平民のような喋り方をする女性に心当たりが無いかを調べてもらったのですが――
「ルクレツィア様、報告書をまとめましたのでご査収くださいませ」
調査を開始してもらってから3日後の放課後、3人から少し厚みのある冊子を手渡されました。
パラリと捲るとかつて彼と関係があった女性に聞き取りをおこなったようで、女性の名前と出会いから別れまでの数日間がそれぞれの文字で丁寧に書き込まれています。
「内容をまとめますと、ヒューイ卿はとても話し上手で聞き上手な方のようです。様々な女性のお相手をしているだけに、相手に合わせる事が得意なのでしょう。あまり気負わず自然体で接された方が良いかも知れません」
「そ、それと……形に残すのは
まあ! 夜の営みに関しては私も初めての経験ですし、気絶しないようにするだけでいっぱいいっぱいになりそうですからそこは元々おまかせするつもりでしたけれど――そんな事まで乙女が聞きとるのはさぞ恥ずかしかったでしょう。3人とも顔が真っ赤ですわ。
「も、もう一つのご依頼の『平民のような喋り方の女性』については今現在学院には平民の生徒がおらず……中等部高等部含めてそれっぽい喋り方をする女子生徒を何名か見つけ最後のページに記載させて頂きました」
確かに平民の特待生は10年に1度現れるかどうかの希少な存在――少々残念に思いつつ一番最後のページを確認すると、女子生徒の名前と学年学科が数人分記載されています。
私が登校してから授業中も休憩中も食事中もピッタリと護衛してくれるのに3日でここまで――恐らく私が下校した後に3人役割分担して色々調べてくれたのでしょう。
3人とも寮住まいですもの。調べては報告し合ったりしたのでしょうね――羨ましいですわ。
「ありがとう。参考にしますわ。それに3日間でここまで……お見事です。お父様やエリザベート様にも貴方方の働きを伝えておきます」
「「「ありがとうございます、ルクレツィア様」」」
お辞儀の角度もピッタリですわ。私がその中に混ざれないのは寂しいですけれど、どうか三人末永く仲良くして頂ければと思います。
馬車の中で報告書を読みながら舘に帰宅するなりラインハルトにアレクシスを呼ぶように伝え、すぐに自室に向かいます。
アイドクレース邸から戻ってきた翌日、ラインハルトがエリザベート様に『いくら訓練と言えど従僕が主人の娘と寄り添い、触れ合い見つめ合う状況はいかがなものかと』と直談判したらしく、その結果アレクシスに代役を頼むしかなくなったのです。
私が許可しているというのに一体何が『いかがなもの』だというのか――まったく困ったものですわ。
苛立ちを抑えながら制服から普段着に着替えた所でノック音が響きました。
開けると緑の衣服を纏ったアイスブルーの眼を持つヒューイが眉を下げて目を細めて私を見据えています。
「アレクシス、ヒューイ卿はもう少し目を見開いてますわ。後もう少しくだけた感じを出しなさい」
「く……くだけた感じって言われても……」
一応やってみるけど、と言わんばかりにヘラ、と笑って見せてきましたけど何か違いますわ。
ヒューイの百戦錬磨の余裕というか、そう、余裕――アレクシスには大人の余裕がないのです。
そう考えたら14歳に28歳の大人の余裕を求めても仕方ありませんわね。
「……もういいですわ。さあ、そこのソファに座りなさい。今日中に寄り添って座れるようになりますわよ」
そう言ってアレクシスをソファに誘導すると、これ以上無いって位に隅っこに座られます。
仕方がないのでその隣に少し隙間をおいて座ります。やはりちょっと嫌な動悸がしますわ。
少し慣れてきた所でジリ、と距離を詰めるとアレクシスが情けない声を上げます。
「ひぃい……姉様、そんなに近寄られると……」
「アレクシス……私の一大事なんですのよ? ここ最近貴方の魔法技術が格段に上がり変化の術も上手に使えるようになったというのに、メンタルは未だ貧弱なんて……情けない」
「た、助けてぇ……!」
全く、危機が迫っている訳でもないのに誰に助けを求めているのか――ラリマー家の後を継ぐかもしれない人間がこんな事ではいけませんわ。
お父様が戻ってきたら根性叩き直してもらうようお願いする必要がありますわね。それに――
「アレクシス、貴方はいつかは女性と契りラリマー家の跡継ぎを作らねばなりません。だから貴方も今のうちに女性に慣れておきなさいな。いざという時、女の気絶は許されても男の気絶は絶対許されなくてよ!」
そう言って私も学院で男子生徒に人気の大人っぽい女子生徒に変化して隣に寄り添います。最初は戸惑い気味だったアレクシスも少しは落ち着いたようです。
ああ、きっと
私もアレクシスもまだまだ未熟――精進せねばなりませんわ。
そこから学院で平民のような喋り方をする女子生徒の言動を休憩時間や食堂などでチェックしたり令嬢達の助言も参考にしつつ、アレクシスで耐性をつけ――はや5日間が過ぎました。
そして、デート前日――学校帰りに目の色と態度以外は見事にヒューイに変化しているアレクシスの隣に密着し続け、手を触り触られする事顔を近づけたりする事には慣れてきたのですが、ここからどうしたらいいのでしょう?
「アレクシス、ガバっと私に覆いかぶさってみなさいな」
「な、な!? む、無理!!」
明らかに動揺するアレクシスに情けなくなり喝を入れるつもりでガッ、とアレクシスの顔面を掴んでグイッと顔を近づけます。
「何よ! 最初に会った時は私と契るつもりできたんでしょう!? この臆病者! こうガバッと覆いかぶさる位の男らしさを見せてくれてもよろしいんじゃない!?」
もうこの位顔を近づけても動悸は起きません。逆にアレクシスの方が嫌な動悸でも起こしているのか、冷や汗をかいて私から必死に視線をそらしています。
「貴方はちゃんと魔法も上手に扱えるようになってきたんだから、もっと自信を持ちなさいまし! 貴方もラリマー家の子として恥ずかしくない人間な」
「……」
「アレクシス?」
言い終える前にアレクシスの変化の魔法が解けて気を失ってしまいました。ああ、本当に軟弱で臆病でどうしようもない異母弟ですわ。
1つため息を付いた所でノック音が響いたので入るように促すと、オフェリア様とネクセラリア様が入ってきました。
「ルクちゃん、あんまりシス君をイジメちゃ……あらあら、取り込み中だったの?」
「違うわ、こいつが勝手に失神しただけですわ。それでオフェリア様、何か用?」
「ルクちゃん……貴族と平民の喋り方が混ざってて違和感が凄いわ。言葉の使い分けってとっても大事なのね……」
私の喋り方がまだまだ平民らしくなっていないのでしょう。オフェリア様から苦言を呈されてしまいました。
「そんな事はどうでもいいの! ルクちゃん、デート明日でしょう? さっきヒューイ卿からプレゼントが届いたの! どんな物が贈られてきたのか興味があって見に来たのよ♬」
オフェリア様の横でいつも以上に楽しそうな笑顔を浮かべているネクセラリア様が楽しそうにパン、と手をたたくとメイド達が大きな箱を3つほど抱えて入ってきました。
テーブルの上に箱を置いてもらって早速開けてみると――翠緑の……ワンピースではなくサウス地方の方がよく着られる太ももの辺りからスリットが入った滑らかな民族衣装に、薄緑のゆったりとしたロングキュロット、濃緑のローヒールのパンプスに緑真珠のイヤリング、小さな花をあしらったチョーカー、女性一人すっぽりおおえそうな緑色ののフード付きマント。
「あら、この服……かなり上質な魔絹が使われてるわね。細やかな刺繍のセンスもいいし……」
「フード付きのマントはルクちゃんを周りの人から見られないようにする為なのかしら? 色々配慮されてるのね♪」
翠緑を基調にした薄緑や濃緑であしらわれた全身のコーディネート。
青ではないけれどそのセンスや品質の確かさに感嘆の声が上がる中、箱に入っていた薄緑の手紙を開いてみます。
<アーサーから何の連絡もないようなら明日15時に迎えに行く。皇都を少しめぐった後夕食を食べてから宿の一室を借りてあるからそのつもりで。服や靴はサイズ調整しやすい物を選んだつもりだが、合わないようなら無理して着なくてもいい。ただ、護衛や従者はつけないでほしい。俺が君を守るから>
「まあ、『俺が君を守るから』……ってヒューイ卿、本当にその方の事が好きなのね……! いったいどんな方なのかしら……!?」
いつの間にか私の横で手紙を読んでいたネクセラリア様がオフェリア様を手招きします。
アーサー様からはまだ何の返事もありません。3日もあれば返事が来ておかしくない状況で9日――アーサー様は『問題ないから連絡しない』と判断されたのでしょう。
――1日だけでいい……この幻に浸らせて欲しい――
ヒューイはそう言っていましたからデートする事になるかもしれない、と一度アレクシスとデートの練習で庭を歩いたりもしてみたのですけれど、いくら姿を似せてもアレクシスとヒューイは大分性格も振る舞いも違います。
あの方にどれだけ優しく情熱的に扱われても私は冷静でいられるでしょうか? 上手く幻を演じられるでしょうか? ここにきてまた不安がこみ上げてきましたわ。
「従者も護衛も付けないのは心配ねぇ……ライ君にこっそり後追わせる?」
「……いいえ。私、向こうで失態を犯しておりますので、これ以上ヒューイの心象を悪くしたくないの。従者を連れてくるなって言うならその通りにするわ」
「ルクちゃん……本当に大丈夫?」
「……私が大丈夫だと言ったら大丈夫なのです」
自分に言い聞かせるようにオフェリア様の心配の言葉を流します。
アーサー様からの手紙も来ない今、私にはもう逃げ道もないのです。
勿論、逃げるつもりなど一滴ほどもありませんけれど――せめて日中だけでもきっちり自分の役目を果たさなければ。
「そうよ、大丈夫! 緑の人は誤解されやすいけれど本当はとっても優しいのよ♬ ヒューイ卿は皇国が誇る魔道士の一人だもの♪ 何があってもちゃんとルクちゃんを守ってくれるわ!」
神妙な顔をするオフェリア様と反対に一切の憂いがない笑顔で私を元気づけてくるネクセラリア様、そしてまだ気を失ったままのアレクシス――
三者三様の姿に色々と複雑な感情を抱えながら、ついに、ヒューイとのデートの日がやってきました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます