第14話 叶わぬ夢に幻を・3(※ヒューイ視点)


 翌日――レオナルドに母上への手紙を託す為に皇城に寄ったついでに、皇国騎士団の魔道士や魔法騎士達に魔法を教えに屋外訓練場へと向かう。


 東西南北の地方で暴れる魔物は公爵及び公爵家が抱える騎士団が討伐するが、そこに当てはまらない中央一帯セントラルで暴れる下級魔物の討伐は皇家が抱える皇国騎士団の役目だ。


 別に皇家から指導を頼まれた訳でもないんだが、これまであちこちの女の子の所に行っていた分の時間がまるまる浮いた事や、ここ最近まともに公務に出るようになった親父のお陰ですっかり暇になっちまった。


 そんな中たまたま屋外訓練場でしょっぱい魔法を教科書通りに発動させる魔道士達を見て、お節介心が湧いてしまった。


 騎士団の中には魔導学院の魔法学科を出てる奴も少なくないが、教科書に載っている戦闘用の魔法はあくまで<基本>だ。実際に魔物や敵と戦っていくうちに不都合な点を自分なりに調節・改良して実戦向けの物に改良していく。

 そういう<応用>は実戦慣れしてる奴じゃないと中々出来ない。


 例えば誰でも撃てる魔弾1つにしてもゴブリンはともかく、殺人蜂キラービー等の小型の魔物には魔弾の大きさをより大きくするか、速度を上げないとまともにあたらない。


 逆に体力のあるオークや、魔に対する装甲が固いリザードマン相手には魔弾を極力圧縮して1発の威力を高めて確実に急所を狙うか、あるいは2発連射して足首を狙って動きを止めるか――最善の方法はその状況によって変わる。


 いざ敵に対した時に何を優先すべきか、どういう術が有効かどの言語をどう切り換えるか――俺の出来る範囲でやってる魔物討伐で学んできた俺なりの理論やいかに魔法を安定させるか、早く魔法を出せるようにするか、複数人で魔物を討伐する際の連携とか――質問に合わせた講座を開いてるうちに俺が屋外訓練場に行くとそこそこ人が集まってくれるようになった。


「ヒューイ卿のお陰で魔法を発動させるまでの時間を短縮する事が出来ましたし、命中率も上がりました!」

「この気まぐれがずっと続いてほしいです!」


 最初は俺が女の子の尻を追っかけなくなったばっかりか男に助言するなんて、と最初はまあ皆冷ややかというか怪訝な態度だったが、


「俺は噂の通り女の子と話すのが好きだが、男と話すのが嫌いって訳じゃない。それに死人は出ないに越した事はないし怪我人だって少ない方が良いだろ? 教えて何か減る訳でもないし他にやる事もないからちょっと位人の役に立ってやろうかっていう、単なる気まぐれさ」


 そう言ってみせるとまあ何人かの心は開いたようだ。

 開いてなくても俺の技術を取り入れたいと思う奴は少なくないようで、熱心に聞いてくる。


 まあ俺の気まぐれが続いてる間は好きなだけ聞いてくれりゃ良い――と思っていると背後から声をかけられた。

 

 ダグラス――正直今あんまり顔合わせたくなかった人間に、つい視線をそらす。


 てっきりあの子に触れた事や片割れの事を追求されるかと思ったが、まず先に飛び出したのは『スフェールシェーヌの種が欲しい』という一言だった。


 土地に染み込んでいる魔力によって花や実の色を変えるスフェールシェーヌは蓄光性があり、別名<宝石葡萄>とも言われる位、艷やかできらびやかな輝きを見せる。

 薬用の他にも観賞用や調味料としてそれなりに需要がある植物だが――どの品種も実をつける位に成長するまで3年はかかる。


 あの子がその実が好きで喜ばせたい、ってんなら種とは言わず若木を用意してやろうか、とまたお節介心が出て場所を移して話している内に以前あの子に触れた事やヒュアランの事を追求される。


 あいつの横暴を謝罪した後にダグラスに対して嫌味を言ってしまったのは、俺自身抑えきれない物があったからだ。


 暗い顔で素直に謝罪する友人に(お姫様がこいつを選んだのなら)と続く言葉を堪えて、せめて今後はちゃんと大切にしてやるように告げると、それ以上触れられたくないと言わんばかりにダグラスが話題を変えてきた。


「そう言えば……青の娘との縁談の話が出てるそうだが受けるつもりか?」


 まだ正式に公表した訳じゃないが、縁談の話はあちらこちらで噂になっている。

 親父が言いふらしてるのか向こうが言いふらしてるのか分からないが、さっきも講座を聞いていた魔道士の一人に聞かれたし、こいつにもそのうち聞かれるだろうなとは思っていた。


「……どっちが言い出したのか分からないが、なかなか面白いやり方で俺を落とそうとしてきてるからな。そこまでやってくるんならこっちもそれなりに楽しませてもらうさ」


 意味ありげに答えてみせたが、あれだけの事をしておいて幻じゃないあの子と一緒に生きられるこいつが羨ましく感じると同時に、幻で終わらせようとしている自分に何とも言えない虚しさを感じた。


 だが俺が「虚しくなったから」と断れるほどこの縁談は軽いものじゃない。

 親父は受けても断ってもどっちでもいいと言ってるが、俺の意向を理由に断る以上ヴィクトール卿の逆鱗に触れる可能性がある。俺はまだ死にたくない。


 その上ツヴェルフの中で一番マシなお嬢様は自分が目指す幸せの為に真っ直ぐ俺に向かってくる。

 そして淫魔の首飾りなんて裏技まで使われたらもう、乗るしか無いだろう?



 ダグラスに負け犬の遠吠えのような言葉と助言を残してその場から立ち去ると、きらびやかに飾られた御婦人方と従者達の団体とすれ違う。


(ああ、今日は六茶会ろくさかいも開かれたのか)


 六会合に合わせてたまに開かれるらしい、公爵の伴侶達が各自招待したご婦人達と今後の皇国について語らいあう、という名目で開かれるお茶会――通称、六茶会。


 とは言え俺の継母達は皆サウス地方の別邸にいるし、黒と白は独身。

 青と黄と赤しかいない中で青の夫人達と黄夫人のお取り巻きのギスギスな雰囲気を嫌がった赤が出なくなって、ここ十年近くずっと休止状態――って、何年か前に相手してもらった色っぽい御婦人が言ってたんだけどな。


 新しく公爵夫人が入った訳でもなし、何だって今――と思いながら、すれ違う御婦人達に会釈し、会話を風で集める。


「ミモザ様……ミズカワ・アスカはセレンディバイト公と結婚したら、公爵夫人として六茶会にも出てくるのでしょうか?」

「今のリアルガー公夫人もそうですけれど私、ツヴェルフはどうにも野蛮で好きになれませんわ……品性を感じない振る舞いに表情を取り繕う自信がありません」


(……ああ、あの子が来てから本当色々あったからな)


 ツヴェルフ転送、ダンビュライト家の放棄、隣国ロットワイラーの属国化、7侯爵裁判、人工ツヴェルフ――ここ最近立て続けに起きる大事件の裏、というかど真ん中に全部あの子がいる。

 ギスギスした雰囲気を我慢してでも公爵夫人達が六茶会を開いた理由はすぐに理解できた。


「取り繕う自信がないのなら、今後貴方宛てに六茶会への案内は出さないようにしましょうか」


 風が集める声の中で一段と鋭い声が響く。


「み、ミモザ様? 何故です?」

「ミズカワ・アスカは奇想天外な事をやらかす上、セレンディバイト公とダンビュライト侯両者の寵愛を受けています……下手に関わればあの呪神に関わる以上の災厄が降りかかるでしょう。例えどんな破廉恥で常軌を逸した行動を取るツヴェルフであろうと、こちらに悪意を向けてこない限りこちらは敬意を持って接さなければなりません」

「ミモザ様……額に血管が浮いてますわ。大丈夫ですか?」

「先節お会いした時に比べて少しやつれたように感じます。あのツヴェルフをリビアングラス邸で保護している間、余程苦労なさったのですね……」


 なんか酷い言われようだなお姫様。


(まあレオナルドから聞いた限りじゃ、かなりやらかしてるからな……何なんだよ『触れられたら惚れるから魔力を直接補給したい』って……)


 助けてもらった手前、本人を前には言えなかったが――あの子の言葉を真面目に受け止めて卑猥な魔道具を改良するレオナルドも馬鹿だろ。


 馬鹿真面目と無知を組み合わせると危ない事になるって事はよく分かった。あの組み合わせはある意味ダグラスよりヤバい。


「その上困った事にマリーさんがあのツヴェルフと仲がいいのです……次期公爵夫人の友人を嘲笑した所で貴方方らに何の益もありませんよ」

「まあ……最近の若い人の感性が理解できませんわ」

「眉間のシワがいつになく酷いですわ、ミモザ様。噂通り、余程酷いツヴェルフなのですね……それでも庇わねばならぬ心中、お察しします。私も表情を取り繕う努力を致します」


 リビアングラス公爵夫人の嘆きにこれ以上聞くのも気の毒だと判断して、風を止める。

 夫人達のお付き合いってのは色に関わらず、なかなか面倒臭そうだな――と華やかなワンピースに身を包むご婦人達を遠目に見ながら、ぼんやりとお姫様の事を考える。


(誰にとってのお姫様、か……そりゃあ、ダグラスにとってのお姫様に決まってるだろ……)


 あの子に似合うように、と作られただろう漆黒のドレスを身にまとったお姫様。

 王子様や騎士の手を振り払って悪い魔法使いに絆された、困ったお姫様。


(……ああ、せっかくなら翠緑に染まったあの子も見てみたいな)


 約束の日まで9日後――ただ魔力を注いで抱くだけじゃあもったいない。


 せっかく幻が見れるなら何の未練も残さないで済むよう、叶わぬ夢を全て幻に変えてしまうのも良いかもしれない。


 俺があの子に着てほしいと思う翠緑のアクセサリーや翠緑の服を着てもらって、俺があの子に見てほしいと思う景色を見てもらって、食べてほしいと思う料理やお菓子を食べてもらって。


 全部幻にしてしまえば、俺の自分勝手な感情も冷めるかもしれない――なんて相当狂った思考だと思うが、お相手も相当狂ってるから罪悪感もない。


 今更ながらあのお嬢様との『誰も傷つけない、利用し合うだけの関係』に感謝しつつ皇城を出て貴族街に立ち寄った。


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