第236話 これまでも、これからも。


 屋上に上がると青白い星が屋上全体を照らしていた。高い所から見ると一回り――いや、二回り位青白い星が大きく見える。


 屋上を囲うように点在する青白い炎の篝火も相まって広い屋上全体が青白く照らされる中、私達が上がってきた階段の対局の位置――端の方に皆集まっているのが分かる。

 駆け寄ると、視線が一気にこちらに向けられた。


「全員揃いましたね……転送まで約3時間30分……今彼らは3階にいます。この塔のセキュリティがどれだけ足止めをしてくれたとしても、彼らは0時前に屋上に上がってくるでしょう」


 リヴィさんの言葉にアシュレーの「っしゃ!」という声が続く。え、もしかしてアシュレー、戦いたいの?


「魔力から推測すると、緑……ヒューイ卿が作り出した半減結界ダウンバリアの中に黒、青、黄、橙の魔力を感じます。状況からしてルクレツィア嬢、レオナルド卿、アーサー卿でしょう」


 アシュレーの反応をスルーしたネーヴェの説明に一層緊張感が高まる。


「こっちで戦える面子は俺とクラウス、リチャード、ネーヴェか……ちょっと戦力的には差があるな」

「アシュレー、勝とうとする必要はない。半減結界ダウンバリアが張られているならそれを生かした時間稼ぎ……戦いをいかに長引かせられるかが鍵だ。僕が4人全員に能力向上オブテインをかけるから、君は攻撃を食い止める事に専念して」


 手を顎に当てて考えるアシュレーにクラウスが諌める。


「……僕もかけます。彼ら相手に能力低下は効かなそうですからこちらの能力をあげて対抗した方がいい」

「わ、私も……! 誰か一人位なら能力向上オブテイン使ってあげられると思う! 怪我したら治癒だって……!」


 ネーヴェに続いてバフ係に手を挙げる。一番強くてヤバい人の目的が私なだけに何とか役に立ちたい。


「じゃあアスカの能力向上はリチャードに使ってもらおうかな。3つもかければリチャードも対等に戦えるだろうから。アスカには後で遠距離治癒ファーヒールの使い方も教えてあげるね」


 よし、これで皆の役に立てる。白と黒の魔力はたくさんある。重ねがけだと消費も激しいけど単独ならそこそこ長持ちしそう。

 魔力なんて元々向こうの世界に無いものだし皆私達の為に頑張ってくれるんだから、この世界で惜しみなく消化していこう。


「誰が誰と戦うかも決めておきましょう。私は兄の戦い方を大体把握しています。兄が来たのは私がここにいるからというのもあるでしょうし、兄は私が……」

「アーサーは高速移動ステップ使えるだろ? あいつは俺に任せてお前はレオナルド食い止めろよ。あいつ高速移動使えねぇし」

「待って、アシュレーにはダグラスを任せたい。コッパー家の跡継ぎは僕が動きを止める。能力低下や状態異常は効かなくても結界なら強制的に動きを止められる」

「僕はユーリ達の転送陣の防衛に徹しますが……ルクレツィア嬢は幻術の使い手だと聞いています。彼女の動きについては僕とダンビュライト侯で何か対策を講じたほうがいいかと……」


 男性陣が本格的な話をしだしてついていけなくなってきた頃、チラとソフィアを見ると会話に混ざる事を完全放棄して満天の星空を仰いでおり、優里は目を輝かせて何やらメモっている。

 私は5階で着替えた部屋にスカーフとブローチ以外の私物は紙袋に入れて置いてきたけど優里はノートも持ち帰るつもりなのだろうか?


 集中して聞き入っている優里に声をかけるのも悪い気がして手持ち無沙汰で塀の近くまで歩いて周囲を見渡すと街の明かりがチラホラと点いている。


「アスカ、今は街を覗き込まないでください。騒ぎになるかも知れません」


 リヴィさんにそう言われて見渡すに留めているうちに、この世界に来た当初の頃を思い出す。


(この世界に来てから色々あったなぁ……)


 ここで皆と出会って、リヴィの説明を受けて、着替えてたら私一人だけ取り残されてて、黒馬車であの人と出会って――


 歓迎パーティーの前にメアリーやセリアと出会って、パーティーでアシュレーやリチャードと出会って――ネーヴェとクラウスに出会ったのはその翌日だったっけ――


 ここに来た最初の日はとても濃厚な一日だったけど、その後も本当に色々あった。

 メアリーの授業に魔物狩り、その後魔法戦士目指そうとしてレオナルドに説教されたり、クラウスに魔力もらう為にハグしてもらったり、ネーヴェの部屋から優里のおばあちゃんの日記パクったり――


 振り返って優里の足元を見やると、その時日記を取り出したみかん箱が置いてある。

 優里もすでに制服に着替えていて首元には薄緑のシアースカーフも巻かれている。


(……そう言えばあの人に求婚されたのも、あの日だったっけ……)


 あの人からの明確な好意に、戸惑ったあの日――色々ありすぎて厄日だと嘆いた日が懐かしい。

 今思い返せばあの程度の事、厄日でもなんでもなかった。


 次の日エレンに叩きのめされて、アンナと言い合いになってアンナのマナアレルギー防ぐ為にアシュレーの所行ったりして、アンナにこの世界で恋するつもりはない、って言ったのをあの人に聞かれていたせいでややこしいことになって――おまけにその後妄想話で恥をかいて――


(まあ、その妄想話のおかげで優里の信頼を得られたと思えば、恥をかいたかいがあった……のかな?)


 その後、ドレスを手に入れるためにバタバタしたり、皆で露店を巡って楽しい想い出が出来たり……今皆が身につけているスカーフは皆があの時の想い出を大切にしているという事。


 そう言えばここにいる男性陣は皆、その時私達と一緒に居てくれた人達だ。この不思議な縁に温かい気持ちになる。


 その後は、囮作戦で襲われて、助けられたけど取り乱して好き勝手叫んだ事が原因でセレンディバイト邸でもバタバタして――


(いや……ここから先を思い返すのはやめよう)


 だって殆どがあの人との想い出だから。その最後は酷いものだったから。


 ――本当に、そうだった?


 懐妊パーティーでの、私を捕まえるまでの彼は――酷かっただろうか? 色々私を気遣ってくれたあの人の姿が頭をよぎる。


(あれは……私が取り返しがつかない程傷つくのを避けただけで……ほら、あんな場所だと世間体だってあるだろうし、機嫌を取ろうとしてただけで……)


 ――そんな人が、頼ってください、なんて言うと思う?


(……頼られてる自分を周囲に見せたかっただけじゃない?)


 ――しっかり着飾った公爵が私の為に飲み物をいっぱい持って来る姿は、周囲にしてみれば滑稽だったと思うけど?


 気持ちを押さえつけようとすればする程、心の中で何かが蠢く。

 その正体はあの人に優しくしてもらった想い出と、あの人が私の為に色々工夫してくれてた記憶。


「アスカ、どうしたの?」


 クラウスの声に我に返る。いつの間にか話が終わっていたようだ。


「……何でもないわ」


 後ろめたさを感じて小さく首を横に振る。


「そう…じゃあ遠距離治癒ファーヒールについてなんだけど……能力向上を唱術で使うなら印術で教えた方が良いね」

「あ、指輪の魔力の使い方も教えてくれる?」


 リヴィのように指輪から魔力を放つ方法も知っておけば、より私の援護は長持ちするはずだ。

 クラウスは少し眉を潜めたけど深く触れてこずに治癒の魔法を飛ばす印を教えられ、指輪の魔力を使って試し打ちする。


「うん……上手だね。じゃあまた指輪に魔力を込めておくね」


 クラウスが私の右手を強く握る。強い白の魔力が指輪を越えて体に巡ると、心のなかに蠢いていたものが大人しくなっていく。


 もし――私が従順だったならあの人の傍にいて幸せだったのかも知れない。

 でも私は従順にはなれない。私は私でありたい。あの人と一緒に居ても、お互い幸せにはなれない。



 そのまま、どの位静寂が続いただろうか――突如みかん箱を中心に直径5メートル位の青白い魔法陣が石造りの床に浮かび上がった。


「皆さん、この中に入ってください。後一時間程でこの陣が起動します。いつ向こうが転送を邪魔してくるかわかりませんからイヤリングとチョーカーはギリギリまで身につけておいてください」


「……ソフィア様」


 ネーヴェの声に応じるように魔法陣に近づくソフィアをリチャードが呼び止めた。

 ソフィアが振り返った瞬間に合わせるように、リチャードがソフィアにキスをする。


「貴方が望む未来が訪れる事を、この世界から願っています」

「リチャード……!」


 まさかリチャードからされると思っていなかったのだろう、目を見開かせてるソフィアの姿が可愛い。


(健気……!!!)


 健気で報われない男が頑張ったシーンに喜びがこみ上げる。しかし流石にここは私がキュンとしたらいけない。


(ここはソフィアに全キュンを譲らないと……!!)


 抱き合う2人から目を逸らすと今度はネーヴェの頭を撫でる優里の姿。


「ネーヴェ君、協力してくれてありがとう」

「……ユーリ、僕は……」


 何か言いたい事があるけど、言っても良いのかどうか悩んでいる表情だ。


「お父さんとお母さんと仲良くね?」

「……はい」


 こちらはちょっと切ない。優里の笑顔がネーヴェの気持ちを察しているのかいないのか分からないけど、仮に気持ちを伝えてもそれを優里は心からは受け取らないような気がする。

 ネーヴェの傍に立つリヴィさんもこの状況に少し淋しげな視線を向けている。


 また気まずくなって視線を反らすと、シャドーボクシングっぽい事をしてるアシュレーが目に入る。


「アシュレー、アンナに宜しく言っておいて」

「分かった。元気でな!」


 青白く照らされる彼の表情は、一寸も曇っていない明るい笑顔。もう二度と会えなくなるけど、その笑顔に少し救われる。


 そして――最後に視界に映るのは最初から最後まで、ずっと力を貸してくれた人。


「クラウス……今までありがとう。本当に貴方には助けられてばかりで、感謝してもし足りない位……」


 出会いは元カレの声と同じって事も相まって本当に最悪で、でもそのお陰でクラウスの色んな一面が見れて。楽しい想い出もいっぱい出来た。

 何より今こうして地球に帰る事ができるのはクラウスが命懸けて道を作ってくれたお陰だ。


 連れ去られた時は恨んだ事もあったけど、そのお陰でダグラスさんは私じゃ変えられない事を知れたのだから。

 あの恋に飲まれて、そのままこの世界に残っていたら……いつか後悔する日が着ただろうから。


「私の事なんて見捨ててもおかしくなかったのに……本当に、ありがとう」


 自然と涙が溢れる。この世界に来てから本当泣いてばかりいる気がする。これが最後の涙。

 帰れるはずなのに、嬉し涙のはずなのに――何だかすごく、苦しい。


「僕はアスカを見捨てたりなんかしない。これまでも、これからも」


 コートのポケットから取り出された白いハンカチでそっと涙を拭われ、恥ずかしくなって顔を逸らす。


(そうよね。まだ帰れると決まった訳じゃない。あの人が来る……転送の時までクラウスは守ってくれる……さよならは最後の最後に言お……って、そうだ!)


「ネーヴェ! これセリアに渡しておいて!」


 再びネーヴェに視線を向けて4つ折りにした手紙を渡すとネーヴェはそれをローブのポケットに仕舞い、改めて私に手を差し出した。


「アスカ、婚約リボンと指輪を外してください」


 あ、そう言えばそんな事言ってたっけ――せっかく物や指輪から魔力を飛ばす方法を教えてもらったのに、と思いつつリボンを解こうと頭に手をかけようとするとクラウスが私の手を掴んで止める。


「駄目だ。戦闘になるかも知れないならこれを外しちゃいけない。アスカは防御壁も張れる。もしこの転送陣を守る結界が破られたらソフィアやユーリを守れるのはアスカしかいない。アスカ自身が保持する魔力が尽きた時に指輪やリボンの魔力が使える。念には念を入れておくべきだ」


 ネーヴェの方を見ながら強い口調で言うクラウスに怯んだのか、ネーヴェは困ったようにリヴィさんを見つめる。


「ネーヴェ、構いません……仮に地球に持って帰ったとしてもアスカはそれを悪用する人間ではありません」


 リヴィの後押しもあってネーヴェは諦めたように手を降ろした、その時。


「飛鳥さん……!!」


 ついに階段から――今一番会いたくない人が上がってきた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る