第70話 愛を唄う、歌姫。



 クラウスが出ていった後、酷く気が重くなった状態でただ、どうしよう、と思い悩む。


(……クラウスはどうしたいんだろう?)


 私がダグラスさんの事を好きでもいいから傍にいさせてほしい、拒まないでほしい、好きでいさせて欲しい――と言ってるのは分かる。


 でも私は嫌だ。クラウスがこちらに好意を向けていると分かっていながらダグラスさんと気兼ねなく過ごせない。


(クラウスが、他の子に目を向けてくれたら……)


 でもいくらクラウスの愛情を受け止められないからって、わざわざこの子はどうとかあの子はどうとか言う気にもなれない。


 普通に迷惑だろうし、好きな人からそういう態度取られたら傷つくと思う。

 『私は応えられないから他の子を勧める』なんて、相手の気持ちを考えない傲慢で身勝手なお節介だ。

 でも、だからといってこのまま放置も何だか、傲慢のように思えて――


 そんな感情蠢く思考を自分の理性がチクリと刺す。


 本当に気がないのなら、相手が傷ついていても新しい道を示すべきじゃない?

 本当は想われている事が嬉しいから、お節介だとか傲慢だとか相手の気持ちが、と言い訳して、自分からその状況を打開しないんでしょ? って思われるんじゃない?


 ――結局私自身もクラウスに好意を持ってるから、突き放せないんじゃない?


 それは世間体を気にした他人の思考、あるいはダグラスさんが思いそうな事。自分でも思う。

 それはきっと、2人の間で揺れ動く人間を見たら誰だって思う事。


 でも、私は、クラウスに男女の愛を感じてる訳じゃない。そういう意味では取るべき手は決まってる。


 けど、男女の愛とか関係なく、そう、例えばただ単純に『どちらかしか助けられない』と言われたら――判断を迷ってしまう位の感情を持ってる。


 だってそうでしょう? クラウスはずっと私を助けてくれた。どんなに私が変な事をしても、迷っても助けようとしてくれた。

 その行動そのものを責めても、行動しようとした想いを考えたら――


(どう説明すれば分かってもらえるんだろ……ああ、駄目。頭がぐちゃぐちゃする)


 心に溜まった1つ重い溜息をついて伸びをすると、テーブルの隅のノートパソコンが視界に入る。


(そうだ、熱くなった頭で考え続けるより何か別の事をしながら考えた方が冷静になれるかもしれない……)


 スマホの電源がつくまでネットで情報収集するのも良いかもしれない。早速ノートパソコンを開いてネットニュースをチェックする。


 検索サイトのトップニュースに覚えのある名前が載されていて思わず自分の目を疑った。


 <SNSの歌姫ソフィア・ハサウェイ復活>


 え? と考えるより先にタイトルをクリックした先には勝ち誇ったような自信に包まれたソフィアの笑顔があった。


 そして彼女がかつてよくテレビやネットで流れていた曲を歌っていた歌姫である事、一月前にリリースした新曲が世界各国で大ヒットしているという事が書かれていて、気まずさが何処かに吹っ飛んでしまった。


(ソフィア・ハサウェイ……何処かで聞き覚えあるとは思ってたけど……!)


 曲名で検索するとすぐミュージックビデオが出てきたので聞いてみる。


 聞き覚えのある曲は「looking for a dream」ってタイトル――明るく可愛らしい歌声にお父さんが生きていた頃を思い出して胸がキュッと痛む。


 歌っている少女に確かにソフィアだ。あまり洋楽に興味が無かったとはいえこんな綺麗な歌声を持つ人にちゃんと気づけなかった自分を残念に思う。


 歌声を聞く機会なんてなかったから、気づかなくても仕方ないかなとも思うけど。


 そして彼女が約一ヶ月前の新曲――「golden flower」を聞いてみる。先程の曲調とはまた違って真っ直ぐで力強い歌声が耳に響く。


 字幕もついてるけれど英語の成績が良い訳じゃなかった事もあり、所々の歌詞しか理解できずタイトルと歌詞の和訳を確認する。


「golden flower」――黄金の花


 色とりどりの鮮やかな世界で

 貴方は自分は大した事ない人間だって自嘲する

 どうして 貴方は私にとって誰より眩しい黄金の人


 武力なんていらない 止められなくなる

 権力なんていらない 話しあえなくなる


 そんな力がなくても貴方は素敵な魅力で溢れてる

 貴方が何と言っても 貴方は私にとって最高の人


 この花咲き乱れる厳しい世界で

 私は貴方の優しい輝きを支えに最高の花を咲かせるわ

 咲き疲れたらあなたのそばで眠りたい


 辛くないなんて言わないわ 辛いもの

 寂しくないなんて言えないわ 寂しいもの

 それでも私全力で咲き続けてみせるから


 だからまた会える日まで貴方も色褪せずに笑っていて



(……どう考えてもリチャードに向けて歌ってるわよね)


 本人が前に言なかったら盛大にデレるんだなぁと感心しつつ、ル・ティベルに戻った時にリチャードに教えてあげようと思い歌声を聞きながら歌詞をメモる。

 

(あれ……また会える日までって事は、会う気があるって事?)


 そこまで書き終えた時に思った疑問はスマホの電源が入った音に中断される。


 電源が入ったスマホにはズラリと画面上に着信履歴の山が浮かんでいた。

 一樹が召喚された後の数日後にかけたのを最後に叔母さんや会社、卒業してからすっかり疎遠になってしまってる友達の名前が並ぶ。


(どうしようかな……こっちから一樹に連絡したくないし……)


 友達にもあまり掛け直す気になれない。

 「異世界行ってくるね!」って言って「言ってらっしゃい!」って見送られるようなノリならともかく、この状態で連絡するのは気が引ける。


(とりあえず……まずは優里から貰った連絡先にスマホ戻ったってメール送って、後は鞄届けてくれた人と、会社に電話……)


 鞄を届けてくれた人に電話をかける。優里が言っていた通り『とんでもない事になってしまってごめんなさい』と平謝りされた。

 こちらも何だか変な事になってしまってすみません、お礼を、というとやはり優里と同じように断られた。


 人の失態をネットに晒して笑いを取る人達とは違う、たまたま超常現象が撮れて驚きのあまりに投稿してしまっただけなのだというのが感じ取れて、お互い大分気まずい空気の中で謝りあいながら電話は終わった。

 後はこの人と子どもがこれから平穏な生活をおくれている事を願うしかない。


 『人の噂も75日』って諺がある位人って飽きっぽい忘れっぽい所もあるから、多分大丈夫だとは思うけど。

 この人に限らず、超常現象が撮れた時は投稿する前に自身の身バレに繋がるリスクを考えて投稿してほしいと思う。


 不特定多数が容易に見られるネットの世界では誰がどんな事を考えているか分からない。

 皆が皆、自分と同じ考えの人間ばかりじゃないのだという事を痛感した。


 突然行方不明になったと人に対して心配するどころか半笑いで「雨濡れ女」なんてあだ名つける人間がいるなんて思っても見なかった。


 しかもそれはまだマシな方で、普通に実名出してる動画もあって私も優里もしっかり有名人になってしまってる。


 私はあっちの世界に戻ると決めてここに来たからいいけど、普通に地球で生きようとしてたらこれまでと同じ生活をおくる事は難しそうな状況に重い溜息をつく。


(私のSNSのアカウントはバレなかったか……)


 どれも見るだけ用のアカウントだったからバレた所で、っていう話なんだけど。

 これも帰る前に削除しておいた方が良いんだろうな。


(部屋、スマホ、保険、SNS、通販、ゲームのアカウント……解約やら削除しなければならない物がいっぱいだわ……家具の処分は便利屋さん使うとして……)


 気が重くなる中、次に会社に電話する。

 会社の方も私が突然消えた事を知って連絡が取れなくてもすぐに解雇、という手段は取らなかったみたいで、酷く心配された。


 私がいつ戻ってくるかが分からないから既に代わりの子を雇った事を説明された上で「明日会社に来てください」と言われた。


(良かった……辞めたいって言えば円満に辞められそうな雰囲気だったわ)


 無断欠勤で解雇と自己都合退職だと後者の方が自分の中での印象が断然良い。

 私の名誉はネット上では大分貶められてるけど、社会的には守られそうだ。


 安堵の息をついて顔を上げれば、赤みがさしていた空はすっかり暗くなっていた。


(あ……夕ご飯どうしよう?)


 久々に財布の中を確認すると五千円札が目についた。

 残高の確認もしないといけないし、近くのスーパーに行ってこないと――と思っているとベランダの窓がカラカラと開いてクラウスが姿を表す。


「あ、クラウス……私今から夕ご飯の買い物行くけど、一緒にくる?」

「えっ」


 ギクリ、と身を強張らせるクラウス。何でそんな怯えてるんだろう?


「僕は……その、ご飯なら、亜空間に収納してるのがあるから……」


 やっぱりクラウスの表情は暗い。でもここで私まで暗くなったらまた重い話になっちゃうし――


「そ、そう。ここで留守番するならテレビとか見てるといいわ!」


 苦し紛れにテーブルの上のリモコンを取ってテレビを付けると、突然湧き上がる笑い声にクラウスとラインヴァイスはビックリしていた。


「な、なにこれ?」

「テレビよ。遠く離れた場所で撮った映像を編集して、色んな場所で放送してるの」

「画面の中に画面がある、文字浮かんでる!」

「あ、これは確か『ワイプ』って奴よ。文字浮かんでるのは『テロップ』って言って……」


 じっとテレビを見つめるクラウスにちょっとお節介心が湧いて解説する。

 そうだ、この時間帯なら――と思ってチャンネルを変える。


「ナニコレ」

「アニメよ。今は3D機能とかも使われてるから一概に言えないんだけど、絵を何枚も書いて動かしてるように見せるの」

「へ、へぇ……」


 感心したように未知の文明に見入るクラウスが可愛い。その頭に乗ってるラインヴァイスも一緒に見入っている。


(……うん、やっぱりクラウスに暗い顔はしてほしくないな)



 翻訳魔法なら日本語も読めるはずだし、漫画も見せようかな――なんて考えているとピンポーン、と甲高いチャイムが鳴って私もクラウスもラインヴァイスもビクつく。



「今の変な音、何?」

「お客さんが来た合図だけど……誰だろ?」


 叔母さんが手紙を持って来てくれたにしては早すぎるような気がする。

 不審に思いながらドアスコープを覗くと、じっとこっちを見つめる一樹が見えた。


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