第73話 物凄く危ない科学者の自問自答・2(※カーティス視点)
アランに会った頃の僕は自分の頭の中に詰まっていた研究を殆ど放出してしまったせいか、あるいは新たな核を器に入れた副作用か――考える事がないと常に自問の声が聞こえるようになっていた。
――僕はどうすれば普通に生きる事が出来たんだろう?
それに対する答えも、そんな思考を埋められるようなアイデアももう思い浮かばず、興味のある研究も人工ツヴェルフ以外に無い。
脳に響く自問から逃げ続けていく内に僕の情緒は不安定になっていった。
いや、情緒なんてずっと前から――物心ついた頃から不安定だった。それを咎める人間がいなかったから気付かなかっただけで。
そして新たに宿した核の違和感――自分でおかしいと思う位には自分が歪んでいく感覚があった。アランに会ったのはそんな頃だった。
僕の核の移植の成功を聞きつけたというアランは自分の素性を隠す事無く話した。まあ彼のその顔と魔力の色が素性を明かしているようなものだったけれど。
アイドクレース家の跡継ぎの片割れ――あのチャラチャラヘラヘラした緑の公爵令息は今いち感情の変化に乏しいとは思っていたが、双子だと知って納得した。
「俺も家の追跡を撒く為に魔力の色を変えたいんだ。俺の中に別の色の核が入ればアイツらは俺を殺せなくなるからな」
僕が自分に核を移植した理由には確かにペリドット家との縁を絶ちたかった気持ちもあるが、何より僕は僕のこの抑えきれない感情を止めたかった。
青に近い色の核を宿したのはその為だ。
だがアランは何色の核でもいいから、とにかく今持っている物以外の核を宿したいらしい。
アランが言っている事が全て事実なら核の移植はまず間違いなくアランを救う事になるだろう。
あのチャラヘラ公子がアランを殺せば別の色の核まで宿してしまい、その時点で色神の加護を受ける資格がなくなるからだ。
核の移植なんて望むのは僕か核に異常がある人間位だろうと思っていたが、意外な需要があったらしい。
しかし双子や多胎児が殺しあえば力が手に入る――それは一体どういう仕様なんだろう?
人工ツヴェルフの核を抜き取るという手法に活かす事は出来ないかと興味が湧いて多胎児が欲しいと国に探させてはみたけれど、双子や多胎児はそもそも産まれた時点で一人を残して親に殺される。
この2年で実験体を見つける事は出来ず、アランの片割れも皇国の公爵令息という立場上攫うのも厳しく、その研究には全く手を付ける事が出来なかった。
そんな中、アランは色々興味深い話を僕にしてくれた。生きる事を望まれない者同士――いやアランは跡継ぎの為に生かされた末に殺される、僕より不幸な存在。
僕も釣られて身の内話をそれぞれの生い立ちを自虐して『酷いもんだな』と笑いあえたのが楽しかった。
――友人とはこういうものなのかもしれない。そう思ったら彼が離れるのが惜しくなってきた。
核の移植自体は国に中級の魔物を捉えて持ってくるように言えば出来ない事もないが、移植すればもう用は無いとばかりにアランは去っていくだろう。緑系統の人間はそういう人間が多い。
――だからあれこれ言い訳してアランをこの研究所に引き止めた。
だが襲い来る人間をいとも簡単に切り捨てるアランでもここで無抵抗の人間が大量に死んでいく事には引いたらしい。
『これだけの人間を殺して心が傷まないのか?』と嫌悪の表情で率直に聞かれた事もある。
心が全く傷まない事に自分の異常性を思い知らされる。だけど人間は皆異常な一面を持っている。たまたま僕の異常性がそこに現れただけだ。僕が異常なら僕を見捨てた人間だって異常だ。
――それにこの研究はいつか多くの人達を救うだろう。僕は第二第三の僕を助けたいんだよ。誰も僕を助ける為に手なんて差し伸べてくれやしない。僕を助けられるのは僕しかいないんだ。
そういう意味では僕は何番目の僕だったんだろう? 僕の前の僕達は何人成すすべもなく無意味な生を遂げて、何人無意味に死んでいったんだろう?
女や食事を世話してやっても居心地が悪くなってきたらしいアランから核の移植を急かされて、巨竜種クラスの核でないと移植に耐えられないと嘘吹けばアランは自ら探しに行った。
そして少し前に凍傷を負いながら氷竜の卵を持って帰ってきた。
己のテリトリーから出てこないと言われる、巨竜種の卵――貴重な研究材料に僕の心は久々に躍った。
だが僕の研究による死者の数が4桁を超えていて王国は金と人の提供を渋り始めていた。
せっかく僕の研究意欲が湧き出ているのに今研究所にいる奴隷だけでは明らかに足りない。
新たな供給が来る前に少しでも補充できないか――そう思っていた中ルドニーク山で大きな雪崩が発生する。
雪崩に巻き込まれた人間がいるかもしれない。タダで実験台を手に入るかもしれない可能性に胸が踊った。
研究室篭りで少し外の空気を吸いたいと思ってた所だったから護衛としてアランも連れて行ってみたら、地球の、しかもツインのツヴェルフが雪崩に飲まれてきていたので僕のテンションは最高潮に達した。
だがその地球のツヴェルフは僕を一気に地獄に叩き落す。
『貴方……その歌、そこまでしか知らないの?』
地球のツヴェルフの忌々しい言葉が僕の拠り所を無残に踏み潰した。
やめろ。僕の大切な歌をツヴェルフの物にするな。これは母親の歌だ。母親の――大切な、愛してくれた証、なのに。
その場では冷静を装ったけれど、その夜は悪夢に苛まれた。
父親と母親の冷たい視線、溺愛される弟。僕をあざ笑う従者や兄弟達。
パーティーでは他人の好奇や哀れみの視線を感じる。
ザワザワする度に母親が歌ってくれた歌を口ずさんでザワザワを落ち着かせる。
そう、この歌は母親が僕の為に歌ってくれていた物だと信じていたのに。
少なくとも赤子の頃は愛されていたのだと思っていたのに。ツヴェルフに似るまでは僕は愛されていたのだと思っていたのに。
そんな風に僕を扱うのなら、何故僕を産ませた? 僕は何の為に産まれた?
もし僕を産んだツヴェルフが僕にそれを歌って聞かせていたと言うなら、何故僕を殺そうとした? 愛していた? 愛していたなら殺そうとなんかしない。
脳裏に浮かぶあの怒りの形相がツヴェルフの愛を完璧なまでに否定する。
それでもいくら考えても答えが出ない。分からない。怒りの矛先が定まらない。そしてその矛先は自分自身に向いてしまう。
核を移植してからは忌々しい記憶は思い出さないようにしていた。
新しい核は僕が憎しみにかられる事を嫌う。憎しみにかられてしまえば僕は僕でなくなる。せっかく手に入れた冷静な僕じゃいられなくなる。
――母親が僕を愛せないのは仕方がないよ。血が繋がっていないんだから。僕は憎まれても仕方がない子だ。
でも父親は僕と血が繋がっている。なのに何故? いくら愛のない子作りで産まれた子とは言え、情の欠片の一つも無かったんだろうか?
――しょうがないよ。だって人も所詮は動物だもの。脳が愛せないと判断した子は愛せない。
それでも今もよく器がザワつく。僕を生んだツヴェルフは一体僕の何が気に入らないのだろう? もう、30年近く立つというのに続くそれが酷く不愉快だった。
――誰も彼もを憎むのは疲れるだろう? だから僕が憎むのはツヴェルフだけでいいんだ。後は皆ツヴェルフに振り回された被害者だ。ツヴェルフがいるから僕が産まれた。そして不幸になった。だからツヴェルフがいなくなればいい。単純な話だ。
本当にそうだろうか?
――そうなんだよ。そうじゃないと……僕が困るだろう?
そうだ。僕がこの頭脳を持って産まれたのは――ツヴェルフを消す為だ。
僕がこの世界の歪みを正せば皆僕を見直してくれるだろう。だから、それでいいんだ。
だから一心不乱に洗浄機を完成させ、跳ねる気持ちを抑えてツヴェルフの部屋に行ってみれば僕を混乱させたツヴェルフはアランに殺されかけていた。
女奴隷ならいくらでも目を瞑れるけど、僕の研究に必要不可欠なツヴェルフを無駄死にさせる訳にはいかなかった。
アランを牽制した後ツヴェルフを洗浄機にかけ、器の中を洗浄した後ツインの特性を確認する。その間、響き渡る彼女の悲鳴に心は全く傷まなかった。
ただ洗浄中に抗おうとするツヴェルフの動きは異質だった。
絶望の中で苦痛に足掻く物とは違う動きに違和感を覚えている内に彼女の中に宿っていた色神の欠片が逃げた。
――あの色神の欠片を逃がす為に動いた時の、あのツヴェルフの顔――良かったなぁ、良かったよねぇ……僕にもそうやって僕を命がけで守ってくれるような人がいてくれたなら、助けてくれる人がいてくれたなら、僕はこんな人生を歩まずに済んだのになぁ……!!
本当にあのツヴェルフは――僕の逆鱗にばかり触れてくる。それでも僕を産んだツヴェルフよりはマシ――いや、同じ何かを感じた。同じ――何かを。
まただ。また器がザワザワする――それにさっきから何でこんなに過去を思い出すんだろう? 心なしか段々体も寒くなってきた気がする。
自分が今目を閉じている事に気づいてうっすら開けば、カーテンが風で揺れているのが見えた。そして全身が濡れているのを感じて起き上がる。
「クシュン!!」
全身が酷く冷たく感じる中一つくしゃみをして周囲を確認する。誰もいない。研究員も、氷竜も――と思った最後に部屋の入口のドアの横で長い茶髪を括った剣士が壁に寄りかかってこちらを見据えている事に気づいた。
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